(14) 戦後処理
武連火軍は、来萬村を占領した。
権蔵率いる本隊に大介隊、宗次郎隊が合流する。
来萬雅平を討つ際に気づいた村人も、武連火軍に襲い掛かるようなことはしなかった。
遠くから黙って見ていただけだ。
それだけ、人心が雅平から離れていた。
朝になって、雅平らの死を村人に告知していくが、静穏さは保たれている。
中津竹蔵の尽力が大きかった。
権蔵は以下のように布告する。
・税率は武連火村と同様にするので、現在の税率より下がる。
・武連火村と来萬村、出身地によって差別しない。
・訴訟となった場合、公平公正な裁きを執り行う。
来萬村代官の裁きに不服があれば、武連火家当主まで直訴してもよい。
・来萬雅平が村人から搾取した財は返還する。
・秋になれば、武連火太郎が仙力をこめた木板を十戸分、用意する。
配布先は順番制とする。
・何らかの功績をあげた者は、順番を待たずとも、木板を優先的に配布する。
以上の布告を書いた立て札の下に、太郎が仙力を込めて五十℃くらいに暖めた一尺(約三十センチ)×四尺の木板を展示した。
立て札を読む村人達はおおむね喜ぶ。
税金が下がって怒る者はいない。
半信半疑だった者も何人かいたが、銭や取り上げられていた品々の返却が実際に開始されたので、布告を信じるようになった。
一番効果が大きかったのは、木板の展示だった。
暖かい木板を実際に触ってみた村人達は驚きの声をあげる。
「木板が暖かいとは!?」
「上瑠様の再来という噂は本当だった!」
「これで冬も暖かくなる!」
などといった声だ。
来萬村の人口はおよそ千五百人で約三百戸ある。
一年で十戸に木板を配布するということは、三十年に一度配布されるということになる。
太郎の仙力にはまだ余裕があり、もっと多くの配布が可能だ。
農地にあてる仙力を削ればいいのだから。
しかし、権蔵としては来萬村の者達をむやみに甘やかすつもりはない。
人気取りは税率の軽減だけで十分であった。
太郎が仙力を込めた木板を褒賞とすることで、やる気を引き出すつもりだ。
十戸分の配布はサービスではない。
一時的に快適な冬を体験させることで、仙力を込めた木板を欲しがらせるためだ。
また、太郎が持つ仙力の凄さを実感させることで、武連火家への帰属を強めさせる狙いがあった。
銭や品々の返却で来萬村の統治が安定するのであれば、安いものだと権蔵は考えている。
それだけ戦利品が減ることになり、内心では不満に思う者が何人かいるだろう。
だが、来萬家が持つ家財を恩賞にあてれば、問題なかった。
戦費以外、全てを恩賞としてばらまくのだから。
これからも戦いは続くだろう。
権蔵としては、気前のよさを見せておく必要があった。
来萬家の当主屋敷を代官屋敷とし、権蔵は主だった者達を集め、論功行賞を行う。
「三左衛門、これまでよく働いてくれたな。来萬村の代官に任命する」
「ありがたき幸せ」
三左衛門の顔に喜色が浮かぶ。
「宗次郎は副代官とする。三左衛門の下で学ぶがよい。これから求められるのは、匹夫の勇ではない。いかにしてうまく統治できるかが重要なのだ。来萬村をうまく治めることができれば、お主にはさらなる展望が開けるであろう。わかったな」
「やり遂げてみせます」
宗次郎はやる気をみなぎらせていた。
「竹蔵も副代官とする。三左衛門をよく補佐してやってくれ」
「かしこまりました」
竹蔵は一礼する。
「三左衛門であればわかっているだろうが、あえて伝えておく。武連火の村人と来萬の村人で争いとなれば、しばらくの間、わしは来萬村を優遇する。この意、わかるな?」
「公平な裁きを下しても、来萬の村人が差別されていると受け取るからですな」
「その通りだ。ゆえに、配下の者どもに徹底させよ。勝者だからといって、傲慢な態度をとるな、と」
「必ずや、兄上の仰るとおりにいたします」
三左衛門が頷き、宗次郎が口を挟んでくる。
「父上、そこまでせねばならぬのですか? 我らは勝者だというのに」
「これからは来萬村の者達も武連火の民となるのだ。もはや、勝者と敗者ではない。武連火家が大きくなっていくためには必要なことだ。わしに評価されたければ、来萬村の村人から慕われるようになるがよい」
権蔵の言葉を聞いて、大介と竹蔵は得心がいったように一つ頷く。
「……承知しました、父上」
宗次郎もまた不承不承、頷いた。
「良助、来萬雅平を討った功績は極めて大きい。何か望みがあるか?」
「これからも、太郎様のお供ができればそれで十分です」
茅野良助は恬淡としていた。
「欲がないな」
権蔵は薄く笑う。
「太郎はお主の主人としてふさわしいか?」
「はい。情け深く面白い方です」
「これ、良助! 若様を面白い方とはなんだ」
父である多兵衛が良助を叱る。
「多兵衛、構わぬ。だが、褒賞を何も与えぬというわけにはいかんな。茅野家の知行を増やすのは当然として、何か欲しい物はないのか」
「では、槍をいただけぬでしょうか」
「槍か、武人のお主にふさわしい逸品をみつくろうとしよう」
「ありがたき幸せ」
良助は一礼する。
「うむ。竹蔵よ、中津家とお主に従った者達には、太郎が仙力をこめた木板を配布する。それで、冬はかなり過ごしやすくなるであろう」
「その褒賞は副代官の座よりも嬉しいかもしれません。配下の者達もさぞかし喜ぶでしょう」
竹蔵は微かに笑みを浮かべる。
「楽しみにしているがよい」
権蔵も口元をほころばせた。
◇ ◇
武連火良次は、権蔵の命により、使者として南西にある度息家を訪れていた。
来萬村を占領したのは、来萬家当主の横暴に耐えかねた村人の要請をうけてのことであり、度息家に対して害意はないというのを伝えるためだ。
無論、実情は異なるのだが、建前を取り繕う必要があった。
度息家当主である度息直正は、当主屋敷にて良次の話を一通り聞く。
六十三歳の直正は痩身で、髪はほとんど白髪となっていた。
直正の横には嫡男の直常がいる。
直常は四十四歳で気弱そうな容貌だった。
「事情は承知した。これまで通り、両家は仲良くいたすとしよう」
直正の声に張りがなかった。
「ははっ、直正様のお言葉、伝えさせていただきます」
良次は一礼する。
「於藤は達者か?」
太郎達の母親である於藤は度息直正の娘だった。
いわゆる政略結婚だ。
なので、度息直正は太郎達の祖父にあたる。
「お元気でございます。於藤様は士郎様のお世話をいたしております」
「そうかそうか、ならば結構」
直正の表情が明るくなる。
「良次殿はこれから土肥家にも伺うのかな」
「左様でございます」
「道中、気をつけるがよい」
「お気遣い、ありがとうございます」
良次を下がらせた度息直正は、直常と二人きりで話をする。
「来萬村に通じる関所の堀を深く広くし、壁を高めて守りを固めよ」
直正の表情は一転し、険しくなる。
「父上、武連火家には於藤が嫁いでいますが、信用できませんか」
「わしは昔から、武連火権蔵という男は野心を抱いていると思っておった。だが、当主として無理はできぬゆえ、我慢していたのであろう」
直正は白湯を少し飲んで、話し続ける。
「しかし、太郎という孫が火の仙力で豊かさをもたらし、愚かな来萬雅平が当主となり、権蔵はついに野心の牙をむき出しにしたのよ」
「ならば、塩などの通行料を上げて、武連火家の富力を削ぐのはいかがでしょう」
「それはならぬ。当方を攻めるのにかっこうな大義名分を与えるだけよ。表向きは友好的に振る舞い、決して油断はするな」
「関所に詰める兵士を増やします」
「それでよい。わしはもう六十三で体調も良くなく、もって数年であろう。おそらく、権蔵はわしが死ぬのを待っておる。わしの死後がもっとも危ない。用心を怠るなよ」
「父上、縁起が悪いですぞ」
直常の表情が曇った。
「人はやがて死ぬものだ。わしの言葉、絶対に忘れるな」
「……かしこまりました、父上」
直正は直常の器量で権蔵と対峙するのは厳しいと考えていた。
だが、最悪の場合でも於藤を通じて、度息家の血は残るであろう。
直常の父親としても、度息家当主としても、決して口に出せなかったが。
◇ ◇
良次はさらに南西へと移動し、土肥家当主である土肥景尚に拝謁していた。
景尚は五十一歳で恰幅がよい。
横には土肥家の重臣筆頭である天野尚隆がいる。
尚隆は四十八歳、尚の字は景尚の偏諱を受けており、見るからに刺々しい雰囲気であった。
良次は度息直正にした説明と同じ説明を土肥家主従にも行う。
「これからは、来萬家が務めていた兵役も武連火家が代わって務めさせていただきます。また、献上の品々を持って参りました。ご笑納いただければ、幸いです」
良次は目録を差し出し、受け取った小姓が天野尚隆に手渡す。
米、銭、来萬家が所有していた家宝などが献上の品々だ。
目録を見た尚隆は、主君である土肥景尚に目録を渡した。
「来萬家が出していた兵数をあわせて出すのは当然のこと。だが、武連火家の忠義を見せたければ、より多くの兵士を動員してもらいたいものだ」
尚隆が良次を見る視線は鋭い。
「主君に天野様のお言葉、必ずや伝えさせていただきます」
良次は面をやや伏せ、丁重に答えた。
「次の合戦を楽しみとさせてもらうぞ」
尚隆は口の端を吊り上げる。
「献上の品々、受け取ることとしよう。使者、大儀であったな」
景尚が言葉をかけた。
「ありがたき幸せ」
役目を果たした良次は退出し、この部屋には土肥家主従二人きりとなる。
「どう思う?」
土肥景尚の言葉は短い。
だが、長年の主従である天野尚隆にはそれで意味が通じた。
「武連火家が大きくならないよう、兵役などで絞ることにいたしましょう」
尚隆は間髪いれず答える。
「それでゆくか。おとなしく従っておるしな。武連火を攻めるのは労多くして利が少ない。これからも、身の程をわきまえてもらいたいものよ」
「御意」
土肥景尚が自分から戦いを仕掛けたのは数えるほどにすぎない。
積極性に乏しく、退嬰的な考え方の持ち主だ。
もっとも、それゆえに戦費もかからず、領民は疲弊せずにすんでいた。
だがそれは、あくまでもこれまでの話であった。
◇ ◇
戦後処理をほぼすませ、権蔵、大介らは大半の兵士を率いて武連火村に帰還する。
農作業を行わなければいけないからだ。
早速、太郎は権蔵に宿題の提出を求められることになる。




