第64話
サイのやる事は変わらない。
そうは言いつつ状況は刻々と変化を続けている。
異世界では、サイが日本に来てしまった結果、交易都市の冒険者ギルドの教官がひとり減ってしまったわけだ。おかげでサイに「誰か教官の代理をできる人がいないか?」なんて相談が来てしまった。
そちらについては、サイの異世界の弟子のひとりを派遣する事にしたが、言い換えると冒険者ギルドの教官という仕事を失職した事になるわけだ。
同時に。
サイは日本に帰ってきてからも教官業を続けてきた。
日本で新しく始めたものとして指導配信がある。
魔力制御トレーニングという、これまでと一線を画した魔力を増やし、魔力を制御し、魔力を運用する方法を伝える第一人者。
更に異世界で学んだ冒険者として一流とも言えるノウハウ。
おかげでサイに直接教わりたいという人は、想像以上に増えている。
サイは、これだけたくさんの人をまとめて指導した経験はない。
異世界では、あくまで交易都市冒険者ギルドの一教官だったので。
変わらないと言っても、やはり少しずつ変化しているものなのだろう。
◇
さて、たくさんの人を教える立場になると、それだけ責任なども増えてくるし、考えねばならない事も増える。異世界で得た有用なノウハウを、少しでも多く、たくさんの人に伝えたい。
だが、サイ自身、今後どうなるかわからないのだ。
冒険者を続ける限り、いきなりポックリ逝く可能性は十分にある。
そんなわけで、今日サイが来ているのは冒険者ギルドの武道場。
参加者は二十名程度。
若くても三十代以上の男女が揃っていた。
冒険者のボリュームゾーンは二十代が主体だというのに、珍しく三十代以上のメンバーしかいない。
なぜかといえば、当然だ。
ここにいるのは冒険者ギルド免許センターで働く戦闘訓練教官や、サイと同じように個人で冒険者の指導を行っている人たちだけなのだ。
魔力制御トレーニング、五感強化、回復魔法にヘクサシールドの使い方を教えて、少しでも普及の速度を速めようという狙いである。
戦闘訓練の教官の中でも壮年の男性がサイに挨拶をしてきた。
「以前から気になっておりました。本日はよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
日本で冒険者をはじめて、まだ一年も経っていない。
評価されはじめて、数カ月程度だというのに、この評価はありがたい。
……評価されるのも、もう少しかかるものだと思っていた。
きっとヘクサリアのおかげだろう。
彼女の講義のおかげで、魔力制御が想定以上に重要な内容だと発覚したのだ。
自身の身体に流れる魔力を、どれぐらい制御できるかで、魔力にかかわる全てが変化するのだ。覚えない理由がない。
「さて、早速ではありますが三、四人で一組になって、あぐらをかいてください」
まずは魔力制御トレーニングからだ。
やるべきことは、ひよりと澪に教えたものと変わらない。
魔力のコブを流し合って、魔力の通りを良くする事。
ただ、ひたすらにそれだ。筋肉のトレーニングと同様に、ずっと続ければ、確実に成果のでるトレーニングだ。
何度か教える必要があるだろうが、是非覚えてもらい、次世代に繋げてもらいたいところだ。
◇
その日の夜、ひよりと澪が、サイの自宅にやってきた。
吉田から依頼のあった除霊魔法を学びに来たのだ。
彼女たちは先月まで花の女子高生だったが、今は花の女子大生である。
「やっほー、せんせ。きちゃった♪」
「お邪魔します、先生」
「おう、入れ入れ」
ふたりは、いつものテーブルに座る。
サイは、用意していたお茶を用意しつつ、腰かける。
ちなみにヘクサリアは工房に籠って、研究中である。
術式を教える話もあるが、いきなり本題の前に雑談を入れた。
「大学生活の方はどうだい?」
「思った倍、ナンパがメンドい」
「ちょっと、ひよりっ」
辟易とした顔をするひよりを澪は窘める。
大学生活の感想一発目に相応しくない感想だった。
キラキラキャンパスライフとかじゃないのか……。
そう思うサイであったけど、大学デビューみたいな人たちも多いのかもしれない。
「そっち系の話はさておき。前に話したかもだけど、若い退魔師を一か所に集めて、一気に鍛えようって話で、今の大学に通ってるのね」
「そういえば言ってたな」
退魔連は、新宿タワーが出現してから結成された若い組織だ。
年長者も多いが、長く続く妖魔退治の中、負傷しサポート組に回っている事も多い。おかげで、今の退魔連は、若くて強い戦力を求めている。
「でね、私たちって、せんせのおかげで強くなったでしょ」
ひより達と出会い、弟子にとったのは去年の秋頃か。
それから半年。
たったの半年で、彼女たちはかなり鍛えられた。
もちろん才能だとか努力した結果もあるだろうが、彼女たちは魔人たちと戦い、魔王級のモンスターとも戦っているのだ。
その経験は計り知れない。
強くなるのも当然の話だった。
「退魔師の間では、私たちがせんせに鍛えてもらった事も知られてるわけで……」
ひよりは、なぜか上目遣いでサイに語り掛ける。
隣に座る澪は、少し困った顔をしている。
「いろんな人から、せんせを紹介してもらえないかーってお問い合わせが……」
「紹介というか、鍛えてもらえないかってご相談がですね……」
「あ~、なるほど……」
雑談だと思ったら、ご相談が飛んできた。
サイ相手に、この手のご相談はかなり多い。
大学の冒険者サークルや社会人の冒険者パーティーなど、さまざまな所から依頼がきている。一度ぐらいであれば吝かではないし、アドバイスぐらいであれば付き合える。
実際に、そういう事も指導の一環としてやっている。
けれど、中には長期間のご相談も多いのだ。
最近のサイの一週間というと、まずヘクサリアの講義の助手(付き添い)があり、冒険者としては最上層を目指さなければならない。これで二~三日使い、残りを若い冒険者の指導に充てている。
ヘクサリアが来た事で「(すごく昔に)ヘクサリアから教わった」という体で、回復魔法やヘクサシールドも教えるようになった。
まだまだ若い冒険者たちに伝えたい事は多い。
だが、若い退魔師たちは妖魔退治というお仕事がある。
今時点なら妖魔はおとなしくなっているし、今後は銀嶺坊を通じて、妖魔との関係性も変わる予感がしている。けれど、それは今日明日の話ではないし、日本全体を考えるならば、より戦力は求められているのだ。
ならば、一日ぐらい未来の退魔師たちのために使った方がいいだろう。
「うん。スケジュール次第だが、前向きに検討するって回答しておいてくれ」
「ありがとうございます!」
「よかった~! 同級生もだけど、先輩達からもかなり熱く要望されてたから……」
サイの立ち位置というのは、なかなか不思議なものだ。
冒険者の教官として活躍している反面、ヘクサリアによる「サイは我の所有物」発言のおかげで、絶妙に声のかけづらい立場ともなっている。
教え子たちには普通に声をかけていいと伝えているが、はじめましての人からすると……ましてやヘクサリアの講義を熱心に聞く大学側からすると「お声がけしたいけど、お声がけしたら怒られない?」ともなっているようだ。
異世界でも、この手の話はあったが、地球ほど情報の拡散力がなかったため、それこそサイとヘクサリアが(偽装でも)結婚していると知らない人たちも多い。
やる事は変わらなくても、その結果にはどうしても差異が生まれるのだ。
それから大学生活の感想を聞いていたが、ほどほどで雑談を終えて、サイはエグゾサイズの術式を教える事にした。
「術式はこれな」
紙にまとめられた術式を見る。
サイ自身はエグゾサイズを使えないので、紙に術式をまとめた次第だ。
除霊魔法『エグゾサイズ』とは、いずれかの神様の力をお借りして魔を祓い除ける魔法だ。対象に対して、呪いの払拭、あるいは悪霊に憑かれた対象の憑き物を落とす効果を持っている。
魔を祓う魔法はいくつかあるが、今回のような話であれば、この魔法が一番だ。
吉田から話があったのは『人間が悪霊に憑かれた場合の対処魔法』であるため、『エグゾサイズ』だけで良いのだが、ついでとばかりにいくつか神の力を借りる神聖系の魔法も教えた。
一連の説明を終えると、ひよりと澪は術式の書かれた紙を眺めながら真剣な表情になった。
「なるほど。神様に祈り、そのお力を借りて……」
「そっか。言葉が違うからなんだけど、祓詞と同じだ……」
「はらえことば?」
術式を見ながら、ひよりが放った言葉は、サイの知らない言葉だった。
「うん。退魔師が悪霊を殲滅じゃなく、お祓いする時に使う言葉でね。まあいわゆる悪霊退散の一種だよ」
日本では悪霊に憑かれた場合、憑かれた人を結界で囲い、その周囲を退魔師たちが囲い、悪霊退散の祓詞を唱えることで悪霊を祓う。
この際、あえて悪霊の逃げ道を作っておくのがポイントだ。
完全に結界で囲うと悪霊は逃げられないせいで、延々と憑かれた人の中で藻掻く事になってしまう。そのため、敢えて霊だけが通れる逃げ道を作るのだ。その逃げ道に悪霊が入ったら、別の退魔師がその悪霊を殲滅する。
そんな方針なのだそうだ。
「なるほど。確かにそういうやり方もあるのか」
そのやり方は異世界ではなかったため、逆にサイの勉強になった。
説明を終えたひよりは、引き続き術式を読み込む。
「パパほど正確じゃないけど……多分この術式、えっと……まず聖属性の結界を張って……」
「結界自体は自前で作るような術式になってますね」
ひよりの隣にいる澪も、術式の動きを確認している。
「うん。それで……神様から神性をちょっとお借りして……悪霊を浄化……すっご……」
術式を把握したひよりはブツブツと話しながら、術式のすごさに気づき感嘆する。
「これ、術式の一部を圧縮して展開してるように見えますね」
「お。澪さん、よく気づいたな」
師であるサイに褒められ、澪は少し照れながら微笑んだ。
「ふふ、先生に教わったおかげです」
異世界において、憑き物落としは長々と呪文を唱える労力を減らすため、呪文を圧縮し、それらをすべて術式に落とし込み、覚えたらトリガーとなる呪文一発で発動するようになっている。
「せんせ、これさ。パパに共有してもいい?」
「もちろん。そういう話になっているし、ひよりさん達が覚えて、みんなに教えてやってくれ」
実は、呪文の圧縮は、隼人がかなり苦労しているポイントだ。
PCにおけるデータ圧縮技術のように、呪文も圧縮展開できないかと研究を続けているのだが、なかなか芽吹かず悩んでいた。
この異世界の除霊魔法の術式という前例を見る事で、もしかしたら日本の退魔術が発展するヒントになるかもしれない。
一方、澪は術式を眺めながら、ひとり呟く。
「この呪文、もしかしてせっちゃん……瀬織津姫のお力をお借りすることも……」
幽世で出会った神霊せっちゃん。その真名は瀬織津姫。
影喰いの魔王と戦った際に、澪を庇って負傷したが、さすがは神霊というべきか。
現在は、ひよりの持つ退魔刀『白祓』を依り代に休眠中だ。
「そうだな。せっちゃんの縁もあるし、力を貸してもらえると思うぞ」
「はい……あれから毎日、神社でお参りしていて。届いていればいいのですが……」
澪は庇ってもらった事に責任を感じていたが、神様にとって祈りは力だ。
しかも、瀬織津姫は大神とも言える存在だ。
せっちゃん自身は、瀬織津姫とのパスが切れた状態かもしれないが、位の高い神様にとって影喰いの魔王の傷など大した事はない。
存外ひょっこり休眠から復活するかもしれない。
ゆえにサイは彼女に確信をもって伝えた。
「大丈夫。届いてるもんだよ」
「……ありがとうございます、先生。……ちょっと変な質問なのですが、神様っていらっしゃるのですか?」
澪にとって、この質問は少し繊細だった。
せっちゃんという神霊に会っているし、ヘクサリアのような神に近いという女性にも会った。けれど、これまでの人生で神様に会った事はない。
近くに感じれど、見る事のできない存在。それが神様だった。
それに対して、サイは自信をもって答える。
「いるぞ。少なくとも異世界では、普通に会える神様もいたし」
「ヘクサリアさんみたいな?」
「ありゃ例外。いわゆる大神のような権能の強い神様は神界にいらっしゃるらしいけど、のんきに現世で暮らしてる神様とか教会を守護する天使っていうのは、存外そこいらにいるもんなんだぜ?」
「そうだったんですか……」
「今は、まだ日本だと大気のマナも少ないから見えないが、マナが増えていったら見かけやすくなるかもしれないな」
刻々と変化を続ける世界だが、その先にあるいは、そういった超常の存在も少しは身近になるのかもしれない。
サイの話は、そう締めくくられた。
お読みいただき、ありがとうございます。




