第62話
ヘクサリアの自動車免許については、少し時間がかかりそうなので、そちらは素直に待つとして。
おじさんにはおじさんの仕事がある。
新宿タワーに隣接する冒険者ギルド。
そこにはさまざまな施設が存在する。
冒険者をサポートするための施設だが、そんな施設のひとつに病院棟がある。
冒険者のための病院であり、一般的な病院以上に外科医や回復術師の数が多いのがポイントであろうか。常駐も多いそうだ。
そんな病院棟の一室に、サイはいた。
サイの隣には左腕をケガした救援隊員がいる。
救援対応中にケガを負ったという彼は、あえて止血と痛み止めだけされた状態だ。
周囲には、ケガをした隊員を見守る救援隊の面々。
更に何名かの関係者がサイを囲んでいた。
誰もが、真剣な眼差しで見ている。
「では、見ていてくださいね」
サイは、隊員の負傷した左腕付近に手を添えて、回復魔法を放った。
その姿を見て、関係者たちは「おおっ」と、どよめきを上げる。
回復魔法が終わると、たちまち冒険者の左腕は見事に回復した。
「痛みはどうですか?」
「いえ、特には感じません」
「……というわけで、私も回復魔法が使えるようになりました」
サイがヘクサリアから回復魔法を学んだのは、随分と昔の話だ。
最近覚えた感じで話しているが、それは、そうした方が伝わりやすいと判断した結果だ。ヘクサリアから回復魔法を学んだのは事実であるし、そこはご寛恕頂きたい。
そんな事を思いつつ、おくびにも出さないのは斥候としての技なのか。
関係者たちは、サイの言葉を聞いて真剣な表情で質問してくる。
「これが、ヘクサリアさんがサイさんに教えたという回復魔法……なのですね」
「そうですね。冒険者なら覚えておけ、との事でした」
回復魔法とは、身体が記憶している状態に修復する魔法だ。
ケガの度合いによりランクがあり、軽度の切り傷程度なら初級。内臓までやっているようなら中級。更に部位欠損を回復させるなら上級……といったランク分けがされている。
なお、回復魔法でも長年の傷は治らない。
身体が、その傷がある事を『通常』と判断し定着させてしまっている場合だ。
ちなみにステージ(進行度)が低い内はガンにも利く。
要は、身体がどのように記憶しているか次第で、現代医療以上の効果を発揮させることができるのだ。
反面、回復魔法は外傷には強い効果を持っているが、毒性にはあまり効果がない。
毒には解毒系の魔法が必要となり、ウィルスによって対応する魔法が変わる。
どちらにせよ地球では、未だ限られた者しか使えないと言われているが、そんな事はないという事だ。もちろん得手不得手はあるのだが、初級程度であれば(努力すれば)本来誰でも使えるものだ。
サイは、そんな回復魔法の特徴を説明した。
「私の配信でも説明する予定ですし、ヘクサシールドなども同様ですが、まずは魔力制御トレーニングを行って、魔力を外に定量的に出せるようになれば、初級であればヒールは使えると思います。もちろん、定量的に魔力を外に出せれば、という話なので中級以上の回復魔法は魔法職じゃないと厳しいとも言えそうです」
つらつらとサイは回復魔法のために必要な条件や術式を全て伝えていく。
「なるほど……。術式自体は、地球で広まっているものと似たよう形……いや、これはなんだ……」
術式は似てるかもしれないが、異世界で広まっている回復魔法の術式は『一部の毒性除去』や『汚れを外に排出する』術式も入っている。消毒と患部の掃除を先んじて対応後、回復魔法という流れになっている。
地球で広まっている術式と似てる部分もあるが、より進化させた技術なのだ。
「なるほど。勉強になります。これを公開するのは……」
「はい。彼女から許可を受けてます。私の指導配信でも、近日公開する予定です」
そう言うと関係者のひとりが、サイの手をガシっと握ってきた。
握手をしてきたのだ。
「ありがとう……ありがとうございます……!」
よく見れば関係者たちの目じりには涙が溜まっている。
「これで、より多くの人が助かる……!」
救援隊や病院関係者にとって、回復魔法の普及は長年の願いだったのだ。
「そう言ってくだされば、こちらこそ幸いです。魔力制御の部分もありますし、すぐさま全員に横展開できるものではありませんが、少しずつ普及するはずです。どうか、よろしくお願いします」
目じりに涙を溜め、関係者は言葉を吐く。
「ええ、必ずや普及させてみせます!」
冒険者にとってケガは付き物で、新宿タワーが出現して以来『ケガによる引退』は冒険者にとってもギルドにとっても課題のひとつだった。
現代医療だと応急処置はできても、ケガの回復にはどうしたって時間がかかる。
けれど、冒険者に求められる回復とは『即時性』だ。
冒険中にケガを負い、回復魔法もポーションもなければ、どうなるかなんて想像するまでもない。応急処置にも限界がある。
だというのに、冒険中にできる回復方法は、新宿タワー産の回復ポーションを使うか、回復魔法だけだった。
地球上にダンジョンができて、四半世紀を過ぎたが、いつまで経っても企業は回復ポーションを生産できずにいたし、回復魔法を使える人材はあまりに少ない。
中にはいるのだ。何十~何百万とする回復ポーションが買えずに、ケガで引退する冒険者というのが。
ゆえに。
今回サイがもたらした情報によって、一体どれほどの冒険者が助かるだろうか。
否。冒険者に限らず、ケガを治す魔法が世界中でどれほどの需要があるか。
異世界で作られたという術式の公開と、魔法の使い方まで伝授されたのだ。
これで熱くならないわけがない。
関係者が――冒険者ギルドの病院関係者が泣いて喜ぶのは当然だった。
サイとしても、ヘクサリアという方便を手にしたのだ。
少しでも冒険者の質を上げるために、できる手は打っていく所存である。
◇
さて、冒険者ギルド向けの回復魔法の講義を終えて、外に出ようとした矢先だ。
ギルドの入口近くで声をかけられた。
齢二十代中頃の綺麗な女性がサイに声をかけてきた。
彼女はサイの教え子のひとりだ。
「あ、サイさん! 今日いらしてたんですね♪」
「ああ。ちょっと冒険者ギルドに用事があってね。君は……これから冒険かい?」
肩出しで胸元も見えるセクシーな印象を受ける女性だ。
言い換えれば、おじさん的には目のやり場に困る服。
見たら、それだけでセクハラという奴になるのかなとヒヤヒヤしてしまう。
「今日は、アイテムの買い出しです。ポーション代、出費がほんと激しくて……」
「その辺りはどうしたって仕方のない事だな。ケチると、それこそ冒険にケチがつくしな」
「そうなんですよね~」
冒険者の回復手段が限られている中、ポーション代に泣かされている冒険者は一体どれほどの数だろうか。より良い武器や防具を購入するために貯金していたはずが、ポーション代に変わる……なんて話はザラにある。
けれどポーション代をケチったら、それこそ後に響く。
ケガをしたまま攻略なんて、誰にもできない。
ポーション代を節約するなら、より安全に戦える階層で戦うしかない。
けれど、下の階層は人も多いため、稼ぎも少なくなる。
結果、攻略の進みは遅くなる……。
なんともジレンマな話だった。
おかげで、今サイの目の前の女性も難しい顔をしている。
だが、そんな彼女のような冒険者に朗報があるのも確かだった。
「そうだ。君のところってパーティーに魔法使いがいたよな」
「ええ、いますけど。何かあったんですか?」
女性冒険者は、奇妙な質問にキョトンとしてしまう。
「なら、冒険者ギルド経由か俺の配信で、朗報が聞けるかもしれないな」
教え子であるし、正直、今話してもいいのだが、下手に噂になるよりは、発表タイミングを合わせた方がいいだろうの考えだった。
「え、そうなんですか?」
師と仰ぐ人から『朗報』と言われ、女性冒険者は嬉しそうにした。
「ああ。楽しみに待っておきな」
サイは自信ありげに笑った。
その顔にあてられたのか、女性も笑った。
「そだ、サイさん。この後、ちょっとお時間あります?」
「ん、冒険のお誘いかい?」
「美味しいワインのお店見つけたんです。一緒に、どうですか?」
上目遣いしつつ、少し胸元を見せるように聞いてくる。
お誘いである。
「はは。おじさんをからかわないでくれよ。それじゃ、またな」
だが、サイはそれだけ言って、そっと逃げ出した。
女性は「また躱されたー!」と小さくプリプリ怒っている。
最近のサイは、こういったお誘いが後を絶たない。ひとりの男性として、若い女性から慕われるのは嬉しいが、どうにも困ってしまう。
ああいうのに乗ると、後々大変な目にあうからだ。
教え子同士が変な張り合いを始めたりする。
そして、トラブルに発展する。
教官業をする人間にとって、自身が絡む色恋のもめ事ほど、困るものはない。
その事を異世界で《《身をもって》》体験しているため、できる斥候はお断りするのだ。
呆れた顔の相棒や、子どもたちの顔が忘れられないというわけではない。
決して。
お読みいただき、ありがとうございます。




