第43話
東京都内にある高校の三年生教室。
もう二月の月末であり、残すイベントは三月上旬の卒業式を残すだけだ。
自由登校、自主学習の時期であるが、一条ひよりと九里澪は通学していた。
ふたりとも大学の推薦入学が決まっているのだが、入学予定の大学から事前学習の課題がきており、その消化を高校でやろうという考えだった。
ちなみに、今も継続的に妖魔退治をしているふたりだ。
せめて限られた時間の青春ぐらい謳歌したっていいじゃないか。
そんな気持ちで来ているところは否めない。
その課題と格闘中のふたりのスマホから同時に通知のバイブが鳴った。
通知は冒険者配信サイト『Tower Tube』のアプリからだった。
内容は「山浪彩人さんが新宿タワーの攻略を始めました」となっている。
『Tower Tube』には冒険者を登録・フォローする機能がある。
視聴者が気になる冒険者の活動を、すぐに確認できるという機能だ。
「ヤバ。せんせ、攻略始めるみたい」
「何やら、いつもより視聴者数が多いですね」
最近は特に視聴者数を稼いでいるサイであるが、今日はいつもの倍どころの騒ぎではない。平日の昼間だというのに既に何万という人がリアルタイムにサイの配信を見ている。
「澪ちゃん! これヘクサリアさんじゃん!」
「ヘクサリアさんは、甲冑なのですね」
ひよりと澪の話を聞いた教室の一部が騒がしくなる。
「ひよちゃん。ヘクサリアさんってハイエルフの――」
「おい、見てみろよ。『Tower Tube』!」
自由学習中の生徒たちがスマホを持ち出し『Tower Tube』を見始める。
普段、『Tower Tube』を見ないクラスメイトすら「ハイエルフの冒険者」の活躍を見ようとスマホを取り出したのだ。
気づけば『Tower Tube』トップページのオススメに、サイとヘクサリアの配信が表示された。
同時視聴者数を示す数字は、うなぎのぼりに増えていく。
さて。
サイの配信の同時視聴者数が増えた事には、ちゃんとした理由(?)がある。
冒険者のカメラというものは、概ね頭部のどこかにつけられるものだ。
最初のうちはヘクサリアの配信を見ていた視聴者も、ヘクサリアと一緒に登っているというサイの方の配信を見始めた。
サイは、常にヘクサリアの後方に立っている。
戦わず、常にヘクサリアの姿をどこかに捉えるようにして動いているのだ。
結果、サイの配信視聴者が伸びたという流れだ。
だって、そっちの方がハイエルフの姿を見られるから!
……現金な理由である。
そんな視聴者の想いなど露知らず、ふたりはまるで一陣の風となっていた。
サイとヘクサリアのふたりは、あっという間に二階層三階層と駆けあがっていく。
視聴者たちは、あまりのスピード攻略に驚いてしまう。
『次の道、右側に人が多い』
『では左側から征くぞ』
『遠回りだが、そっちのがいいだろうな……っと』
サイが索敵を行い、魔石などドロップ品を拾い上げ、ヘクサリアがモンスターを蹂躙していく。その連携は凄まじく、ひよりや澪にとって、その動きは学びになるものだった。
けれど、この時ひよりは少しだけ違和感を感じていた。
「なんかさ、せんせとヘクサリアさんなのに会話が少ないというか、冒険に必要な事しか話してなくない?」
まだヘクサリアに会って間もないが、サイとヘクサリアであれば、もっとアレコレ話してそうな印象がある。
余裕がなくて喋ってない……という事はありえない。
「配信で見られてるから意図的に会話を控えめにしてる、とかでしょうか」
「え、でもそれなら……せんせって、もしかしてミュート機能のこと……」
「……知らない可能性がありますね」
「後で確認しようか……」
ひより達の師は、こと冒険者だとかそういった面において、本当に尊敬できる人物だが、異世界帰りのせいか、IT系(アプリの扱いなど)や美的センスについては、ちょいちょいポンコツだったりする。
新宿タワーの攻略に必要な会話しかしないのであれば、慌てて連絡しなくても大丈夫だと思うけど、後でそっと教えよう。
そう考えるひよりだった。
ひより達がそんな感想を抱いている間も、サイとヘクサリアの蹂躙は続く。
『この先モンスターが一。暴れ大牛』
三階層に存在する厄介なモンスターだ。
『タイラントブルか』
その厄介なモンスターが既に臨戦態勢で突撃を仕掛けてきた。
しかしヘクサリアは動じない。
指をふっと動かすと、六角形の何かが生まれ、暴れ大牛の首と胴体が別れた。
配信を見ている多くは、今ヘクサリアが何をしたか分からない。
分かったのは、ひよりと澪ぐらいだろう。
ヘクサシールドだ。
ヘクサシールドを盾ではなく剣として使ったのだ。
「ヘクサシールドって、こんな使い方もできるのですね……」
澪は、教わった魔法の万能性に、改めて舌を巻く。
そうして、サイとヘクサリアは戦闘と呼べぬ蹂躙を行い、五階層に到着したのは二時間後の話だ。
フロアボスの部屋に入るにはルールがある。
ヘクサリアは、サイからそのルールを聞いた。
『この塔の設計者めの意思を感じるな』
彼女の感想は、そんな内容だった。
五階層のフロアボスは巨人種のスケルトンナイトだ。
ここでもサイはなんのフォローもせず、ヘクサリアひとりで撃破。
聖属性の魔力弾が放たれた。
否、弾ではない。まるで光線銃のように光の束がスケルトンナイトを無慈悲に破壊していった。
ヘクサリアの戦いに、教室中大騒ぎとなった。
「ちょっと、みおち! 何、今の魔法!?」
クラスメイトの女子が、澪に質問をする。
「かめ〇め波みたいですが、聖属性の魔力弾の連続発射……いえ照射でしょうか……? あんな真似したら、普通はすぐ魔力がなくなるはずなんですが……」
「やっぱりヘクサリアさん。すっごいね……」
「そうですね。ヘクサリアさんから学ぶ事は多そうです」
ひよりは、ヘクサリアの無敵っぷりに驚くばかりだ。
まるで障害など、そこにはなかったかのように一蹴していく。
強さの次元があまりに違いすぎる。
ひよりは、スマホを食い入るように見つめていた。
そんなひよりたちを見て、ふとクラスメイトのひとりが呟く。
「なんか、ひよりんもみおちも、ヘクサリアさんってなんか、妙に親しみがあるね……?」
クラスメイトの呟きを聞き、ひよりと澪がふたりして「あっ」となる。
ヘクサリアとよく話しているのは、サイ以外だとひよりと澪ぐらいだ。
あまりにも迂闊な発言である。
◇
ひよりと澪がクラスメイトへの誤魔化しの言葉を考えている頃。
新宿タワー二十五階層。セーフポイント。
冒険者パーティーのトップ『わこう』の面々が、サイの配信を見ていた。
何日も二十五階層で戦い続け、鍛え続けている冒険者たちはサイの配信が始まった事に気づき、数時間ぶりの休憩をとっていた。
「ちっ、サイさんが俺たちの勧誘を断ってた理由はコレか」
何度となく誘ったのに、すげなく断られ続けた。
そんな中年冒険者が今、ハイエルフとふたり組のパーティーとなり、新宿タワーを一気に駆け上がっている。
あまりの動きに、トップチームとしての自信喪失もいいところだ。
「すごいな、この速さ。お前出せる?」
驚きの速さで、ダンジョンの中を走り回っている。
右へ左へ、最短ルートを選択し走っている。
それだけなら、まだいいかもしれない。
モンスターが出てくるより前に、サイはモンスターの数と敵の名前を言っている。
ヘクセリアは、それを「うむ」と言い、見知らぬ魔法で対処していく。
そして魔石やドロップ品を拾ったら、またトップスピードで走り出す。
長年、冒険者を続けているが、それでもこんな芸当は真似できない。
「んにゃムリ。サイさんに教えてもらった魔力制御トレーニングやってるけど、やってるからこそ余計にわかる。最低でも、あと一年は鍛えないとムリムリ」
「フン、予想どおりタヌキオヤジだったな。なにが『おっさんだから、君たちについていけない』だ」
リーダーらしき男が嘆息を吐く。
「そういや聞きました? ヘクサリアさんが魔力について講義するってやつ」
「ああ、ウチからも受講希望を出しているしな」
「講義については、今魔力対策課……魔対の加賀の方で調整中らしい。それがクリアになってからだな」
ヘクサリアの講義については、各国、各研究所、各大学に通達されている。
どのように開催するかで、かなり揉めているらしい。
異世界の最新技術『魔導』は、魔力という地球の科学力では未だ開けぬ存在に光をあて、解き明かす力があるらしい。
「全く……。異世界人のハイエルフ。その旦那か……」
「旦那って……もしかして、あのおっさんヘクサリアさんと結婚してんの!?」
「お前は、報告書読まなかったのか、バカタレ!?」
彼らの元には、とある報告書が届いている。
政府からもたらされた異世界人ヘクサリアについての報告書。
パーティーのひとりは、それを読んでいなかったらしい。
冒険者パーティー『わこう』。
またの名を自衛隊新宿タワー特別攻略隊、第七班。
自衛隊の既存の戦い方では、新宿タワーの攻略は不可能と判断。
ダンジョンという未知の脅威の為に組織されたスペシャリスト。
自衛隊の中でも、新宿タワーという『脅威』を攻略する為に結成されたチームだ。
そんな彼らも、今サイとヘクサリアの攻略に注視していた。
この後、サイとヘクサリアは十階層のフロアボス剛腕ゴリラも撃破し、十一階層まで到着すると、その日の攻略を終えた。
たった一日。たった数時間の成果である。
これは新宿タワーで活動する冒険者の中でも歴代一位の攻略速度だった。
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