幕間 彼女の扱いについて、いくつかの反応(一例)
某国Aの場合。
「異世界からの客人か」
その国で一番偉いとされている男は、葉巻の紫煙を燻らせ、日本政府から伝わった写真と情報を見る。
「まさか異世界があり、エルフが実在したとはな」
尊大に写真の女性を見ながら、脳内の電卓を叩く。
魔導という新技術をどれだけ独占できるか。
異世界という広大な《《未開拓地》》をどれだけモノにできるか。
物語のように長命種なのであれば、彼女の《《体》》も莫大な資産となる。
「いかがいたしましょうか?」
情報をあげた次官は、指示を待つ。
「なに。相手は友好国にいるのだ。我が国に丁重にお迎えしたまえ。丁重に、な」
今の言葉を訳すると「何がなんでも連れてこい」だ。
但し「丁重に」だ。この言葉は『軍隊を使って拉致するのは無し。情報局の人間を派遣して、なんとしてでも連れてこい』という意味だ。
やり方はいくらでもある。
たまたま情報の行き違いが発生した。そんな理屈で強引に連れてきても良いし、偶然にも火災が発生し人道的観点から救助した、でも良い。
文字通り、なんとしてでもこの国に連れてくるのだ。
何より、最近であれば魔法を使ったやり方も存在している。
やりようはいくらでもあるのだ。
そうやって海の向こうからヘクサリア包囲網を敷いた某国A。
先に結論を伝えるならば。
情報局の人々では無理だった。
情報局のチームが目標の拠点付近に到着すると、奇妙な恐れを感じた。
「リーダー、この作戦ヤバい予感がするぜ」
「臆病風……と言いたいところだが、俺もこれ以上進まん方がいい気がしている」
「バ、バカな事を言うな! どんな存在だろうと所詮は女だ。戦力はわからんが、俺の魔法があれば即座に連れてこれる」
このチームは、情報局の中でも指折りの精神魔法が得意な者で構成されている。
某国に存在するダンジョンで精神魔法を中心に鍛えたチームなのだ。
彼らの術中に嵌れば、向こうからこちらに擦り寄ってくる。
いつもどおりの簡単なお仕事というものだ。
今回、上からの命令は『お連れすること』だけだ。
その前に、少々楽しむことも許されよう。
あれ程の美姫。ただ送るだけでは、勿体ない。
そんな事を考えながら、目標地点に向かった時の事だった。
まずチームの男がひとり突如消失した。
文字通り、目の前から消え失せたのだ。
「おい! 何があった!?」
リーダーが恐れ、大声を上げている。
ただ転移トラップで遠くの山に行っただけだ。
遠い海、あるいは深い土の下の密室などではないだけ、優しさがある。
それに某国Aにもダンジョンはあるだろうに。
どうやら、これが転移トラップだとは気づけなかったようだ。
もうひとりの男が作戦を遂行するため、突撃を始めた。
迅速に行動し、目標を精神魔法で屈服させる狙いだ。
だが、道の途中で突如……発狂した。
「アハハハハハハハ!! アハハハハ!! アハハハハハハ!!!」
男はリーダーに向かって走ってくる。
「お、おい! どうした! どうしちまったんだ!?」
この男はいつも冷静沈着。どんな時でも、クールに仕事を熟す男だった。
それが今、笑っている。
目の焦点があっていない。
これにはさすがに何をされたか気づいたようだ。
精神魔法を得意とするチームであるがゆえに、いつの間にか精神魔法を食らったとわかってしまった。
「クソったれ! まさか相手も精神魔法の使い手か!!?」
そう叫び、周囲を見回した次の瞬間。
自身の背中に標的――エルフが立っていた。
写真ではつけていたはずのメガネを《《外していた》》。
数日後。
その国で一番偉いとされている男の前に、情報局の人間がやってきた。
エルフのご招待を任されたチームの人間だ。
キリッとした表情で、なぜか今目の前にいる。
次官を通さずに、なぜかひとりで。
しかし、そんな事は些末な事だ。
偉い男にとって求めたとおりの報告さえ聞ければいい。
「ふむ。お前たちのチームが招待したのか。彼女は今どこに……」
そう言った次の瞬間だった。
チームの男は、胸元にひそませた拳銃を取り出し、数発放った。
ご丁寧にサイレンサー付きの拳銃だ。
あえて外した事がわかるように、一番偉い男の周囲に弾丸を放ち続ける。
「な、何を考えている!?」
偉い男は、突然の凶行に驚いてしまう。
「あのお方に対して、いかなる干渉も許さない。これは警告だ。次はない」
男の目は澄んでいた。
この日。某国Aでは大事件が発生した。
よりにもよって情報局の人間による殺人未遂だ。
だが、それはニュースになる事もなく政府内で片付けられた。
そして、エルフへの対応について慎重に審議される事となった。
◇
某国Bの場合。
「このミレニアムは、大いなる福音となるでしょう」
世界各地でダンジョンが生まれ大混乱が起きる中、とある宗教家のトップが言ったとされる言葉だ。
ダンジョンというものはモンスターが蔓延る恐ろしい場所だ。
そこで見るもの、手に入るものは、科学では説明できないものも多い。
人にスキルや魔法という祝福を与えもする。
二〇〇〇年を過ぎ、科学が全ての事象を明らかにする中で神秘が復権したのだ。
民衆の混乱は必定だった。
ゆえに救いを求める信者のために、その宗教家が伝えた言葉がこれだった。
確かにダンジョンは恐ろしい場所だ。
だが、次の千年紀に向けた大いなる試練であり福音となるだろう。
信者たちは、その言葉を受け入れた。
さて、そんなミレニアムから四半世紀ほど経った現在。
このタイミングで異世界から来訪したという異邦人が、極東に現れた。
異邦人はハイエルフという種族らしい。
宗教家は、会議にてその情報を把握した。
異世界からの来訪者という胡乱げな存在。
会議は紛糾したが、トップの意見はこうだった。
「特務局の者よ。こちらに」
「はっ!」
「調査し、悪魔であれば処断を」
彼らの組織には、悪魔――日本では妖魔――と呼ばれる悪しき者を殲滅する任務に就いている者たちがいた。
特務局悪魔殲滅機関。通称『アッシュオーダー』。
こと西洋において、悪魔の脅威はかなりの問題だ。
今はまだアッシュオーダーの活躍もあり、悪魔たちの凶行が表沙汰になっていない。けれど、かなりギリギリの状況だった。
だと言うのに、ここに来てハイエルフとは。
本当に異世界からの異邦人であればいい。
だが、悪魔が擬態しているのだとしたら……。
かなりの大問題になる。
ここでひとりの男が声を上げた。
「お待ちを」
この男は、会議では喋らず、立場もない、極東から来た男だった。
「君は確か極東の……タイマレンから派遣された者だったね」
「彼女について情報を。彼女は異世界人で間違いありません」
「ほう……」
「一条と退魔連がコンタクトを行っております」
「イチジョーか。詳しく聞かせてもらおうか……」
西洋の悪魔退治と、東洋の妖魔退治。
どちらも悪しき存在を滅する組織であるため、お互いに人員を派遣し、情報交換することで組織の強化を図っていた。
この極東の男は情報交換のため、この宗教組織の片隅に席を与えられた存在だが、信者ではないため、立場もなく、基本的には話を聞くだけの存在だ。
だがハイエルフ――ヘクサリアの件は、日本の一条や退魔連が絡む内容のため、意見を投じた次第だ。
宗教家たちの会議は長く続いたが、最終的な結論は「一条もいるようだし、一旦様子見。ただし、状況に応じてアッシュオーダーを派遣する」となった。
極東の男は、報告書でヘクサリアがどのような女性か聞かされている。
最初のコンタクト……一条家で行われた会議の際に、魔眼の桜庭が言いがかりをつけた結果、ひどい目にあったと聞かされている。
下手なことをすれば、どうなるか……。
なんとか問題を事前に解決して、極東の男は大きく息を吐くのだった。
◇
週刊誌の編集部員Cの場合。
日夜スクープを追いかけ、売れるためなら多少の誤報も気にしない。
例え、そのスクープの結果、裁判になっても気にしない。
なぜなら、それ以上の売上(利益)になるから。
彼は、そんな勢いに乗る週刊誌に十年近く籍を置くベテランの編集部員だ。
さて。彼は、現在いくつかのネタを追いかけている。
芸能人や政治家の《《やらかし》》は鉄板ネタなので、いくつものルートを使って事実確認をする。記事を仕込めば、後はファンや野次馬が勝手に盛り上がってくれる。
正義マンは、いつだって叩きたいから、彼からすれば有り難い存在だ。
盛り上がれば盛り上がるだけ、部数が伸びるのだから。
もちろん芸能人や政治家以外にも、扱っているネタがある。
今、世間を賑わせているハイエルフがとある中年冒険者の家にいるらしい。
どういった関係か探りを入れたいし、インタビューも行いたい。
異世界人のハイエルフが、なぜその冒険者と一緒にいるのか。
知りたい事は山程ある。
更にハイエルフは容姿も抜群に良い。
グラビアの交渉ができるなら、是非グラビアも何枚かお願いしたい。
そんな事を考えていたのだが、その目論見はうまくいっていない。
なんとも不可思議な事が起こっているのだ。
まず、この編集部員が行ったのは、子飼いのライターやカメラマンを使った身辺調査だが、その結果は散々なものだった。
編集部のオフィス。
彼は、目の前にあるPCを前にしてボヤく。
「なんだこれ。どの写真も使い物にならねえじゃねえか……」
カメラマンが撮った写真はどれも謎の影が映っている。
カメラマン曰く、望遠で周囲には何もない所から撮ったはずなのに、その全てに謎の影が映っており、空以外は塗りつぶされたように見える。
気になって写真を解析したが何もわからない。
心霊写真に出てくるエクトプラズムやオーブのように見える。
これではスクープの意味が違いすぎる。
オカルト雑誌に持っていけば、喜んでもらえるかもしれないが。
また、このカメラマンはこの写真撮影後に転んでしまい、当たりどころが悪かったのか、現在ケガで通院中だ。
写真と合わせてネタとしては合せ技で一本だ。オカルト雑誌なら。
その目線で見ると面白いもので、この冒険者の自宅周辺を探っていたライターのひとりは、謎の熱で三日三晩寝込み、悪夢や幻聴にうなされたらしい。
ライター曰く「もう嫌です! あそこ行くと、ほんとに足が重くなるんです!」との事だった。
編集部員からすると、《《バカらしく》》思ってしまう。
オカルトは確かに存在している。少なくとも新宿タワーの出現以来、より確実性を増している。それは間違いない。新宿タワーにはゴーストなるモンスターもいる。
新宿タワー以外では見たことはないが、現実に存在するのだろう。
けれど、散々恨まれているはずの編集部員は、今もピンピンしているし「呪ってやる」というお手紙をもらった後も元気に過ごしている。
言い換えれば。
ライターの発言は、いわゆる「一時の気の迷い」だろう。
だが……ならば、だ。
いっそ、この状況をまとめて記事にするのはどうだろうか?
カメラマンとライターが使い物にならなくなったのだ。
その分、記事として消化しておきたい。
内容は「ハイエルフに近寄ると祟りが起こる」だ。
オカルティックな感じだが、記事としては面白いものになりそうだ。
次週、次々週あたりに向けて記事をまとめるか。
そんな事を考えていると、編集長から呼び出しがかかった。
呼び出され、向かった会議室には編集長と管理部の部長がいた。
なんとも奇妙な組み合わせに思える。
それに、ふたり揃って顔色が悪い。
編集部員が座りながら、編集長に声をかけた。
「お待たせしました。何かあったんですか?」
よく見ると、編集長の顔は怯えているようにも見える。
本当に何があったのだろう?
「君、今ハイエルフの件、追いかけてただろう」
「はい。ちょうど……」
「今すぐやめろ。子飼いにも伝えておけ」
編集部員が「ちょうど今、記事にまとめようとした所」という言葉を続ける前に、編集長が声を被せてきた。
ここまでビビっている編集長というのは、珍しい。
「は? まあそういうなら……」
編集長がネタにNGを出すなら記事にならないから、もちろん止める。
記事というものは、時に編集が懇意にしている関係者からストップがかかるもので、「やめろ」と言われるのも慣れたものだ。
世の中には触れてはいけないネタもある。
ある種ベテランとも言える編集部員は、その辺りの事情にも詳しいので、聞き分けよく対応する。良くも悪くも慣れたものだ。
それにしても珍しい。
編集部員の前にいるふたりの身体は、今も震えていた。
管理部の部長が、どこかに向けて声をかけた。
「これでよろしいですね」
「ええ、もちろん」
どこからか、そんな声が聞こえてきた。
「それでは我々はこれで……」
編集長は足早に会議室を出た。
「き、君。彼から話を聞きたまえ」
管理部の部長は、それだけ言って同じく会議室を後にした。
「彼……って、え?」
会議室には、三人しかいなかったはずだ。
編集部員と編集長、そして管理部の部長。
他の人なんて……。
ふと、会議室を見回すと部屋の隅にスーツを着込んだ男性が立っていた。
「~~~~ッ!?!?」
編集部員は声にならない絶叫を上げる。
いつからいたのか。
少なくとも編集部員は全く気づかなかった。
目の前にいたはずなのに!
「すいません。退魔連の者です。今追いかけているネタについて、ご相談があるのですが……」
退魔連の者と名乗る男は、編集部員に向けて、にこやかに語りかける。
退魔連。
この手の仕事をする者にとって、一種のアンタッチャブル。
業界にいれば、名前を知る事になるが、表に出してはいけない存在。
下手につつけない、日本の裏に所属する組織。それが退魔連だ。
そんな組織に所属する人間が、今、編集部員の前にいるのだ。
ここで編集部員は気づいた。
自分は今、踏み込んではいけない領域に、足を踏み入れてしまったのだ。
「い、言い訳をさせてもらってもよろしいでしょうか……」
「いえ結構です」
退魔連の者は笑顔を絶やさなかった。
その後の話である。
この週刊誌では、ハイエルフを扱う事が禁止となった。
また、この編集部員は長い休職期間に入る事となった。
……なぜかは問うまい。
お読みいただき、ありがとうございます。




