武神登録
「……行ってくる」
「行ってきまーーーす!」
「はい、気をつけて行っておいで二人とも。それと成、もう服を汚したらダメよ?」
「……善処する」
土曜日で学校も休みだというのに、元気にはしゃぐ太郎とは反対に俺の心は晴れない。
何故かって? んなもん決まってる。
泥だらけの服で帰ったら、姉ちゃんにこれでもかってくらい説教されましてね。そりゃもう睡眠時間を圧迫するほどの影響が出たわけですよ。
いっそダンジョンに行った事を話そうかと思ったが、それはそれで危険な事をするなという流れになりそうだし、思いとどまった。
「しっかし怖かったなぁ成の姉ちゃん。さすがのあたしもビビッちまったよ」
「つっても太郎は怒られちゃいないだろ。俺に憑依してたから制服は無事だったし」
「そうそれ。今度から汚れそうになったら透かさず憑依するから」
俺を泥除けに使う気かよ……。
「ところでさ、今日は役所に武神登録しに行くんだよな?」
「そうだぞ。登録してコネクト手帳を貰わなきゃダンジョンへの出入りが困難だからな。つっても使い道はダンジョンだけじゃないが」
「手帳の事はいいんだけど、誰かと一緒に行く約束とかはしてないのか?」
「なんだ、休みなのに女の子とデートしないのはおかしい――とか言いたいのか? 生憎と俺には――」
「いや、道の真ん中で成宮が手を振ってんだけど……」
「……え?」
っと、よく見りゃホントに成宮だ。しかもこっち見て手を振ってる。
後ろにいる別人に振ってるわけじゃないよな? ――と振り返るが、やはり誰もいない。
「ちょっと幅滝君、さっきから手を振ってるのに無視するのは酷いんじゃない?」
「あ……ああ、すまんすまん。太郎と話し込んでたら気付くのが遅れてな」
「フフ、別にいいよ。うん、それこそ怒ってないから。じゃあ行こ」
「ああ」
「――って、ちょっと待った。俺、成宮と約束してたっけ?」
「うん、約束はしてないけれど、たまたま外に出たら幅滝君を見かけたから。きっと武神登録しに行くんだろうなって思って」
「ああ、なるほど。偶然バッタリってやつか」
「そうそう! ほら、早く行こ?」
たまたまにしては余所行きの服装にショルダーバッグを下げてるのが謎だが……まぁ気にするほどでもないか。
「ふ~ん……嘘だな」
「た、太郎?」
「…………」
ボソッと呟いた太郎に成宮の視線が突き刺さる。
「……太郎ちゃん、何が嘘なのかな?」
「間抜けな成は気付いてないみたいだけど、ドアの前にある地面に神力が込められてたやつ、あれやったの成宮だろ?」
「「え?」」
どういう事だ? 何のためにそんな事を?
つ~か、さりげなく俺を間抜け扱いとか。
「タネ明かしをしてやる。昨日の夜から今日の朝方までの間に、ドア付近の床に神力を仕込む。これによりそこを通過した武神使いがいたら成宮が気付くって仕掛けだ。恐らくだけど、成宮の能力は魔物や神力の感知に優れてるんじゃね?」
「…………」
顔を赤くした成宮が太郎を睨む。
こりゃビンゴか?
「成宮?」
「だ、だって、昨日も今日も太郎ちゃんと二人で楽しそうだったんだもん。特に昨日は補習が終わるのを待ってたのに高遠先生と出掛けちゃうし……。そのあと何にも音沙汰無しで、結局夜になっちゃったし……」
「あっ!」
そうだ、補習終わったら一緒に帰ろうって言われてたんだ、すっかり忘れてた!
「すまん成宮、これは全面的に俺が悪かった! お詫びと言っちゃなんだが、武神登録が終わったら今日1日付き合うぜ!」
「ホント!? じゃあ早く行こう、ほら早く早く!」
「お、おい、引っ張んなって……」
「こら、あたしを置いてくな!」
結果的に成宮を放置した事になるんだが、思いの外怒ってないな?
まぁそれならそれでいいか。
★★★★★
「番号札114番の方~、5番窓口までお越しくださ~い」
「住所変更なんですが――」
「――はい、お掛けになってお待ち下さい」
「あ、こちらにご記入をお願いします」
「「私たち、入籍なんです」」
「あ~はいはい。○ねリア充」
――で、役所に着いたわけだが、土曜日って事もあり中々の混み具合だ。
待たされてる間にタイムアップにならないだろうな?
「な~成、すっげ~退屈なんだけど」
「気持ちは分かるが我慢しとけ」
「そうだよ太郎ちゃん。節操のない子は退屈かもしれないけど、我慢して待とうね?」
ピキッ
「……ああ、そうだな。あたしは存在感のない女とは違うから気をつけないとな」
ピキピキッ
「フフ……」
「ハハ……」
な、なんだこの二人。すっげ~ピリピリしてるぞ!?
まだ数日しか経ってないのに、この雰囲気はなんなんだ……。
「番号札118番の方~、3番窓口までお願いしま~す」
やっと来たか。
「お、呼ばれてるぞ。早く行こうぜ」
「私は邪魔にならないように座ってるから、太郎ちゃんも邪魔しちゃダメだよ?」
「しね~よ!」
「落ち着けお前ら……」
なんでか知らんが今日はやけに疲れる日だな……。
けど午後にはパァーッと遊ぶつもりだし、さっさと用件を済ませよう。
「すいません、武神登録をお願いします」
「畏まりました。ではこちらの水晶に触れて下さい。憑依中の武神を感知しますので」
取り出してきたのはボーリング玉サイズの水晶だ。コレに触ればいいのか。
なら触る前に憑依させなくちゃな。
「太郎、頼むぜ」
「あいよ」
スッ……
「……へ?」
目の前で太郎が消えたため、受付嬢は目を白黒させている。
役所の人間でも実体化した武神は珍しいんだろうな。
「ほいっと。どれくらい触ってればいいんですか?」
「え……え、え~とですね、完了したら音で知らせてくれますので、それまで――」
ピピピピピ!
10秒も掛からずに終わったみたいだ。
「終わったみたいですね」
「そそそ、そのようですね。では少々お待ち下さい」
驚いちゃいるが、何とか平常心を保とうとする受付嬢の姉ちゃん。
すまんな、驚かせるつもりはないんだ。ただほんの少し自慢したいだけだから、大目に見てほしい。
「そのふざけたガキはどいつだ?」
「あ、い、いえ、けっしてふざけてる感じでは――」
ん? 奥から受付嬢とその上司らしきチョビ髭のオッサンがきたぞ? しかもなんだ、役所の人間同士で喧嘩か?
「お前は黙って指示に従えばいい。だが逆らうというなら……」
「……こ、この少年です」
「フン、ご苦労」
いや、喧嘩じゃないな。どうやらオッサンが気に入らないのは俺みたいだ。
しかもコイツ、上から下までジロジロと品定めをするように見てきやがって、随分と失礼なやつめ。
「……で、お前が上位神と契約した学徒か?」
「そうですが……それがなにか?」
直接は言わないが、お前には関係ないという雰囲気を醸し出してみた。
それが気に入らなかったのか小馬鹿にするように鼻で笑うと、さらに挑発をエスカレートさせる。
「フン、学徒の分際で生意気な。いったいどんなトリックを使ったんだ?」
「……は?」
「とぼける気か? お前のような青二才が上位神と契約できるわけなかろう。何か裏があるんだろう?」
何を言ってやがんだこのオッサン。
春の陽気に当てられて頭がおかしくなったのか?
「言ってる意味が分かんないんですけど、結局のところ因縁をつけてるって事でオケ?」
「こ、このガキ、言わせておけば――」
「ままま待って下さい部長! このまま手を出せば通報しなくてはならなくなります! それに多数の目撃者の前では言い逃れできませんなよ!?」
「ッチ……」
只事じゃないという雰囲気が周囲にも伝わり、俺の方へと視線が集中する。
しかもオッサンのせいで上位の武神と契約したのがバレて、にわかにざわつき始めた。
ったく、これじゃあ悪目立ちだし、舌打ちしたいのはこっちだぜ。
「フン、今日のところは見逃してやる。せいぜい虚勢を張って生きるんだな」
最後にコネクト手帳を投げて寄越すと、そのまま奥へと引っ込んでいく。
なんなんだアイツ。めっちゃ気分悪いぜ。
「す、すみませんお客様。あの人、武神と契約できた年下が気に入らないみたいで……」
「あ~いえいえ、お気になさらず」
事情が分かって逆にスッキリした。
要はただの八つ当たりだ。受付嬢もウンザリした顔してるし、今に始まった事じゃないんだろう。
「本当にすみません。問題行為は本部に報告してるんですけれど、手が回らないのか中々動いてくれなくて……あ、これ、ここだけの話にしてくださいね?」
「もちろん」
「ありがとう御座います。代わりと言ってはなんですが……あの人【真壁灯蔵】って名前です」
バラしていいのか受付嬢……。
いや俺としちゃ助かるし、役所を利用する際は注意しとこう。
「ねぇお兄さん、上位の武神と契約したってホント? 私見てみたい!」
「え……」
「そうそう、上位の武神は実体化できるらしいし、俺もみたいなぁ」
「あたしもあたしも!」
ヤベッ、さっさと帰ろうとしたらこれかよ!
「幅滝君、こっち!」
「お、おう!」
見かねた成宮に手を引かれ、そのまま所を飛び出していく。
外までは追ってこないがさっさと離れるのが吉って事で、テキトーに歓楽街へと走る。
『地味なくせに中々やるなぁ』
その成宮に助けられたんだ。礼くらい言っとけよ。
『ソレとコレとは別。それに成宮は成に対して色目を使ってくるから要注意だ』
なんだそりゃ……。色目なんざ使われた覚えはないがな。
『お前……鈍感だって言われたことない?』
成宮にも同じことを言われてたが……それがどうした?
『いや、なんでもない。けど成宮が少しだけ可哀想になった……』
はぁ? まぁよく分からんが、仲良くしてやってくれ。
「ハァハァ……この辺りまで来れば――」
ドン!
「キャッ!?」
「うぉっと!」
成宮と前から走ってきた男がぶつかった。
俺が両者を助け起こすと、透かさず互いに頭を下げる。
「ご、ごめんなさい! 私ったら前をよく見ずに」
「いや、僕の方こそ失礼したよ。はぐれた知人をサーチしてたら、前方が疎かになっていたようだ」
嫌なやつじゃなくてよかったな。
たまぁに当たり屋みたいなのもいるし、成宮には気をつけてほしいもんだ。
しかし俺と同年代に見えるこの男、どっかで見たような――あ!
「なぁ、お前ってさ、昨日ダンジョンに潜って魔物に捕まってなかったか?」
「ギクッ! ど、どうしてそれを? まさかあの人、周りにトークしまくったのか……」
やっぱりそうだ。
学校に割と近いダンジョンの地下2階で、和と一緒に泥人間に捕まってた男子生徒だ。
「うん? 幅滝君の知り合い?」
「ほら、今朝話した昨日のダンジョンの――」
「あ、それがこの人だったんだ」
弁明ついでに昨日の出来事は成宮には話してある。
高遠先生とデートしたと思われてたら後々面倒になりそうだったし。
「黙っとくのも面白そうだが、和が可哀想だから伝えとく。昨日の夕方にお前と和を助けたのが俺だ」
「おぉ、ならキミが幅滝君だね。改めてイントロダクションさせてもらうと、僕の名前は扇智春。その節はサンクスベリーマッチだよ。お連れの彼女も宜しくね」
「かかか、彼女って、ま、まだそういう関係じゃ……あ、でもでも、端から見たらそう見えるのも仕方ないのかな? うん、それこそ恋人同士に思われても仕方ないよね、うんうん。これって幼馴染みの特権みたいなやつで――」
扇としても、そういう意味で言ったわけじゃないだろうけどな。
つーか戻ってこい成宮……。
「お、おぅソーリー。ちょっとディフィカルトな事になったようだ……」
「まぁ気にするな。それより、誰か探してたんじゃないのか?」
「おっと、そうだった。実は和さんとはぐれてしまっ――」
「扇ーーーっ! なにチンタラやってんのーーーっ!」
背後から和光さんの声が聴こえる。
どうやら午後も平穏に過ごせそうにないなぁ……。