悪魔
ブレイクが成功し警戒態勢に入り、後はミサキの魔法陣の完成を待つだけとなると、ゴーギャン、オソロ隊との打合せを終えたバイオレットが戻って来た。
「どう、ミサキちゃんの方は?」
「はい。まだ制作中のようです」
クレアが答える。現役という事もあり、既にクレアは我が隊のサブリーダーだ。
「そう」
振り返るとミサキはまだロッドを地面に立て、線を描いている。
「このブレイクはどれくらい持つんですか?」
キリアもこの魔法は知らないようで確認を取った。
「しばらくは大丈夫。この鎖は私のじゃなくて、パイライトドラゴンの魔力で繋がってるから」
「そうなんですか……」
魔法の知識が無い俺には分からないが、バイオレットの言葉にキリアとクレアは驚いたように目を丸くし顔を見合わせた。
「一応この後の動きを教えておくね」
「はい!」
これがどういう原理なのか知りたそうな顔を見せた二人だったが、今は雑談をしているような時間は無いため、バイオレットは作戦の説明を始めた。
「ミサキちゃんの魔法陣が完成したら、さっきと同じように誘導してトラップまで運ぶわ」
「分かりました」
「タイミングはミサキちゃんに任せるけど、もしそれでもアプセット出来なかったら、また私がブレイクするわ」
「了解です」
バイオレットの鎖は何度でも使用する事が可能のようだ。ズルくない?
「でも私のブレイクは相手の魔力が尽きたら使えないから、そうなったらそのままキルするから覚悟しといて」
「はい!」
やはりどんな魔法にも制約はあるようだ。というか、そのままキルって!? アドラ達もいなくなったから、そうなったらもう俺は足手まといだ。あ、でも、キルってカッコいい。今のハンターは仕留める事をキルって呼ぶのが主流なんだ……
「それでなんだけど、わた……」
討伐……ではなく、キルに関してバイオレットは何か言おうとしたが、そこまで言うと突然グリッツ城がある丘の方を向いた。
それにつられて俺達も何かあるのかと丘を見た。しかし丘にもその上のグリッツ城を見てもなんら変哲も無く。木々の間から見える、晴天の下の古城はとても情緒があるだけだった。
だが、鳥か何かを見たのだろうと視線を戻してもバイオレットはまだ丘を見上げていて、クレアまでもが固まったように動かない。
「あの、どうしました?」
俺が声を掛けても二人は反応せず、キリアと首を傾げた。
「あの、バイオレットさん? 作戦の続きをお願いします」
少しの間待ったが、二人が動かない事に、さすがのキリアも声を掛けた。するとバイオレットが険しい表情でこちらを見た。
何!? 俺達何か怒らせるようなこと言った!?
「リーパー君!」
「はい!」
やっぱりこういう時怒られるのって俺!? キリアだっているのにずるく無い!?
「すぐにミサキちゃんの……」
またバイオレットが何か言おうとしたとき、グリッツ城から黒煙が上がるのが見えた。と思った瞬間、眼球が激しく揺れ、体の芯から揺さぶれるような大きな爆音が響いた。
あまりの音と振動に思わず目を閉じてしまう程の衝撃に、何が起こったのか分からなかった。
爆音は空の彼方に木霊するほど大きく、衝撃が治まった後でも遠ざかるのが聞こえるほどだった。
突然衝撃に驚いているとバイオレットが叫んだ。
「皆逃げるわよ!」
災害!? 災害が起きたの!? こりゃ大変だ!
「どういう事だバイオレット! 何が起きた!」
ゴーギャンも何が起きたのか分からないようで、バイオレットに叫ぶ。
「悪魔よ! 悪魔が召喚されたの!」
悪魔!? ……悪魔って、冒険者失敗したの!?
「とにかく皆は軍の拠点に急いで!」
「…………」
ゴーギャン達はバイオレットからでも事の成り行きを聞いたのだろうが、そのせいもありいまいちピンと来ていないようで、なかなか行動を起こそうとはしない。
「何やってんの! 早く逃げなきゃ殺されるわよ!」
「しかし」
「良いから早く逃げろ! お前たちは感じ取れないんだろ!」
討伐目前の獲物を前に、足踏みをするゴーギャンにクレアが叫んだ。
感じ取れない? クレア達は悪魔の存在を感じてるの!?
「早く!」
必死に説得する二人に、やっと状況を把握できたゴーギャンは、「お前ら逃げるぞ!」と大声を出し、避難を開始した。
ハンターとしてはゴーギャンの方が上のようで、オソロ兄弟も素直に避難を始めた。
「私達も逃げるわよ!」
ゴーギャン達が避難を開始するのを確認すると、バイオレットの掛け声の元俺達も避難を開始した。しかし、それが聞こえているにも関わらず、俺が駆け寄ってもアドラとロンファンは腰を下ろしたままで立ち上がろうとしない。
「おい! お前たちも逃げるぞ!」
「え? なんで?」
なんでって! アドラはさっきの事を根に持って否定したのかと思ったが、いつもの呑気な口調に、本気で理解していないと気付いた。
「悪魔が出たんだよ! ここにいたら殺されちまうだろ!」
「え? 師匠本気で言ってんのか?」
「本気だよ!」
呑気! アドラには悪魔を感知できないようで、全く話が通じない。
「ほら逃げ……」
アドラでは駄目だと思い、ロンファンを連れて行けばさすがについて来ると思って声を掛けたのだが、ロンファンが尋常ではない怯え方をしている事に気付いた。恐らくロンファンは悪魔を感知できるようだ。
「何やってんの! 早く逃げるわよ!」
もたもたする俺達に、バイオレットが戻ってきてくれた。リーダーとして置いて行くわけにはいかないのだろう。
「すみません! 今行きますから!」
「今行くって……あっ……皆! ちょっと来て!」
バイオレットもロンファンの怯え方を見て、動けないのだと悟ったようだ。そこでクレア達に助けを求めた。ミサキ達と合流していたクレア達はそれに気付き、先に行ったゴーギャン達を追うのを諦め戻って来た。
「どうしました!」
「この子が怯えちゃって動けないの! 皆手を貸して!」
「分かりました!」
緊急を要するため、クレア達は強引にロンファンを連れ出そうと手を出した。しかし怯えて興奮しているロンファンは、牙を見せて本気で威嚇し始めた。人を怖がるロンファンには今はクレア達が近寄るだけでも怖いのだろう。
「ロンファン!」
俺が名前を呼ぶと喉から鳴らす威嚇音は消したが、それを見てクレアが手を出そうとすると、再び威嚇する。
「クレア! 今は手を出すな!」
ここまで威嚇する姿を見るのは初めて会ったとき以来だ。あの時は時間を掛けて距離を詰められたが、今の興奮状態のロンファンでは何をされるか分からない。
「バイオレットさんたちは先に行って下さい! ロンファンとアドラは俺が連れて行きますから!」
「でも!」
「今は時間がありません! 最悪俺達は森の中にでも隠れてやり過ごしますから、皆を連れて先に避難して下さい!」
今のロンファンには俺ですら手を出すのは怖い。しかしこの二人は置いていけない。悪魔もこんな所に三人もいるなど思わないだろうと願い、皆と避難する事を諦めた。
「…………分かったわ! クレアさんたちは皆を連れて先に逃げて! 私はリーパー君たちとロンファンちゃんを連れて逃げるから!」
「それっ……」
「分かりました。俺達は先に拠点に戻ってます!」
クレアは駄目だと言おうとしたが、それをキリアが止めた。こういう時はやはり男性の方が冷徹で良い。
「ありがとう。じゃあ皆は行って!」
「はい! 行くぞ!」
「し、しかし……」
「行って!」
「くそっ! リーパー必ず来いよ! 約束だからな!」
最後まで粘ったクレアだが、キリアだけにマリアとミサキを任せるわけにはいかず、約束を口にして去って行った。
約束という言葉はプロポーズに使っちゃ駄目じゃない? ここで俺がヒーみたくオッケーしたら付き合ってくれるの? あ、でも、あいつこの辺の出身じゃないから関係ないか。
もしかしたらもう会う事は出来ないかもしれないという状況だからこそ、クレアの最後の言葉に笑みがこぼれた。




