今を生きる者
走り出したロンファンはあっという間にゴーギャン隊に近づくと森の中へと飛び込み、ほとんど間を置かず茂みから飛び出し、パイライトドラゴンの背中に飛び乗った。
恐らくと言うか、絶対アドラが呼んだのだろう。あの二人は戦闘になると勝手に判断して、俺の指示など一切聞かない。一番危惧していた事態だ!
「おお! さすが孤狼! なんという速さだ……」
初めてロンファンの全力疾走を見たクレアは、驚きと歓喜の声を上げた。頭を低くして走る本気のロンファンは、狼と呼ぶには相応しいのかもしれない。しかしすでに一人失ったよ!? どうすんの!?
「悪い! 今呼び戻すから!」
これ以上各方面に迷惑を掛けられない! ここは強引でもロンファンを呼び戻す! そう思っていると、クレアがまさかの発言をする。
「いやいい! あれはシャイ・フォンのロデオをという戦術だ! ここは任せた方が良い! それに、そっちはお前一人で十分だろ!?」
全っ然俺が考えた亜空間殺法が浸透していない! じゃなくって、マジで言ってんの!? 確かにこっちはゴーギャン隊がいるから俺がいなくても大丈夫だろうけど、邪魔者増えてるんですけど!
「バイオレットさんすみません! 今二人を降ろします!」
クレアでは話にならない! それにバイオレットのブレイクの邪魔にもなる! そこで木の上で待機する隊長に、ここを離れる許可を貰うため声を掛けた。しかし、
「大丈夫! あの二人はあのままで良いわ!」
えええ! 何が良いの!? もしかして二人もろともブレイクする気!?
少し離れた木の上で、聞こえるように口に手を当て笑顔で返事するバイオレットも、何故か嬉しそうな表情を浮かべている。
「で、でも!」
「大丈夫! 私を信じて!」
とてもリラックスした笑顔を見せるバイオレットには自信と余裕が感じられる。その表情にバイオレットを信じる事にした。というか、今ここで揉めてもなんの得もならない。アドラは大丈夫だと思うけど、ロンファンは心配だ。だが、シルバークラウンにまでなったバイオレットの実力を信じるしかない!
振り返るとロンファンの加勢もあり、パイライトドラゴンはさらに激しく暴れている。だがどういうつもりか、アドラだけはドラゴンライダーのように剣を振りかざし、周りのハンターを振り払うような動きをしている。アイツは何がしたいの!?
「凄いな! あれで幾多のヌクを討伐して来たのか!」
クレアもあれを見て興奮しているが、こいつも何が見たいの!?
しかしロンファンの加勢があってもパイライトドラゴンの歩みを止める事は出来ず、徐々に前進してくる。やはり俺達も加勢しなければ止められないようだ。
それはゴーギャンも理解したようで、仲間のハンターに声を掛け、戦線を離脱させてこちらに走らせた。
「すまない! リーダーは誰だ!」
「あそこの木の上で待機しているバイオレット殿だ!」
「ありがとう!」
俺よりは若いが、良い顔つきをしてしっかりしている。傷だらけの防具も着こなし、体の動かし方も一流だ。おそらく彼もSランクなのだろう、とても頼もしい。
バイオレットの位置を確認した彼はすぐさま駆け寄り、大きな声で状況を伝える。
「バイオレットさん! 俺達では止められないので加勢をお願いします!」
「分かってるわ。こっちも準備が出来てるからそのまま歩かせて」
戦線を離れたばかりの興奮状態の彼に対し、バイオレットは穏やかに言う。
「平原でドロップに落とすんですけど、まだ準備が出来てないからブレイクします! だから」
「落ち着いて。作戦は聞いてるから大丈夫。私もここでブレイクするから、ゴーギャンに伝えて」
「分かりました!」
慌てている事もあるのだろうが、俺達のパーティーのリーダーを知らなかった事と説明するかのような口調に、彼らが後方の状況を理解していない事に気付いた。彼らはそれほど前から戦っていたのだろう。そう思うと呑気に準備していた自分が恥ずかしくなった。クレア達が強奪なんてしてるから悪いんだ!
状況を確認した彼は、直ぐに踵を返し戻っていく。その途中俺とクレアの間を彼が走り去る時、一瞬だけ見えた顔に当時の自分が重なった。そして、もう俺は現役では無いと悟った。
五年ほどと言われるハンターの寿命。その中で俺は必死になり戦い生計を立てた。あの頃はどんなモンスターを前にしても、必ず狩猟してみせるという気持ちがあった。だが今の自分はどうだ。目の前のパイライトドラゴンに臆し、あわよくば自分は参加せず討伐出来れば良いと思っている。そんな気持ちが彼らと自分の間にある、情熱という温度差を感じさせた。
何が貴重な知識と経験だ。一線を退いた俺はEランクのハンターより劣る。Aランクライセンスを持っていても、現役で戦っているハンターの方がよっぽどマシだ!
力無くとも今を戦う者と、過去に力のあった者。どこの世界でもOBとは大切にされるが、それは過去の栄光でしかない。例え昨日今日ハンターになった者でも、今を戦う奴の方が断然偉い!
心のどこかでは、「自分は各地を渡り歩きAランクまでになったハンターだから、例え同じAランクのクレア達でも俺の方が先輩だ!」という気持ちがあった。だが実際自分がそうなって初めて知った。俺はただの老害だ!
「おい! そろそろ位置につけ!」
迫るパイライトドラゴンを前に感傷に浸っていると、クレアが叫んだ。
「お、おお!」
本来ならとても戦える精神状態ではない。それでもみっともない自尊心はある。
今の俺に何ができるのかは知れている。しかし少なくとも今の俺は貴重な戦力の一人だ。例え主力にはなれなくともやれることはある!
役立たずと呼ばれても、情けない人生とだけは呼ばれたくない俺は、気持ちを切り替え草むらに入り、決戦に備えた。




