第6話 幕間:まあ、また会ったらねー
その日のリリアの配信は、珍しく迷宮ではなく自室から始まった。とはいっても部屋全体を映しているわけではない。背の低い卓の上に撮影具を置き、寝台の端へ腰掛けたリリアを胸元から上だけ画角へ入れている。背景には白い壁と棚が少し見える程度で、探索道具も大剣も映っていなかった。黒い長髪も今日は後ろで簡単にまとめていて、戦闘中よりいくらか幼く見える。
「はい、今日は雑談だけねー。潜らないよー。充電期間ー」
珍しい。雑談枠たすかる。装備解説して。今日のスカートは?
流れてきた一文を見て、リリアはほんの少しだけ視線を下げた。自分の身体を確認する必要などないのだが、確認するような仕草まで含めて配信の癖になっている。
「部屋の中だから履いてないよー。そして見せることもないのでもう言及しない方がいいー」
え。おい。待て。情報が増えた。見せないならセーフなのか?
「はい、この話ここまでー。想像した人は自分の中だけにしまっといてねー。言語化するとチェック対象だからねー」
粛清基準が難しい。自分から言ったのに。罠だろこれ。
「罠っていってもコメントブロックされるだけじゃんー。優しいくらいでしょー」
口調はいつも通り気が抜けているのに、コメントの流れはきれいに別の話題へ移っていく。長く見ている視聴者ほどこの辺りの扱いには慣れていた。
リリア自身、見られることを嫌がってはいないし、配信衣装も見られる前提で選んでいる。ただ、自分が許している見せ方と、他人から言葉にされることの間には本人なりの境界がある。
その線がどこに引かれているかを細かく検証しようとした者から順番に消えていくので、現在のコメント欄にはかなり高度な自治が成立していた。
「で、今日は何話そうかなーと思ったんだけど。修復さんの配信、見たよー」
来た。名付け親。鋼角犀のやつ?
「それー。四時間二十六分のやつ。長かったー」
全部見たの?
「途中からー。開いた時にはもう二時間くらい戦ってた。最初、表示見間違えたのかと思ったもん」
リリアは卓に肘をつき、掌へ頬を乗せた。視聴者に頼まれて配信を見ることは珍しくない。他人の戦闘を見て感想・解説を言う企画も何度かやっているし、有名どころなら普段から多少は目を通す。
けれど修復さんについてはあの日迷宮ですれ違うまで存在すら知らなかった。自分が適当に呼んだ名前だけが妙に広がり、気がつけばこちらの視聴者からまで修復さん修復さんと言われるので、それなら一度くらい見ておこうと思っただけだった。
修復さん強かった?
「あー。それ、答えるのちょっと難しいねー」
弱い?
「まさかー。弱いなんてないよー。でも、みんなが強いって聞いて想像する強さとは違うかなー」
そこでリリアは少し考え、空いた手を横に振った。何かを説明するための小さな手振り。
「例えばねー、わたしなら鋼角犀相手に四時間もやりたくないの。硬いところ避けて、動かして、ひっくり返すなり首の下取るなりして、できるだけ早く終わらせたいー。長引くほど事故も増えるー。でも修復さんは、たぶんそこが逆なのー」
逆? 長い方が有利ってこと?
「有利っていうかー、時間が経っても不利になりにくいー。灯りも探知も罠も補強も、ずーっと残ってたでしょー。普通なら四時間も戦えば、どっかで魔力を節約しようとか、この術式はもう切ろうとか考えるんだけど、あの子はほとんど切れなかったー。それで相手だけが床壊したり、柱壊したり、疲れたりして、使えるものが増えていくからー」
修復さん本人も怪我してた
「そこはそうー。だから無敵じゃないよー。むしろ本人は普通に危ない。肩やった時とか、見てて嫌だったもんー」
心配してる。ママの情
「はい、変な関係にしないー。一回会っただけだからねー」
でも配信見てる
「みんながへんに話題を広げちゃうから見たのー」
つんでれー
「つんでれー?」
自分の口調を真似したコメントを拾って、リリアが笑った。否定して終わらせてもいいところも一度返し、コメント欄が少し速くなれば別の話題を拾って流れを変える。
「だからあの戦いは、強い、じゃなくてすごいのー。最初は地味だなって思ってたけど、途中から何を残して何を壊させるか見る方が面白くなってくるー。鋼角犀が次に踏みそうなところだけ弱いまま残したり、壁は直すのに隣の柱はそのままにしたりー」
解説助かる。見てても何やってるか分からん時ある。後から分かる配信
「そうそう。後から分かるんだよねー。あー、ここ一時間前に直してた場所じゃんー。あの時の補強これに使うためだったんだー、ってなる」
リリアはそこまで言ってから、一度だけ唇を閉じた。戦闘の映像を思い起こしている。
修復さんは大きな攻撃をひとつも持ち合わせていないようだった。鋼角犀の甲板を貫いたわけでもなく、巨大な魔法で吹き飛ばしたわけでもない。
四時間以上かけ、相手に走らせ、壊させ、踏ませ、疲れさせて、最後には自分で荒らした回廊の中へ自分から嵌まり込ませた。
「わたし、ああいう人とは戦いたくないなー」
そんなに? リリアなら普通に勝てるだろ。相性悪い?
「相性で言うなら明確にわたしが有利ー。でも勝てるとは断言できない-。わたしが壁壊したら内心で喜んでそうでしょー」
草。想像できる。修復さん「あとで使おう」。
「そう。それ嫌でしょー? こっちは攻撃したつもりなのに、戦場の材料増やしてるかもしれないんだよー」
もちろん本当のところはやってみなければわからない。人間なら罠を見て避けるし、床を選んで踏むし、修復中を狙うこともできる。修復さんの思い通りになることの方が少ないのかも知れない。
それでも相手が何気なく触った壁や床について、十分後まで意味を考え続けなければならないのは面倒だ。リリア自身、戦闘中に周囲を見ることには自信がある。それでも見えるものが多いことと、二時間前から残っている細工を全部覚えていられることは同じではないのだから。
修復さんの一番すごかったところどこ?
「んー?」
少しだけ長く考えた。
「盾かなー」
魔法じゃないんだ。地形利用じゃなく?
「盾ー。壊された後に直したでしょー。それで直ったと思ったらまた壊したー」
いつもの。修復さん装備は壊れてからが本番。
「そうー、でもよく考えてみて。ふつうのひとは武器を壊してしまったら終わりなんだよー」
修復さんが半分だけ繋いだ盾を床へ差し込み、鋼角犀の突進をずらすための楔として使った場面を思い出す。
普通なら壊された装備は損失であり、直せたなら次は壊さないように使う。修復さんにはその概念が無い。直せるから壊してもいいという単純な話でもなく、壊した状態に用途があるからこそ割ることさえも織り込み済みで行動しているように見える。
「自分の武器を大事にしてないわけじゃないと思うー。むしろ戦い終わったら一番最初に拾って直してた。でも戦ってる間は道具に完成形がない感じー。盾だから盾として使わなきゃって思ってないんだよねー。板になったら板で使うし、破片になったら楔にするし、終わったらまた盾に戻してって感じでー」
それは強いな。器用万能。能力より判断力って前から言われてる。
「うん。能力だけもらっても、私は同じことやれないかなー。というかやりたくない。四時間は長いー」
リリアなら十分で終わらせそう
「そうだねー。そうしないと危ないしー」
修復さんと組んだら? コラボしよう。名付け親責任
「だから名付け親責任って何ー」
コメント欄がまた少し速くなる。リリアは流れていく文字を眺めながらいくつかを見送った。コラボしろ、二人で潜れ、修復さんに大剣を直してもらえ、リリアが壊して修復さんが直せば永久機関だ、と好き勝手な文字列が続いている。
「別に、会ったら話すくらいはするよー。でも無理に一緒に潜るのは違うと思うー。修復さんはソロで自分のやること全部決めてる感じだったしー。私が横で大剣振ったらたぶんあの子の計画の半分くらい壊しちゃうよー? 噛み合わないと思うー」
むしろ喜ばれるのでは。それも利用されそう
リリア「壊した」 修復さん「あとで使おう」
「仲間扱いされなさそー」
そう言いながら、リリアはそれほど嫌そうではなかった。
戦い方そのものはまるで違う。自分は身体を動かし、剣を振り、相手の反応を見てその場で勝負を決めていく。
修復さんは戦場のほうを少しずつ変え、一つ前の行動を次の行動へ繋げていく。もし一緒に戦えば噛み合うのか、それとも邪魔になるのかは映像だけではわからない。
「まあ、また会ったらねー」
期待。フラグ。次回コラボ決定
「決定してないよー。そういうの勝手に増やさないー」
今日のスカートも増やして
「中じゃ無くてスカートそのものの話だからいまは見逃すけど二度目は無いよー。文脈を判断するのもわたしの気まぐれ次第ー」
あ。逃げろ。粛清。さらば勇者
「配信終わってから確認するねー」
にこりと笑う。語調は最初から最後まで変わらない。
そのまま別の質問を拾おうとしてリリアは卓の端に置いていた飲み物へ手を伸ばした。
画角から外れたところで脚を組み替え、冷えた果実水を一口飲む。戦闘のない日には胸当ての硬さも革の長靴の締め付けもない。寝台の布が素足に擦れる感触だけがある。
「じゃ、次の質問ー。修復さん以外の話もしていいからねー」
修復さんの好きなところ。修復さんと次会ったら何する? 修復さんに直してほしいもの
「聞いてたー?」
投影板いっぱいに同じ名前が増えていくのを見て、リリアは困ったように笑いながら、もう一度果実水へ口をつけた。




