第4話 修復さん
今日は古い採掘灯を回収する依頼を受けた。硝子根の迷宮の八層。百年以上前の型で、中に入っている魔力板をギルドの資料室が欲しがっているらしい。壊れていても構わない、と依頼書にはあった。修復の面倒がない。
八層は床から半透明の鉱脈が盛り上がっていて、足元があまり平らではない。探知を薄く広げ、歩けるところだけ灯りを落としながら進む。
しばらく歩くと、かなり先から石の砕ける音がして立ち止まる。魔物の音にしては一定ではなく、金属の響きも混ざっていた。
誰かが戦っているのだと判断する。進んで干渉する主義でもないけれど、採掘灯がある旧詰所へ行くにはどうしてもこの広間の端を通る必要がある。
近づくと、わたしの配信のコメントがそのひとを捉える。
リリアだ。ほんとにリリア。相変わらずスカートすごい。
目を向けるとやはり戦いのさなか。牛くらいの大きな魔物を、小柄な女性冒険者が翻弄しているように見えた。
晶殻蜥蜴だ、推奨討伐人数四人。コメント欄が言う。
背中から硝子根と同じ半透明の結晶が何本も突き出している。鱗そのものも硬いけれど、尾を振るたびに結晶片を飛ばす。
「よいしょー」
そんな魔物を相手に、脱力した声。大剣が横へ走り、魔物の尾を弾いた。本人の配信は大量にコメントが流れているらしく、彼女は戦いながら視線だけを敵と配信石を行き来させている。
「リリアさんという方、有名な人ですか」
リリア知らんの? 知らないの逆にすごい。 登録者数上から数えたほうが早いランキングトップ勢。
「なるほど」
相づちを返しながら戦いを眺める。彼女は自分の背丈よりずっと長い両手剣を振っていた。刃は厚く、剣身の根元には風抜きの丸穴が三つ縦に空いていたけれど、どう見ても軽いわけがない。
黒い髪が腰より下まであり、動くたびに大きく広がる。膝上まである焦げ茶色の革のブーツは、厚い底と金属の留め具がついていて、迷宮で履くものとしてわかりやすかった。
けれどそれに対して、そのブーツと胴鎧のあいだに存在する布地があまりにも少なすぎた。スカートが短い。布がそこで終わっている理由が、実用上はほとんど見つからないくらい短い。
ダンジョンでの実用など関係のない、前世での似た服装が思い起こされた。雑誌とか、夏の街中とか。
こちらの世界ではめったに刺激されない記憶の場所をかすかに指で触られたような感覚。
配信の画面越しに可愛さを魅せる、というのであれば、たぶんよくできた服装なのだと思う。翻る黒髪。きわどく揺れるスカート、振るわれる大剣の軌跡。そういう映り方を計算しているのだと思う。
そう、絶対領域、なんて言葉が向こうにはあったっけ。
ただ、現地で同じ床に立って横から見ているわたしにとってはまったく違う光景に映るのだった。
「なんであのひとは下着丸出しなんですか」
言うな。本人の枠でそれ言ったら死ぞ。中身への言及は一発アウト。
「アウト?」
配信後にコメントチェックされて、中身に言及した人間はまとめて即ブロックなんよ。
短いスカート助かるとかふとももかわいいまではOK。中身についての言及は一切ダメ。
だからリリア枠は意外と紳士的。
節度は粛清によって保たれているらしい。わたしがそう思っているあいだにも戦いは進む。
次の瞬間には彼女は剣先を床に振り下ろし、その勢いのまま自分の身体を浮かせていた。蜥蜴の爪が下を通り過ぎ、彼女は剣の柄を握ったまま一回転。遠心力に乗るような挙動で剣を引き起こし姿勢を傾ける。刃の腹が蜥蜴の顎へ叩きつけられた。
自分を中心に剣を振っているというより、剣を中心に自分の身体を振り回している。前の世界の言葉で似ているものを探すと、棒高跳びくらいしか思いつかない。ただし棒高跳びの棒はしなる。あの大剣が真ん中から大きく曲がって、ばねのように元へ戻っているわけではない。
遠心力を使っている、というのはわたしの見たままの印象であり解釈ではある。けれどそれでは、遠心力を作るための最初の一振りの説明がつかない。
あの小さい身体の腕力が桁外れなのか、それとも身体強化のようなものなのか。魔法のある世界なのだから、そういうことができる何かもあるのだろうとだけ思った。
わたしはそういうところで考えるのをやめるのが比較的早い。
「中身への言及は禁止とはいっても、コメントをブロックしたところで下着を見られることは止められないのでは」
そも本人が堂々と下着丸出しで戦っているのだが。と首を傾げる。
本人も見られるのは気にしてない。言及されるのが嫌らしい。言語化するな、黙ってろという鉄の掟。
見られるのはよくて、言われるのは駄目。
そこには少し不思議さがあったけれど、それ以上考えるほどでもなかった。配信主が自分の配信で何を禁止するかは、配信主が決めればいい。スカートの中が見える服を着ることと、それについてコメントされたくないことは、本人の中では別なのだろう。黙って見ることまで禁止するなら服を変えるほうが早そうだけれど、そうしていないのだから、見られることそのものは困っていないらしい。そういうこだわりなのだと思った。
戦況が変化する。晶殻蜥蜴は強いが彼女が負けるようには見えない。動きにも余裕があり、話すのも止めていない。
変わっていくのは、広間の床。何度も大剣と尾が当たったせいで、硝子根の出ている石床が割れ、中央の一段高い場所だけが残っている。その下には古い排水路があるらしく、ひびの奥から水の音がした。
彼女が次に踏もうとしている石板も、一方の端が浮いている。
わたしは広間の端にしゃがんだ。
お。 参戦?
コメントには答えず、割れた端の二か所だけを繋ぎ、下の石へ補強を流す。隣の範囲には手をつけない。そちらはすでに中央にひびがあり、大きな重さがかかれば割れる。
リリアさんが後ろへ跳ぶ。直した石へ片足が乗る。そのまま大剣を床へ刺し、身体を外側へ振る。追ってきた晶殻蜥蜴は隣の石板へ前脚を置く。魔物の足場だけが排水路へ崩れ、蜥蜴の身体が傾いた。
「およ」
彼女が一度だけこちらを見た。すぐに状況を理解したらしく、大剣を持ち直す。
「感謝ー」
大剣が上から落ちた。晶殻蜥蜴の背中の結晶がまとめて砕け、床を転がる。蜥蜴は前脚を引き抜こうとしたが、リリアさんは剣の根元にある穴の一つへ足をかけ、そのまま柄を引いた。小柄な身体が剣の周りを半周し、刃が今度は下から持ち上がる。
蜥蜴の顎が跳ねた。
「行きますか」
え。もう? 有名人いるのに?
「採掘灯の依頼があるので」
見ていかないの。
「もう勝ったでしょうし」
実際、魔物はもう動いていない。探知にも動く反応はほとんど残っていない。わたしは直した床から魔力を切り、広間の端を通って旧詰所へ足を向ける。
有名配信者とはいっても、戦闘が終わるまで待って話しかけるほどの理由もない。床は必要なぶんだけ直した。向こうも困っていない。
「ちょっと待ってー」
しかし後ろから声がしたのでけっきょく振り返る。
大剣を肩へ載せてこちらへ歩み寄るリリアさん。戦いが終わったばかりなのに息はほとんど乱れていない。近くで見るとやっぱり小さい。顔も整っていて、あれだけ大量のコメントを見ながら戦って、ちょうどよく拾って返している。話すのが上手い人だと思った。人気が出る理由は、服装を抜きにしてもわかる気がした。
「床ありがとー。晶殻蜥蜴の足場を脆くしたんじゃなくて、わたしの床をいじってくれたんだねー」
理解の正確さにすこしおどろく。戦闘慣れと配信慣れ。わたしとは別格の位置に居る人なのだろう。
彼女の浮遊する配信石がこちらへ向いたので、わたしは半歩横へ動いた。
「あ、映るのだめー?」
「できれば」
「じゃ外しとこー」
リリアさんが指を振ると、配信石がすぐ横を向いた。こういうところも慣れている。
「お名前も出してないー?」
「そうですね」
「じゃー、修復さん」
わたしのコメントにも、修復さん、と流れた。
修復さん。いいじゃん。ついに呼び名が。まさか名付け親がリリアになるとは。
「あっという間に名前がついてしまいました」
勝手に物事が進んでいく感じ、これが有名人の影響力というやつか、とこの文化の一端をぼんやり思う。
「ごめん、いまのはわたしがうかつに発言したせいだなー。嫌だったら止める-」
いいえ、とわたしは首を振る。
「それでいいです」
「ありがとー」
そうしてお互いに別れる。
ナンパじゃないよー。すぐそういうこと言うー。と彼女はコメント欄と会話をしながら、砕けた晶殻蜥蜴の結晶を拾い始める。大剣を片手で地面へ立てかけ、もう片方の手で戦利品を袋へ入れていく。さっきまであれだけ大きく動いていた黒髪は、今は背中へまっすぐ落ちていた。スカートだけは、立っていてもやっぱり短かったし、屈めばやっぱり下着が丸見えだった。
旧詰所を目指して、灯りをひとつ前へ送り、探知を左右へ薄く広げる。コメント欄はまだ、修復さんと呼びかける声が残っていた。
そういえば修復さんの依頼まだ始まってすらいないんだった。採掘灯ってなんだっけ。修復さん道そっちで合ってる?
「急に呼びすぎです」
灯りをひとつ足元へ寄せて歩く。名前というものは、本人が決めなくても決まることがあるらしい。
さっきまで大剣が石を割る音のしていた広間は、二つ角を曲がるともう聞こえなくなった。代わりに靴の底が硝子根を踏む硬い音と、鞄の中で工具が触れ合う小さな音だけが残った。




