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第1話 わたしの魔力はなくならない。なくならないのだけれど

 わたしの魔力はなくならない。なくならないのだけれど、たくさん出すことはできない。水道の蛇口をほんのすこしだけ開けて、それが何日でも何年でも流れているみたいなもので、炎の竜を呼んだり、山を割ったり、そういうことはできない。

 転生チートと呼ぶにしては、たぶん地味なほうだと思う。でも、暗いところで灯りを消さなくていい。眠っているあいだも探知が続く。ひびの入った壁を補強し、錆びた蝶番を直し、誰かが捨てた剣を、また剣だったころの形へ戻すことができる。そういうところは、けっこう、わたしに向いていたし、戦いの素人でしかないわたしには有り余るほど恩恵であることは確かだった。


 その日は青砂の迷宮の六層へ行った。いくつかあるダンジョンの中では、二番目くらいの、脱初心者向けくらいの難易度。

 配信石を肩ひもの金具につけると、半透明の文字が目の前にいくつか浮かぶ。

 朝から潜るのめずらしいとか、今日は何を拾うのとか、また盾こわすのとか。みんな、わたしが盾を壊すことをすこし楽しみにしている。壊して直してを無限に利用するようなわたしの戦い方は、好きな人には好かれているらしい

 わたしとしては頑丈で重い盾など持てないだけでもあり。そして、壊れるべきときに壊れない盾は、わたしにとってはたぶんあまりよくない。そんな事情があるというしか無いのだけれど。


「きょうは古い昇降機を見ます。うごかなかったら帰ります」


 帰る判断が早すぎると文字が流れた。早くない。帰れるうちに帰るのがいちばん安い。


 六層。うすい青色の砂が積もっている。靴で踏むと乾いた雪みたいな音がした。わたしは小さな灯りを三つ出して、一つを前へ、一つを後ろへ、もう一つを頭の上に置いた。それから探知を床に這わせる。魔力は細い糸になって、壁の割れ目や砂の下をゆっくり進む。

 そのあいだに道具を確かめる。短剣が二本、折りたたみの槍が一本、木と鉄でできた盾が一枚。小瓶の水と、固いパン。それから修理用に拾っておいた、何に使うのかわからない歯車が七つ。


 前方に反応みっつ。砂潜り。人の腰くらいまである虫で、砂の中から脚だけを出して待っている。強くはないけれど、近づくといっせいに跳ぶ。その無秩序な動きを目で追いきることはできないのがやっかいだ。

 わたしは床に短剣を一本刺す。その柄と壁の金具を細い結界でつなぐ。結界は敵を止めるほど強くない。でも動きをほんのすこし鈍らせることはできる。

 そのあいだに、わたしは砂を踏み固め、盾の縁を補強し、槍の継ぎ目をわざと弱くして備える。


 砂潜りが跳んだ。最初の一匹が結界に触れた。空中で姿勢を崩した。

 わたしは盾を斜めに出した。ぶつかった虫の重さで、木の板がまんなかから割れる。

 コメントが速くなる。盾。やっぱり。びっくりしたな顔の絵文字。

 割れた盾が地面に落ちる。その重量が二匹目の脚を挟んだ。三匹目には槍を突き出す。穂先が甲殻にはじかれる。弱くしておいた継ぎ目が折れ、柄の中から仕込んでいた細い鎖がほどけた。

 虫の脚へ絡まる。その端を床の短剣へつなぐ。わたしは距離をとって灯りを低く走らせた。床を緩慢にすべるねずみ花火の軌道。

 明るいものを追って、絡まって、転んで、起きて、また転ぶ虫。


 転ばして槍を突くことを繰り返して。十五分くらいかかった。強い魔法なら一瞬なのだろう。でも無傷で撃退できたなら、それでいいと思う。


 わたしは三匹から殻を剥いだあと、割れた盾を拾った。壁際に座り込んで、作業に入る。

 木の板を合わせ、鉄の縁を戻し、魔力をすこしずつ流す。ぴきぴきと音を立てて、割れ目が閉じていく。その調子で折れた槍も曲がった鎖も、刃こぼれした短剣も直していく。

 配信の向こうから、便利すぎる、と文字が来る。うむ。便利だと思う。物はどこが壊れたのかがわかりやすい。割れたところを合わせる。欠けたところを埋める。昔のかたちを覚えているものなら、そこへ戻してやりさえすればよかった。


 昇降機は六層のいちばん奥にあった。丸い石室の中央で、鉄の籠が半分だけ床へ沈んでいる。操作盤には古代文字が並び、横には冒険者の腕章が落ちていた。 三年前のできごと。ここで探索隊が行方不明になったという。腕章は砂をかぶっていたけれど、裂けても燃えてもいなかった。わたしは拾って、砂を払った。


 昇降機の装置には壊れた箇所が多すぎた。欠けた歯車、切れた導線、砕けた魔力石。

 直せないほどではないとは思った。時間さえあれば、少しずつ。

 今日はここで寝ます、とわたしは言った。コメントがいっせいに止めてきた。寝るといっても、本当に眠るわけではない。壁際に罠を張り、結界を薄く重ね、探知を石室の外まで伸ばして、その中心で作業をする。たぶん夜まで。もしかしたら朝まで。


 腕章は直すところがなかったので、かばんにしまい込んだ。布も留め具もきれいで、持ち主だけがいない。


「これ、ギルドに持って帰ります」


 うん。という反応。おつかれ、というコメント。わたしではなく、たぶん腕章の持ち主に向けられたことば。わたしもうなずいた。

 最初の歯車を外した。欠けた歯を指でなぞった。魔力を通す。古い鉄がゆっくり形を思い出していく。

 消えない石室の灯り。そのまま続く探知の糸。結界も、罠もなくならない。すべてを救えるわけではないけれど


 暗い場所を暗いままにしないことくらいはできる程度のわたしの能力。

 わたしが生きるにはじゅうぶんで。ひとを救うにはきっと不十分で。


 それがわたしなのだと思いながら、わたしは次の歯車を直していく。




 夜がどこまで深くなったのかは、迷宮の中ではわからない。配信石の時刻を見ると、日付が変わっていた。

 見ていた人もずいぶん減って、コメントはときどきしか流れない。まだやってる。もう寝なよ。歯車の音落ち着く。わたしは返事をしながら、最後の導線を操作盤の裏へ戻した。


「これで、たぶん動くかな」


 たぶんやめて、というコメント。古代のものなので、たぶんとしか言えない。

 砕けていた魔力石は、七つの欠片を元の位置へ合わせた。ひとつだけ足りない部分には持ってきた歯車を削って詰めた。

 素材も形も違うけれど、魔力の通る道だけはつながった。元通りではないけれど、動けばいいのだの精神。


 操作盤のいちばん大きな文字へ触れる。低い音がして、鉄の籠がすこし沈んだ。止まった。コメントが一度に増えた。壊れた。帰ろう。乗るな。

 もう一度魔力を流す。欠けていた歯が噛み合い、鎖が引かれ、籠はゆっくり床の高さまで上がってくる。鉄の柵が半分だけ開いた。中は青い砂が積もっている。隅に古い水筒が転がっていた。

 水筒を拾う。蓋が割れていた。それだけ直す。からっぽの中身。腕章といっしょに持って帰ることにする。


「今日はここまでにします」


 乗らないの、と流れた。


「乗らないです」


 えらい。ほんとに? 明日乗るやつ。さまざまな反応。

 わたしは昇降機の魔力を切る。操作盤へ簡単な封印札を貼る。ギルドへ報告するまで、誰かが勝手に動かさないように。

 道具をかばんへ戻す。使わなかった歯車みっつ。灯りをひとつ消し、罠を外し、結界をほどいた。探知だけを帰り道へ。


「見てくれてありがとうございました。帰ります」


 おつかれ。気をつけて。腕章だいじょうぶ?


「だいじょうぶ」


 言いつつかばんの中をちらりと見た。腕章も水筒もある。

 配信を切る直前、石室の灯りがひとつだけ残っているのに気づいた。消し忘れたものではなく、昇降機の操作盤に埋め込まれた古い灯り。

 直した魔力石から、うすい光が続いている。


 どれくらいの過去から動き、どれくらい止まっていたのか。そんな年月の経過をすこしだけ思いながら、配信石へ触れた。


「おやすみなさい」


 コメントたちが消える。

 石室に、昇降機の小さな音だけが残る。


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