最終章 不労所得のその先へ! ニート姫は永遠にゴロゴロする
最高幹部会を札束マウンティングでねじ伏せてから数カ月、金華の名は江戸全土に轟いていた。そして迎えたのは、江戸競馬界の最高峰にして、全てのホースマンが憧れる究極のレース寛政記念である。「姫様、ついにこの日がやってまいりましたな! 我が厩舎の誇るポルシェと神鳴、そして御子柴烈風と大蔵勘助の二大騎手、すべてが揃っての出陣でございます!」じいが興奮気味にスマホの画面を叩く。画面の向こうでは、全熱交換機が完璧に効いた特注厩舎の中で、愛馬たちがこれ以上ない最高のコンディションで鼻を鳴らしていた。「ふぅ……。正直、寛政記念だかなんだか知らんが、お祭り騒ぎのせいで街が騒がしくて安眠できぬ。さっさと勝って、わらわは永遠の自由時間を手に入れるのじゃ」金華は極上の敷布団の上で寝返りを打ちながら、コーラをぐびりと飲んだ。「何を仰いますか! 今回勝てば、名実ともに姫様が江戸競馬界の頂点。もう誰も姫様の自堕落な生活に文句を言えなくなりますぞ!」「ふん、なら一瞬で終わらせてやるわ。じい、手元にある聖徳太子の一万円札を、全額二頭の馬券に突っ込んでまいれ!」「全額ゥーーー!? また市場の経済システムが崩壊しますぞーー!」じいの悲鳴を余所に、金華の指先ひとつで、国家予算に匹敵する額の太子札が競馬場のプールへと叩き込まれた。
競馬場は、地鳴りのような熱気に包まれていた。かつて金華を冷笑していたお堅い血統派の重鎮たちも、今や恐怖の面持ちで彼女の動向を見つめていた。「来るぞ……。あのニート姫の、常識外れのコンボが……!」ゲートが開き、ファンファーレが鳴り響く。先頭に躍り出たのは、やはり黄金のたてがみを翻す暴れ馬の神鳴と、天才機種の御子柴烈風のコンボであった。一瞬の雷光のような超スピードで、後続を引き離していく。「やはり神鳴が逃げる! しかし、今回は他流派の名門馬たちも死に物狂いだ!後ろから猛追してくるぞ!」実況の絶叫通り、最終コーナーを回ったところで、神鳴のスタミナが限界を迎えつつあった。そこへ、お堅い重鎮たちが莫大な投資をして育て上げた伝統の血統馬たちが一斉に牙を剥く。「ハハハ! 見たか小娘! いかに天才騎手と言えど、馬の限界までは超えられん!競馬の歴史の重さを思い知るがいい!」貴賓席で幹部たちが勝ち誇ったように叫ぶ。しかし、金華はポテチを食べながら、ただ退屈そうにあくびをした。「おじさんたちは、本当に視野が狭いのう。わらわのコレクションが、一頭だけだと思ったか?」
その言葉と同時に、神鳴の影から、もう一頭の白銀の馬体が滑り出してきた。ベテラン騎手・大蔵勘助が手綱を握る、見た目の可愛さだけで選ばれたはずのポルシェである。「な……何だと!? ポルシェが、神鳴の作った風のライントレース(空気抵抗の軽減)を完璧に利用して、体力を温存していたというのか!?」「その通りじゃ! 暴走する神鳴のスピードを、冷静な勘助とポルシェが完璧にハッキングして己の力に変える!これぞ、わらわの考えた、可愛いお馬さんたちの究極の絆じゃ!」伝統の血統馬たちが、驚愕に目を見開く。最後の直線、ポルシェは神鳴のバトンを受け取るかのようにして大加速し、次元の違う末脚で名門馬たちを次々とごぼう抜きにしていった。伝統を、格式を、お堅い大人の理屈を。見た目の可愛さと、圧倒的な不労所得の力、そしてキャラ萌えの直感が、完全に置き去りにしていく。
「一着 ポルシェ」
「ニ着 神鳴」
見事なワンツーフィニッシュ。江戸の競馬界の歴史が、完全に自堕落なニート姫によって塗り替えられた瞬間であった。「勝った……! 勝ってしまいましたぞ姫様ーーー! 江戸中の聖徳太子が、もう我が家の敷地に入り切らないほど押し寄せてまいります!」じいが涙と鼻水を流しながら、スマホの天文学的な残高を見て腰を抜かした。割れんばかりの大歓声が響く中、金華はふぅと満足げにコーラを置き、純金製の端末を懐に収めた。その際、スマホにつけた猿投山のキーホルダーがキラリと輝いた。最高幹部たちはもはや、ぐうの音も出ない。金華の圧倒的なマネーパワーの前に、彼らの利権は完全にストップ高を迎え、プライドは雑巾のように買い叩かれたのだ。「これで終わりじゃ。もうわらわを呼び出す不届き者も、自由時間を邪魔するお堅い大人も、一人もおらぬな」金華は極上の馬車のシートに深く身体を沈め、室温ニ十四度の完璧に管理された空気の中で、目を閉じた。「働くとは他人の夢を叶えること。わらわは己の不労所得のために、江戸の競馬界をちょっとばかりハッキングしてやったに過ぎん。……ふぅ、また札束のために増築が必要じゃの。さぁ、じい。御殿に帰るぞ。これからは、誰にも邪魔されずに、永遠にゴロゴロして暮らすのじゃ」「はいはい、畏まりました、我が姫様!」名馬たちの嘶きを背に、ニート姫の超豪華馬車は、静かに夕暮れの江戸の街へと消えていく。彼女の道楽による完全支配の物語は、ここに、ひとつの最高の結末を迎えたのであった。
と、思ったのも束の間。
まどろんでいた金華が、ふとスマホの画面を横目に薄目を開けた。「ん〜、次は地方競馬もよいかもしれんな。じい、四十億ほど用意しとけ」「そ、それは……!?」「可愛い=速さじゃ、すぐに用立てよ」「は、はいぃっ!」夕闇に消えゆく豪華馬車の中から、じいの悲鳴に似た返事が、再び江戸の空に虚しく響き渡るのだった。
【エピソード一 完】




