第20話 慢心
祭初日の昼頃。ジョエルは民衆が行き交う商業区の中心にある広場で、用意された台に立っていた。
「――今回の祭は私の栄光への一歩である。皆と共に内街に対し勝利を勝ち取ることを宣言しよう。存分に楽しんでくれたまへ! 乾杯!」
「「「乾杯!」」」
しばらく続いた演説の締めが終わると、若い青年たちの祝杯の声が一際響いた。
辺りには老人から子どもまで多種多様な年齢の人々が揃って演説を聞いていたが、ジョエルの近くには囲うように青年達が集まっていた。
「ジョエル殿、流石の演説に感服いたしました!」
「どうやったらそんな演説ができるのですか!?」
台から降りたジョエルに、忙しなくついて行く青年達の足音が遠ざかっていく。
そんな青年達を見て、年齢のいった大人達が冷たい視線を向けていた。
「これだから若造は。現実が見えておらん。夢ばかり追いかけておる」
「前の世代はそれがわかっていたからロイヴェリクに任せていたというのに」
「むしろ、ロイヴェリク以外に今の外街の統治ができるのか?」
「ジョエルが外街を内街に売ったって話しもあるぞ」
「なんで、あいつが戻ってきたんだ……」
大人達の声には若者への呆れと危機感が載っていた。
世間的にも評判が悪いジョエルだが、過去には外街の代表を務めていたのは事実だった。
しかし、お世辞にも優れていたとは言えず、その頃外街の民は苦難の日々を過ごした。
それを覚えている世代の目は冷たい。
「とにかく、どうにかしてあいつらの目を覚まさなきゃいけないが……どうすればいいのか……」
大人たちの不安はピークに達していた。
*
「全く、リケルのやつ、偉そうに意見する割には書類一つも持って来れないとは……呆れたものだな」
「まったく、その通りでございます!」
「一商会の長程度で調子に乗っているのです! ここは、ジョエル殿自ら注意してはいかかでしょうか!」
台を降りたジョエルは舞台裏に作られたテントの中で椅子に座っていた。周りには青年達がおり、ジョエルの一言一言に強く反応している。
ジョエルは青年の意見に小さく頷いたが、目は全く合わせない。
「ふむ。それも考えておくとしよう」
「ええ! 是非とも!」
青年は何度も強く頷く。彼はこちらを見ないジョエルに気づきもせず、声に喜色を浮かばせていた。
(……一商会の長が私に意見するのが調子に乗るというのなら、貴様は一体何なのだろうな)
ジョエルは意見してきた一人の青年に内心呆れていた。
(……私には商才も極めて優れた頭脳もないが、私に味方する人物を見る目はある。そう考えれば、こいつはただ私を利用しようとしているのが丸わかりだ。若造のくせに小ずるいことを考えている……)
自らに味方するものを集めてこの地位まで戻ってきた。それをジョエルは誇りに感じていた。
そんな自らと比べれば、なんと周りの凡庸なことか。
優れた頭を持たないのなら、周りを味方にすればいい。
そう、私のように。簡単なことだ。
しかし、周りのこいつらはそれすらできず、自らのような強者に縋っている。
(滑稽、滑稽。所詮、おままごとよ)
ジョエルは周りの青年たちを無視して、先ほど立った演説を思い返す。
(我ながら優れた演説だった……そう、こうして民を操っていくのだ。これぞ、政治だ。ふはは、力任せのロイヴェリクにはわかるまい)
彼の脳内には、未来の自分の覇道が見えていた。しかし、そんな時間も長くは続かない。
「じょ、ジョエル様!」
屋敷で雇っている執事の一人がテントに駆け込んできた。
「なんだ。騒々しい」
ジョエルは幸せな妄想を邪魔され不愉快そうに眉を顰めた。
「も、申し訳ありません。で、ですが、早急に屋敷に戻っていただきたく思います!」
「ふむ、何があった」
ジョエルは鷹揚に執事を見た。。
「何者かが屋敷に侵入した形跡があります。また、戦闘の痕跡も……」
「な、何っ、それは本当か!?」
ジョエルは立ち上がり執事に強く掴みかかった。執事は痛みに顔を顰めたが、話を続ける。
「ほ、本当でございます! 今は安全が確認されておりますので、今すぐにでも確認に戻っていただいた方が……!」
執事はジョエルに目配せする。目の前の執事はジョエルの薄暗い部分を知る数少ない人物だった。
ジョエルは彼の視線に意味を把握する。
(……書類の無事が怪しいということか! こうしてはおれん!)
ジョエルは飛び出すようにテントを出た。青年達が追いかけようとするが、テントの外にいた警備達に止められる。
(あれがバレたら不味い……! くそっ、どうしてこうなったのだ……!)
焦りを滲ませながら走り続けたジョエルは、変わりない屋敷の姿を見て胸をなで下ろした。
(なんだ、大したことないではないか)
ジョエルは幾分落ち着いた様子で中に入ると、廊下の様子に驚いた。
(なっ、床が焼け焦げている! それに、私の高かったチェストも壊れている! な、なぜちぎられたみたいに歪んでいるのだ!)
壊れたチェストに駆け寄ると、はっと気づいたように走り出す。
「しょ、書類はっ!?」
最悪の未来を想定してしまったジョエルは、息を詰まらせながら自室にたどり着いた。ゴクリとつばを飲んで扉を開くと、荒れた書棚が目に入ってきた。
「あ、あああ!」
悲痛な叫びを上げながら、ジョエルは書棚に駆け寄った。
落ちている書類をかき分け、目当てのものがないとわかると、書棚に挟まる書類を乱暴に引き出した。放るように確認して行くが、一つも見つからない。
「無い。無い無い無い無い無い! 全部無いっ! そ、そんなことが……!」
ジョエルは絶望に口をあんぐりと開けたまま、床で固まった。
よろよろと立ち上がって机の上を見ても、目当ての書類だけ綺麗に無くなっている。いや、ついでに関係ない契約書まで取られていた。
「ふ、ふざけるな……ふざけるなよ……! ようやくここまで来て……こ、これからなのだぞ! これから私の覇道が――」
「ジョエル・ゴルダン! 出てきなさい!」
窓の外から魔法で拡散された大きな声が響いた。
声の主は覚えている。自らの最大の敵であり、油断ならない相手――。
固まったジョエルの手から書類がパサリと落ちた。




