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第6話 自由の継承

「……なんだよ、これ……」

まるで、“神殿の封印”でも見ているような気分だった。

その扉の奥から、また声が響いた。

「よいぞ、そのまま進むがよい。

我は……お前を、待っていた」

悠翔は、巨大な両開きの扉の前に立っている

重く、鈍く沈んだ空気が、肌にまとわりついていた。

“開けるべきか”――それを問う時間は、短くて永かった。

扉の向こうに何が待っているのか。

危険か、希望か、それとも……別の何かか。

そのすべてが混じった感情が、胸の奥で渦巻いていた。

「……っ」

両開きの扉は、錆びついており、触れるだけで手のひらに冷たさが染み込む。

長い年月、この扉は開かれていなかった。そんな気配がひしひしと伝わってきた。

「……開けるぞ」

そして、押し出すと――

ギィイイ……ッ

鉄と錆が擦れる、低く軋む音が苔に包まれた空間に響き渡った。

扉の隙間から、ぬるりと空気が流れ出してくる。

湿っていながら乾いていて、冷たいのに生温い。

まるで、“時間”そのものを押し出してきたような、不思議な空気だった。

そして、目の前の空間が――開かれた。

「……っ!」

そこにいたのは――“竜”だった。

漫画やアニメで見たことのある“竜”と、確かに形は似ていた。

だが、全く違っていた。

勇ましく、猛々しく、空を裂き火を吐くような竜ではなかった。

竜は地を這うようにして寝そべり、全身に古びた鎖を何重にも巻きつけられていた。鎖のひとつひとつは、人間の胴体ほどの太さがある。それが竜の手足、首元、翼の付け根にまで食い込むように絡みついており、地面へと深く固定されている。

鎖には古代の文様のような文字──ルーンのようなものが淡く光っていた。その光は、魔力の残滓か、封印の拘束か。どちらにせよ、ただの装飾ではないことは直感で理解できた。

ただし、それでもこの竜の存在は、**「圧」**そのものだった。

体躯は悠翔の何倍もある。

顔だけで人ひとり分の大きさはあっただろう。

剥がれかけた鱗、崩れた角。

翼は折れている。

全体的に痩せ細ってすらいた。

しかし――その瞳だけが違った。

黄金に近い琥珀色の瞳が、悠翔をまっすぐに射抜いていた。

静かに、だが深く、竜が口を開いた。

「……よく来たな、人の子よ」

老いた男のような、だが深く響く低音が、竜の口から放たれた。それは威圧ではなく、どこか懐かしさを含んだ穏やかな声だった。

「……こ、ここは……あなたが……?」

「うむ。ここに……生あるものが訪れたのは、何百年ぶりかの……ことよ」

竜がゆるく視線を動かす。

「腹が……減っておるのだろう?」

そのまま、わずかに首を傾け、壁際を目で示す。

悠翔がそちらを見ると――

小さな木が3本、土の盛り上がりから生えていた。

そこには赤と黄が混ざったような、艶のある果実が実っていた。

「……あれ、食べていいんですか?」

そう問うと、竜は何も言わずに瞳を伏せた。

それが、許可であることは、なぜかすぐにわかった。

悠翔は歩み寄り、果実のひとつを手に取る。

一口、かじる。

「……うめぇ……」

リンゴのようなシャクッとした食感に、桃のような柔らかな甘さが混ざる。

果汁が喉に染み渡り、心まで潤されるような気がした。

気づけば残りもがむしゃらに食べていた。

不思議なことに、一つ食べ終えると、もう空腹は感じなかった。

「……我の前に来るがよい、人の子よ」

竜の声が、再び響く。

悠翔は、吸い寄せられるように歩いた。

竜の前――その視線の真下に、自然と腰を下ろす。

座った瞬間、ふと違和感に気づいた。

「……っ、あれ……?」

さっきまで感じていた身体中の痛み。

滑落の痕、足の痺れ、傷のズキズキとした感覚――

そのすべてが、消えていた。

悠翔の視線は、目の前にいる“存在”に引き寄せられていた。

重く、偉大で、何よりも「この場のすべてを見通している」ようなその瞳に。

「……あの、聞いてもいいですか?」

「申してみよ」

「あなたは……なんなんですか? なぜこんなところに……?」

竜は、わずかに目を細めた。その奥にある記憶を静かに辿るように、口を開く。

「……遥かなる昔。空にあまたの竜が舞い、地に魔物が跳梁し、人と亜人とが火と土を分け合って生きていた時代があった。世界は乱れていたが、それでも均衡は保たれておった」


「……その中で、我は生まれた。我には役目はあった」

竜の語りは、遠く深い。まるで世界そのものの記憶を辿るようだった。

「竜には、“元素”が宿る。火を纏えば火竜、水を抱けば水竜……風、氷、雷、闇、光。あらゆる属性の加護を得て、竜は竜たる存在として生きてきた」

「その中でも、我は……“雷”を主とし、“風”を従とする二属性を持った特別な存在──竜王種だ」

悠翔は思わず息を呑んだ。

「各属性にただ一体、竜王が存在した。我らは王の名を冠し、世を見守り、争いを鎮め、時に破壊し、時に導いた」

「しかし……1500年ほど前。人族は恐れたのだ。“絶対的な強者”が、空に在り続けることを。いつか我らが彼らを滅ぼすのではないか、と。共存が終わりを迎えたのは、その時だった」

その瞬間、竜の瞳に悲しみと憤りが重なる。

「人族と亜人、魔物が手を組み、“討伐”に動いた。数の力は、時に神をも殺す。我らは圧倒され、多くの竜が死んだ。……竜王たる者は、強すぎるが故に殺すこともできず、封印された」

「それが……我の定めだったのだ」

悠翔は言葉を失っていた。

この世界が、どれほどの時間と血に染まってきたのか。老竜の語りには、重さと真実が詰まっていた。

「──だがな、我が望んだのは“力”ではなかった」

竜の声が少しだけ柔らかくなる。

「我が望んだのは、“自由”だ。誰に縛られるでもなく、風と雷を駆けて空を翔ける……そんな当たり前の世界だ。だがその願いは、鎖と共に地に縛られ、果たせぬまま永劫の時を過ごしてきた」

「……そして今、世界が“異常”に飲まれている」

竜の声が、低く深く響く。

異常ーーその言葉の重さだけで、胸の奥がざわつく。

「我のいる世界と、そなたの住まう世界が、混ざりあったのだ。いつ、なぜ、どうやって……その因果は分からぬ。ただ、我には分かる。魔素が、消えていっている。まるで空気が抜けるように……死の兆しが近いのだ」

「我ら竜王種は、魔素によって生きている。食わずとも、息をし、ただ在り続けることができる」

その言葉の意味を、悠翔はすぐに理解出来なかった。

魔素。それがなんでどういう役割を果たすのかすら知らない。

静寂が満ちた。

悠翔は、思わず問いかけた。

「……じゃあ……あなたは……」

「長くはない」と、竜が静かに言った。

「……それでも、私は願うのだ」

「この世界を……“自由に生きる者”が、再び満たしてくれることを」

そのとき、竜の瞳が、悠翔に向けられた。

「貴様には……それができるか?」

問いは、重かった。

だが、その声には、確かな温かさがあった。

竜はゆっくりと瞼を閉じ、そして再び開いた。

その瞳はまるで、何千年という時を超えてもなお消えることのない光を宿しているようだった。

「ここは《ナイアル=ゲイル》──この世界に存在する最古の迷宮のひとつだ」

竜はそう言った。

「人の文明が花咲く遥か以前より存在し、幾度となくその姿を変えながら、いまに至る。上層は……そうだな。いわば“前菜”にすぎん。だがここ、最下層は──異なる」

竜の目が、悠翔を捉える。

「この地には、封印された者が眠る。あるいは、捨てられた者が辿り着く。私はその両方だったのかもしれぬ」

悠翔は何も言えなかった。ただ、ただ聞いていた。

「……人の子よ。そなたがこの先を生き抜くには“力”が要る。それも、生半可な力ではない。

だが安心するがよい。我が身に宿る“竜王の力”──その一部を、そなたに与えよう」

悠翔の目が見開かれる。

「……俺に、力を?」

「力は刃にも盾にもなる。そなたがどう使うか、それは我には決められぬ。だが──教えることはできる」

竜の身体を束ねる鎖が、カチリ……とわずかに音を立てた。

「我が自由を愛したように、そなたにも自由を知ってほしい。戦うことも、逃げることも、選ぶことすら……すべて“己の意志”で。

それが叶わなかった我が悔い──それを、そなたに背負わせるわけにはいかぬ。

だから、私は願うのだ。そなたが自由を手にし、この封印の地より、空へと翔けることを」

悠翔の胸が熱くなる。どこか遠くで雷が鳴ったような──そんな音が、確かに聞こえた。

竜は微笑んだ。老いたその顔に、誇りが宿る。

「さあ、力を受け取れ。そなたはまだ弱い。だが弱いからこそ、成すべき道がある。

この地から出るには試練があろう。だが、乗り越えよ。我が“雷光”と共に」

その瞬間──悠翔の足元から空気が震えた。

天井がないはずの空間で、なぜか雷鳴が轟く。

竜の身体を包む鎖が淡く輝き、稲妻の紋が浮かび上がる。

悠翔の中に、何かが入り込んできた感覚があった。

激しく、鋭く、だが確かに温かい“力”──それが、彼の身体を駆け巡る。

「……これは……!」

「まだ目覚めではない。だが──“種”は与えた。芽吹かせるも、枯らすも、そなた次第」

悠翔は拳を握った。

まだ見ぬ“外の世界”へ──

そして、今はなき者の意志を継ぎ、“自分の自由”を取り戻すために。

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