第29話 呪詛の戦場
決断と同時に、雷光を纏った指先が空を切る。
「風刃乱舞ッ!」
放たれた刃風が連なり、前列のスケルトンたちを薙ぎ倒した。乾いた骨が砕け、肉片が舞う。しかし、なお数体が残り、カタカタと不気味に武器を振りかざしてくる。
悠翔は一歩で間合いを詰め、拳を叩き込んだ。
ガキン、と鈍い破砕音。頭蓋は一撃で砕け散り、白骨が床に崩れ落ちる。続けざまに蹴りを叩き込み、脚にまとった雷光が衝撃を倍加させ、次々と骸骨を粉砕していく。
一撃必殺。悠翔の肉体と雷撃は、もはや無駄なく融合していた。
その時——。
視界の端で、空気の裂け目が閃いた。
竜王眼が“高速の飛来物”を捕らえる。即座に手甲をはじき上げると、鋭い衝突音と共に火花が散った。
弓矢。
前列を崩したことで射線が通ったらしい。残存のスケルトン・アーチャーが、矢を次々とつがえていた。
「チッ……鬱陶しいな」
矢雨を軽やかにいなしながら、悠翔は蹴撃で敵を粉砕。砕け散った肋骨の一本を拾い上げると、わずかに笑みを浮かべ、投擲した。
骨片は雷光を帯びた矢のように飛び、一直線にアーチャーの頭蓋を粉砕する。
「……お返しだ」
低く呟き、さらに骸骨の腕や頭を掴んでは次々と投げつける。矢は飛んでくるが、竜王眼の視界下では遅すぎる。悠翔は軽く払い落としながら、骨の弾丸を矢継ぎ早に送り込んだ。
そして——。
今度は狙いを変える。悠翔は足元の頭蓋をわし掴みにすると、にやりと笑った。
「お前にも一発、どうだ」
勢いよく投げ放たれた頭蓋骨は弧を描き、一直線に呪術師へ——。
だが直前で轟音が弾けた。
大盾の巨体が前に出て、盾で粉砕したのだ。破片が散り、床に転がる。
悠翔は小さく肩をすくめる。
「まぁ……そうなるよな」
最後のアーチャーが矢を放つより早く、悠翔の蹴りがその頭を粉砕した。
カラカラと音を立てて崩れる骸骨を背に、悠翔は両手を払う。掌にまとわりついた骨粉が舞い散った。
視線の先に残るのは三体——。
鋼鉄の壁のような大盾。
冷ややかに呪文を紡ぐ呪術師。
そして、黒衣の魔術師。
空気が張り詰める。悠翔は静かに息を吐き、三体の影と真正面から対峙した。
「……もう一回、行くか」
低く呟いた瞬間、悠翔の脚に雷が奔る。
《雷迅脚》が炸裂し、稲妻が地を焼いた。さらに右腕に《雷穿》を重ね、拳へと青白い雷槍を収束させる。
だが——体は重い。
全身を鈍く絡めとるような呪術の枷。先ほどの速度には到底及ばない。
それでも悠翔は止まらない。今度は直線ではなく、小刻みにステップを刻み、進行方向を細かく変えながら突進した。
敵が惑わされたかどうかは分からない。だが、試す価値はある。
拳を振り下ろそうと呪術師へ肉薄した瞬間、轟音とともに大盾の巨体が割り込む。
「ガキンッ!」と響くはずの音は鳴らなかった。
悠翔の拳は寸前で止まっていた。
——フェイント。
開いた右手で盾の側面を掴むと、体を軸に時計回りに旋回。大盾と盾のわずかな隙間へと潜り込む。
一瞬、骸骨の眼窩と悠翔の視線が交錯する。
してやったりと口角を上げ、悠翔は左手で盾を押さえつけると同時に——右脚に雷を集中させた。
《雷迅脚》+《雷穿》。
青白い閃光が爆ぜ、雷槍を纏った蹴りが大盾の腹部を貫いた。
衝撃で骨の軋む音が轟き、巨体は上半身と下半身を切り裂かれ、バラバラに吹き飛ぶ。
悠翔は流れるように地を蹴り、雷光を尾に呪術師へと突進。
その瞬間——さらなる呪詛が襲った。
全身が鉛のように重くなる。関節が悲鳴をあげ、筋肉が動くのを拒む。
——動けない。いや、まだ……かろうじて。
肌で悟った。さっきまでの強さはもう残っていない。
目が合った呪術師は、嘲笑うかのようにわずかに口角を歪めた。
「この野郎……!」
悠翔の口から、憎悪が零れる。
呪術師は目を逸らさず、ゆっくりと後退する。悠翔も追おうとするが、身体は言うことを聞かない。
本来なら、この隙を突いて攻撃役が畳みかけてくるはずだった。だが、大盾も二刀も、すでに悠翔の手で討たれていた。戦場は静まり返り、呪術師は悠々と詠唱を始める。
悠翔は口角を上げた。
「油断したな」
次の瞬間、雷光が弾ける。
《雷臨纏身》。
轟音とともに悠翔の姿が掻き消え、呪術師の眼前に現れる。
全身を走る電撃が暗闇を白く照らし出し、拳を構えた悠翔の瞳が光った。
雷鳴のような拳。爆ぜる蹴り。
渾身の連打が呪術師を粉砕し、影も形もなく吹き飛ばした。
静寂。雷光だけが名残を留めていた。
肩で息をしながら、悠翔は小さく吐き捨てる。
「……やっぱり、疲れるな」
そして、ゆっくりと顔を上げる。
視線の先にはただ一体——黒衣の魔術師が残っていた。
「……あとは、お前だけだな」
雷光が再び、その身を包む。
「……行くぞ」
呟いた瞬間、悠翔の身体は紫電を散らしながら宙を駆けた。残像のように稲妻が尾を引き、《雷迅脚》に重ねて雷刃を展開する。蹴りが閃光の刃と化し、一直線に魔術師へと迫る。
あと数歩。——その刹那。
ガンッ!と甲高い音を立て、悠翔の足は空中で弾かれた。
「っ……なんだ?!」
透明な壁が魔術師を包み込み、紫電を散らして拒絶する。
魔術師が細い腕をこちらにかざした。空気が捻じ曲がり、見えない弾丸が放たれる。
反射的に両腕を交差させ、雷哭の手甲で受け止めたが——
「うわっ!」
衝撃は鋭い槍のように全身を貫き、悠翔は床を滑るように吹き飛ばされた。腕がジンと痺れ、力が一瞬抜ける。
立て直す暇もなく、魔術師の周囲に幾重もの魔法陣が浮かび上がった。紫と紅の光が不気味に脈打ち、空気が重く沈む。
「……なんかヤバそう!」
嫌な予感と同時に、火球が飛来する。悠翔の顔ほどの大きさの炎弾。咄嗟に身を捻り回避した直後、背後で轟音。
爆ぜた衝撃波に石床が砕け、熱風が頬を撫でる。
「食らったら終わりだ……!」
歯を食いしばり、《竜王眼》を開眼。炎弾の軌跡が光の線となって視界に刻まれる。悠翔はギリギリで回避を続けた。
だが、避ける方向を誤った瞬間——。
「……しまっ——」
直撃。ドゴォンと爆炎が弾け、悠翔の身体が横へ吹き飛ぶ。左腕を咄嗟に突き出し、手甲でガードしたため致命傷は免れた。だが、衝撃で肺が焼け、息が詰まる。
炎弾の数は止まらない。雨のような弾幕が次々と降り注ぎ、悠翔はただ避け、叩き落とし、受け流すしかなかった。
本来なら捌けるはずの攻撃……しかし、デバフが未だ重くのしかかり、動きが遅れていく。
「……ッ、くそ……これじゃ防戦一方だ……!」
炎弾を弾き返した瞬間、地を揺るがす爆音が響く。
その衝撃で、大盾スケルトンが使っていた盾が宙を舞い、床に落ちた。
ガラン、ガラン……金属の甲高い音が戦場にこだまする。
悠翔の瞳が鋭く光った。
「……使えるな!」
紫電を散らしながら駆け出す。炎弾を避け、弾き飛ばし、煙を裂いてその盾へと飛び込む。
拾い上げ、構えた瞬間——正面から炎弾が直撃。
ドゴォンと爆ぜ、閃光と爆風が盾を包む。
焦げ跡が残るも、盾は砕けなかった。
「耐えれる…これなら……!」
悠翔は笑みを浮かべ、魔術師を真っ直ぐに睨み据えた。
正面突破。
悠翔は盾を前に構え、真正面から突撃する。
無数の炎弾が雨のように降り注ぎ、爆ぜるたびに大地が震えた。轟音と熱風が全身を叩きつける。
だが悠翔は歯を食いしばり、両腕で盾を押し込みながら突き進む。
「進むしかねぇ……!」
ついに——黒衣の魔術師の目前。
再び透明な壁が行く手を阻んだ。
「やっぱりか……!」
左手に盾を構え、右拳に雷穿を纏わせる。
雷を宿した拳を振り下ろすが——バリアは微動だにしない。
直後、魔術師が手をかざし、風弾が炸裂。盾に重い衝撃が叩き込まれる。
しかし悠翔は踏みとどまった。
「……今度は吹き飛ばねぇ!」
雷穿を両脚にも展開し、地面へと突き刺す。雷が走り、悠翔の身体を大地へ縫い付けるように固定する。
嵐のような炎弾と風弾が叩き込まれる中、悠翔は咆哮を上げながら拳を振り下ろし続けた。
バキッ。
透明な壁に、蜘蛛の巣のようなヒビが走る。
「——割れろォッ!」
渾身の拳が落ちた瞬間、パリンと乾いた音を立ててバリアは粉砕された。
破片がガラスのように四散し、閃光に溶ける。
解放された空間を一閃。
雷迅脚と雷刃を纏った刃の蹴りが閃光となり、魔術師の身体を薙いだ。
轟音。魔術師の巨体は横へ吹き飛び、石壁に叩きつけられ、砂塵を巻き上げて沈んだ。




