第26話 ノルグ・ディアスの手記
——私はノルグ・ディアス。
これは、騎士団を辞め旅に出た後のことを綴るものだ。
皇暦748年
7月7日
私は旅に出る。今更ではあるが、冒険者になった。
7月20日
旅に出て十三日。数々の街を巡り依頼をこなす。ついに冒険者ランクEとなった。
——どこまでいけるのだろうか。
8月6日
ディアンマルスは亜人にとって楽園のような国だ。様々な種族と出会い、新しい発見も多い。もうしばらく滞在するつもりだ。
8月8日
あの剣は素晴らしかった。ドワーフの鍛冶屋で見つけた逸品だ。どうしても欲しく交渉したが、首を縦には振ってくれなかった。依頼をこなして金を貯めよう。
9月24日
この手帳に書くのも久しぶりだ。依頼とダンジョンの往復の日々。ようやく目標の金額に手が届く。
10月5日
ついに手に入れた。
——《グレイシアブレード》。白銀の刀身はとても美しい。明日からはこの剣と共に、新たな冒険を始めよう。
12月22日
冒険者ランクがDに昇格した。愛刀のおかげだ。
そして友ができた。ガンズ——鍛冶屋の店主である。
皇暦749年
3月
ガンズ、サニー、ウォーレンと共に素材集めに赴いた。仲間と共にする依頼はとても楽しかった。
8月14日
依頼中、ウォーレンが死んだ。
まさかヒドラと遭遇するとは。ガンズとサニーは軽傷で済んだが……仲間を失う辛さは、慣れるものではない。
皇暦752年
5月
ターミンを出ることにした。この街では多くを学んだ。
ガンズには鍛冶を、サニーには調合を、ウォーレンには魔法を教わった。——またいつかここに戻りたい。
6月
戦争が始まった。ディアンマルスとワークランドの戦争だ。ディアンマルスが劣勢と聞く。私は遠地にいるためすぐには戻れないが……どうか間に合うように。
7月19日
ターミンは廃都となっていた。私の知る街はもうどこにもなかった。遅すぎたのだ。
皆が無事であるよう祈る。
皇暦753年
3月
あれからずっと、ガンズやサニーを探している。街という街を巡ったが見つからない。……やはり、あの戦で死んだのか。
5月
ターミンを片付ける。戦争は休戦に入った。都市再建のため、皆が動いている。だが私にとっては、ターミン以外に興味はない。
6月
領主邸の地下で数多くの死体が見つかった。領主も逃げきれず殺されたのだろう。
その中に……ガンズ、サニーと思われる遺体もあった。涙が止まらなかった。
また仲間を失った。もう何をすればいいのか分からない。
皇暦755年
2月
ターミンはある程度整えられた。仲間の墓も建てた。悲しみは消えぬが、いつまでも立ち止まってはいられない。再び旅に出る。
皇暦759年
1月
《ナイアルゲイル》へ潜ろうと思う。
2月
——竜がいた。
大昔に封印された存在だという。彼は「空を飛びたい」と語った。
3月
竜の話は尽きない。昔語りを聞かせてくれる。私はここに留まることを決めた。幸い水も食糧もある。
5月
彼は名を教えてはくれなかった。継承者にしか伝えられぬのだという。仕方ない。私が継承者になれぬのは残念だ。
6月
住処ができた。粗末だが、竜の膝元で安全だ。
9月
竜と語り合い、決めた。何かを残したいと。
10月
継承者のために力を——武術と装備を遺すことを。
皇暦762年
6月
ついに武術ができた。少し会得したが、難易度は高い。
7月
次は装備だ。竜が己の鱗と《竜哭石》を素材として差し出してくれた。
皇暦767〜769年
失敗ばかりの連続だったが——
皇暦769年、ついに完成した。
《雷哭装備》。
いつか継承者がこれを纏うのだろう。楽しみだ。
皇暦769年末
私の仕事は終わった。
体の衰えを感じるが、竜は良き友であった。死は怖くない。仲間の待つ場所に行けるのだから。
侵入者が時折現れるが、私は竜の安寧を守る者として剣を振るう。
竜に教わった二つの魔法——生命力を代償とする禁忌だが、構わない。
私は上手くやった。この地を別の場所に移動させる魔法と、転移の魔法だ。
これで《ナイアルゲイル》最下層に到達した者しかここに来られない。
竜を守り続けられる。
皇暦770〜772年
体調は悪化の一途だ。竜曰く、高濃度の魔素に蝕まれているという。
治療は可能だが……私はここを離れるつもりはない。
やがて右肩が肥大し、鱗が生え始めた。竜は怒り、私のために涙を流してくれた。
私は嬉しかった。
——守り続けよう。あいつの安寧が尽きるその日まで。
筆もまともに握れなくなり、意識が無くなることも増えた。
部屋が荒れているのを見れば、暴走していたのだろう。
それでも。
私はまだ戦う。
私はまだ——竜を守る。
手帳を閉じた瞬間、悠翔は長く深い吐息を漏らした。
その吐息はため息ではなく、胸の奥を絞り出すような——言葉にならない重みを抱えた息だった。
掌には、まだ手帳のざらついた感触と、今にも崩れ落ちそうな紙の頼りなさが残っている。
ページをめくる指先に感じたインクの掠れ、震える筆跡。
それは確かに、ノルグが生きた証であり、死へと歩む足跡だった。
「……あんた……」
悠翔の喉は乾ききって、声はかすれていた。
だが心は激しく揺れていた。
最初に遭遇したとき、ただの化け物だと思っていた。
恐ろしく、理不尽に強く、殺されかけた存在。
——でも。
本当は人だった。
仲間を想い、竜を守ろうとし、自らの命すら差し出して歩んできた、ただの一人の人間だった。
「……クソ……」
握りしめた拳が震える。
涙がこぼれるのを堪えようとしたが、視界はにじんでいた。
胸の奥がじんじんと痛む。
それは打撲の痛みではなく、もっと深く心を抉る痛みだった。
(……ゼル。お前の友は……最後まで立派に役目を果たしてたよ)
思わず心の中で呟いた。
ゼルに伝えたかった。
ノルグが最後まで背負い続け、そして果たしたことを。
視線を落とすと、まだ床には霧散した残滓が淡く漂っていた。
その光は、まるで「ありがとう」と告げているかのようで——悠翔は小さく頷いた。
「……あんたの生き方、忘れねぇよ」
そう呟いたとき、不思議と胸の痛みは静かに和らいでいった。
ゼルからの力を継ぎ、そしてノルグの想いを受け取った。
そのことが、悠翔にとって何よりの誇りとなった。




