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第19話 樹視点 交差する世界、繋がる意思

「……セラ、ちょっと来い」


ギゼルの言葉にに従い、セラは彼の隣に歩み寄った。


「なぁ、様子が変だと思わねぇか。装備はバラバラ、軽装すぎる。罠にしちゃあ雑すぎるし、わざとやられてるって雰囲気でもねぇ」


低い声が響く。


「どうする? ほっとくか?」


セラはほんの一拍考え、そして笑みを浮かべた。


「んー……怪しくはなさそうですし。大丈夫でしょう」


「……そうか」


ギゼルはふっと息を吐き、口の端を持ち上げた。


「なら任せるよ、リーダー」


セラは小さく頷くと、声を張った。


「ティナ! ルズ!」


「はーい!」


軽快な返事とともに、ティナが駆け足で樹の背後へ回り込む。その明るさに似合わず、樹の傷の具合をすでに目で追っている。


一方、影のように音もなくルズが現れると、振り返った樹は思わず声を上げて尻もちをついた。


「うわっ!」


「……」無表情の狩人はただ首を傾げるだけだった。


セラは二人を見回し、小さく意見を聞くように頷き合う。結論はすでに決まったようだ。


「——みなさん、動けますか? こちらに集まってください!」


セラの声が広間に響く。


顔を見合わせる三浦と沙月。互いに肩を支え合い、ゆっくりと立ち上がる。


藤宮は短く「たぶん大丈夫だろう」と言い、樹のもとへ歩いた。


「大丈夫か?」


差し出された手。


「……はい。すみません」


樹はその手を取って立ち上がった。


だがその顔には、普段の彼には似合わぬ陰が差していた。


戦いで負った傷ではなく、心の奥に落ちた影のような表情が。


セラは一歩前に出て、柔らかな笑みを浮かべた。


「私たちは《クロスグリッド》。ヴィルツ=オルデ国の冒険者ギルドに所属しています。私はリーダーのセラ。剣を使い、仲間を導く役割を担っています」


隣に立つ大柄な男が、低い声で続く。


「ギゼルだ。前衛だ。」


その言葉のあと、彼は北見の斧に視線を送り、にやりと笑った。


次に、軽装の少女が一歩進む。背には弓を背負い、落ち着いた瞳が光を反射していた。


「私はルズ。」


言葉は短いが、確かな自負が滲んでいる。


「ティナですっ!」と、明るい声が響いた。


小柄な少女は杖を掲げ、胸を張る。


「回復と補助魔法を担当してます! みんなが無事でいられるように、全力で守りますから!」


彼らの言葉を聞き終えた藤宮が、わずかに眉を寄せる。


「……冒険者ギルド? 国家に所属して活動……?」


三浦も思わず口を挟む。


「まるで漫画やゲームの話みたい。」


沙月もまた、不安げな表情を浮かべている。


セラは首を傾げ、逆に不思議そうに問い返す。


「ん? あなた方は冒険者ではないのですか?」


藤宮は沈黙した後、静かに言葉を選んだ。


「そうだな。何から説明するか……俺たちの知る世界には、冒険者もギルドも、国の依頼で魔物を討伐する仕組みも存在しない。


言葉に宿る困惑は、セラたちにとっても衝撃だった。                      「だからこそ、あなた方の話は……信じがたい」


世界が違う——その事実が、この場に確かな隔たりを生み出していた


セラは、藤宮の言葉に小さく首を傾げた。


「……俺たちの“知る世界”?」


藤宮は一息ついてから、真っ直ぐに答える。


「俺たちは“日本人”だ。東京という街に暮らしていた。……君たちの、その……すまない、国の名前は何だったかな」


「ヴィルツ=オルデ国です」セラが迷いなく答える。


「そう、それだ。……だがな、そのヴィルツオルデ国なんて、俺たちは聞いたこともない。


それに、冒険者というものも俺たちにとっては“創作物”の世界にしか存在しないんだ」


その言葉に、セラたちは息を呑んだ。ギゼルが腕を組み、ルズが目を細め、ティナはぽかんと口を開ける。


藤宮は苦笑を浮かべながら続けた。


「確かにこの怪物……さっきのアースリザードも、ゴブリンも、俺は昨日まで見たことがなかった。


信じ難いが、まるで創作物の世界に迷い込んだような感覚なんだ」


藤宮は肩越しに仲間を示す。


「見てもらったらわかると思うが、俺たちの服装は君たちと違うだろ」


「……確かに」セラが頷き、視線を三浦へ向けた。


そして小さな興味を抑えきれないように近づき、彼女のワンピースを指先でつまむ。


「こんな素晴らしい布は見たことがありません。それに……とても可愛いですね。


ただ、防御力は無さそうです。魔法耐性の付与も、されていないのですか?」


「ま、魔法耐性……?」三浦が戸惑いの声を漏らす。


藤宮が横から口を挟んだ。


「魔法もスキルもない。俺たちの世界では、“科学”が発展しているんだ」


「かがく……?」セラが聞いたことのない言葉を繰り返す。


藤宮は心の中で(まさか“異世界もの”の定番ワードを言うことになるとはな)とほくそ笑む。


そして少し試すように問いかけた。


「……例えばだ。なぜ火が燃えるか、君たちは知ってるか?」


「火は……燃えるものですよ?」ティナが当たり前のように答える。


「違う。火が燃えるのにも原理があるんだ」藤宮は簡潔に説明を始める。


「物質が酸素と結びついて安定した分子に変わるとき、熱と光を放つ。だから火は燃える。……まぁ、詳しくは省くがな」


言い終えた時、周囲の全員が一様に「?」を浮かべているのが見て取れた。


藤宮は肩をすくめる。


「……まぁそんな具合に、俺たちの世界は“理屈”を突き詰める世界なんだ。


君たちの世界は魔法やスキルを突き詰めた結果なんだろう。俺の推測だがな」


セラはわずかに目を丸くしたが、やがて微笑みを取り戻した。


「なるほど……違いはありますが、ここで出会ったのも何かの縁です。


何が起きたのかは分かりませんが、とりあえず——あなた方のことを教えていただけますか?」


藤宮は軽く咳払いをして口を開いた。


「すまない。そうだったな。俺は藤宮直樹。三十七歳だ。……今はここで、みんなのまとめ役をしている」


冷静な声音だったが、その目には常に状況を計る冷徹な光が宿っていた 。


続いて、三浦が一歩前に出る。


「私は三浦志保です。年は……二十代の終わりくらいかな。看護師をしていました。今は《ヒールタッチ》って回復の力で、皆さんの怪我や疲れを癒やしています」


彼女の声には落ち着きがあり、柔らかい笑みとともに言葉を結んだ 。


「次は……私ですね」沙月が小さく頷いて前を向く。


「相良沙月、二十四歳です。いまは《気配感知》で周囲の生命反応を探って、仲間を危険から守る役目です」


その静かな声音には芯の強さがあり、セラたちは興味深そうに耳を傾けた 。


北見は深く息を吐き、堂々とした態度で言葉を継いだ。


「北見雄大、二十八歳。消防士だ。体を張るのは慣れているし、この仲間たちを守りたいと思っています。」


彼は短く言い切ると、視線を逸らさずセラたちを見返した 。


北見が一歩下がり、隣に立つ樹の肩を軽く叩く。


「おい、樹。お前の番だ」


はっと顔を上げた樹は、思わず背筋を伸ばしたが、その表情には普段の快活さが欠けていた。


「……あ、はい。俺は高山樹。二十六歳です。もともとは営業職で……」


言葉を選ぶように口を閉ざす。


右腕をかばう仕草をしながら、それでも無理に笑みを作った。


「……《身体強化》のスキルで、体を動かすのは得意です。……はい、それだけです」


短い言葉のあと、樹は再び俯いた。その姿に、三浦も沙月も心配そうに視線を向けた 。


セラは皆の自己紹介を聞き終えると、柔らかく頷いた。


「皆さん、ありがとうございます。……では、これからどうされますか? 何か大変なことになっているようですけど」


言葉を終えるより早く、ルズが一歩近づいてきた。


「……そういえば、二日前に地震があった」


それだけ告げると、彼女はまたすっと後ろへ下がる。


「確かに、でかい地震だったな」ギゼルが腕を組んだままセラに視線を向ける。


「ダンジョンで地震なんて、俺は遭遇したことがなかった」


「……そうですね。今までそんなことはありませんでした」セラも真剣な表情で同意する。


藤宮はその反応に頷いた。


「やっぱり……そうなんですね。我々も、このダンジョンに落ちたとき、大きな地震に巻き込まれていたんです」


「……落ちた?」セラが目を見開く。


北見が口を挟む。


「そうなんです。俺たちは元々、地上にいたんですが……あの地震の直後、地面が割れて、そのままここに落とされたんです」


ティナが不安そうに声を上げる。


「セラちゃん、上に戻ったほうがいいかもしれないよー?」


セラは少し考え込み、頷いた。


「確かに……異変が起きている可能性は高いです。一度地上に戻りましょう。皆さんも一緒に?」


一行は互いに視線を交わし、無言で頷き合った。


「それでは、とりあえず地上に向か——」セラが言いかけたところで、鋭い声が遮った。


「待ってください!」


声の主は樹だった。


彼は苦しげに拳を握りしめ、震える声で続ける。


「……もう一人、いるんです。下に」


セラは振り返り、真剣な目で問いかけた。


「その方は……どこにいらっしゃるんですか? 助けに行きましょう」


「っ……」樹ははっとして、唇を噛む。


「どこかまでは……わかりません。でも、必ず……いるはずなんです」


声には力がなくなり、言葉は尻すぼみに消えていった。


短い沈黙のあと、セラは静かに告げる。


「樹さん。……すみません。助けに行きたいのはやまやまですが、居場所が分からない以上、今はどうすることもできません。装備を整え、準備をしてからなら……」


「……そうですよね」


樹は肩を落とし、目を伏せた。


その様子を、藤宮も、三浦も、沙月も、そして北見も、ただ心配そうに見つめるしかなかった。


一行は階層を登っていった。セラの情報によれば、樹たちがいたのは十一階層。現在は十階層の半ばに差し掛かっている。


途中、魔物が姿を現すこともあったが、それらはセラたちが問題なく片付けてしまう。ルズが道を覚えており、迷うこともなかった。


隊列はセラたちが前方に、後方に樹たち。


藤宮と北見が前に立ち、沙月、三浦、そして最後尾に樹が続く。樹はまだ元気を取り戻せず、俯いたまま歩いていた。セラも彼の様子を気にしているのか、時折振り返っては後方を見やっていた。


「……ここで休憩する?」


ルズが振り向きざまに問うと、セラが頷く。


「はい。そうしましょう」


岩の陰に腰を下ろし、一行は束の間の休息を取った。


樹は少し離れた壁際に寄りかかり、一人で座り込む。彼の横に三浦が静かに腰を下ろした。


樹は気配に気づいたが、声をかけない。


三浦が先に口を開いた。


「……元気ないね」


「そんなことないよ」


樹は無理に笑みを浮かべた。だが、その笑顔は痛々しく、空虚だった。


「……流石に見てたら分かるよ」三浦は穏やかな声で返す。


樹は俯き、握りしめた拳を膝の上に置いた。


「……そう、だよな。俺……また、何もできなかった。ハンマーも壊れて、結局北見さん一人に任せちまった。何も……守れなかった。北見さんと一緒に皆を守るって誓ったのに……こんなんじゃ悠翔を助けに行けねえ……! 強くなるんだって、悠翔が待ってるって、それだけで頑張ってきたのに……! このままじゃ、北見さんまで——」


「樹ッ!」


三浦の鋭い声が響いた。その瞬間、周りにいた全員が二人に視線を向ける。


「悠翔はそんなに弱いの? 北見さんはそんなに頼りないの?」


三浦は強い調子で続けた。


「違うでしょ。悠翔だって、生き延びてるんでしょ? 北見さんは、あんな化け物と立派に戦ってたんでしょ? ……樹、あなただって」


彼女は声を少し落とし、優しく言った。


「確かに、あの戦いでは辛い思いをしたかもしれない。でもその前は? 本当に誰も守れなかったの? 私たちはこうして生きている。……それは、あなたが守ってくれたからだよ」


三浦は樹の顔をまっすぐに覗き込む。


「どんな時でも元気で、率先して前に出てくれるあなたを、私たち皆が頼りにしてる。お互い助け合うんでしょ? そうやってここまで来たんだよ。……誰も死んでない。今はそれでいいじゃない。これから、皆を助けられるくらい強くなればいい」


樹の目に涙がにじむ。


「……そうだよな。ははっ……こんなんじゃ悠翔に何言われるか分かんねーな。“お前は元気でアホなのが取り柄だろ”って怒られるわ」


涙を拭うと、樹は立ち上がった。


「皆さん! すみませんでした! そして……ありがとうございます!」


深々と頭を下げる樹。


セラは微笑みを浮かべてその姿を見守り、藤宮たちもやれやれと肩を竦めるようにして息をついた。


「よーし! やるぞー!」


樹が拳を握り、声を張り上げる。


その響きに、場の空気は再び明るさを取り戻した。


その姿を、セラは静かに見つめていた。


彼女の口元には柔らかな笑みが浮かんでいる。——無理をして立ち上がるのではなく、仲間に支えられてもう一度前を向けた。その強さを、彼女は感じ取っていた。


ギゼルは腕を組み、鼻を鳴らした。


「ふん。頑張れよ」


ぶっきらぼうだが、その声音にはわずかな好意が混じっていた。彼にとって、背を向けず立ち上がる者こそが戦士だった。


ルズの表情は変わらな・・・いや、僅かに口角が上がっているように見えた。


冷静ながらも評価の色が滲む。観察者としての目で彼女は樹たちを見ていたが、今はそこに「信頼の芽」を見ていた。


ティナはぱっと顔を輝かせ、手を胸の前で組んだ。


「よかったぁ! やっぱり笑ってる方が似合ってるね!」


その明るい声が、重苦しかった空気を吹き飛ばす。


——樹が拳を握りしめ「よーし! やるぞー!」と声を張り上げたとき、クロスグリッドの四人は互いに視線を交わした。


(……悪くない仲間になれるかもしれない)


それぞれの胸に、そんな思いがわずかに芽生えていた。

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