第6話「方陣」
そんなこんなで第6話です。
なんだ。なんだろうこれ。
これが戦場?怖すぎる。陣幕で見えないのがさらに恐怖感をあおる。
すぐそこで人が戦っている音が聞こえる。
兵士が叫び、肉をたたく音が聞こえる。
私は、一歩も動けない。
こんなのは知らない。
こんなものだとは知らなかった。
想像と違う。前世で見たどんなものよりも生々しい「戦闘」がすぐそばで起こってる。
怖い。
怖いとしか言えない。
なんでこんなところに来たんだろう。
なんでこんな世界に転生したんだ?
こんな思いをするなら草や花に産まれたかった。
優しい世界に転生させてくれませんかねえ神様よぉ!
・・・なんか余裕出てきたな。慣れって怖い。
慣れんの早くね?さすが帰蝶ちゃん!マムシの娘!
まあ怖いもんは怖いんで早く終わってくれんかな。
終わったらしい。
小鬼は弱いって権三郎殿も言ってたから余裕だったんだろう。
さすがマムシの子分。頼りになるぅ!
とか思ってたらなんかさっきまでとは別ベクトルの臭さが鼻に届いた。
なんか錆び臭いっていうか、こう・・・名状しがたい臭いだ。
神話生物とかじゃないよ。いあ!いあ!
小鬼は権三郎殿はじめ多くの兵にぼっこぼこにされて昇天し、あんまり臭いのでちょっと離れた藪に投げ捨てたそうだ。それでもまだ臭いけども。
どうなってんだあの臭い絶対風呂入ったことないだろ・・・。
顔をしかめて座ってると光安おじがやってきて、砦へ急ごうと言う。
帰蝶ちゃん知ってる!
これ群れが襲ってくる奴だよ私は詳しいんだ!
砦に移動中の隊列襲われたらひとたまりもないじゃん。
というわけでもう少しで信長たちも来るだろうし、ここで守りを固めた方がよいのでは?
本当はクソ怖いのでとっとと逃げ出したい。
でも逃げた先に楽園なんかありゃしねえんだって黒い剣士さんも言ってたじゃない!
というわけで
「おじさま、三郎さまももうすぐ来られるでしょうし、ここで守りを固めてはいかがです?幸い敵は小鬼。槍兵庫たるおじさまと飛騨を生き延びた権三郎殿、そして父上が鍛えた精鋭の皆様がいれば赤子の手をひねるようなものでしょう?」
やべぇ声震えてるわ。
しかし訓練を重ねた姫ムーブ(にっこり微笑み付。多分何名かほれたはず)のおかげか、光安おじは非常に感心したように
「さすがは殿の娘御でございますな、頼もしい!」
と笑う。
移動中に踊り喰いされたくないだけです!私は死にたくないの!
法螺貝も吹いたし兵の士気もあがってて、信長も近くにいれば危険があると急いでくれるはず、という事で安全になるまで権三郎殿得意の方陣を組んで警戒することになった。らしい。
100人で方陣ってすげえ狭いのな。こんなにおさきと密着するのすげえ久しぶり。
陣幕を取っ払い、大体1.5mくらいの感覚で兵士が並んで、一辺が15名ほど並んだ四角を作ってると考えてほしい。一列目の後ろにもう一人控えてるけど二列目がない箇所も多い。
人が少ないからしょうがないんだってさ。
手薄なとこ攻められたらどうすんだよと思ったけど、悪臭のする方向を分厚くしてるから大丈夫なんだってさ。
あの臭さで奇襲は無理だと光安おじは笑ってる。
とにかく中にできた直径20メートルくらいの範囲に私とおさきや私についてきた侍女や下ばたらきのおっちゃんやあんちゃんたちが陣取っている。
輿入れだからね。おさき以外の侍女だっているよそりゃもちろん。
この形ができるまでわずか10分ほど。さすがマムシ(父ちゃん)の付けてくれた精鋭。頼もしいことこの上ない。
私たちは河原から離れた少し小高くなっている原っぱに陣取っている。川向うの尾張領内も見えるし、織田家の兵が来てくれればすぐわかる。背後は開けてるし、少し遠くに砦も見える。いざとなったら逃げればよいよね。尾張から多少漏れた小鬼なんて余裕だよよゆー。
と自分に言い聞かせていると、悪臭が強まり。
群れが現れた。らしい。居並ぶ兵に遮られ、私には見えなかった。
「槍かまええぃ!」
権三郎殿が叫ぶ。兵たちは槍衾・・・と言うにはちと頼りない数だけども整然と槍を構える。正直頼もしい。
臭いがさっきの比じゃない。光安おじも兵のみんなもよく平気だな。
おさきも顔を青ざめさせてるしほかの侍女もほぼ半泣きだ。
下働きのおっちゃんやあんちゃんたちはきりっとして群れを睨んでる。
いざとなったら我らがおとりになりまするとか言ってくれたので無理はしないでほしいがその時は頼むわ。
ちなみに私は鍛えに鍛えた姫ムーブできりっと立ってるが実際膝がくがくだし気を抜いたら漏らすかもしれない。
でも見ないとまずいのでちゃんと見てる。怖え。あったかいオフトゥンに帰りたいよママン!
まだオフトゥン開発してなかったクッソかたい畳にごろ寝がデフォだった畜生!
ぜってぇ生き延びてオフトゥン開発チートかましてやっからな!
構えたおかげで兵の隙間から群れの様子が見えた。
うげぇ気持ち悪い。
群れの先頭の小鬼がこちらを指さし何か後続にわめいてる。
遠いのでよく聞こえないが多分ろくでもない事言ってんだろう。
初めて見たが、漫画やアニメで見たゴブリンまんまだ。
気持ち悪いとしか言いようがない。
緑色の肌、黒目がない濁った黄色い目、こぶにしか見えないけど角。腰蓑一枚で、こん棒持ってる。
腰蓑がなんか一部盛り上がってるのがすごい嫌。
あれって、多分アレだよね。
そういう事なんだろう。
もしかして、私みたいな美少女は頭から喰われるんじゃなくて泣いたり笑ったりできなくされちゃう奴?
マジかよ。
信長よりゴブスレさん案件じゃねえのアレ。
見なきゃよかった。前世に比べて遥かに良い視力を恨む羽目になるとはゴブリン許すまじ。
誰か助けて。
戦慄していると小鬼どもが走り出した。
私の美少女力に恐れおののいて逃げたんじゃなく多分私の美少女力に引き寄せられてんなアレ。
どうでもいいわ。
また目の前で戦が始まる。
もうヤダこの世界!堅牢なお城に引きこもりたい!コワイ!ゴボボー!
吐いてないよ!くっさいんだよあいつら!
光安おじ!権三郎殿!やーっておしまい!!
「突けえええ!!」
権三郎殿の掛け声に合わせて槍をついてるらしい。耳障りな悲鳴が聞こえる。
背が低いから見えないんだよね。なんかクッソ汚い緑色のしぶきが上がってる。さっきの錆びっぽい別ベクトルの悪臭が漂う。あいつらの血の匂いかこれ。
控えめに言って最悪。
臭いもビジュアルも最悪だけど、やっぱり弱いっぽいな小鬼。
兵のみんなはどんどん動きが良くなってるように見えるし兵の壁は微動だにしない。
怖いけど、これなら泣いたり笑ったりできなくならずに済みそうだ。
長居はしたくないので早いとこ決着つかないかな。
泣きそう。
多分めっちゃプルプルしてる。
怖いよう。
姫ムーブ鍛えてなかったら仲間を置いて逃げ出した先で襲われてる三流悪役みたいになってたと思う。
ありがとう父ちゃん母ちゃん。
おさきさんや。あんたも怖いと思うけど私に抱き着くのやめてくれませんかねえ!?
逆だろ普通!我姫ぞ!?13歳の美少女ぞ?!
「小鬼は飛騨より弱いぞ!押し返せええ!」
権三郎殿が叫んでる。やっぱり権三郎殿レベル上がってんじゃないかな。
権三郎殿から話聞いてて良かった。怖いけど経験者がいる安心感はダンチだ。
兵たちは飛騨帰りではないらしいけど、最初に小鬼が出たときに情けない悲鳴上げてたとは思えないくらい落ち着いて槍を操ってるように見える。
すごいなぁ兵士の人たちって。あんなわけわからんバケモンとも戦えるんだもん。
私にはとてもできない。石投げあって時には死人が出るような遊びを子供のころからしてるとああなるんだろうか。
こう考えるとマジでやばいわ戦国時代。
前世の平和な日本だったらこうはいかんだろうな。
コンビニの前でうんこ座りしてるあんちゃんらが槍持ってバケモンに立ち向かう姿が想像できない。
槍が動く。時には振り上げて叩きつけるようにしなって動く。
その度に汚い液体が飛び散る。
頭おかしくなりそう。もともとおかしいってやかましいわ。
これが戦場。殺し殺される場所。今は一方的に殺してるけども。
このまま終わってほしい。誰も傷ついてほしくない。
でも、この戦国死にゲー世界は甘くなかった。
権三郎殿が焦ったように叫ぶ。
「大鬼だと!?第2列集結!集結だ!姫様をお守りしろ!!」
権三郎殿の指揮に従い、私の前の兵の壁が厚くなる。
何が起きているか見えないが、まずいのかもしれない。
「な、なにごとで」
すか、と続けようとしたところで、人が宙を舞った。
そしてこの後、私はこの世界の真の恐怖を知ることになる。
始まりました。




