第31話「母は怖し」
一日空きましたが水曜日なので第31話です。
読みに来てくださってありがとうございます。
帰蝶です。
今私は那古野城の奥座敷で、板間の冷たさを膝で受け止めながら脂汗を垂らして正座している。
目の前には土田御前。
周囲は土田御前の侍女に囲まれ孤立無援。
なんだろう自己批判しろとか言われそうな雰囲気である。
誰か助けて。
急使により那古野城からの報せを受けた私たちは、翌日の朝熱田を発つこととなった。
いつもの護衛メンバーの中で久助だけは居残り、他の信長親衛隊(幼馴染たち、噴出初期に信長と迷宮に突入したメンバー)を中心に、兵の迷宮内鍛錬を開始するそうな。
私のレベルアップの傍らそんな調整まで進めてるなんてさすが信長。
シゴデキすぎて帰蝶ちゃん謎の涙が出そう。
んで、何事もなく那古野城についたら信長はお公家様に会いに行くために離れ、じゃあイナリちゃんの魔法講座を、と思ったところで
「お方様が呼んでおりますので、濃姫様はこちらへ」
と侍女に案内されて奥に連れていかれた。
イナリちゃんはパッと見幼女なので、私の私室に案内するようにと指示する。
見知らぬ場所で不安そうなのでおさきについていてあげてと言った私はとても慈悲深いと思った。あとから思うと痛恨のミスである。
他の侍女は私の私室の整理と荷ほどきのため離れ、気付いたら妙に広い板間にポツンと正座していた。
あっこれやばい奴?
そういえば土田御前から嫁教育させろと手紙が届いてたとか信長が言ってた。
そういえば祝言後碌に挨拶もせずに熱田に行ってしまった私である。
やばい!これ滅茶苦茶に叱られて、
「美濃に帰れ。さもなくば下働きからやりなおしなさい」
とか言われて屋根裏部屋に粗末な服で放り込まれる奴だ!
泣こうと思ったら声を上げていつでも泣けるけど胸の奥に花がある限り生きようとか決意しなきゃならない奴かも!!
やっべぇ!!
私はもう少し根回ししてから熱田に行くべきだったかなあと過去の自分を呪ったが、必要な事ではあったので後悔はしないと決めた。
そして、多くの侍女を引き連れて土田御前が現れ、上座に座って私を鋭い目でじっと見つめ、今に至る。
後悔はしないと決めたと言ったな。あれは嘘だ。
コワイ!
別ベクトルで怖い!!
すっごい美人さんで、なんだろう、前世のバリキャリ美人上司を思い出す。
あの人は酒が入るととんだポンコツだったけど、普段は滅茶苦茶キツイ上司だった。
それは置いといて、目の前のこの人は長い黒髪、切れ長の目。和服でよくわからないけどスタイルもよさそう。
んで、この時代の人としては背が高いんだ土田御前。
スラっとしてて、現代風美人である。
そんな人に睨まれた私はまさに蛇に睨まれた蛙で、脂汗を垂らして黙り込むしかないのである。
あああなんでこんなことにぃ……!
内心頭を抱えていると
「で、熱田は楽しかったですか?」
と、抑揚のない声で言う土田御前。
「めっちゃ楽しかったっす!」
とか言える空気じゃない。
そもそも壊滅して災厄の中心地っぽい熱田で楽しかったとか言えるわけがない。
どうしよう、なんて言おう。あわわわ。
パニックになって黙り込む私に、ため息をついて土田御前が言う。
「事の次第は三郎殿(信長)から聞いております。殿(信秀)からも、大目に見よと。
ですが、そなたは織田家嫡男の嫁。奥での務めをなんと心得ているのです!この愚か者!!」
大喝。
私はビクッとなる。
「今は危急の時。もはや尾張を統べられるのはこの弾正忠家のみ。
一刻も早く家中を、尾張をまとめあげ、妖どもを討たねばならぬというときに、何を考えて熱田へなど行ったのです!
良いですか、奥の役目とは次代を育み、家臣の妻を通じて結束を固める事です!
賢しらに政へ口を出そうなどと、己が分をわきまえなさい!」
うう、ぐうの音も出ない。
でも、でも。この変わってしまった世界じゃそれじゃダメなんだよう。
女も強くならなきゃ、前線で戦う男たちが安心できない。
ただでさえ人と違う魔物と戦争しなきゃならないのに。
変わっちゃったんだよ!と言いたいが言葉が出ないぃ……。
人見知りを発揮して黙るしかない私に土田御前は説教を続ける。
う~、前世で上司に詰められた時もこうだったなあ。
「何か言うことは無いの!?」
と怒鳴られたときは土下座して謝ったものだ。
あまりに妙な動きで上司が噴き出して結局うやむやになったんだっけか。
その後の飲み会で「きつく言いすぎてごめんね」とか涙ながらに謝罪されたのも良い思い出だ。最初に泣き上戸になるんだよなあの人。
……今も土下座すれば勘弁してもらえないだろうか。
無理だろうなあ。
というわけで嵐が過ぎるのを神妙に待つ私。
なんかいろいろ教えるからしばらく奥から出るのは許さん、とか言ってるけどそこは信長になんとか……
「三郎殿(信長)にすがろうと無駄です。奥の差配はわたくしのお役目。三郎殿(信長)はおろか殿(信秀)にも口を出す事まかりなりませんからね!」
うぐう、先回りで潰されたあ!
どうしよう、これは土田御前を説得することはできないだろうなあ。
私(と信長)のナーロッパ計画がぁ……
あきらめようとした時、廊下からとたとたと軽い足音が聞こえてきて、狐耳もふもふおしっぽ幼女が現れた。
「きちょー!どこじゃー?おお、おったなきちょー!わらわはお団子を所望するぞ!」
針のむしろのような空気をまるで感じぬ様子で、イナリちゃんがとたとたと駆け寄り、私に抱き着いた。
あだだだだ!足がしびれてるの!今触らないでえ!!
悶絶していると土田御前の周囲に座る侍女の空気が変わった。
「ひっ、あの耳と尻尾は……!?」
「あ、妖!!」
「お方様、危険でございます!」
半ばパニックな侍女と違い、土田御前は微動だにせず、じっとイナリちゃんと私を見ている。
そして、表情を変えずに頭を下げ、言った。
「……熱田迷宮に囚われていた伏見稲荷様の眷属、イナリ様とお見受けしまする。
わたくしは尾張織田弾正忠信秀が室、はると申します」
土田御前ってはるって名前なんだ。史実で名前が残ってないんで知らなかった。まあこの時代の女性は大概そうなんだけども。
土田御前が頭を下げたので周囲の侍女も頭を下げる。伏見稲荷の眷属、とも聞いてビクッとしていた。
イナリちゃんはきょとんとして言う。
「おお、ノッブの母御じゃな!いかにもわらわが伏見の宇迦さまの眷属、イナリである!苦しゅうない面を上げよ!!」
イナリちゃんは敬われるのが好きなようだ。神様だし見た目幼女だからねえ。
にしても、土田御前イナリちゃんのこと知ってたんだ。
あー、信長が手紙でも出したんだろうな。
史実の信長も筆まめだったようだし、というかこの時代手紙書くくらいしか通信手段無いから当然か。
でも周りに知らせる時間はなかったんだろうね。まあイナリちゃんと出会ったの昨日だし。
頭を上げた土田御前はイナリちゃんへ優しく微笑み、言う。
「イナリ様、ご挨拶が叶い感無量にございます。聞けばお団子をご所望とか。すぐさま作らせお持ちしましょう」
「そうか!ありがとうおはる!じゃが、あまりきちょーを叱ってはならぬぞよ?
きちょーはわらわの恩人ゆえのう。いろいろと面白い話を聞かせてくれるのでわらわはきちょーがだいすきなのじゃ!」
「それは……」
眉を顰める土田御前。幼女だが神という上位者なので何と言っていいのか迷っているようだ。
そんな様子を知ってか知らずか、イナリちゃんは続ける。
瞬間、座敷の空気がわずかに張り詰めた。
「わらわにも全くわからぬが、どうもこの世の理が変わってしまったらしい。
それを察知したきちょーは女だてらに迷宮に潜り鍛錬を始めたのじゃ。
これは誉であるとわらわは思うのじゃ。だからおはるよ。あまりきちょーをいじめてはならぬとわらわは思うのじゃが・・・」
途中まで神のようで、最後だけ急に声が小さくなった。
どうもちぐはぐに感じるけど、イナリちゃんが私を理解してくれている事がわかってうれしかった。
土田御前は私の行動を神(幼女だけど)に評価されて、息をのむ。
驚いているんだね。
これは、私も幼女(神だけど)に庇われたままではいられない。
「お義母さま、わたくしは……」
意を決して話そうとしたその時、どすどすと大きな足音を立てて信長が現れた。おさき、犬千代くん、慶次も後ろについている。
「母上、人払いを。帰蝶とイナリ殿は残れ」
有無を言わせぬ声。
そこにいたのは、夫ではなく「戦国武将」織田三郎信長だった。
何かあったんだろう。
「なんです三郎殿。いくらあなたでも無礼ですよ!」
抗議する土田御前。しかし信長の表情を見て何かを察知したのか、侍女に下がるよう言った。呼ぶまでここに近寄る事まかりならぬ、とも付け加えて。
すげえかっこいい。これが奥を差配する女傑かぁ。
私もこうなれるかなあ。
侍女が下がり、いつものメンバー(久助はいないけど)とイナリちゃん、土田御前だけになった。
そして上座に座った信長は言った。
「京が壊滅したそうだ」
全ての音が止まった気がした。
良くない想像はあたりがちですよね。
今回も最後まで読んでくださりありがとうございます。
よろしければブクマ、感想、評価などのリアクションをいただけると作者の熱意が持続します。




