朝のまかないの豚汁
メンヘラオジサンの新作。うだつの上がらないオジサンがまかない料理からなりあがる?までを書いてみようと思って試し書きです。江戸時代の町人の台所から全国制覇??できるのか??(笑)
夜が白みに変わるころ、料理場はまだ眠っている。
戸を開けると、ひんやりとした空気が肌にまとわりついた。土間に残る湿り気を踏みしめながら、男は黙って藁を割る。焦らなければ、火はちゃんとつく。
若い衆がよく失敗するのは、ここだ。火が欲しいからと、いきなり薪を積みすぎる。煙ばかり立って、結局うまくいかない。男は細い藁を束ね、指先でほぐし、息を吹きかけるように火を育てた。
鍋をかけるころには、東の空が少し明るくなっている。 男はこの店の下働きだった。
包丁は握らせてもらえない。仕入れにも出られない。主人からは「使えねえ」と吐き捨てられ、もう何年も放ったらかしにされている。怒られもしない代わりに、期待もされない。
それでも朝の炊き出しだけは、なぜか男の役目だった。
大根を刻み、芋を切る。豚の脂身は少しだけ残す。多すぎるとくどくなる。
味噌は、最初から全部溶かさない。火を弱め、鍋の端でゆっくり溶いて、様子を見る。
男は味噌の匂いが変わる瞬間を知っていた。
湯気の向こうで、角が取れたような香りになる、その一拍。
若い衆が一人、二人と集まってくる。
「今日のは、あんまり煮詰めるなよ」
男がそう言うと、若い衆は素直にうなずいた。理由は聞かない。聞かなくても、あとで分かるからだ。
椀に注がれた豚汁を、皆が黙ってすする。
誰も「うまい」とは言わない。ただ、箸の動きが少し早くなる。
「……昨日の帳面、合わなくてさ」
ぽつりと、誰かが言った。
男は返事をしない。ただ、鍋をかき混ぜる。
「まあ、腹減ってると、ろくな考え浮かばねえよな」
それだけ言って、また火を見る。
主人の声が奥から聞こえた。
「おい、あいつはまだいるのか。ほんと、使えねえな」
若い衆は聞こえないふりをして、椀の底をさらった。
男は鍋を下ろし、残った豚汁に蓋をする。
今日も、表に出ることはない。評価もされない。
それでも、朝は来る。
火を起こし、味噌を溶き、飯を出す。
「まあ、今日もこんなもんか」
誰に聞かせるでもなく、男はそう呟いた。
湯気の向こうで、朝の光が料理場に差し込んでいた。




