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夢幻開現師 ―夢の守り人―  作者: ks21
第八章:「鬼哭餓亂城・落城編」
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第82話「崩界王・朱天将」

朱禍童子を打ち倒した和泉。


しかし、それは終わりではなかった。


四天王の残滓を呑み込んだ骸の奥で、朱天は新たな姿へと再世する。


第82話「崩界王・朱天将」


鬼哭餓亂城が、現の世へ爪を立てる。

第82話「崩界王・朱天将」


 朱禍童子の四つの鬼面は砕けた。


 アカネ、シンシャ、バーミリオン、シナバー――朱天四天王の残滓を呑み込み、形を成した異形の鬼。


 その巨大な肉体は、床へ沈んでいる。


 だが。


 勝利の手応えは、どこにもなかった。


 倒れた朱禍童子の内側から、新たな力が膨れ上がっていた。


 朱天が、再びこの世に再誕しようとしている。


「させるかああああああ!!」


 和泉は灰切の刀身を、再び朱禍童子の骸へ振り下ろした。


 だが――。


「時は満ちた」


 ガシッ!


 倒れた朱禍童子の内側から声が響いたかと思うと、その腹部を突き破って一本の腕が飛び出した。


 その腕が、灰切の刀身を受け止める。


「くッ!?」


 加減など一切なく振り下ろした一刀。


 それを、片手で止められていた。


 さらに、和泉は直に感じ取っていた。


 刀身を一ミリも動かすことができないほどの、脅威的な力を。


「さあ――再世の時だ」


 淡々とした声とは裏腹に、灰切を受け止めた腕は、いとも簡単に巨大な刀身を放り投げた。


「ッうううう!」


 和泉は灰切を床板に突き立て、どうにか体勢を立て直す。


「姿を見せやがれ、朱天!!」


 その叫びに応えるように。


 朱禍童子の胎内から、その者は現れた。


 かつての童子のような姿ではない。


 朱天の肉体は、青年のものへと変わっていた。


 白く美しい長髪が、赤黒い瘴気の中で静かに靡く。


 赤い肌とは対照的に、白い着物がよく映えていた。


 巨大な羅刹の骸から這い出たものとは思えないほど、その姿は美しかった。


 だが、美しいからこそ。


 そこにある禍々しさは、いっそう際立っていた。


百希夜(ときや)君、下がるんだ!!」


 現れた敵から放たれる膨大な瘴気を前に、大久保は即座に動いた。


 それは、単に開現師としての使命からだけではない。


 生物としての防衛本能が、目の前の存在を恐れ、逃避を促したのだ。


 だが、それが逃走ではなく闘争という形で表れたのは、大久保が和泉たちの指導を任された者としての責任感ゆえだった。


押印(ムドラ)!!」


 大久保は、朱禍童子の骸に刻んでいた印を発動させる。


 巨大な象の脚が、覚醒した朱天へ向けて放たれた。


 ドンッ!


「――な!?」


 しかし、朱天は振り返ることすらしなかった。


 背後から迫る象脚を、ただ裏拳で弾き返す。


 弾き返された幻影は、使用者である大久保への反動となって返った。


 大久保の身体が宙を舞い、城の壁へ叩きつけられる。


「がはッ!」


「大久保さん!? 朱天、てめえええ!!」


 怒りに駆られた和泉が、灰切の刀身を力いっぱい振るう。


 だが。


「!?」


 そこに、すでに朱天の姿はなかった。


「我は、もはや童子の朱天ではない」


 声は、頭上から聞こえた。


 朱天は宙へ舞い上がり、和泉の真上にいた。


 そのまま、脚を振り下ろす。


 ドゴッ!!


 床板が砕ける。


 朱天の足が、和泉の顔面を踏みつけていた。


「ぐ、あ……ッ」


 和泉は灰切を握りしめる。


 だが、動けない。


 顔面を踏みつけるその足から、圧倒的な力が流れ込んでくる。


 冷たい瞳が、和泉を見下ろした。


「我が名は、朱天将」


 朱天は、淡々と告げる。


「《崩界王(ほうかいおう)朱天将(しゅてんしょう)》」


 その名乗りと同時に、鬼哭餓亂城が大きく軋んだ。


 その時だった。


 崩れかけた東方の間の入口から、複数の気配が流れ込む。


 紫紺の気配。


 淡い泡の光。


 そして、空を裂くような眩い輝き。


「その足を退かしなさい!!」


 紫紺の双刀が舞う。


 東方の間へ辿り着いた理恵が、朱天将へと斬りかかっていた。


「遅い――」


 しかし、朱天将はわずかに身体を逸らすだけで、その一閃を躱す。


 そして――。


 がら空きになった理恵の胴へ、その足を振り上げようとした。


 だが。


「可憐な女子に手を上げるなんて、サイテーだかんね!」


 放たれた泡弾が、朱天将の動きを止める。


「こっちもいるんだけど!!」


 杏樹の攻撃に合わせて飛び出した亜子の回し蹴りが、朱天将の顔面へ叩き込まれた。


 ガンッ!!


 宙を裂くように放たれた蹴り。


 そのあまりの凄まじさに、周囲へ衝撃波が広がる。


 しかし――。


「――!?」


 朱天将は、人差し指一本でその一撃を受け止めていた。


 だが、この一瞬の攻防の隙に、すでに和泉は朱天将の足元から逃れていた。


「紡げ――」


 朱天将から脱した和泉は、即座に灰切を点火針の姿へ戻す。


 同時に、その刀身を赤く染め上げた。


「《赤い一線》!!」


 和泉が必殺の一閃を放つ。


 それに呼応するように、理恵と亜子が朱天将の両腕を押さえ込んだ。


「これで――」


「終わりです!!」


 だが、朱天将は顔色一つ変えなかった。


 理恵と亜子に両腕を掴まれたまま、身体ごと両腕を振るう。


「きゃああああっ!!」


「くッ!!」


 弾き飛ばされた二人の身体が、迫る和泉へ向かって飛ばされる。


「くそっ!!」


 和泉は即座に点火針を投げ捨て、二人を受け止めた。


 だが、さすがに二人分の勢いまでは殺しきれない。


 和泉たちはそのまま、大きく後方へ吹き飛ばされた。


郷泡夢(ごうほうむ)!!」


 すんでのところで、杏樹が巨大なシャボン玉を形成する。


 柔らかな泡が、和泉たちの身体を優しく受け止め、跳ね上げた。


「悪い、助かったぜ、杏樹」


「ううん。でも、敵さん……さっきから一歩も動いてないよ」


 杏樹の指摘通り、朱天将の身体は、最初に立っていた場所からほとんど動いていなかった。


「それに、わざと追撃をしていないようですね」


 理恵が苦々しく朱天将を睨む。


「あいつ……あたしたちのことを馬鹿にしてる」


 亜子が体勢を整えながら、吐き捨てるように言う。


「否――」


 亜子の言葉に、それまで黙っていた朱天将が口を開いた。


「貴様たちのおかげで、我はこの姿へと辿り着けた」


 朱天将は、声色を一切変えずに淡々と語る。


「感謝こそすれ、馬鹿になどしていない」


 そして、朱天将はすっと手を横へ上げた。


「故に――」


 冷たい瞳が、四人を見据える。


「この場から去れ」


 その言葉に、四人の怒りが一気に沸騰した。


 去れ。


 それは、見逃すという意味ではない。


 和泉たちが命を削って戦ってきたことも。


 理恵たちがそれぞれの戦場で背負ってきたものも。


 倒れた仲間も、守ろうとしたものも。


 そのすべてが、朱天将にとっては、この姿へ至るための過程にすぎなかった。


 そう告げられたのだ。


「ふざけるな……」


 和泉の声が、低く震える。


「誰が、ここで退くかよ!!」


 四人は、同時に動いた。


 だが――。


 朱天将が、静かに手を掲げる。


 次の瞬間、膨大な瘴気が東方の間を呑み込んだ。


 これまでのものとは、質が違う。


 濃い。


 重い。


 ただ触れるだけで、魂の奥を腐らせるような瘴気だった。


『お嬢様たちを、傷つけさせはしません!!』


 深紅の慧珠が、四人の前へ飛び出す。


 梓が、残された力を振り絞って結界を張った。


 透明な膜が四人を包み込み、迫る瘴気を受け止める。


 だが。


『くっ……う、うぅ……!』


 瘴気が結界へ触れた瞬間、梓の苦痛に満ちた声が響いた。


 朱天将の瘴気は、ただ防ぐだけでも観測師の精神を削る。


 慧珠の光が大きく揺らいだ。


 ひびが走る。


 赤い輝きが、明滅する。


「梓!?」


 理恵が叫ぶ。


 その直後。


 パリン――。


 深紅の慧珠が、砕けた。


 同時に、東方の間との接続が途切れる。


「梓!!」


 理恵の瞳に、怒りが宿った。


 紫紺の双刀が、激しく唸る。


「はあああああっ!!」


 理恵は一気に踏み込み、朱天将へ斬りかかった。


 斬撃が、幾重にも重なる。


 速い。


 鋭い。


 怒りに任せた乱撃ではない。


 それは、怒りを刃へ変えた、理恵の本気だった。


 しかし。


「――届かぬ」


 朱天将は、指一本でそのすべてを弾いた。


「まさかっ!?」


 驚愕する理恵へ、朱天将は静かに掌を向ける。


 次の瞬間、見えない衝撃が放たれた。


「きゃあっ……!」


 理恵の身体が、後方へ弾き飛ばされる。


 だが、その隙を逃さず、和泉はすでに朱天将の懐へ踏み込んでいた。


飛火手裏剣(とびひしゅりけん)!!」


 至近距離から、炎の火輪が放たれる。


 だが、朱天将はわずかに息を吐いただけだった。


 ふっ――。


 その吐息に含まれていた高濃度の酒気が、火輪に触れる。


 次の瞬間、炎は和泉の制御を離れ、一気に膨れ上がった。


「なっ……!?」


 爆ぜた火炎が、和泉自身を呑み込む。


「りえっち! とっきー!」


 杏樹が叫ぶ。


 だが、その瞬間。


 朱天将の視線が、杏樹へ向いた。


「っ……!」


 ただ見られただけ。


 それだけで、杏樹の背筋が凍った。


 身体が、動かない。


 喉が、震える。


 それでも、杏樹は奥歯を噛み締めた。


「む、むむむ……夢無々霧里(むむむむり)!!」


 仲間を守るため、杏樹は咄嗟に霧を発生させる。


 白い霧が広がり、朱天将の視界を覆った。


 だが――。


 霧の向こうで、白い影が揺れた。


 次の瞬間、朱天将の蹴りが霧を切り裂く。


「きゃああああっ!!」


 杏樹の身体が、軽々と弾き飛ばされた。


 その瞬間。


 光弾が、朱天将へ直撃した。


 亜子だった。


 主砲を顕現させ、一瞬の隙を突いて放った一撃。


 光が炸裂し、東方の間に轟音が響く。


 だが。


「――!」


 爆煙の中から現れた朱天将は、片手を前に出していた。


 亜子の光弾は、その掌の前でかき消されている。


「やはり、退かぬか」


 朱天将は、ゆっくりと構えを取った。


「ならば、よい」


 その冷たい視線が、亜子へ向けられる。


「貴様たちも――」


 亜子は、すでに第二波を発射していた。


 ドゴオオオオッ!!


 激しい閃光が走り、瓦礫が舞う。


 だが、朱天将は宙へ舞い上がり、その砲撃を避けていた。


「この城に迷い込んだ者も――」


 亜子は即座に形態を変える。


 主砲から、機銃形態へ。


 無数の光弾が、雨のように朱天将へ撃ち込まれた。


 しかし、朱天将はその弾幕の中を、舞うようにすり抜ける。


 まるで、弾道が最初から見えているかのように。


「皆、等しく」


 気づいた時には、朱天将は亜子の背後にいた。


「我らが《黒き母神》の供物となるがいい」


 そして、亜子の背へ向けて、静かに手を伸ばした。


 その瞬間。


 銀の閃光が、朱天将の腕を弾いた。


 ガンッ!!


「……!」


 朱天将の手が、わずかに止まる。


 亜子の背後に割って入っていたのは、來瀬川真理だった。


「亜子さん、下がりなさい!」


 真理は銀の刀身を構えながら、朱天将を睨みつける。


 だが、その指先はわずかに震えていた。


 目の前の敵を前に、一瞬、身体が動かなくなった。


 自分が。


 聖斂隊であり、來瀬川の名を背負う自分が。


 恐怖で、動けなくなった。


(私は……目の前の敵に恐怖して、動けなくなったというの……!?)


 その事実を振り払うように、真理は刀身を握り直す。


「はああああっ!!」


 真理が斬り込む。


 同時に、和泉、理恵、杏樹、亜子も一斉に飛び出した。


 炎。


 紫紺の斬撃。


 泡と霧。


 光弾。


 五つの攻撃が、朱天将へ殺到する。


「判断、勢い、共に悪くない」


 朱天将は、静かに呟いた。


 そして、次の瞬間。


 ぶん、と脚を振るった。


 たった、それだけだった。


「ぐあっ!?」


「きゃあああっ!」


「ううっ!」


 和泉たちの身体が、まとめて吹き飛ばされる。


 だが、四人はすぐに体勢を戻した。


 ここで討たなければならない。


 今の自分たちでは、朱天将の猛攻を受け続けることはできない。


 それを、全員が直感していた。


「畳みかけるぞ!!」


 和泉が叫ぶ。


 四人は再び朱天将へ向かって踏み込んだ。


 しかし。


 朱天将は、その手に真っ赤な酒杯を持っていた。


 いつの間に取り出したのか。


 朱く濡れた杯には、なみなみと酒が満ちている。


 朱天将はそれを口に含んだ。


「ふうううう――」


 そして、その酒を霧のように吐き出した。


 強烈な酒の匂いが、東方の間を満たす。


「こんなもので止められると思うな!!」


 和泉は一歩も退かない。


 だが、次の瞬間。


 和泉たちの視界が、大きく揺らいだ。


「な……っ」


 視界だけではない。


 猛烈な吐き気。


 割れるような頭痛。


 足元が崩れ、天井と床が反転するような感覚。


 身体が、立つことを拒絶していた。


「く、そ……!」


 和泉が膝をつく。


 理恵も、杏樹も、亜子も、同じように体勢を崩していた。


 後方から援護しようとしていた真理でさえ、刀を支えにしながら膝をつく。


「戦いは、たった一手で終わることもある」


 悶える和泉たちを前に、《崩界王・朱天将》は一切表情を崩さずに語る。


「覚えておくがいい」


 朱天将は、和泉たちへ背を向けた。


「もっとも――貴様らに次があれば、だが」


「待て……!」


 和泉は震える腕で、点火針へ手を伸ばす。


 だが、指先に力が入らない。


 朱天将は振り返らない。


「では、こちらも己が役目を果たそう」


 そう告げると、朱天将は東方の間を離れ、天守閣へ向けて飛んだ。


     * * *


 天守閣へ降り立った朱天将は、静かに上空を見上げた。


 崩れた空の裂け目の向こう。


 そこには、現実世界の大江山が見えていた。


 夜の山。


 現実の空。


 そして、その向こう側で揺れる、まだ眠り続ける世界。


「夢と現の境は、すでに緩んでいる」


 朱天将は、白い長髪を揺らしながら、淡々と呟いた。


「鬼哭餓亂城は(はい)。現の世は(しゅ)。そして境界は、満ちた夢を留める(ふち)


 彼は、天へ向けて手を掲げる。


「満ちた夢は、やがて溢れる」


 鬼哭餓亂城が、大きく揺れ始めた。


 城の壁が軋む。


 瓦が震える。


 床下から、赤黒い血のような光が滲み出す。


「そして、溢れた夢は、母神の喉を潤す」


 朱天将の瞳が、冷たく細められた。


「目醒めよ」


 その声に応じるように、鬼哭餓亂城全体が咆哮する。


「鬼哭餓亂城――現の世へ顕現せよ」


 夢の城が、ついに現実世界へ爪を立てた。

次回予告


鬼哭餓亂城が、現の世へ爪を立てる。


だが、その異変は大江山だけで起きていたわけではなかった。


時は少し遡り、夢檻三道の終盤。


菩提府上層部の会議場に、内なる裏切りの影が差す。


次回、

第83話「内なる泡影」


夢の檻に囚われるのは、果たして誰か。

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