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夢幻開現師 ―夢の守り人―  作者: ks21
第六章:四光の胎動編
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第45話「半双の荒武者伝説」

 依頼人・佐藤大翔が語ったのは、“半双の荒武者伝説”。

 屋敷を焼かれてもなお、夢の中で眼を奪い続けた異形の武者。

 その影は現実にまで滲み出し、いまも「シガイ塚」と呼ばれる森に潜む。


 調査に訪れた黒の部隊の眼前に突き立つのは――屋根の白羽の矢。

 日常と怪異の境界が溶ける中、彼らは悪夢の只中へ踏み込む。

 ――経緯を語っていた大翔が、ふと口をつぐむ。

 間を置き、笠井たちを見やった。


「あんたら……『半双(はんそう)の荒武者伝説』って知ってっか?」


 和泉も理恵も杏樹も、首をかしげる。

 ただ一人、亜子だけが反応した。


「ああ……やっぱ、『シガイ塚』って、あの荒武者のこと」


「川合は知っているのか?」


 笠井が視線を向ける。亜子は小さく頷いた。


「ネット掲示板の“本当にあった怖い話”。昔、狂った荒武者が住人や討伐隊を殺した――って筋」


 淡々と語る亜子。理恵は不安げに目を見張る。


「まじ!? 絶対あるって!」


 杏樹がスマホを取り出し、指を走らせる。


「あった! “半双の荒武者伝説”!」


「読み上げてくれ」


 笠井の指示に、杏樹は喉を鳴らして読み始めた。


   ◇  ◇  ◇


 半双(はんそう)の荒武者伝説。


 ――むかし、とある武家に生まれた男がいた。

 “単眼”の異形。


 両親は恐れ、殺そうとするが死なない。

 赤子のころから異常な肉体。

 世間に知られることを恐れ、屋敷に閉じ込めた。男の心は歪んでいく。


 ――人の眼を喰えば、自分の片眼は甦る。


 妄念に囚われた男は、両親も家臣も皆殺しにし、その眼を喰った。

 それでも、眼は戻らない。


 より強い眼ならば――。

 男は近隣の若者を襲い、眼を奪った。


 町民は討伐隊を組むも、返り討ち。

 数十人規模すら殆どが殺され、首は屋敷の木々に掛けられた。

 もちろん、両目は抉られて。


 人々は一帯を「シガイ塚」と呼び、近寄らなくなった。


 ――やがて男は矢を放ち始める。

 矢が刺さった家の若者を人身御供に差し出せ。さもなくば暴れる――。


 町民は怯えながら従い、犠牲は続いた。


 ある時、一人の男が堪えかね、荒武者の屋敷に火を放つ。

 炎は屋敷も森も焼き尽くし、荒武者の姿は消えた。


 ――しかし。


 安心も束の間。

 若者の一人が「夢で半双の荒武者を見た」と言い、翌日には眼を失った。

 他の者も同じ。夢の中で“矢が立つ”のを見れば、翌日には眼を奪われたという。


 絶望の前に、一人の僧が現れる。

 僧は森に祠を立て、荒武者の魂を鎮めた。


 ――以来、そこは「シガイ塚」。誰も近寄らなくなった。



   ◇  ◇  ◇



 読み終えると、場に重い沈黙が落ちた。


「……ってことは、俺が見た“白羽の矢”も、先生が見た荒武者も――その筋と繋がる」


 和泉が大翔を見据える。


 眼帯を押さえ、大翔が嗤うように吐く。


「そうさ。森を出たあと、祠を蹴った奴が“夢で自分の家の屋根に矢が刺さってた”って言い出した」


「ビビらせる冗談だと笑った。……けど」


 声が震える。


「翌日だ。そいつがベッドの上で『見えねえ!』って叫んで――両目を失った。そこから一人、また一人……」


 膝を掴む指に力が入り、爪が食い込む。


「……ですが」


 理恵が慎重に口を開く。


「お話の限りでは、佐藤様は片眼のみ……ですよね?」


 大翔はうつむき、自嘲めいた笑み。


「言われたんだよ、あの怪物に。俺は――“強い奴を釣る生餌”だってな」


「生餌……」


 理恵が小さく息を呑む。

 背筋を冷たいものが走る。

 単なる怪異では終わらない。朱天の影がちらつく。


「こんなことを言うので……医者にも霊媒師にも寺にも頼ったんですが……眼は戻らなくて……」


 母の声は震え、疲労と絶望が刻まれていた。


「その左目――見せてくれ」


 笠井の問いに、大翔はわずかにためらい、母に促されて眼帯へ手を伸ばす。


「本人は“夢で眼を奪われた”と言いますが……見ての通り、眼はあるんです」


 確かに――外見上は眼球がある。

 だが同時に、全員の息が止まった。


 そこにあるべき“視線”がない。

 黒く沈む空洞。光を拒む深さ。

 まるで虚無そのものが眼窩を占めている。


「笠井さん、これって……」


 七瀬が小声で問う。


「ああ。現実にも“夢の影”が滲み始めている」


 笠井は大塚へ視線を送る。

 大塚は瞼を閉じ、力強く頷いた。


「分かりました。今回の依頼――我々が引き受けます」


 静かで確かな声。


「まずはご自宅を確認しても?」


「は、はい……! どうか、お願いします……!」


 母は深く頭を下げ、大翔も眼帯を握り締めながら真っ直ぐに見据えた。



   ◇  ◇  ◇



 和泉たちは依頼人の住む地域へ向かった。


 関西の山中に広がる小さな集落。

 見渡す限り田園。娯楽は隣市頼み。

過疎の静けさの裏に、悪鬼の影がある。


 到着後、二手に分かれる。

 笠井・和泉・杏樹は佐藤家へ。

 花奈・理恵・梓・亜子は被害者が収容される病院へ。


 ――佐藤家。


 外観はごく普通の新しめの住宅。

 だが、その屋根にだけ――異様なものがあった。


「屋根……矢が突き立っているの、見えますか?」


 笠井の問いに、母は蒼白に首を振る。


「い、いいえ……そんなものは」


 恐怖と不信が入り混じる声。

 “霊媒師”を名乗る者たちは恐怖を煽り、法外な金を求め、時に逃げた。

 また同じでは――と怯えるのも無理はない。


 だが――。


「……っ」


 大翔の顔が蒼白になった。


「どうした?」


 和泉が問うと、大翔は震える。


「合ってんだよ……夢で見た矢が刺さってた場所と。あんたらも……見えてんのか?」


 和泉と杏樹は静かに頷いた。


 屋内へ。大翔の部屋を中心に調査する。

 決定的痕跡を見抜くのは難しい。だが――空気が違う。


「どうだ?」


 笠井に、和泉が小さく頷く。


「微かに――鬼夢に入った時の“嫌な感覚”が残ってます」


「……」


 隣で、杏樹が珍しく黙り込んでいた。

 唇を噛み、真剣に周囲を見回す。


「杏樹?」


 和泉が声をかける。少し考え、低く答えた。


「……“見られてる”気がする」


「見られている?」


「はっきりじゃない。でも、背中に刺さる視線。ずっと、いる」


 感知に秀でた杏樹だけが捉えている“何か”。

 張り詰めた沈黙が落ちる。


「……ここは一旦切り上げる。七瀬たちと合流だ」


 笠井が低く告げる。


「で、合流後は?」


 和泉の問いに、笠井は振り向きざま口元を引き締めた。


「当然――『シガイ塚』へ向かう」


   ◇  ◇  ◇


 合流した一行は車内で情報を共有した。


「他の連中も依頼人と同じ状態、か」


「はい。どの子も“両目”を奪われていました。そして、それを“認識できる”のは、私たちだけのようでした」


 花奈の報告に、笠井が短く思案し指示を出す。


「七瀬。所長へ連絡。被害者は菩提府系列の病院へ搬送だ」


「了解」


 車が速度を落とす。

 同時に、花奈・梓・杏樹の顔色が険しくなる。


「梓?」


「……申し訳ありません、お嬢様。ですが――事態は悪い」


「だよね……さすがのわたしも、ビンビンに感じる」


 杏樹が額の汗を拭い、無理に笑う。


 車が停まる。


「笠井隊長、到着しました」


 運転席の氷川が告げる。笠井は頷き、全員を見渡した。


「兎にも角にも、俺たちの仕事は変わらん。依頼を果たす。――気合を入れろ」


 皆が頷き、車を降りた。


 視界いっぱいの鬱蒼たる雑木林。

 大翔が語った“狭い森”とは似ても似つかない。

 異様に膨れ上がり、ただの林は“森”へと化けていた。


 そして――。


 全員の息が止まる。


 入口の樹々の枝に、抉り取られた眼球が幾つも――早贄のごとく刺さっていた。


「……これは、早贄か」


 和泉が震える。


「ああ」


 笠井は険しい目を向け、低く応えた。


「さあ――荒武者退治に向かうぞ」


 黒の部隊は、現実へ侵食し始めた悪夢の森へ踏み入った。

【次回予告】


 侵食する悪夢の森――シガイ塚。

 笠井が課すのは、若き四人だけで挑む試練。


 迫る亡者、闇に潜む視線。

 掲げる光は、それぞれの力と決意。


 次回、第46話「舞い上がる四つの光」

 闇を裂く刃は、誰のために輝くのか。


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