第45話「半双の荒武者伝説」
依頼人・佐藤大翔が語ったのは、“半双の荒武者伝説”。
屋敷を焼かれてもなお、夢の中で眼を奪い続けた異形の武者。
その影は現実にまで滲み出し、いまも「シガイ塚」と呼ばれる森に潜む。
調査に訪れた黒の部隊の眼前に突き立つのは――屋根の白羽の矢。
日常と怪異の境界が溶ける中、彼らは悪夢の只中へ踏み込む。
――経緯を語っていた大翔が、ふと口をつぐむ。
間を置き、笠井たちを見やった。
「あんたら……『半双の荒武者伝説』って知ってっか?」
和泉も理恵も杏樹も、首をかしげる。
ただ一人、亜子だけが反応した。
「ああ……やっぱ、『シガイ塚』って、あの荒武者のこと」
「川合は知っているのか?」
笠井が視線を向ける。亜子は小さく頷いた。
「ネット掲示板の“本当にあった怖い話”。昔、狂った荒武者が住人や討伐隊を殺した――って筋」
淡々と語る亜子。理恵は不安げに目を見張る。
「まじ!? 絶対あるって!」
杏樹がスマホを取り出し、指を走らせる。
「あった! “半双の荒武者伝説”!」
「読み上げてくれ」
笠井の指示に、杏樹は喉を鳴らして読み始めた。
◇ ◇ ◇
半双の荒武者伝説。
――むかし、とある武家に生まれた男がいた。
“単眼”の異形。
両親は恐れ、殺そうとするが死なない。
赤子のころから異常な肉体。
世間に知られることを恐れ、屋敷に閉じ込めた。男の心は歪んでいく。
――人の眼を喰えば、自分の片眼は甦る。
妄念に囚われた男は、両親も家臣も皆殺しにし、その眼を喰った。
それでも、眼は戻らない。
より強い眼ならば――。
男は近隣の若者を襲い、眼を奪った。
町民は討伐隊を組むも、返り討ち。
数十人規模すら殆どが殺され、首は屋敷の木々に掛けられた。
もちろん、両目は抉られて。
人々は一帯を「シガイ塚」と呼び、近寄らなくなった。
――やがて男は矢を放ち始める。
矢が刺さった家の若者を人身御供に差し出せ。さもなくば暴れる――。
町民は怯えながら従い、犠牲は続いた。
ある時、一人の男が堪えかね、荒武者の屋敷に火を放つ。
炎は屋敷も森も焼き尽くし、荒武者の姿は消えた。
――しかし。
安心も束の間。
若者の一人が「夢で半双の荒武者を見た」と言い、翌日には眼を失った。
他の者も同じ。夢の中で“矢が立つ”のを見れば、翌日には眼を奪われたという。
絶望の前に、一人の僧が現れる。
僧は森に祠を立て、荒武者の魂を鎮めた。
――以来、そこは「シガイ塚」。誰も近寄らなくなった。
◇ ◇ ◇
読み終えると、場に重い沈黙が落ちた。
「……ってことは、俺が見た“白羽の矢”も、先生が見た荒武者も――その筋と繋がる」
和泉が大翔を見据える。
眼帯を押さえ、大翔が嗤うように吐く。
「そうさ。森を出たあと、祠を蹴った奴が“夢で自分の家の屋根に矢が刺さってた”って言い出した」
「ビビらせる冗談だと笑った。……けど」
声が震える。
「翌日だ。そいつがベッドの上で『見えねえ!』って叫んで――両目を失った。そこから一人、また一人……」
膝を掴む指に力が入り、爪が食い込む。
「……ですが」
理恵が慎重に口を開く。
「お話の限りでは、佐藤様は片眼のみ……ですよね?」
大翔はうつむき、自嘲めいた笑み。
「言われたんだよ、あの怪物に。俺は――“強い奴を釣る生餌”だってな」
「生餌……」
理恵が小さく息を呑む。
背筋を冷たいものが走る。
単なる怪異では終わらない。朱天の影がちらつく。
「こんなことを言うので……医者にも霊媒師にも寺にも頼ったんですが……眼は戻らなくて……」
母の声は震え、疲労と絶望が刻まれていた。
「その左目――見せてくれ」
笠井の問いに、大翔はわずかにためらい、母に促されて眼帯へ手を伸ばす。
「本人は“夢で眼を奪われた”と言いますが……見ての通り、眼はあるんです」
確かに――外見上は眼球がある。
だが同時に、全員の息が止まった。
そこにあるべき“視線”がない。
黒く沈む空洞。光を拒む深さ。
まるで虚無そのものが眼窩を占めている。
「笠井さん、これって……」
七瀬が小声で問う。
「ああ。現実にも“夢の影”が滲み始めている」
笠井は大塚へ視線を送る。
大塚は瞼を閉じ、力強く頷いた。
「分かりました。今回の依頼――我々が引き受けます」
静かで確かな声。
「まずはご自宅を確認しても?」
「は、はい……! どうか、お願いします……!」
母は深く頭を下げ、大翔も眼帯を握り締めながら真っ直ぐに見据えた。
◇ ◇ ◇
和泉たちは依頼人の住む地域へ向かった。
関西の山中に広がる小さな集落。
見渡す限り田園。娯楽は隣市頼み。
過疎の静けさの裏に、悪鬼の影がある。
到着後、二手に分かれる。
笠井・和泉・杏樹は佐藤家へ。
花奈・理恵・梓・亜子は被害者が収容される病院へ。
――佐藤家。
外観はごく普通の新しめの住宅。
だが、その屋根にだけ――異様なものがあった。
「屋根……矢が突き立っているの、見えますか?」
笠井の問いに、母は蒼白に首を振る。
「い、いいえ……そんなものは」
恐怖と不信が入り混じる声。
“霊媒師”を名乗る者たちは恐怖を煽り、法外な金を求め、時に逃げた。
また同じでは――と怯えるのも無理はない。
だが――。
「……っ」
大翔の顔が蒼白になった。
「どうした?」
和泉が問うと、大翔は震える。
「合ってんだよ……夢で見た矢が刺さってた場所と。あんたらも……見えてんのか?」
和泉と杏樹は静かに頷いた。
屋内へ。大翔の部屋を中心に調査する。
決定的痕跡を見抜くのは難しい。だが――空気が違う。
「どうだ?」
笠井に、和泉が小さく頷く。
「微かに――鬼夢に入った時の“嫌な感覚”が残ってます」
「……」
隣で、杏樹が珍しく黙り込んでいた。
唇を噛み、真剣に周囲を見回す。
「杏樹?」
和泉が声をかける。少し考え、低く答えた。
「……“見られてる”気がする」
「見られている?」
「はっきりじゃない。でも、背中に刺さる視線。ずっと、いる」
感知に秀でた杏樹だけが捉えている“何か”。
張り詰めた沈黙が落ちる。
「……ここは一旦切り上げる。七瀬たちと合流だ」
笠井が低く告げる。
「で、合流後は?」
和泉の問いに、笠井は振り向きざま口元を引き締めた。
「当然――『シガイ塚』へ向かう」
◇ ◇ ◇
合流した一行は車内で情報を共有した。
「他の連中も依頼人と同じ状態、か」
「はい。どの子も“両目”を奪われていました。そして、それを“認識できる”のは、私たちだけのようでした」
花奈の報告に、笠井が短く思案し指示を出す。
「七瀬。所長へ連絡。被害者は菩提府系列の病院へ搬送だ」
「了解」
車が速度を落とす。
同時に、花奈・梓・杏樹の顔色が険しくなる。
「梓?」
「……申し訳ありません、お嬢様。ですが――事態は悪い」
「だよね……さすがのわたしも、ビンビンに感じる」
杏樹が額の汗を拭い、無理に笑う。
車が停まる。
「笠井隊長、到着しました」
運転席の氷川が告げる。笠井は頷き、全員を見渡した。
「兎にも角にも、俺たちの仕事は変わらん。依頼を果たす。――気合を入れろ」
皆が頷き、車を降りた。
視界いっぱいの鬱蒼たる雑木林。
大翔が語った“狭い森”とは似ても似つかない。
異様に膨れ上がり、ただの林は“森”へと化けていた。
そして――。
全員の息が止まる。
入口の樹々の枝に、抉り取られた眼球が幾つも――早贄のごとく刺さっていた。
「……これは、早贄か」
和泉が震える。
「ああ」
笠井は険しい目を向け、低く応えた。
「さあ――荒武者退治に向かうぞ」
黒の部隊は、現実へ侵食し始めた悪夢の森へ踏み入った。
【次回予告】
侵食する悪夢の森――シガイ塚。
笠井が課すのは、若き四人だけで挑む試練。
迫る亡者、闇に潜む視線。
掲げる光は、それぞれの力と決意。
次回、第46話「舞い上がる四つの光」
闇を裂く刃は、誰のために輝くのか。
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