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夢幻開現師―悪夢を断つ者―  作者: ks21
第六章:四光の胎動編
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第49話「閃光!黒と朱と」

 ――シガイ塚の外縁。


 刃よりも鋭い殺気が交錯し、二つの影が寸分違わず激突する。


 拳と槌が噛み合うたびに空気が裂け、耳を灼くような衝撃音が夜気を叩いた。


 呼吸の乱れ一つが、そのまま死へ直結する。


 朱天が低く身を沈め、爪先で大地を弾いた。


 無邪気な笑みを浮かべたまま、瞬きほどの間に笠井の懐へ滑り込む。


「ふっ!」


 笠井は朱天の肩が僅かに傾くのを見切り、半身を滑らせて拳をかわした。


 そのまま風塵鴉鎚《ふうじんがつい》を返し、圧縮した風弾を至近距離から撃ち放つ。


 ――シュッ。


 朱天は迫る風弾を掌で受け止め、そのまま握り潰した。


 だが、衝撃によって重心が僅かに浮く。


 笠井は、その一刹那を逃さなかった。


 腰を軸に放たれた蹴りが、朱天の胴を鋭く薙ぐ。


 朱天は空中で身を翻し、直撃こそ避けたものの、蹴りの余波に弾かれた。


 両足で地面を削りながら後退し、僅かに腰を落として着地する。


 その正面へ、笠井が音もなく降り立った。


 二人の呼吸は乱れていない。


 ただ互いの眼差しだけが、夜の闇を鋭く貫いていた。


「やっぱり、君と戦うのは神経がヒリついて楽しいね♪」


 朱天は弾んだ声を上げ、あどけない笑みを浮かべる。


 だが、その双眸には、隠しようのない悪意の焔が燃えていた。


「あれれ? おしゃべりは苦手なのかな?」


 朱天が小首をかしげる。


 笠井は風塵鴉鎚を構えたまま、冷ややかに言い放った。


「……外道に掛ける言葉はない」


 それは舌戦を拒む、断罪の一言だった。


 朱天は大げさに肩をすくめ、黒の部隊が戦う森の奥へ視線を走らせる。


「ひどいなぁ。僕のおかげで、あの子たちはちゃんと育ってるのに」


 朱天が森の奥へ視線を流した瞬間、花奈の怒声が慧珠を通じて響いた。


『やはり……東京の時も、亜子ちゃんの時も……今回も!』


 花奈の声が、淡い水色の慧珠を通じて響く。


 怒りに呼応するように、朱天を囲む結界が激しく明滅した。


『全部、あなたが仕組んでいたのね!!』


 花奈の追及に、朱天は悪びれる様子もなく頷いた。


「もちろん」


 朱天は悪びれもせず、にこやかに頷いた。


「でも、勘違いしないでほしいな。僕は信じているんだよ」


 幼い笑顔が、残酷な神のごとき歪みを帯びる。


「彼らなら――僕が与える“試練”すら越えられるって」


 人の苦しみを成長と呼び、その命を弄ぶ。


 それは信仰を騙りながら、他者の心を踏みにじる悪意そのものだった。


「黙れ」


 笠井が深く身を沈める。


 風塵鴉鎚の周囲で、黒い風が低く唸り始めた。


「お前の戯言は、ここまでだ」


 次の瞬間――轟音が弾けた。


 風をまとった笠井の一歩が、朱天の懐へ突き刺さる。


 朱天は迫る槌を紙一重でかわし、笠井の顔面へ拳を走らせた。


 ガッ――!


 だが、その腕は風塵鴉鎚の柄によって受け止められる。


 笠井は武器を捻り上げ、朱天の拳を容赦なく粉砕した。


(……さすがだね)


 朱天の砕けた指が蠢き、骨と肉が瞬く間に元の形へ戻っていく。


(けど――これで終わると思わないことだ)


 再生した拳が、再び笠井へ迫った。


 ――ザンッ!


 その瞬間、笠井の全身から黒い風が噴き上がる。


「悪鬼招来――《黒錆鉄爪《こくじょうてっそう》》!!」


 凝縮された黒風が笠井の両腕へまとわりつき、錆びた鉄爪を思わせる鋭い輪郭を形作った。


 朱天の拳が触れるよりも早く、黒き爪がその腕を切り払う。


 黒風は傷口から内部へ喰らいつき、朱天の肉体を削り始めた。


 予想を上回る力に、朱天の瞳が大きく見開かれる。


 だが、そこに浮かんだのは恐怖ではない。


 強者を見つけた歓喜だった。


「啄《ついば》め――!」


 笠井の冷徹な宣告とともに、死を司る黒風が朱天を呑み込もうとする。


「くっ……!」


 朱天は咄嗟に自らの右腕を肩口から切り落とし、後方へ跳んだ。


 直後――。


 ガガガガッ!!


 切り離された右腕が黒風に巻き込まれ、骨も肉も一瞬で削り潰されていく。


 巻き上がった砂塵の中で片膝をついた朱天は、断たれた肩口を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。


 血走った双眸は、ただ笠井だけを捉えている。


 肩口から失われた右腕に、再生する気配はなかった。


(……あの黒風に削られた部分は、再生できないのか)


 朱天は自らの身体へ起きた異常を理解する。


 そして――。


「アハハ……アハハハハハハ!!」


 狂気に満ちた笑い声が、夜空を震わせた。


「最高だ! 最高だよ、《黒き疾風》ッ!!」


 朱天の歓喜が、シガイ塚の森へ木霊する。


 だが、その笑みは不意に消えた。


 残された左手に、緋色の盃が顕現する。


 その中では、濃密な酒がなみなみと揺れ、酒面の底に一粒の黒紫の種子が沈んでいた。


 血花桜の残滓から生まれ、鬼夢の力を喰らいながら育った禁忌の種子。


 ――《堕龕の魔種《だがんのましゅ》》。


「……面倒なものを持ち出したな」


 笠井は低く呟くと、黒錆鉄爪を振り払った。


 放たれた黒風が、地面を削りながら朱天へ殺到する。


 朱天は盃を傾け、酒を口いっぱいに含んだ。


 そして、迫る黒風へ向けて一気に吹き出す。


「――ぶううぅぅぅぅッ!!」


 霧状となった酒が、奔流のように黒風へ広がった。


 酒霧へ朱天の瘴気が触れた瞬間、青白い炎が燃え上がる。


 ――ゴウッ!!


 巨大な火柱が夜空へ立ち昇り、笠井の黒風を呑み込んだ。


 揺らめく蒼炎の奥で、朱天は盃に残った酒を一気に呷る。


 底に沈んでいた《堕龕の魔種》もろとも、喉の奥へ流し込んだ。


 その刹那――。


 笠井の黒錆鉄爪が、蒼炎を切り裂いて朱天へ迫る。


 だが、触れる寸前で黒風が霧散した。


「何……?」


 朱天の全身へ、赤黒い脈が浮かび上がる。


 肌が内側から朱に染まり、断たれた右肩から骨と肉が芽吹いた。


 蠢く肉が腕の形を成し、瞬く間に失われた右腕を再生させる。


 朱天は新たな右手を開閉し、真紅へ染まった双眸で笠井を見据えた。


「さあ、第二回戦といこうか――開現師!!」


 朱天が両手を広げ、地面を蹴る。


 黒と朱が激突するたび、夜の世界が大きく軋んだ。


 酒精と《堕龕の魔種》を取り込んだ朱天は、時間とともに熱を増していく。


 その動きは荒唐無稽でありながら流麗。


 酔狂と狂気が入り混じる、予測不能の舞。


 一方、笠井は一切の躊躇なく迎え撃つ。


 朱天の踏み込みと回転を冷静に読み切り、風塵鴉鎚と黒錆鉄爪を的確に急所へ差し込んでいく。


 外から見れば、両者は拮抗していた。


 どちらが先に倒れてもおかしくない。


 だが、戦いを観測する花奈には、別の景色が見えていた。


(亮さん……)


 淡い水色の慧珠を通じて、笠井の状態を読み取る。


(深化覚醒を発動してから、もう随分長い……!)


 笠井の身体には、確実に負荷が蓄積している。


(お願い……早く決めて!)


 花奈の祈りを嘲笑うように、朱天の猛攻はさらに苛烈さを増していく。


 夜空へ星屑のような閃光が飛び散る。


 その交錯の中で――ほんの一瞬だけ、笠井の動きが鈍った。


「かかっ!!」


 朱天が愉悦と殺意を交えた笑い声を上げる。


 拳へ凝縮された凄まじい力が、笠井の脇腹へ突き刺さった。


 ガッ!!


「ぐっ……!」


 直撃の寸前、笠井は風圧の壁を展開して衝撃を減らした。


 それでも、電撃のような痛みが全身を駆け抜ける。


 朱天の右手に、再び酒で満たされた緋色の盃が現れた。


 追撃のため、盃の酒を口へ含む。


「――ぶううぅぅぅッ!!」


 噴き出された酒霧が笠井を包み、周囲へ濃密な酒精を充満させる。


 笠井は風塵鴉鎚を振るい、黒風で霧を吹き飛ばそうとした。


「くっ……!」


 だが、その間に朱天は大きく間合いを切る。


 酒精に包まれた笠井を眺め、楽しげに口元を緩めた。


「結構、フラフラじゃない?」


 挑発を受け、笠井は口端を僅かに吊り上げる。


「いや……」


 脇腹を押さえた指先が、赤く濡れていた。


 それでも、その眼差しは先ほど以上に研ぎ澄まされている。


「今ので、眼が覚めた」


 かつての全盛期と比べれば、能力の減衰は否定できない。


 だが、追い込まれれば追い込まれるほど、《黒き疾風》の真価は露わになる。


(勝負は――一瞬)


 朱天もまた、笠井の気配が変わったことを悟った。


 二人の思考が重なる。


「――次で決める!!」


 声が雷鳴のように響き、黒と朱の二つの影が一気に天空へ駆け上がった。


 上空を覆う雲海が裂け、シガイ塚へ冷たい月光が降り注ぐ。


 笠井は黒い風の奔流を全身にまとい、朱天は朱色の稲光となって加速する。


 二つの閃光が衝突しようとした、その直前――。


「ぐっ……!?」


 笠井の視界が、ぐしゃりと歪んだ。


 重い眩暈。


 脳の奥を掻き回されるような鈍痛。


(中毒症状か……!)


 高濃度の酒精が肺から血中へ回り、笠井の思考と身体の反応を鈍らせていた。


 刹那にも満たない遅延。


 だが、この領域の戦いでは、それだけで死に至る。


「やっぱり、効いたね!!」


 朱天の顔に、勝利を確信した笑みが浮かぶ。


 手刀が赤い光をまとい、無防備となった笠井へ振り下ろされた。


「――終わりだ! 笠井亮!!」


 朱色の閃光が迫る。


 今からでは、防御は間に合わない。


 ――だが。


『させない!!』


 花奈の叫びとともに、淡い水色の慧珠が二人の間へ割って入った。


 幾重もの光が重なり、一枚の結界を展開する。


 朱天の手刀が、結界へ激突した。


 バリンッ――!


 光の壁は、触れた瞬間に砕け散る。


 だが、花奈が作り出したほんの一瞬が、二人の命運を分けた。


「なっ!?」


 結界の破片が消えた時、朱天の視界から笠井の姿が消えていた。


 ――下。


 笠井は朱天との衝突を捨て、自ら垂直に落下している。


「遅かったな……」


 血に濡れた口元が、僅かに歪む。


 笠井は《黒錆鉄爪》を覆う黒風を、あえて自らの体内へ逆流させた。


「貴様……まさか!?」


 次の瞬間――。


 バッ――!!


 黒風が笠井の全身を内側から駆け抜け、酒精とともに一気に体外へ噴き出した。


 同時に、口、鼻、耳、眼から鮮血が溢れる。


「体内のアルコールを吹き飛ばすには……」


 笠井は血を吐きながらも、鋭い視線を朱天へ向ける。


「こうするのが、一番早い」


(正気か……!?)


 朱天の胸を、初めて純粋な恐怖が貫いた。


(一歩間違えれば、身体どころか精神まで壊れかねないぞ……!)


「……イカれてるね」


 朱天の声から、先ほどまでの余裕が消えていた。


「知ってるさ」


 笠井は血に染まった顔で、不敵に笑う。


「だが――これでお前を狙える」


 風塵鴉鎚を包む黒風が、激しく渦を巻いた。


「形態変化――」


 巨大な黒鉄の槌が輪郭を崩し、凝縮された風へ溶けていく。


 広がった黒風は細長く収束し、一本の巨大な弓を形作った。


 笠井は風で編まれた弓を左手で握り、右手で見えない弦を引き絞る。


 その指先に、黒い風の矢が生まれた。


「……ああ」


 朱天は迫り来る死を悟り、静かに息を吐いた。


「これで、終わりか」


 それでも、唇には薄い笑みが浮かんでいる。


「でも……あの子たちも、無事では済まないよ」


 最後の悪意を吐き出すように、朱天が森の奥へ目を向けた。


 だが、笠井の眼差しは揺らがない。


「あいつらなら、勝つさ」


 迷いのない声だった。


 朱天は一瞬だけ目を細め、力なく笑う。


「そうかい……」


 その声が、夜気へ溶けていく。


 弓弦が限界まで引き絞られた。


 周囲の空気が甲高い悲鳴を上げ、世界が一瞬、静止する。


「――《一矢天籟《いっしてんらい》》!!」


 笠井の指が、弦を放した。


 凝縮された黒い風の矢が、夜空を一直線に裂く。


 矢は天を貫く律の音をまとい、朱天の胸部を正確に射抜いた。


「が……はッ……!」


 巨大な風の渦が朱天の華奢な肉体を穿ち、全身から黒い瘴気が噴き散る。


 真紅の瞳が、静かに夜空を仰いだ。


 そこに宿っていたのは、敗北への絶望ではない。


 最後まで消えることのない、歪んだ愉悦だった。


「……やっぱり、楽しい……」


 囁きだけを残し、朱天の肉体は黒い風に千切れていく。


 細かな黒い瘴気の残滓となり、月明かりの下へ散っていった。


 やがて、轟音が止む。


 月光の下に立っていたのは、ただ一人――笠井亮。


 全身は血に塗れ、呼吸も大きく乱れている。


 それでも、風の弓を握る手は最後まで揺るがなかった。


 戦いを見届けた花奈は胸元を押さえ、震える息を吐き出す。


(……終わった)


 安堵しかけた意識を、すぐに引き戻す。


(――いや)


 夜の静寂が、戦場を包み込んでいく。


 だが、その余韻は安堵だけを許さなかった。


 笠井の眼は、なおもシガイ塚の奥深くを睨んでいる。


(まだ……幕は下りていない)


 朱天との戦いは終わった。


 だが、若き四人の死闘は、今なお続いている。

【次回予告】


 焦熱の底で、再び目覚める和泉百希夜。


 己の内なる悪鬼・白影と、初めて真に心を重ねる。


 燃え盛る焔が試すのは、ただ一つ。


 その身を焦がしてでも、仲間を守り抜く意志があるか。


 そして――再び仲間の前へ立つ時、少年は恐れを越えた“共鳴”の炎をまとう。


 次回、第50話「焔ノ共鳴 ―鬼焔操流―」

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