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夢幻開現師 ―夢の守り人―  作者: ks21
第五章:黄昏の戦姫編
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第38話「深海に沈んだ町」

 忍び寄る泡影教の魔手――。

 その正体が鬼夢へと変じ、島全体を覆い始める。


 迫り来る瘴気に抗い、笠井たちは意識を深淵へと沈めた。

 そこに広がっていたのは、海底のように押し潰す暗黒と、息を奪う圧力。


 深海に沈んだ町並みを舞台に、亜羊の群れが牙を剥く。

 黒き疾風・笠井 亮(かさい りょう)の風が唸りを上げ、

 悲劇を背負う少女・川合 亜子(かわい あこ)の拳が闇を裂く。


 ――異界の深淵に、真の戦いの幕が落ちる。

 花奈と亜子を囲む泡影教(ほうようきょう)の一派が、じりじりとにじり寄る。


「くっ……!」


 花奈は視線を走らせた。

 ――隙を見て亜子だけでも逃がせないか。

 だが、包囲は狭まり、それも叶わない。


(亮さん……気付いてくれてれば……!)


 ポケットのスマホにちらと目を落とす。

 心臓が早鐘を打つ。


「ふん、長居は無用じゃ。救援が来る前に――急げ!」


 老婆のしわがれた声とともに、ローブの一団が迫る。


「亮さん――!!」


 花奈の叫びと同時に。


「……おい」


 低い声が背後から飛んだ。


 老婆が振り向く間もなく、店先の招き猫が唸りを上げて飛来する。


「ひぃっ!?」


 反射的に手を上げた老婆の動きが止まる。

 その隙に、笠井が影のように駆けた。


「はああッ!」


 伸ばした右手が、老婆の身体を軽々と弾き飛ばす。


 ドンッ!


 重い音。老婆は店頭のアイスボックスに叩きつけられた。

 鉄板が歪み、氷がぱらぱらと散る。


御婆様(おばばさま)!!」


 ローブの男たちが叫び、慌てて笠井へ視線を向ける。

 だが――気付かない。背後に忍び寄る、もう一つの影に。


「がふっ!?」


 呻きとともに、一人が崩れ落ちる。


「な、何だ!?」


 残る二人が振り返った先、月明かりに長身の男が立っていた。


「貴様……何者だ!」


 鋭い問いに、男は冷ややかに告げる。


「……我は“防人(さきもり)”。彼らを守護する者」


「氷川さん!?」


 花奈が驚く間もなく、氷川は獣のように身を沈めて突進した。


「うおっ――!?」


 男を抱え上げ、そのまま地へ叩きつける。

 アスファルトが悲鳴を上げ、衝撃が夜気を震わせた。


「ひ、ひぃぃっ!!」


 残った一人が恐怖に駆られ逃げ出す。

 だが――


 シュッ、と空を裂く音。


 氷川の手から放たれたナイフが、正確に脚を貫いた。


「ぎゃああッ!!」


 よろめいた瞬間、氷川は容赦なく腹部へ蹴りを叩き込む。

 ぐしゃり、と風船を潰すような音。

 最後の男も崩れ落ちた。


 短い悲鳴と衝撃音だけが、夜の通りに残る。


「すみません、遅くなりました」


 淡々と告げ、氷川は倒れたローブの男たちを手際よく拘束した。


 ――氷川 薫(ひかわ かおる)

 開現師や観測師を守護する影《防人》。その中でも随一の実力者。


「いや……俺も油断しすぎた。まだ残党がいたとはな」


 笠井が老婆へ視線をやった、その瞬間――


「――全員、離れろ!!」


 氷川の声が鋭く響く。


 咄嗟に花奈と亜子を抱え、後方へ跳ぶ。

 直後、背筋にぞわりと悪寒が走った。


「こ、これは……鬼夢……!?」


 花奈が息を呑む。

 倒れていたはずの老婆が、軋むように立ち上がっていた。


「ひ、ひひ……やはり、そう簡単にはいかんか」


 深い皺に貼りつく、ねちゃりとした笑み。

 眼窩(がんか)の奥には、人外の黒い光。


「こうなれば……力ずくでやらせてもらうわい!!」


 老婆の身体がぶるぶると震え、次の瞬間――地に崩れ落ちる。


 氷川が踏み出しかける。

 だが笠井が鋭く制した。


「入るな! ……やられた」


 老婆を中心に黒紫の瘴気が滲み、地を舐めるように広がっていく。

 空気が歪み、森の奥から囁き声のようなものが響いた。


「……鬼夢が、開いた」


 笠井の声は低く、迷いがない。


「仕方ない……一度撤退するぞ」


 即断に従い、彼らは旧校舎へ駆け戻る。

 背後で、老婆の呻きと共に異界の扉が軋んでいた。



   ◇  ◇  ◇



「救援要請は完了しました」


 旧校舎での連絡を終えると、花奈が息を整えて問う。


「それで、この後は……?」


 笠井は短く黙し、視線を巡らせた。


「現状は?」


「今のところ、島の居住区を包むように鬼夢が拡大しています。ただ、ここは私の結界で抑えられています」


 笠井はうなずき、隣の少女へ目を向ける。


「……川合 亜子。行けるか?」


 亜子は強い眼差しで頷いた。


「大丈夫。……やられっぱなしは、性に合わないから」


 笠井はふっと笑む。


「……いいだろう。全員、準備にかかれ!」


 短い号令が響き、場の空気が戦場へと変わった。



   ◇  ◇  ◇



 笠井と亜子の意識は、深みに引き込まれていく。

 冷たい海水が全身を満たすような圧迫感。

 やがて――


『……接続、完了です』


 花奈の声と共に、二人は目を開いた。


 そこは確かに離島。

 だが、空には月も星もなく、広がるのは“永遠の闇”。

 重苦しい海の気配が町全体を沈め、空気すら水音のように濁っている。


(……問題はなさそうだな)


 笠井は横目で亜子を確かめる。

 怯えはなく、ただ緊張を飲み込んでいる。


「七瀬、結界を頼む」


『了解です!』


 淡い光が二人を包み、圧迫感がすっと消えた。


「……すごい。全然、苦しくない」


 亜子が目を見開く。


「これで気兼ねなく戦えるな」


 笠井が前を見据える。


「……さあ。お客さんのご登場だ」


 住宅街の路地から影が“ぬり”と盛り上がり、小鬼の形を取る。


 無数の亜羊(あよう)が牙を剥き、侵入者を取り囲んだ。


「行くぞ!」


「りょー」


 二人は群れへ飛び込む。


「我が敵を討て――『風塵鴉鎚(ふうじんがつい)』!」


 黒鉄の槌が顕現し、振り下ろされるたびに亜羊が両断される。

 衝撃が走り、黒い靄が舞い上がる。


 一方の亜子は――素手。

 飛びかかる影の頭を膝で砕き、背後へ踵落としを叩き込む。

 圧倒的な身体能力で敵を粉砕していく。


(……鋭い。だが、なぜヴァジュラを使わない……?)


 笠井の胸に小さな疑念が灯る。

 ――その秘密こそが、川合亜子という存在の鍵。


 やがて笠井の周囲を新たな群れが取り囲む。


「七瀬、川合の結界を強化しろ」


『了解!』


 亜子が身をかがめるのと同時に、笠井は拳を握った。

 指の隙間から風刃が噴き出す。


「――『薄刃影狼(うすばかげろう)』!」


 風の群れが刃と化し、亜羊を一瞬で切り裂いた。

 黒靄が吹き飛び、辺りは不気味な静寂に沈む。


「……おお。先生と同じくらい強い人、初めて見た」


 亜子の不器用な感嘆が、かえって真実味を帯びる。


「ふん……さあ、敵の本体へ向かうぞ」


「ん!」『はい!』


 三人の声が重なった。


 彼らは走り出す。

 深海に沈んだ町並みを裂き、異形が巣食う闇の奥へ――。

 暗黒の底で、真の戦いが待ち構えていた。

【次回予告】


 深海の町に潜む亜羊を退け、進む笠井と亜子。

 だが、その先に待つのは――かつて忌まわしき実験が行われた施設。


 闇に再現される子供たちの悲鳴。

 そして、悪鬼へ変貌した老婆の姿。


 “(あば)童子(どうじ)”笠井亮が挑むは、かつてない強敵――機織鬼(はたおりき)

 亜子の心に刻まれた記憶が、再び炎を呼び起こす。


 次回、第39話「暴れ童子」

 ――過去と悪意の巣食う場所で、宿命の戦いが幕を開ける。


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