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夢幻開現師 ―夢の守り人―  作者: ks21
第五章:黄昏の戦姫編
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第36話「忌まわしい記憶」

 向日葵を抱えた少女――川合 亜子(かわい あこ)

 その儚げな微笑みの奥には、語られぬ惨劇が潜んでいた。


 かつて泡影教(ほうようきょう)の実験により、多くの子供たちが犠牲となった島。

 唯一の生き残りである彼女が背負う「忌まわしい記憶」は、黒の部隊の未来をも左右する真実だった。


 今、笠井と花奈の前で、その封じられた過去が静かに口を開く――。

 花奈が川合 亜子と出会っていたその頃――笠井は、最後の候補生との接触を試みていた。

 だが――


「……いったい、どこにいる」


 待ち合わせの場所に、当の本人が姿を見せない。


「はあ……まったく」


 眉間に皺を寄せ、スマホを取り出す。

 画面に映る名は――『小沢 良子(おざわ りょうこ)』。


 コールののち、明るい声が返る。


「もしもし? 笠井さん」


「小沢か。お前のところの弟子がいないんだが」


「……ああ、やっぱり。多分、あそこじゃないですかね」


 あっけらかんとした口調。だが、その奥に影を含んでいた。


「……あそこ?」


「森の奥です。あの子、よく一人で行ってしまうんですよ」


「森……まさか、例の施設か」


「ええ。おそらくは」


 笠井の舌打ちが、無意識に漏れる。


 島の生活区とは反対側。

 鬱蒼とした森の奥に、今は崩れ落ちた巨大施設。

 かつて『泡影教(ほうようきょう)』が恐るべき実験を行った場所だ。


 泡影教。

 いつからともなく現れ、幾度討たれても蘇る異端の宗教。

 「現を脱し、夢へ至る」と説きながら、実際には人の心の奥底に潜む悪鬼を暴き、鬼夢を拡散させる。


 菩提府と泡影教は、歴史の中で幾度も衝突してきた。

 焼かれ、壊滅させられても、残滓は甦る。

 弱き心に寄り添い、囁き、絡みつく――悪夢そのもののように。


 笠井はスマホを握りしめたまま、深く息を吐く。


「……元々、あの子は今回の話に乗り気じゃなかったんです」


 小沢の声がわずかに沈む。


「あの子も、他の子たちと同じ。突出した才能のせいで周囲に馴染めず……そして、あの実験が、ずっと彼女を縛っている」


 笠井は黙って耳を傾ける。

 心の奥では理解していた――だからこそ、黒の部隊が必要なのだと。


「仲間と肩を並べ、全力で戦える。……それが、あの子にとっての救いになるはずで」


 それは、己にも言い聞かせる声音だった。


 笠井は森へ視線を上げる。

 梢の奥で、風の隙間から不吉な影が覗いた気がした。


「……まあ、焦らずにいくさ」


「すみません。お手数を」


 短く返し、通話を切る。

 そのまま画面を切り替え、花奈へ発信した。



   ◇  ◇  ◇



 森を出た頃、花奈のスマホが震えた。


「七瀬か。すまん、まだ候補生と会えてなくてな」


「ああ、そうだったんですか」


 花奈はいま、亜子と並んで駄菓子屋のベンチに座っていた。

 亜子が、荷物を手伝ってくれた礼にとアイスを買ってくれたのだ。

 ひんやりした甘さが、張り詰めた心を少しだけ解かしていく。


「今から森へ向かう。お前はどの辺だ?」


「あ、森なら……さっき行きましたよ」


「……はあ?」


 現在地を告げると、やがて笠井が駄菓子屋に現れた。


「笠井さん、こっちです!」


 花奈が呼ぶと、笠井の視線が隣の少女に留まる。


「あ、こちらが――」


 次の瞬間、確信の響きが落ちた。


「……川合 亜子か」


「え? どうして知ってるんですか」


 点と点が、胸の奥で線になる。


「も、もしかして、亜子ちゃん。あなたが例の候補生?」


 問いに、少女は小さく頷いた。


「ごめんなさい……皆に、会いに行きたくて」


 澄んだ声、だが影を孕む。

 笠井は短く息を吐く。


「それはいい。……少し場所を変えよう」



   ◇  ◇  ◇



 案内されたのは、島に残る旧校舎。

 木の床は軋み、壁には時の色。

 だが内部は菩提府の手で改修され、空調が効き、外観に反して快適だった。


「ここなら、他に聞かれる心配もない」


 椅子に腰を下ろす笠井。

 窓の外から潮の香と蝉の声が入り込む。


「やはり……島民を警戒してるんですか?」


 恐る恐る花奈が問う。

 笠井の答えは低い。


「一応は信者や関係者は一掃した。だが、この島が“奴ら”の援助で成り立っていたのも事実だ。心の奥に何を隠しているか……分からん」


 花奈の脳裏に浮かぶ――かつての忌まわしい実験。


「じゃあ……やっぱり、この島が……?」


 無言の頷き。


 悪鬼と高い同調を示した子供を拉致し、無理やり融合させる。

 人と悪鬼を強制的に混ぜれば、心が保てるはずもない。

 ――結果、多くの子供たちが犠牲となった。


「川合 亜子。……お前が、その唯一の生き残りだな?」


 表情は動かない。

 だが花奈は見た。瞳の奥で揺れる、かすかな絶望。


 亜子は窓の外へと視線を移す。

 陽光を浴びる海が、逆に冷たく見えた。


「……たくさんの子が、死んだ」


 囁くように、ぽつりぽつりと語り出す。


「わたしは……信者の娘。両親は、わたしに“才能”があると分かると……喜んで、あの施設に入れたの」


 静寂。

 笠井も花奈も、言葉を失う。


「施設には、わたし以外にも……たくさん居た。……でも、実験の度に、一人……また一人と、消えていった」


 蝉の声が遠のき、波音だけが大きく響く。


「そして……最後に残ったのは、わたしだけ」


 光と影が、その横顔を交錯させた。


 沈痛な静けさが、一室を満たす。


 やがて笠井が、確信を帯びて告げる。


「……俺たちは、君の師から頼まれて来た」


「単刀直入に言おう。川合 亜子――俺たちと共に、“黒の部隊”へ来ないか」

【次回予告】


 語られた忌まわしい過去――。

 ただ一人の生き残りとして背負った深い傷は、なお亜子を縛る。

 だが、花奈の優しさが、閉ざされた心に微かな光を灯す。


 しかしその刹那、静かな島に忍び寄る異様な影。

 “彼女の中”を狙う魔の手が、ついに姿を現す……!


 次回、第37話「忍び寄る魔の手」

 ――信じられるのは、誰か。


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