店のオーナー
次の日、鋼征は甘藍との約束を守るため、お昼を食べてから炎天下を歩いてやってきた。
圧延の店は高台にあってゆるい坂をのぼって来なければならないのが難点である。
昨日は注意してみなかったのだが、店の赤いひさしには「カフェたそがれ」と武骨な文字で書かれていた。
「こんにちは」
ドアを開けてベルの音とともにあいさつをする。
店内にいたのは店の主人であり、鋼征のおじでもある圧延と甘藍だけだった。
「おう」
圧延はグラスをみがきながら短く答え、今日は赤い花柄の着物を着ている甘藍はとことこと彼のそばまで歩いてきて見上げながら口を開く。
「いらっしゃい」
「うん」
鋼征は店の従業員で彼女は店の客なのだから、本来かわす言葉は逆である。
彼はそう思うのだが、圧延は笑うだけで何も言わなかったため、何も言わないことにした。
「今日は甘藍ちゃんだけ?」
「紅蜀葵はそのうちくる」
甘藍は答えてから、彼が着ている青いTシャツのすそをちょいと引っ張る。
「今日はいつから遊べる?」
少女の率直な問いに彼は苦笑し、おじに確認した。
「遊んでもいいのですか?」
「いいけど、外は暑かっただろう。まずは水でも飲んで休め」
圧延は言って氷水をカウンターの上に置いてくれる。
「ありがとうございます」
礼を述べた鋼征はカウンターに腰をおろし、ありがたくのどを潤す。
その右隣に甘藍はちょこんと座った。
圧延は何も言わずに微笑んで彼女を見守る。
「この店って普段はどれくらいお客さんは来るのかな?」
鋼征は待ってもらっているという感覚もあり、甘藍に話しかけてみた。
「日によって違う。紅蜀葵とくんぷーと私はだいたい来る。でも、三日に一回、一週間に一回って妖怪も多い」
という回答がくる。
この店が妖怪たちのストレス解消用の場所、愚痴の場所と考えれば納得できるものだ。
しかし、鋼征にはある不安が浮かんできたため、自分たちを見守っているおじに聞く。
「おじさん、この店がどうやって採算とっているのか、聞いてもいいです?」
「そうだな。金銭感覚は大切だし隠す必要もないから言ってしまうが、紅蜀葵のおかげだ。店長は俺だがオーナーは彼女なんだ」
おじの発言に彼は目を丸くして絶句してしまう。
数秒後、おずおずと質問する。
「それって本当ですか?」
甥っ子の反応に圧延は苦笑した。
「お前にうそをついてどうするんだよ。だいたい甘藍も知っていることだぞ」
そう言われて鋼征の視線は隣にいる甘藍に移る。
彼女は無表情なままうなずいた。
「人間はすぐ死ぬ。持ち主が変わって居場所がなくなると困る。だから自分が店を持つって紅蜀葵は言っていた」
「そっか。寿命が違うもんな」
彼は彼女の言葉に納得する。
妖怪たちにはそもそも寿命があるのかすら不明だ。
店の経営者が変わって妖怪たちを受け入れる場所でなくなるということは大いにあり得ることであり、悠久の時を生きる紅蜀葵が先手を打ったのは道理である。
「妖怪がどうやって人間の店の所有権を手に入れたのだろうって思うけど、九尾の妖狐相手には無駄な心配かな」
彼がつぶやくと、当の紅蜀葵の声で返答があった。
「あら、大したことは何もしていないわよ?」
「……いつの間に」
店のドアが開けばベルが鳴るはずである。
ベルが鳴らなかったのにも関わらず、店内に来ているのはどういうことだと鋼征が疑問に思ったのは当然だ。
「今来たところよ。気配をさぐったら私のことを知っている人ばかりだから、いいかなと思って」
紅蜀葵は悪びれることなく説明する。
「つまり昨日はおじさんがいなくて俺だけいたから、きちんとドアから入って来たということですか?」
「ええ」
彼の問いに彼女は即答した。
「そんなに簡単なことじゃない。紅蜀葵がおかしいだけ」
横からクールな声が飛ぶ。
甘藍が鋼征に教えてくれたのだ。
「さてさっきの話だけど」
おかしいと同じ妖怪に言われてしまった紅蜀葵は、強引に会話を切り出す。
「私がしたのは子どもがいない夫婦の養女にしてもらって、その財産を継いだだけよ。この周辺の土地もその一部なの。人間の寿命に合わせて代替わりしていることにして、その都度相続税を国に納めているのだから、文句を言われる筋合いはないわね。義理の両親も天寿をまっとうするのを看取っただけだし」
「それなら……悪いことをしているわけじゃないですし」
と鋼征は応じた。