初日の終わり
「鋼征、今日はそろそろ上がれよ」
日が西へと移動して空を茜色に染めたころ、圧延が甥っ子に声をかけた。
「え、もうそんな時間になったのですか」
甘藍に紅蜀葵と三名でトランプをして遊んでいた鋼征は、思わず店の壁にかかっている時計を見る。
そして反射的に声が出た。
「本当だ……いつのまに」
彼は時間が経つのも忘れて彼女たちと遊んでいたらしい。
「これ以上いたってバイト代は出せないぞ」
「あ、はい」
おじにせかされて彼は慌てて立ち上がる。
「こうせい、明日は来る?」
甘藍は引き止めたりはしなかったものの、なごり惜しそうな顔で質問をぶつけてきた。
保護欲を刺激された彼はおじに確認する。
「おじさん、明日はどうしましょう?」
「……来るなとは言えないな。ただし、いても今日くらいの時間までだぞ、甘藍」
くぎを刺す圧延に対して、少女は残念そうにうなずく。
「わかった。しかたない」
店のドアの向こうへと姿を消す少年を、彼女は名残惜しそうに見送る。
その背中を見ていた圧延がつぶやく。
「実に意外だな。甘藍が一日であんなになつくとは」
「よほど波長が合ったのでしょうね」
近くで聞いていた紅蜀葵はそう返す。
「波長がね。よく分からんなあ」
小声で言う圧延を紅蜀葵はじろりとにらむ。
「何でも理解しようとするのは人間の悪い癖よ。傲慢すぎるわ。気をつけなさい」
「お、おお。すまなかった」
彼は大急ぎで謝罪する。
妖怪たちに人間の常識や理屈が通用しないのは基本だ。
そして彼らと接する上で大切なのは、理解することではなく受け入れることである。
それを忘れかけていたのだから、叱られたのも無理はない。
甘藍はちょこんと薫風の左隣の席に座る。
「ひょ、落ち込んでいるのか? 甘藍」
老人のからかうような言葉を彼女は無視して水を飲む。
「あ、ちょっと待ってね。ミルクを用意するわ」
紅蜀葵はそう言うと、圧延に確認することもなく勝手にミルクを入れる。
店の主人は咎めることもできず、黙って肩をすくめてから薫風の右隣に腰を下ろす。
「誰が店主か分からないな?」
「まったくだな」
圧延はもう一度肩をすくめて見せた。
「もっとも相手が伝説の九尾の妖狐ではな。いたし方あるまい」
薫風はからかうような態度から一転して、なぐさめるように言う。
「格の違いはわきまえているさ」
圧延はたんたんとして語る。
彼はこの店の主人であるが、圧倒的な弱者であった。
彼らのうち誰かがその気になれば、圧延の命のひとつやふたつ一瞬で消えるだろう。
そのような心配はいらないと自信を持って断言できるからこそ、彼は甥っ子を連れてきたのだが。
「ずいぶんと弱気ね。私相手でも張り合ってみせるという気概はないのかしら」
紅蜀葵は甘藍の右隣に腰かけながら、男どもに対して嘆いた。
「そういう男はいつか現れるかもしれないぞ。男もたくさんいるからな」
そう言い返す圧延に彼女はさらに切り返す。
「ええ。あなたの甥の鋼征さんは、見込みがあるかもしれないわね」
「……お前まで気に入ったのか?」
圧延は信じられないものを見たような表情だった。
「気に入ったわけではないわ。将来性は否定できないと言っただけ」
紅蜀葵はすました顔で訂正する。
「それでも大したものじゃないか」
薫風は愉快そうに笑う。
「あの少年はワシらをただ受け入れてくれた。ワシらにとって非常に大切なことだ。なあ甘藍?」
彼の言葉に甘藍はこくりとうなずく。
「こうせい、私とふつうに遊んでくれた。楽しくてうれしかった」
「よかったわね」
紅蜀葵はやさしく言って、また彼女の頭をなでる。




