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妖怪SNS  作者: 相野仁
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猫又の少女(後編)

「ところで遊ぶって具体的にはどんなことをやるんだい?」


 鋼征は安堵しつつも肝心な点をたずねる。

 目の前の猫又の少女は着物姿がよく似合った美少女であるため、お手玉や毬つきを連想してしまう。

 彼女は口を開いたものの、声に変えずに恥ずかしそうにもごもごと口を動かす。

 圧延が軽やかな笑い声をあげると、カウンターに入ってきて下の引き戸を開ける。

 そして橙色の猫じゃらしのおもちゃを取り出した。


「これを使うといいぞ」


 彼はそう言って甥っ子に手渡す。


「猫じゃらしですか……」

  

 鋼征は困惑する。


(まんま猫じゃないか)


 と思ったものの、口にしてはいけないのだろうと自制した。

 

「使い方は分かるか?」


 おじの問いに彼はためらいながらもうなずく。


「たぶん大丈夫です」

 

 彼が甘藍のほうに向きなおると、彼女は緑の目をキラキラと輝かせていた。

 

(効果はすごそうだ……)


 彼女のあまりの変わりように彼はあっけにとられる。

 だが、気をとりなおして猫じゃらしを軽く動かすと、彼女は反射的に飛びつこうとして、ぎりぎりのところで踏みとどまった。


「おい、鋼征。やるなら店の外でやってくれ」

 

 圧延が困った顔をして甥っ子に言う。


「あ、はい。すみません」


 もっともなことだったため、鋼征はおじに謝って店の外に出る。

 甘藍は彼が何も言わなくとも黙って後をついてきた。

 彼女の緑の目が猫じゃらしに吸いついているのは言うまでもない。

 店のドアのすぐ外は駐車場である。

 車を五台ほどとめるスペースがあり、鋼征から見て左手側に自転車をとめる場所もあった。

 一台だけとまっているグレーの自転車は圧延のものだろう。

 彼の自宅からこの店まで自転車で約五分といったところだ。

 鋼征は数メートルほど歩いてから立ち止まって、甘藍のほうを向く。

 黙って後を歩いていた彼女は、期待にこもったまなざしで彼を見上げる。

  

「この店って車でお客さん来たりしたことはない?」


 何となく大丈夫そうな気はしているものの、鋼征としては確かめておきたかった。

 

「うん。来たことないよ」


 甘藍は簡素に答えてくれる。

 予想通りと言えば予想通りであったが、彼はおじの暮らしが心配になってきた。


(妖怪相手だけで採算とれるのかな? おじさん、どうやって生活費を稼いでいるんだろう?)


 さすがに妖怪たちがいるところでは聞けないから、二人きりになったタイミングを狙うべきだろう。

 鋼征はそこまで考えてから意識を目の前の猫又の少女に戻す。

 彼女は無表情なようでいて、さっきからうずうずしているのを隠しきれていなかった。

 猫じゃらしを彼女の前に差し出し、ひょいと動かすと彼女は我慢しきれずに飛びつく。

 そこから鋼征は猫と遊んでいるような感覚で甘藍と遊んだ。

 暑い時期だから三十分もすれば彼は汗まみれになって息があがってくる。

 一方で猫又の少女は息ひとつ乱しておらず、涼しい顔をしたままだった。


(人間と猫、もしくは妖怪の差か……)


 このような形で存在の違いを実感するハメになるとは。

 鋼征が手を止めて空をあおぐと、さんさんと輝く太陽が非常にまぶしい。


「……こうせい、つかれた?」


 甘藍は首をかしげながら彼を顔を見上る。

 分かりにくいが気づかうような色がうかがえた。


「ごめん。自分で思っていたよりも体力がなかったみたいだ」


 真夏の太陽のもとで三十分しっかり動けば疲れるのは仕方ない、という言い訳は鋼征の頭の中にはない。


「てんちょーよりずっとしっかりしているよ?」


 甘藍はそのようなことを言い出す。

 表情とニュアンスから推測するに、彼女なりにフォローしているつもりらしかった。


「ありがとう」


 彼は苦笑しつつ礼を言う。

 

(四十過ぎた人と十代じゃ体力が違うのは当たり前なんだが)


 甘藍が区別できなくても仕方ない。

 区別できないほど鋼征がふがいないと言われたら反論できなかった。

 

「おじさんはどうするんだい?」


 ふと彼はひらめいて少女にたずねる。

 圧延ならば一日の長があり、いい知恵があるかもしれないと考えたのだ。


「少しだけ私と遊んだら、ほかのみんなをよぶ」


 参考になればしめたものだという少年のささやかな目論見は、簡単に打ち砕かれる。

 

「みんなをって、妖怪たちを? 俺にはまねできないな」


「べつにいいよ。ほかにもあそびはあるし」


 彼が悲しそうに眉を動かすと、甘藍はなぐさめるように言う。


「たとえばどんな?」


 鋼征は自分にもできるだろうかと疑問を抱きつつ、彼女に合いの手を入れる。

  

「おてだまとかあやとりとか。ボール遊びとか、フリスビー投げとか」


 お手玉とあやとりは人間の女の子らしいし、ボールやフリスビーは犬らしい遊びではないかと彼は思う。

 ただし言葉に出したのは次の内容だ。

 

「そうなんだね。お手玉やあやとりはともかく、ボール遊びならいっしょにできるかも」


 甘藍は聞いても手放しに喜んだりはせず、そっと彼の様子をうかがう。


「休んでからでいいよ」


「……うん」


 どうにも相当心配されているらしいと察した彼は、彼女のやさしさに甘えることにする。

 

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