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閑話:加賀貴仁という男について

とりあえずは一段落付きましたので、ここでタカヒトがなぜ異世界に来たのかの経緯をざらーっとお話で書いていきました。



 加賀貴仁は、とある広告企業の営業担当として働く、ごく普通の男性会社員だった。


 裕福でも貧乏でもないごく普通の家庭に生まれ、高校を卒業したのちに中小企業に就職し、平々凡々に過ごすのだろうと本人は思っていた。

 しかし、とあるちょっとした運命のいたずらが起こった事で、彼はそのポテンシャルを最大限に発揮することになる。


 きっかけは、彼がのちに就職することになる企業での面接だった。

 人事担当の社員が求人票の採用数を誤植してしまい、本来2人採用のところ6倍の12人も希望者が来ることとなった。

 加えて、面接に訪れた者たちは皆そろって極めて優秀、そして職務への意欲もとても高い。


 キャパオーバーだからと言って取捨選択をするには勿体ない。

 全員を採りたいくらいに素晴らしい。

 元は自分たちの不手際で集まったとはいえ、これほど優秀な人材を泣く泣く諦めては後で後悔する。

 そう社長は考え、なんと自身の給料大幅カットとボーナス全額カットという手段をとって、彼らを全員採用したのだ。


 ところが、当時のその会社は経営規模としては中小企業といったところ。

 大手のように、何人もいる社員全員に役割を割り振れるほど仕事がある訳ではない。


 他の同期(貴仁以外は全員女性だったが)の社員は事務仕事やデザインの方に回され、営業担当は貴仁ともう一人の先輩の営業部長だけだった。

 自分たちが入社をしたこの時点で社長が自分の腹を相当切ったと言うことにも、彼は薄々気づいていた。

 そしてこのまま仕事が回ってこなければ、やがては同期の社員たちの誰かが首を切られることになることもわかっていた。


 つまり、営業として仕事を会社に持ってくる自分たちの肩に、彼女たちのこの会社での命運がかかっていると言ってよかった。


 それからというもの、部長から営業の仕方のイロハを教わった貴仁。

 とにかく会社へ仕事を持ってくることに全力を注いだ。

 自分たちの会社の業績や社員たちのスキルを如何に上手く見せるか、どうプレゼンをして顧客の印象を掴むか。

 あまりに頑張りすぎて過労でぶっ倒れてしまうこともあったが、教わったイロハに加えて自分なりに懸命に考え、実践し、そうした努力を続けに続け。

 


 まさに粉骨砕身ともいうべき彼の懸命な努力の甲斐あって、この会社は日を経るにつれてどんどん大きくなっていった。



 貴仁にとって幸いだったのは、社長を始めとする経営陣たちはみな『労働者あっての企業』という事を理解していたことだ。

 自身が仕事を持ってくる上で会社の業績を見た結果、自分たちのこういうところは改善した方がいい、ここをもう少し積極的に伸ばした方がいいと言った意見を上の者に投げかけ、それを受け取ってもらえる環境があった。

 だからこそ、彼の所属する企業はここまで急成長を遂げたのだとも言える。


 つい数年前には東証1部にも上場する事ができ、いよいよ企業としては大手の仲間入りを果たす事が出来たのだ。



 そんな企業にとって大恩人である彼だが、企業の上役への推薦は常に蹴っている。

 曰く、自分は現場で仕事をして食っていきたい。

 やりがいを感じてるからこの仕事をしているのであって、金は必要以上に欲しいわけじゃない、と。


 高卒入社組の彼はもうすぐ社会人20年目というベテランになるが、普段の気さくな態度や人の心の動きには敏感なところ、加えて部下の抱える不満や要望を出来る限り上役に伝えるはしご役を買って出ているのもあって、社員からの信頼はとても厚い。


 だけにとどまらず、また中小企業だった頃から会社の株を有していた株主たちは、彼の必死な営業による努力を知っているために彼らからも慕われている。

 無論それは、大企業になってから株を買った株主においても共通の認識である。



 ある年、彼の属する営業部に新たな新人が入ってきた。

 名を『美岬みさき 優華梨ゆかり』という、大卒で入社した女性社員だ。

 最初は緊張しっぱなしでオドオドとしていたが、環境に慣れてくると次第に周りとも打ち解ける。

 貴仁は彼女の話し方を見て、聞き上手話し上手のコミュニケーションがとても上手い子だという印象を抱いた。

 ちなみに『異世界転移もの』の小説が好きらしく、時々自分がそうした目に遭った場合どうするかなんて妄想もしてるようだ。

 貴仁は最近の若者のブームに付いていけず、適当に話を流すだけだったが。


 社長は大手企業になった今でもなお、自ら就職試験の面接に参加するスタイルを取っているが、きっとこの子は社長が素質を見抜いて営業部に入れたのだろうと貴仁は思う。


 貴仁が彼女を初めての営業の仕事に連れて行く際、彼の予想を肯定するかのように彼女からこう言われた。



「加賀先輩、以前入社が決まって人事部にお邪魔した時に社長にお会いしまして、『加賀という男に後は任せたと伝えてくれ』と言われました。えっと、どういう意味なんでしょう?」


 なるほど、やはり社長が引き抜いて営業に回したみたいだ。

 自分の予想が当たったと同時に社長が見抜いた人材を預けられた事にプレッシャーも感じ、改めて上手く育てるべく気を引き締めた。


「気にしなくていいよ。さて、これから初めての現場に行くからな。注意するべき点は色々と向かう途中で追って説明するけど、わからないところがあるなら遠慮なく質問すること。分からなくて周りに迷惑かけるよりも、できないことを正直に言って周りに自分は出来ないことを教える方が良いからな」


「でも、一回聞いただけでは覚えきれないこともあるんじゃ?」


「だから、何度でも聞けば良いさ。一発で仕事を覚えられるやつってのは、よほど頭の回転が速いやつだよ。何回も聞いて、反復練習をして、少しづつ頭と体に刻んでいけばそれでオッケー。Do you understand?」


「い、いぇす、あい、どぅー」


「ははっ。英語もそのうち勉強しないとな。じゃあ行くぞー」


「は、はい!」





 そうして仕事に連れ回すこと数ヶ月。

 そろそろ彼女も一人で仕事を回せるようになってきたと判断し、貴仁は今回の営業を優華梨に付き添う最後の場とした。

 夏真っ只中の8月。

 死ぬほど暑くて仕方ないが、それでも仕事に暑い寒いも言ってられない。

 アスファルトが太陽熱を反射して灼熱地獄と化している東京丸の内。


 そのオフィス街を貴仁は優華梨とともに、拭いても拭いても吹き出る汗をさらに拭きながら歩いていた。


 良い加減そろそろ慣れてきただろうから、カジュアルに近い感じのビジネスウェアにすれば良いのに、相変わらず彼女は入社したての新人が着るようなフォーマルスーツを着ていた。



「そのスーツ、暑くないの?」


「ものすごい暑いですけど、他の同期の子とかが着てるような服って、正直持ち合わせがないんですよ」


「へぇ? かわいいのに勿体無い。同期の子とか学校の同級生とかと買い物にでも行ったらどうだい?」


「か、加賀先輩がそう言ってくれるなら、買って着てみるのも考えますけど……」


「少なくともそのクソ暑いスーツよりかはよっぽど楽になるだろ。さて、後もう少しだ。頑張ろう」


「はーい……」



 実際、優華梨は下手なご当地アイドルよりもずっと可愛らしいと思う。

 顔立ちは整っていて、身長150センチ弱という小柄な体型も相まってどこか小動物のような感じもする。

 今はフォーマルなスーツを着ているから少々堅苦しく見えるが、今の女性の会社員が着てるようなカジュアルな服装をしたらきっと似合うだろう。

 あんまりカジュアルすぎるのも問題だが、ほどほどに個性を出すファッションなら問題あるまい。

 元の素材も良いから、よほど服装に厳しい評価を出すところじゃなきゃそんなに注意はされないと思う。


 ていうか、このクソ暑い中に真っ黒なスーツって。

 実を言うと見てるだけで暑く思えてしまう。


 よし、職権乱用になるが上司の命令で服買いに行かせるか。

 金は命令出す代わりの経費として俺が出すとして。


 なんてこと考えながら優華梨を引き連れオフィス街を歩いていると、一台の白いミニバンが道路に止まっているのに気付く貴仁。

 いや、ミニバンが止まっているだけだったら特段気にしないだろう。

 厳密に言うと、彼が目を引かれたのは車のナンバープレートである。

 ナンバーには東京から遠く離れた場所の地名が書かれている。


「ふぅん、あそこのナンバーが東京を走ってるなんて。珍しいな」


「あ、本当ですね。高速道路だったら時々ありますけど、一般道で見かけるなんて」


「そうだなぁ」



 ほんわかと話していた直後、ミニバンがエンジンをかけたと思った瞬間、優華梨に向かって猛スピードで突っ込んできた。


「えっ?」


「クソッ!」


 咄嗟に優華梨を突き飛ばし、車の射線上から優華梨を追い出す。

 しかし、貴仁自身の回避は間に合わなかった。


 突き飛ばされ、咄嗟に貴仁の方を見上げた優華梨が見たものは。




 まるで気にするなというような、いつも見せる優しい笑顔の貴仁と。

 直後弾丸のごとく弾き飛ばされ、まるでゴムまりのように二度三度地面を跳ねていく貴仁の体だった……。



----------



 優華梨は貴仁の元へ駆けた。

 ゴムまりみたいに何度かバウンドした貴仁の体は、もう到底見るに堪えるものではなかった。

 誰かがすぐに通報したのか、事件が起こってから程なくして救急車と警察が来た。


 優華梨は付き添いという事で、貴仁の”遺体”と共に救急車に乗り込んだ。

 担架に乗せられる段階で、脈がない事を確認されたのだった。


 それからの事は優華梨はよく覚えていない。

 貴仁の手帳にあった連絡先から彼の家族を呼び出した事くらいしか覚えがない。


 気づけば通夜や告別式になっていた。

 社長や、貴仁と長い付き合いの社員たちは皆、涙を流し声を震わせながら彼の死を悲しんでいた。

 優華梨自身も、最後の別れに棺の中で眠る彼の顔を見た途端、止めどなく涙が溢れてきた。

 その後は、涙を流す同僚たちに支えられながら、火葬場へと運ばれる彼を静かに見送った……。




 加賀貴仁。

 36歳の若さにして、凄惨な最後を迎えてこの世を去ったのである。



----------



 真っ暗な、青白い光が線を結び幾何学模様を床に描く空間。

 モノリスが16、円形のテーブルの前に並んでいた。

 重苦しい空気の中、威厳を感じる声が空間に響き渡った。



『ようやく、この者の魂を”元の輪廻”に戻す事ができる』


『やれやれ。たかが37年とはいえ、我々にとってはそれすらも無駄な時間を支払ったというべきもの』


『そもそも、一体誰がこやつの魂を”プラネティア”の輪廻に紛れ込ませたのだ?』


『おかげで、本来生じる筈の無かった改変バグが所々に起きている』


『しかも、もたらされた改変バグの影響は、もはや地球において何事もなく無事に修正することは不可能な域に入っておる』


『まさか自身の職場の立場を世界的に確立させるとは。あそこまで影響が巨大になれば、あの者の魂に触れた者の”記憶”もさぞ強きものであろう』


『我々が元に戻すためにあれやこれと手を打ったが、まるで”プラネティア”自体がそれを拒絶するかの如く失敗に終わった』


『しかしようやっと、たまたまの偶然ではあったがあの者は”あの世”へと召され、審判に掛けられようとしている』


『そこを我々が介入し、あやつの魂が本来存在するべきだった”ラザル・セイミヤ”の輪廻に戻す事でやっと解決できる』


『ではさっそく、”輪廻”への転生をさせようではないか』


『待て。”プラネティア”の地球に存在する改変バグはどうする?』


『ここまで影響が巨大となれば、我々が『改変』を行使した場合、さらに大きな改変バグが生じる可能性がある。あの者は良くも悪くも”プラネティア”に影響を及ぼしすぎた。これらを全て除去することは、予想し得ない特大の異常エラー発生の危険性を孕んでいる。下手をすれば”プラネティア”を始めとする全ての宇宙や星々が滅ぶやもしれぬ』


『では、既に生じてしまっている改変バグについては、静観しつつ必要なら修正を加えていくと?』


『それがもっとも、安全に事を進める方法だと思う』


『では決議を取ろう。そのやり方に異議がある者は申し立てよ』


『『『…………』』』


『異論は無いようだ。では、そのようにあの者の魂の処理と、改変バグについて対応する。以上で、『神羅評議会・臨時総会』を閉幕する』



 一斉にモノリスが空間からかき消える。

 後に残ったのは真っ暗な空間だけ。

 この場所がどこにあるのか、何のために存在するのか。

 それを知る由は誰にも存在しない。


 ただ一つ分かる事がある。


 若くして世を去った貴仁の魂は、別の世界へと飛ばされるということ……。

異世界”転移”タグと一緒に、異世界”転生”タグも付いていた理由はこれが原因でした。

とある事件をきっかけに死んでしまって、そこから訳も分からず異世界に行ってしまう。

ぶっちゃけ見慣れに見慣れたパティーンな訳ですが、それを最初から言っちゃうとあれかなぁと思い、こうして一段楽付いた所で書いてみた方が良いかなと。


ちなみに”プラネティア”とは、私たちが暮らす世界のこと。

”ラザル・セイミヤ”とは、タカヒトが転移した先の世界のことを言います。

が、基本モノリスたちが出てくる話以外では出てくる単語では無いので、覚えていただかなくても良いです笑。

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