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夏のバカンスは南の島で⑩



 ペンライトが照らす狭い通路。

 それが広がったのは突然でした。


「ふわあぁ~~~」

 ポンっと前触れもなく広い空間に飛び出して、私は思わず声をあげました。

「これは……すごいな」

 隣では陸人君も驚いたようにつぶやいています。


 呆然と辺りを見渡していると、静かな空間にピピピピピというタイマーの音が響きました。


 そこは教室くらいの空間のようでした。

 ペンライトの明かりで確認できる辺り一面には、指先ほどの白い花が咲いていて甘い香りが立ち込めています。

 先ほどから感じていたのは、この花の香りだったみたいです。


 その広間の一角に石で作られた台座があり、真っ白な石像が鎮座していました。


「これは観音様かな?」

 咲き誇る花をできるだけ踏みつぶさないように気をつけながら近づくと、少しだけ高い位置にある象を見上げます。

 首を傾げる陸人君に私はゆっくりと首を横に振りました。


「いいえ。これはきっとマリア様です」

 すらりと立つ石像は長いベールをかぶりその手には小さな幼子を抱いていました。

 慈愛に満ちた表情は観音様に通ずるものもありますが、少しだけ女性的に見えます。

 そして幼子を抱く手と反対の手は何かを招き入れるように柔らかに広げられ、その胸元は柔らかな曲線がありました。


 ひっそりと立つ恵比寿様の後ろに隠されるように守られた小さな洞窟。

 これはきっと……。

 そっと石像の立つ苔むした台座の前に膝まづくと、長い年月で降り積もった粉塵を払います。


「弾圧から逃れて、ひっそりと信仰を護っていた方たちがいたのですね」

 そこには、まるでひっかき傷のように偽装された文字が彫られていました。

「これって……」

 私のすることを後ろから覗き込んでいた陸人君が、その文字を見て小さく息をのみました。


「戻りましょう。ここをどうするかはアドルフォさんにお任せしますけど、きっと良いようにしてくれると思いますから……」

 陸人君にというよりは、この場所で真摯に祈っていた過去の人々に告げる気持ちで囁くと、私はそっと陸人君の背中を押しました。








 急いで別荘に戻ると、丁度戻らない私たちを探しに出ようとしていた所だったようで、お腹もすいた事ですし朝食をとりながら洞窟の発見を話すことにしました。


 え?緊張感がない?

 腹が減っては戦ができぬって、昔から言うじゃないですか。

 そもそも、焦ったところで洞窟は逃げませんし、生きてる人が優先です。


 クモの巣に悩まされた時から分かっていた事ですが、やっぱりアドルフォさんたちはお社の後ろの洞窟に気づいていなかったようです。

 話の途中でいつの間にか確認のために人を派遣していたらしく、質問の嵐にさらされながらもゆっくりと朝食をとってみんなで移動した時には、洞窟の中には光源が持ち込まれ明々と照らされていました。


 ペンライトの明かりでは見つけられなかった様々な痕跡が見つかり、やはりこの洞窟は当時の隠れキリシタンと呼ばれていた人たちの信仰の場であった事が確認されました。


 中央に据えられていた石像はかなり古い物だったようで、さらに石像の足元の台座は空洞になっており様々な遺物が発見されたそうです。

 洞窟の中で風雨から守られていたおかげか状態が良く、今後の研究では歴史に一石を投じる事もあるかもしれないとの事でした。


「お前はまた、面倒なものを……」

 今後発生するであろうごたごたを思い浮かべてかレオがうんざりしたような顔をしていますが、私に言われてもしょうがないと思います。

 いえ、確かに洞窟を見つけた切っ掛けは私ですが、今後この島を観光化していくつもりなら、遅かれ早かれ誰かが見つけていたと思うんですよね。


「でも、神秘的で綺麗だったよね。見つけた時息が止まるかと思ったもん」

 ペンライトの明かりで照らされたマリア様を思い出しているのか、陸人君がどこかうっとりとしたような顔でつぶやきました。


 確かに、ほのかな灯りに照らされた白磁の像は威厳のような物すら感じさせて、思わずひれ伏しそうになりましたもんね。

 後にみんなできた時に、明るい中で見た時とは違って一種独特な雰囲気でした。


「ちなみにお社の洞窟とは別の通路もあって、そっちは海側に続いてたみたいだね。いざという時はそこから逃げ出す算段だったのか、洞窟には朽ちた船の残骸があったそうだよ」

 のんびりとお茶を飲みながらアドルフォさんが追加情報を教えてくれました。


「そうなんだ。船が残ってるなら、逃げ出す事もなかったんだろうし弾圧に合わずにすんだのかしら?」

「そうだといいね」

 詳しくは知りませんが、当時のキリシタン弾圧は苛烈を極めたようですから、平和に終わってくれたのなら、それに越したことはありませんよね。

 私はクリスマスケーキを食べて除夜の鐘をきき、神社にお参りに行く典型的な日本人ですが、信仰の自由はあっていいと思うのですよ。


 その当時に思いをはせてしんみりする私たちの隣で、アドルフォさんとレオは難しい顔をして、急いで行われた今回の結果報告を覗き込んでいました。


「石像はさすがに本物をそのまま置いておくわけにはいかないけど、洞窟は探索ツアーみたいにして開放するのもありかもなぁ」

「そうだな。もう少し整備は必要だろうが、海側にカヤックで行ける様にすれば冒険感も増すんじゃないか?」


 とりあえず、何でも商売につなげようとする二人には(ばち)が当たればいいと思います。


読んでくださり、ありがとうございました。

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