第38話 魔王、国に文を返す
――つきましては、報道等において「空の光」「町中における撮影」等とされております事象のうち、貴社に所属する出演者の演出または撮影に係るものが含まれます場合、該当する日時の一覧をご確認のうえ、ご回答くださいますよう、お願い申し上げます。
国から届いた文の、締めの一節である。差出は「特異事案連絡室」。いつぞや報道にあった、例の相談の窓口だ。宛先は余ではなく、余が御用に召し抱えた帳場である。もっとも文の上では、どうやら余のほうがあちらに抱えられておるらしい。向きが逆ではないか。
この地へ落ちて四十五日目の昼、板に帳場の男から文が入った。国から書留が届きました、お時間をいただけますか、とのことだった。ヴェザリウスを連れて出向くと、男が卓にその文を広げて待っておった。
「うちみたいな小さい事務所に、国から書留ですよ。封を切るとき、ちょっと手が震えました」
読む。二度読んだ。余を疑う、とはどこにも書かれておらぬ。責める言葉もない。要するに、おぬしの芸ならそう教えてくれ、という話だ。ずいぶんと腰が低い。低いのだが、こちらの返す文は、後まで残る。なるほど、二度読みたくもなる。
「あの、こんなときに言うことじゃないんですが」帳場の男が、ふと声を落とした。「昨日の目安箱、家で見てました。息子と並んで」
「……そうか。息子もか」
「はい。……すみません、こんな時に。それで、お返事はどうしましょう」
声はもう、いつもの仕事の調子へ戻っておる。
帳場の一室を借りて、軍議になった。
「事実を訊かれておるのだ。事実を書けば済む話であろう」
「はい。ゆえに、どこまでを事実として書くかを、これより決めまする」
「同じことを二度言うたようにしか聞こえぬが」
「二度で済むのでしたら、私はこの席に要りませぬ」
ヴェザリウスは、もう筆を執っておる。
「以前、座元に問われた折は、何もかも当方の芸であると申して通ったぞ。あれと同じ手ではいかんのか」
「なりませぬ。座元には座元の決まりがございます。ですが、こたびの相手は国。しかも、紙で参りました」
「紙なら、何が違う」
「残りまする。何もかも芸である、と書いて、後にひとつでも芸でないものが世に出れば、その紙が陛下の偽りの証文になりまする」
「ならば逆に、洗いざらい書くか。空の光は余の術である、と」
「それも、なりませぬ」
「書くなと言い、書けとも言わぬ。おぬしは余に何をさせたいのだ」
「偽りは書きませぬ。そして――書かぬことは、偽りではございませぬ」
「……詭弁と、どこで別れる」
「問われたことに、事実で答えまする。問われておらぬことは、こちらから差し出しませぬ。それだけのことです。八百屋とて、大根の値を訊かれて、仕入れ先から畑の場所まで答えはしますまい」
「余は大根屋か」
「たとえにございます」
結局、返書はこう定まった。問いの「空の光」「町中における撮影」については、『当方の配信活動に伴い生じたものが含まれる』とだけ記す。求められた一覧には、辻に立った日をそのまま書き並べる。手立ての仔細は、興行の内につき差し控える。それより先は、書かぬ。
「門はひとつだけ開けまする。開けた門の内は、掃き清めておきまするゆえ」
「城の話に戻すでない。……よし。偽りは、どこにもないな」
「一字たりとも」
「ならば可とする。送れ」
「御意」
書き上がった文を帳場の男が検分し、「役所から来た文より硬いですね。……いや、助かります」と妙な褒め方をした。文は夕刻のうちに発った。
客あしらいのために召し抱えた帳場が、いつの間にやら、国の文の取り次ぎ口になっておる。便利と言ってよいのか、これは。
その夜の辻は、目安箱であった。
《質問です。魔王様は配信のない日、何をしてますか》
「辻に立たぬ日は、飯を炊き、湯に入り、寝ておる」
《ふつうだ》
《日常回きた》
《↑この人のふつうを信用するな》
《魔王様、テレビ見ましたか》
「見た。余の辻が、余の知らぬ声で語られておった。妙な気分である」
《初見です。テレビから来ました》
《↑ようこそ。質問は目安箱に入れるのが作法だぞ》
《入れてきました》
《↑よし》
余は次の札を読んだ。今宵は、それで辻を畳んだ。
明くる四十六日目の夜である。
六畳で帳面を繰っておると、階段が鳴った。一段飛ばしの重い足音。ガルドバーンだ。あの男が屋内で足音を立てるのは、音を殺す暇すら惜しいときだけである。
続いて、軽い足音が追いついた。ヴェザリウスである。呼びもせぬのに夜更けに参ることなど、まずない男だ。
二つの足音が戸の前で止まり、戸板を叩く音も重なった。
「陛下、見回りの報告であります。緑地の口が――」
「陛下、火急のご報告にございます。緑地の口が――」
声まで、重なった。
戸を開けると、汗を光らせたガルドバーンと、帳面すら持たぬヴェザリウスが並んでおった。二人はそこで隣を見て、揃って目を見開いた。




