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氷の王子と、陽だまりの観察日記

アリーナでの演習から数日が経過していた。

すずらんを襲ったあの「呪い」の正体を、カイル、レン、リュウ、カイの四人は知ってしまった。それ以来、彼らのすずらんを見る眼差しは以前よりもずっと複雑で、どこか保護者のような色を帯びるようになっていた。

本人はいつも通り微笑んでいるが、その笑顔の裏に隠された痛みを察してしまった仲間たちは、以前のように無邪気に接することができなくなっていたのだ。

「……すずらん、今日の昼食は俺が選ぶ。お前は座ってろ」

食堂でカイルが冷たく、しかし有無を言わせぬ調子で告げる。反論すると氷漬けにされると知っているリュウは、わざとらしく肩をすくめてその様子を眺めていた。

そんなある日の放課後。図書室で作業中、すずらんの鞄から一冊のノートが滑り落ちた。

それを拾い上げたレンが、何気なく表紙を開く。そこには殴り書きで『氷の王子様は、本当は優しい』とあった。

「……は?」

中身はカイルを主人公にした、すずらん視点の『観察日記』とも呼べる小説だった。

レンの声に集まってきたリュウとカイは、ページを捲るたびに表情を変える。カイル本人が歩み寄ってきたことに気づかぬまま、レンがタイトルを読み上げた。

「タイトル見てみろよ! 『氷の王子様は実は優しい』だぜ!? しかも中身、カイルとの甘い日常が——っ、ぶっ!」

「あはははは! なんだこれ! すずらん、お前自己紹介のときに言ってたよな、小説書くことが趣味って!」

リュウの爆笑が図書室に響く。そこへ戻ってきたすずらんは、ノートを握られているのを見て、リンゴのように真っ赤になった。

「ばれちゃったかぁ……。いやぁ、あの時カイルがあまりにも眩しくて。僕にとっての救世主で……なんか、描きたくなってぇ」

照れくさそうに頭をかくすずらんに、レンは目を点にしながらページを捲る。

「え、ちょ——『氷の指先が僕の額に触れた時、世界が凍りついた』って——お前これ——」

「無理、お腹痛い……『カイルの不器用な優しさに気づけるのは僕だけ』……はぁっ、もうダメ——」

レンからノートを受け取ったカイも、途中で手が震え始めた。

「……『あの冷たい瞳の奥に、確かな温もりを見つけた瞬間』……お前、これを本人の前で朗読させたいのか」

当のカイルは、石像のように固まっていた。本が手から滑り落ち、床に乾いた音を立てる。耳から首筋までが鮮やかに赤く染まり、口をパクパクと開閉するが声が出ない。

リュウがニヤリと笑い、ノートの一節を読み上げる。

「——『僕を支えるその手は、冬の湖のように澄んでいて』」

「……返せ」

カイルがノートを奪い取る。力加減を間違え、角が折れた。

「いやぁ、すずらん君って面白いね! 本人には恥ずかしくて言えないことを、小説にしちゃうタイプ?」

すずらんはカイルを仰ぎ見ると、ふにゃりと微笑んだ。

「うん……僕、昔から心の中に秘めている想いは、物語にしないと落ち着かなくて。びびっときちゃったんだよね。続きはね……今この瞬間から、未来まで書くつもり!」

図書館の時が止まった。

鉄壁の無表情が崩れ落ちる。カイルが「……未来、まで」と小さく呟くと、レンが口笛を吹いた。

「おいおい、さらっととんでもねぇこと言ったぞ今」

カイが真顔でノートの角を整える。

「……すずらん。一つ聞くが。このノート、他の誰かに見せたことは?」

四人は即座に察した。もしこれが他人の目に触れていれば、ただの趣味では済まないということに。

「あ、それなら大丈夫! でも……見られるのは確かに恥ずかしいけど、別にほかの人に見られてもそこまで問題なくない? だって僕、カイルのこと大好きだし! もちろんレンも、カイも、リュウのことも……だいだいだいだーいすきなお友達!」

「お友達」——その三文字が、四つの心臓を同時に貫いた。

「だ、大好きって……そういう、そういうやつかぁ……」

レンが膝から力を抜いてへたり込む。リュウの笑顔が引きつり、カイは機械的な手つきでメモ帳を閉じた。

ただ一人、カイルだけが窓の外へ視線を逸らす。夕陽の影に、彼の複雑な胸中が透けて見えた。

足元から漏れ出した魔力が空中で凝結し、氷の粒が舞い落ちる。

(……お前は、あいつに似ているな)

かつて守れなかった親友の面影が、すずらんの笑顔と重なる。あの日、何もできずに氷で蓋をした悔恨が、今も彼の胸を刺していた。

レンが呆然とすずらんの肩に腕を回す。

「おい、鈍感。お前、今一番やっちゃいけないことしたぞ」

「えっ……? ぼ、ぼくなんか変なこと言っちゃったかな?」

「レン。黙れ」

カイルが低く遮った。彼はゆっくりと振り返り、不安げに揺れるすずらんの瞳を見下ろした。

「……変なことは言っていない」

カイルは、すずらんの頭にそっと手を置く。冷たく、しかし彼なりの精一杯の温もりを込めて。

「お前は、そのままでいろ」

その不器用な言葉に、すずらんが再び陽だまりのような笑みを浮かべる。

それを横目で見ていたリュウは、天井を仰いだ。

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