25.神様たちの来訪
残り五枚。
何の話かと思われるかもしれないが、例の樹木から取れたチョコチャンククッキーの残りである。
一時は大事に、そして大切に食べようと思っていたクッキーだけど、思い直してみればオレとミアだけが熟したクッキーを食べているわけで。
これはヨミやつばめにもお裾分けをしなければと考えたのだった。
いや、つばめは別に食べさせなくてもいいかなと思ったんだけど、虚無パンの消費を手伝ってもらった手前、詫びがてら、ちゃんとしたチョコチャンククッキーをあげようかな、と。
それより、問題はヨミなのだ。
昨日の様子から察するに、オレとつばめの関係についてなにか勘違いしているだろう。
考えてもみてほしい。三十過ぎたオッサンと十代そこそこの女の子が、そういうような関係とか犯罪以外の何者でもないのだ。……というよりなにより、常識的にありえないでしょう?
そういった誤解を解くためにも、クッキーを携え、ちょっとしたお茶会なんぞしたいなとか考えていたわけで。いやはや、そんな思い違いをさせてしまうなんて恥ずかしい限りとか、笑い話に済ませてしまおうと。
……それがどうしてこうなるかなあ。
「豊穣の神の試作品を入手するなんて、さすがは私が見込んだストリーマーだけあるわね」
薄藍色のロングヘアを編み込み、胸元に垂らした女神は満足げにそう言うと、テーブルの上に置かれたマグカップに手を伸ばし、音を立てずにコーヒーをすすった。
「この分だと生活費には困っていないでしょう? 高評価とスパチャももらえているみたいだし」
「まさか、かつかつですよ。日々の生活を送るのに精一杯です」
「嘘おっしゃい。このコーヒーだっていい豆使っているじゃないの。余裕のある証拠だわ」
ニッコリと笑みを浮かべ、コーヒーの味について論評するのは、他ならぬ女神アナスタシアである。
「毎日の暮らしにハリが出ませんからね。コーヒーぐらいは贅沢したいんですよ」
祝福商店で購入したコーヒー豆は百グラムでも結構なお値段がする逸品だ。原産地が異世界の知らない土地という点が怖いけれど、味については一級品である。
……おっと、いけない。コーヒー談義に花を咲かせている場合じゃなかった。
どうして女神アナスタシアが、オレの自宅でくつろいでいるか。それを話さなければいけない。
簡単にいってしまえば、家庭訪問というやつらしい。
ストリーマーになってからしばらく。スカウトした相手の現状を把握することは女神としての務めだそうで。
特にオレなんか、元社畜の何の取り柄もないオッサンということもあってか、アナスタシアいわく『他の人より気にかけていた』と。
……絶対、嘘だと思うなあ。
だって、連絡寄越すどころか、ほぼ放置だもん、この女神。敏腕プロデューサーを自称する妖精に任せっきりというか、干渉してこないというか。
で、そんな相棒のミアはどこに行ったかといえば、アナスタシアが来るなり
「ちょっと散歩に行ってくるわね」
なんて言って、ふわふわとどこかに飛んで行ってしまったのだった。
もしかして、アナスタシアのことが苦手なのだろうか? 相性はいいように思うんだけどなあ?
そんな状況も意に介することなく、アナスタシアは優雅に足を組むと、椅子の背もたれにもたれかかりながら切り出した。
「まあいいじゃない。今回、用があるのはあなたなんだし。あの子がいなくても問題ないわ」
「はあ」
「そういったわけで、近況とかを聞かせてもらえると嬉しいのだけれど」
「それはいいんですが、ちょっと待ってもらえますか?」
「……?」
「こっちの神様の用件も伺いたいんですよね」
視線を転じた先には二メートルほどの身長を誇る、全身もふもふの毛で覆われた、二足歩行の猫がいて。
茶トラ柄の巨大な猫は三白眼をこちらに向けると、室内にバリトンボイスを響かせるのだった。
「つれないではないですか、ユウイチ殿。他ならぬ猫縁でつながった、貴殿と私。こうしてサスケちゃんの様子を見に来てもいいでしょう?」
猫神様であるトランはそう言うと、もふもふの手で子猫を抱え、大きくなりましたなあと感嘆してみせる。
「間違ってもチョコレートなどを与えたりしていないでしょうな?」
「してません、していませんって」
「それならよいのですが」
そして猫神様は再びサスケと戯れ始める。
はい、そうです。いま、オレの自宅には、何の因果か神様が二人――神様だから、二柱というべきかな?――お見えになっています。おかげで部屋が狭い狭い……って、そうじゃないっ。
なんでまた同じタイミングで押しかけてくるんだ、この神様たちは? あらかじめ連絡をするとか、そういったこともできないのかと問い詰めてやりたい心境である。
「女神相手にずいぶんな態度じゃないの」
不平不満が表情に出ていたのか、アナスタシアが口を挟む。
「わざわざ心配してやってきたっていうのに、まさかコーヒー一杯で追い出そうとかそういう話じゃないわよねえ?」
「そういうつもりはないですが、こちらにもタイミングというものがありましてね……」
「ほっほっほ、サスケちゃんはかわいいですなあ。どうして最近の配信にはサスケちゃんを出してもらえないのですか、ユウイチ殿」
「いや、サスケが出たらそりゃあもう、ユウイチチャンネルっていうより、サスケチャンネルになってしまうといいますかね」
「なんと、そうなのですか? もっとサスケちゃんを配信に出してもらえないか、今日はそれをお願いしに来たというのに……」
「……え? まさか、そのためにわざわざやってきたんですか?」
「ユウイチ、コーヒーおかわりちょうだいな。それと、お茶菓子はないの?」
「いや、女神様、ちょっと待ってくださいよ、話している最中……ああもう、この前作ったパンで良ければっ」
……くそう! 疲れる! ミア早く帰ってきてくれ! せめてどちらかの相手を任せたい!
そんなこんなで慌ただしく動き回っていると、アナスタシアはこちらの様子をうかがいながら、納得したように何度も首を縦に振ってみせるのだった。
「安心したわ」
「……は? 何がです?」
「転生者にもいろいろあってね。異世界になじめなくて、メンタルをやられたり、体調を崩したりする人間が後を絶たないのよ。その点でいえば、あなたは問題ないみたいだし」
「おかげさまでなんとかやってますよ」
「うんうん、パートナーとの相性も良かったのかしらね。さすがは私。ペアのチョイスにもぬかりはなかったわね」
パートナー? ペアのチョイス? オレの相棒をミアにしたのはアナスタシアの判断ってことか?
「そうよ、あなたってば明らかにやる気なさそうだったしね。しっかり者と組ませたほうがいいかなって。ミアのためにもなるだろうし」
「ミアのため?」
「ああ、そうだった。まだ話してなかったわね。あの子、いろいろと事情があって、しばらく配信担当から外れていたんだけど」
なんだ、それ? 初めて聞く話だぞ。ミア自身からも聞かされていないし。
……どういう経緯でそんなことになったのだろうか?
詳しく話を聞こうと身を乗り出そうとした、まさにその時だった。焼き菓子を口に運ぶアナスタシアの姿に、オレは思わず別のことを眼前の女神に問い尋ねるのだった。
「あの、女神様」
「ん? なあに?」
「そのチョコチャンククッキー、どこから取ってきたんです?」
「ん? そこに置いてあったからいただいたわよ? 豊穣の神もなかなかやるわね。こんな美味しいクッキーを樹木に実らせるなんて」
「五枚あったはずですが」
「そのぐらい、ペロリよね」
……ええ、ショックで膝からくずおれましたとも。マジか、マジなのか……。
「ん~……。サスケちゃん、かわいいですなあ」
「にゃ~」
猫神様の渋い声と愛猫の鳴き声が耳に届く。カオスとも表現できる空間の中で、オレはただただ、この神様たち、早く帰ってくれないかなと心から願うのだった。




