第43話 傷痕 あれから15年
今でもハッキリと覚えている。
リンナに初めて会ったのは5歳の時だ。
当時、俺達が『秘密基地』と呼んでいたボロ小屋に、急に住み着いた変な男がいるから様子を見に行こう! と言い出したねーちゃんとソラに付いて行ったのがキッカケだ。
あの頃のねーちゃんはまだ髪が短くて、言葉遣いも悪かったな。とてもじゃないが、今の姿からは想像できない。当時のねーちゃんを知ったら、ファンも幻滅するんじゃないか?
正直、ノダのことはよく覚えていない。いつも一緒に遊んでいた大人、くらいの記憶だ。ノダを『勇者』として神格化してしまっている村のみんなの前では、口が裂けても言えないが。
とにかく。変な男……ノダとねーちゃん達が話してる間に、俺は秘密基地の中を探検し始めたんだ。きっと、いつも『カイ、勝手にそっち行くな!』とかねーちゃん達に行動制限をかけられていたからだろう。そして、ねーちゃんがよく昼寝している、ムギのお古の布団を使ったベッドがある寝室に入った時……俺は、目を開けたまま眠るリンナと出会った。
中性的で粗雑なねーちゃんとも、どこか垢抜けないムギとも、村の他の女性達とも違う『きれいなおねーちゃん』がそこにいた。
ノダは言う。『人形だけど、俺の恋人だから触るなよ?』 残念だけど、仕方ない。だってノダの恋人だから。
こうも言った。『いつかリンナは動き出す。その時は、触ってもいいぞ』 俺は待つことにした。リンナが動き出すその日を。
だが。
それは突然だった。ノダが死んでしまったのだ。
覚えているのは、ノダの作った『チャリ』に乗り、みんなで街に行ったこと。見たことのない景色。おいしかった料理。野宿の時の星空。ねーちゃんの絶叫。みんなが泣いていたこと。『ノダはもういないんだ。もうリンナが動くことはないんだ』と思ったこと。
それから何年経ったか。
事件以来すっかり大人しくなってしまったねーちゃんは『教会に入ってシスターになる。治癒師を目指す』と言い、王都に行ってしまった。
ソラはソラで『秘密基地』にこもりがちになり、食事を運ぶムギとしかほとんど顔を合わせないような日々が何年も続いた。
ムギは今まで通りに家業の雑貨屋を手伝う他、毎日ソラに食事を運び、リンナの体を綺麗にするようになった。そしてオーバーリアクションをしなくなり、そっと微笑むようになった。なんだか急に大人になった気がした。
ノダの死は、みんなを変えてしまった。
大人達はこぞって『ノダは勇者だったのだ!』と言う。
だからなんだと言うのだ。俺達を助けてくれた恩人ではあるが『大いなる災い』を払ったわけではなかろうに。
それに、俺は覚えているぞ。お前達が長い間、ノダにつらく当たっていたことを。ノダを慕う俺達を、ノダに会わせないようにしていたことを。それがなんだ?
ノダが便利な魔術を編み出した途端に手のひらを返しやがって。
そしてノダが死んだら『勇者様』だと!? ふざけるな!
ノダはきっと、ただ一生懸命に生きていただけだ!
お前達が言ってたんじゃないか!!
『あんな男、勇者なワケがない』
───俺は今も昔も、お前達が大嫌いだ。
……深呼吸する。
昔を思い出しているうちに熱くなりすぎた。駄目だ。それでは生きていけない。常に冷静でいなければ。
気持ちを切り替えるように、眠るリンナの表情に目をやる。……どうやら容体は安定しているようだ。
目の前の眠り姫は、目を閉じていること以外、初めて会った時と何一つ変わらないように思えた。




