第26話 看板娘はよく笑う
【ウエストタウン】
王都から西にある、やや寂れた街だ。
そこから更に遥か西、鉱山の麓にその村はあった。その名もズバリ『サイクツ村』適当にも程がある名前だと誰もが言う。だが、そうは言いつつもそこに暮らす者達には慣れ親しんだ名だ。
鉱山で働くということは『危険と隣り合わせだが高給』が一般的なイメージだろうが、しかしここの鉱山は質の低い鉱物しか取れない。そのため割に合わない額の給料となり、わざわざここに来てまで働こうという者は滅多にいない。それでも一定数の労働者達が定住しているのは『すねに傷持つ流れ者』が大半を占めているからだろう。この村は、傷ついた者達に優しかったのだ。
[は〜い! オムライスおまちどおさま〜っ♪]
今日もリンナは笑顔を振りまく。その笑顔が、ただの営業スマイルではなく心からのものであることを知っている客達は、自分の注文でもないのにその声を聞くと『待ってましたっ!』という顔をする。今ここにいる全員が、ゴーレムであるリンナに[心]があることを疑わない。
「リ、リンナちゃん……悪いけど、今日も頼めるかな……?」
[へっへっへ〜! タカさんがそう言うと思って、今日はケチャップも持ってきてますよ♪]
無造作にポケットに突っ込んでいたケチャップの瓶を取り出すと、リンナは『ドヤ顔』を見せ、鼻歌まじりにケチャップでハートマークを描き始める。タカはリンナの手の動きを追うのに必死で、周囲からの射殺すような視線には気付かない。
「ごちそうさまでした! リンナちゃん、すごくおいしかったよ!」
「……作ったのはアタシだけどね」
「おうおう、タカッ! てめえ、リンナちゃんと腕相撲してみたらどうだっ!?」
「えっ、ええっ!? わ、悪いっすね……じゃあ、お言葉に甘えて……」
「手ぇ抜くなよー? 本気で行け本気でー!」
「絶対本気出せよ〜!?」
公然とリンナの手を握れる! と浮かれたタカは気付かない。昨日何があったかも、周囲から残忍な視線を向けられていることも。
「……悪いけどリンナちゃん。本気で行かせてもらうよ?」
[タカさん……! わかりましたっ! あたしも本気でいきますっ!]
本気の思いには本気で応えなくては。リンナの胸の奥底から、熱いものが込み上げてくる。
「セット!」
常連客の1人がレフェリーをつとめる。2人は向かい合い、手を握りあう。勝負事のためか、流石にタカの目も真剣だ。
「レディ〜〜〜……ゴ『ドガンッ!!』
頑丈なはずのテーブルの脚が、4本とも根本からへし折れていた。気を失ったタカの腕も不自然にへし折れていた。
『昨日のアレ』を見た者達は、本気のリンナにタカが瞬殺されるところを見て笑ってやろうと思っていたのだが。この惨状を見て、誰一人笑える者などいなかった。
「アンタ達! ボーッとしてんな! 医者! あとヒーラー! すぐ呼んでこいっ!!」
言いつつタカに駆け寄ったアネゴは手のひらを患部に当てると、口内でブツブツと詠唱を始める。場所柄、いつでも使えるようにとヒールの修練を欠かさないのだ。とはいえ到底、専門職には敵わないレベルだが。
[あ、あたし……タカさん……ごめんなさい……]
「リンナッ! 謝るのは後にしなっ! バケツに水! 氷! タオル! すぐ持ってこい!!」
混乱して動けなくなっていたリンナは、アネゴの一喝で我を取り戻す。
[氷水とタオル、お持ちしましたっ!]
「早いねっ!?」
[次のご指示をっ!]
ものの数秒で用意してきたリンナに驚きつつ、ならばとアネゴは次の指示を出す。
「ヒーラーを連れてこい! 多少強引に背負ってでも構わないから! 急げ!!」
[わかりましたっ!]
次の瞬間、もうリンナの姿はそこにはなく、あまりのことに誰一人身動きが取れずにいると、まるで静寂を破るかのように、壊された店の扉が路上に落下する音だけが響き渡った。
───数日後。扉が壊れたままの店内には、手早い処置のおかげで元通りになった腕をさするタカと、平謝りするリンナの姿があった。
「ホントにもういいって。……じゃあリンナちゃん、お詫び代わりにひとつ、お願いごとしてもいいかな?」
[は、はいっ! あたしにできることならなんでもっ!!]
握り拳でドンと胸を叩くリンナ。一瞬だけ殺気立つも、罪悪感からかシュンとする他の客達。
「……リンナちゃん」
[な、なんです、か……?]
「これからもずっと、今までと変わらない笑顔を見せてほしい」
言うとタカは『ニカッ』と笑い、恥ずかしくなったのかすぐに真っ赤になって横を向いてしまう。
[……ハイッ!]
───その日、のちに伝説となる『よーしっ! 今夜はアタシのおごりだっ! みんな好きなだけ飲みやがれぇーっ!!』祭りが開催された。




