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第7章 ライブラ王国と天秤の上の少年少女 27話

 中央神殿の奥には、茶会を開くための小さな庭園があった。

 『神々の庭園』を模した小さな空間であった。リブラを先頭にコブラ、キヨ、リコリス、アステリオスがついていく。

「つきましたよ。――あら」

 リブラがコブラたちに机に座ろうと促したが、すぐに驚いた。

 机に上に一匹の猫が座っている。コブラたちも驚いてる。

 キヨが身を乗り出して、目の前の猫に寄っていた。

「リザベラ!」

「あら、キヨ。それにコブラにリブラも、席は取っといたわよ」

 そう言いながらくわぁーっと口を開けて欠伸をしている。

 コブラはそんなリザベラも気にせず我先に座っている。アステリオスもそんなコブラについていって座った。

「キヨとリコリスも、どうぞ」

 リブラに言われてようやく二人もコブラとアステリオスに向かい合う形で座っている。

 ホストに言われるまで座るのを待っていたあたり、キヨとリコリスの育ちの良さ、そしてコブラとアステリオスの育ちの悪さが伺える。

 ホストよりも先に机の上で寝そべっているリザベラは言うまでもない。

「リブラ。その顏を見るに、もろもろ解決したそうね」

「シスター、貴方こそ、神々の庭にいたはずなのに、どこにもいらっしゃいませんでしたね」

「老猫は黙って丸くなっていただけさ」

 そう言いながらリザベラは身体を丸めて、リブラからそっぽを向いた。

 キヨはそんなリザベラの背に手を伸ばして彼女をゆっくりと撫でまわした。

「さて、そろそろシャマシュが来ると思うのですが」

「呼んだかい? リブラ様」

 リブラの言葉に反応して西側から二つの人影がやってくる。

 コブラは背後だったので、振り返ってその人影を見た。

「やぁ、星巡りの儀式は終わったみたいだね。リブラ様もここにいるということは、もしかして――」

「えぇ、シャマシュ。ごめんなさい。神にあがるのはもう少し後でよろしいでしょうか?」

「うん。なんだったら僕が死んでからでもいいよ」

「それまでにはしっかり自分のやり残したことをやるつもりですので。シャマシュには私が神に上がる瞬間は見届けてもらわないと」

 微笑むリブラに対してシャマシュは慈愛に満ちた表情で自分の胸をなでおろす。

「そうかい。なら、この身体を大事にしないとね」

 コブラはリブラとシャマシュの会話よりも、その奥の人影に目線をやった。

「なんだか久しぶりの気分だな。コブラ」

 話しかけてきたのは妙にボロボロになっているヤマトであった。

「そうだな」

 ヤマトの言葉にコブラは特に突っかかることはなかった。それほど、この一日は長かった。

「ヤマト、その傷はどうしたの?」

「ちょっと稽古してもらってね」

 ヤマトは誇らしげに笑った。その言葉をアステリオスが見逃さなかった。

「いいなぁ」

 アステリオスとヤマトの会話を聞きながら、シャマシュは身支度を開始して移動する。

「あっ、シャマシュさん。僕も手伝うよ。紅茶を淹れるんでしょう」

「あっ、いいのかい? じゃあ手伝ってもらおうかな」

 シャマシュとアステリオスは談笑をしながらどこかへと向かった。

 その入れ替わる形でまだ二人ほどリブラたちの座る机に向かっている。

 リブラが振り返ると、歩いてきた二人、マアトとロロンと目があった。

 マアトはリブラの姿を見ると、こみ上げてくる感情で目に涙を浮かべながらリブラの元駆け寄って座っているリブラに後ろから抱きしめてきた。

「あらあら、マアト、どうなさったの」

「リブラ様。申し訳ございません」

 すすり泣くような顔で俯いたままマアトはリブラの耳元で囁いた。リブラはそんなマアトに何も言わずに、ゆっくりと彼女の頭を撫でていた。

「コブラ、成し遂げたのですね」

 ロロンはコブラの様子を見て安堵の息を漏らしたままコブラを見つめていた。

 コブラはそんなロロンに対して無言で親指を立てて誇った顔をした。リコリスがそんな二人をよくわからない様子できょろきょろと交互に見渡している。

「ロロンとコブラ、なんかあったの?」

「別になんもねぇよ、ほら。ロロンも座れよ。今さっきアステリオスとシャマシュが紅茶入れてくれるらしいから」

「そうなのですか? 私も手伝いに――」

「場所わかるのか?」

 コブラは揶揄うように笑うと、ロロンは図星だったのでなくなく座る。コブラの向かい側の席であった。

 マアトも落ち着いたのか、リブラの隣の席に座る。

「リブラ様。私は、貴方と共にこの国にいたいと思っておりました。申し訳ございません」

「いえ、いいのよ。マアトこうして貴方が私と接してくれるのはとても嬉しいことなのです」

「ありがとうございます」

 すすり泣く声をあげながら感謝の気持ちを吐露している。その様子をロロンは微笑んで見つめていた。

 リブラ自身も、自分で全てを投げ打って後、マアトが自分から距離を取っていることを気にしていたのだ。こうして互いに本音を話し合うことが出来る状況に喜ばしく感じた。

 みんなが各々過ごしている。

 キヨはリザベラを撫で、リザベラもそれを受け入れている。

 リブラとマアトが語り合っている。コブラとその隣に座ったリコリスと楽し気に話している。コブラは今回のリコリスの頑張りを改めて感謝し、彼女の頭を撫でていた。

 なんとなくヤマトの隣に座っていたロロンはヤマトと談笑しながら、二人して、アステリオスとシャマシュがやってくるのをきょろきょろと見渡しながら待っている。

「これは、茶会ですかな」

 音は小さいのに、よく通る声に、話していた全員が声の主を見た。

 そこには少しふらついているテミスがこの状況を驚いたような表情を浮かべながら皆を見渡している。

「テミス、遅かったですね」

 リブラはボロボロになっているテミスに微笑んだ。その表情にテミスは少し寂しそうな表情をしながらゆっくりと息を吐いた。

「えぇ、アステリオスという少年に負けまして」

「あいつは強いからな」

 コブラは誇らしげに鼻を伸ばした。テミスは一番近く、空いている席、リブラからは一番遠い席に座った。

「えぇ、あのアステリオスと言う男、中々手練れでした。私も修行が足りません」

「そうですね。私も修行が足りません。まだ神になるには修行不足だと、今回痛感いたしました。先に、自分の過去をしっかりと清算した後、改めて神に上がりたいと思います。それまでの修行、またお願いしても、良いですか? テミス」

 テミスはリブラの笑顔を見て、幼い頃のリブラの記憶がよみがえり、瞳に涙が溢れてきた。それが恥ずかしくて、思わずテミスはその大きな手で目を覆い隠す。

 リブラはそんなテミスやマアトの表情を見て、自分がいかに愛されていたかを痛感した。

 自分には親もいなく、オフィックスでコブラとも別れ、孤独に生きていく運命なのだと決めつけていた。彼らも自分が神子だから面倒を見てくれているのだと決めつけていた。

 けれど、そうではなかった。リブラは今でこそ、こうして、相手の心情を見るようになってはじめて、自分の近くにいるものたちの温もりを感じる。

「えぇ、えぇ。リブラ様。しっかりと鍛えさせていただきます」

 テミスは頭を下げながらゆっくりと話した。その声は震えていた。

 元々アステリオスが座っていた席と、シャマシュが座るであろう席以外全てが埋まった。

 中央席に座るリブラが何も話さないので、必然的にマアト、テミスは彼女を見つめ、キヨはリザベラを撫で、リコリス、ヤマト、ロロンはどうしてよいかわからずコブラやリブラをきょろりきょろりと見渡す。

 コブラは何げなく居心地が悪いのか、片肘をついて頬を掻いている。

 遠くから良い香りがする。その香りに気付いたのはロロンであった。

「この香り、グレイルでしょうか」

「おっ、守護竜さんは花に詳しいと見える」

 ロロンの言葉に反応して、奥からシャマシュとアステリオスがやってくる。

「どうぞ、皆さん。守護竜さんが言う通り、グレイルから淹れた紅茶だよ」

 ゆっくりとシャマシュが一人ずつ紅茶を差し出す。アステリオスもそれを手伝うようにする。机の中央に二つ。大きな皿が置かれる。リザベラはそのタイミングで移動してキヨの膝の上に乗った。皿の中にはクッキーが積まれていた。

「リブラ様、今日は茶会なのでしょう?」

「えぇ、試練を終えた皆さまで細やかながら」

「いいね。リブラ様がこの場にいる理由も聞きたいし」

 そういってシャマシュも椅子に座り、アステリオスも座った。

 それでも一つだけ席が空いている。

「皆さん、是非飲んでください」

 リブラがそういうと、キヨがはじめに紅茶の香りを楽しんだ後、ゆっくりと飲んだ。

 他の者も続く、普段から紅茶を飲み慣れている天使たちやリブラ、昔の教養が残っているキヨやヤマトは優雅に楽しんでいるが、他の者は少したどたどしい。コブラに関しては紅茶の渋みが気にくわなかったようで、一口飲んだら後はぼりぼりとクッキーに手を伸ばした。

「さて、まずは皆さま、星巡りの儀式、お疲れさまです」

 カップをゆっくりと置いたリブラが放った言葉に全員が彼女を見つめた。

「貴方たち星巡りの一行は、無事儀式を完遂したので、次の大国へと向かっていただけます」

「おう。バランスの奴からしっかりと札はもらったからな」

 コブラの言葉に合わせてキヨが懐から札を出す。それを見た天使たちはうんと頷くが、少し驚いたように、空いている席を見つめた。

「リブラ様、バランスはどこへ?」

 問い詰めたのはテミスであった。リブラはその言葉を聞いて少しうつむいた。

「バランスは、天に上がりました。私が優柔不断なばかりに」

 天使たちは驚いたと同時に少しうつむいていた。

 彼らもバランスがいなくなることは多少なりとも寂しかったのだ。

「バランスは望んでいったのよ。会いたい人がいるって」

 キヨは励ますように、リザベラを撫でながら答えた。目線はリザベラを見ている。

 リザベラもそんなキヨを見上げている。

「そう。彼は私の代わりに、神の元へ行き、私がまだ修行不足の身であることを伝えに行ってくださいました」

「そうですか」

 テミスは重々しく返事をした。

 マアトはゆっくりと紅茶を飲んだ。

「そして、バランスがあちらへ行くきっかけになってしまいましたが、テミス、マアト、シャマシュ。大事なお話があります」

 リブラは大きく深呼吸をした後、天使三人を見つめる。

 天使たちもそんな彼女の目をじっと見つめる。

 コブラたちはそんなリブラを心配そうに見つめる。

「わたくし、リブラはこれより神子としての役割と同時に、この国の女王となるために奔走する所存です。もし、私が王となった時は、天使としてではなく、臣下として、共にいてくださいますか? 私は、貴方たちと共にいたいのです」

 リブラの言葉にテミスたちは敬意を払うように頭を下げた。

「当然でございます」

「えぇ、私は貴方の傍にいる。リブラ様」

「王族のマナーなどは僕が教えるよ」

 三人の言葉にリブラはそっと胸をなでおろした。

「良いのですか? これは、私の我儘です。私の幼き日の夢を、叶えるために貴方たちとの約束を齟齬にするのですよ?」

 リブラの言葉に、マアトがぐっと顔を上げて、代表としてリブラの目を見つめて答えた。

「我々は、神子だから貴方に従っていたのではないわ。貴方だからです。当然、貴方の進みたい道があるなら、我々天使、その道筋を祝福致します」

マアトの言葉にリブラは下唇をぐっとかみしめる。感情的な彼女の表情を見たマアトもまた、胸の辺りからこみあげてくるものがあり、ぐっと顔を反らす。

「良かったな。リブラ」

 コブラはクッキーを噛みながらリブラに行った。リブラは満面の笑みでそれに答えた。

 コブラはその笑みを見て、思わずクッキーを持つ手を止め、呆然とした。

「何見惚れてんのお兄ちゃん」

 キヨがニヤニヤと笑いながらコブラをからかう。コブラはそれに対して舌打ちをした。

 リザベラがその舌打ちしたコブラに対してとびかかり、引っ掻く。

「てめえ! この糞猫!」

「キヨ様になんて態度取ってんだい!」

「二人とも! 紅茶がこぼれるよ!」

 コブラとリザベラの喧嘩を隣に座っていたアステリオスが止める。

 その様子を見ていたヤマト、ロロン、リコリスは思わず失笑し、爆笑してしまう。

 そんな彼らの様子を見て、天使たちも誘われるように笑ってしまう。

 茶会は笑顔に包まれた。

 コブラとリブラが互いを見て笑い合う。

 それはまさしく幼き頃のオフィックスの日々と同じであった――――。




 コブラたちはライブラ王国にある大きな迎賓館に泊まることになった。

 大きな風呂もあり、ロロンとマアトなんかはずっとそこに入っている。

 アステリオスはシャマシュにべったりとくっつき、何やら厨房で語り合っていた。

 リコリスはこの町の蔵書に向かうと言ってリザベラとどこかへ行ってしまった。

 ヤマトはテミスのところで鍛えたいと行って北の神殿に向かった。

 キヨは迎賓館の庭でキャンバスを広げて何やら絵を書き始めている。

 コブラは、バルコニーからそんなキヨを見つめてる。もう夜も遅いと言うのに外灯をつけてまで書きたい絵とは何か気になるが、彼女の元へ行って邪魔をするのは憚られた。

「お兄様、キヨ様のところへ行かなくてよいのですか?」

 すると後ろから声がする。振り返ると、ラフな白いワンピース姿のリブラがいた。

「そういった恰好すると神子でもなんでもねえ女に見えるな」

「えぇ、なんでもない女ですもの」

 リブラはそう言ってコブラの隣に立って、バルコニーから同じくキヨを見つめる。

「彼女があのオフィックス王国で姫だった子」

「あぁ、俺らがあの教会でボロボロの服着ていた時には真っ赤なドレスで庭を駆けまわっていたお姫様だ」

「そうなのね。えぇ、強い子だったわ」

「強い女だよあいつは」

「それは、姫だから?」

「いいや、あいつだからだ」

「そうですか。私も、彼女のようになれたら王女になれるのでしょうか?」

 リブラがキヨを見つめている横顔をコブラは見つめた。

 夜風で靡くブロンズの髪と、全てを吸い込んでしまいそうな銀河の瞳にコブラは目を奪われる。

「お前は今も十分強いよ」

「あら、優しいのですね。お兄様は」

「だから、もうお兄様じゃないって言っているだろう」

「そうでした。お兄様はキヨさんに奪われたのでした」

 リブラは突如現れて「コブラの妹の座を奪う」と叫んだキヨの事を思い出して思わずクスりと笑う。なんのことかわからないコブラは首を傾げた。

「では、コブラと呼びましょうか」

「あぁ、呼んでくれ。それが俺の名だ」

 コブラはわざとらしく胸を張った。その滑稽さにリブラはまた笑った。

 そんなリブラの笑顔を見て、コブラも豪快に笑った。

 二人の笑い声が、月が照らすバルコニーに響く。

 二人して笑いつかれた時、リブラはじっとコブラを見つめる。

「な、なんだよ」

 リブラのまっすぐな瞳に、コブラは思わず動揺する。

「そういえば、お返事をしていないと思いまして」

 リブラの言葉に、コブラの心拍数はぐっと上がった。今すぐこの場から逃げてしまいたくなった。思わず一歩後ずさるが、リブラはそれに反応するように一歩近づいた。

「お、おい、にじり寄るなよ」

「やっぱり、コブラはペースを掴まれると弱いですね」

 ニヤリと笑うリブラは、幼い頃には知らなかったリブラだった。この国で、色んな天使や人々と出会って、彼女は彼女なりに強くなり、変わった証明であった。

「返事ですが――」

 リブラの言葉にコブラは生唾を飲む。正直、あそこで彼女を引き留めることが出来れば良いと考えていた。その先の事は何も考えていなかった。故にこの状況は予想だにしていなかった。逃げだそうと思うが、リブラの眼光がそれを許さない。

 彼女がまた一歩、コブラににじり寄る。コブラは戸惑いながら一歩後退する。

 顏がどんどん近づくリブラにコブラは、自分でも驚くほど動揺して、ついには目を閉じてしまった。

「残念ですが、コブラの想いには答えられません」

「へっ?」

「ですから、お答えできません。私、王女にならないといけないので、これからこの国の王様を誘惑しないといけません。どうでした? 今の色仕掛け、ドキっとしました?」

 クスクスと笑うリブラに対して、コブラは昂ぶった感情が一気に突き落とされたような気持ちになり、一気に脱力して、大きく溜息を吐きながらバルコニーの手すりに倒れ込む。

「お前、そんな悪戯するんじゃねぇよ」

「悪戯はお兄様――コブラ譲りなので」

「そうかいそうかい。まあ、こんな感情が続くんだったらいっそ振られた方が楽だな。アステリオスとかすげえよ。ほんと」

 あのような心臓の高鳴りが、もし成功すれば毎日のように続くのであればさぞ苦しいだろうと思うとコブラは、リブラの答えに不思議と安堵している。

「今日、コブラの反応を見て、自身を持てました。まずは王を籠絡し、王妃となって、ゆくゆくはこの国で王になります。そうなったら、盗賊のコブラの出番ですね」

「それって――」

 にこやかに答えたリブラはコブラの言葉を待たずに上機嫌にクルクルと舞いながらバルコニーを後にした。コブラはリブラにぶつけるつもりだった言葉が音もなく宙を舞い、リブラに向かって伸ばした手も空を掴んだ。

「みーっちゃった」

 唖然としているコブラの後ろからニヤリと笑うリコリスの声がする。

「なっ! てめえ!」

「あーあ。コブラ振られてやんのー、あたしと一緒ー」

 リコリスはプスプスと笑いながらコブラの周りを駆けていく。リザベラも面白がってリコリスと一緒にコブラの周りをくるくると回る。

「あんま大声で言うな!」

「あはは! あははー!」

 リコリスは何がそんなに嬉しいのか、カラカラと笑いながらコブラをからかう。

「お前、いい加減にしろよー!」

 コブラとリコリスの喧嘩を聞いて、下から音だけが聞こえてきたキヨがイライラとしながら、二人のいるバルコニーを睨む。

「二人ともうるさーい!」

 そうして、長かった一日は終わり、コブラたちはライブラ王国を去った――。

 


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