第7章 ライブラ王国と天秤の上の少年少女 20話
コブラたちが口論をしている頃、中央神殿の深奥部にある部屋でリブラとリコリスが睨み合っていた。
「あら、あなたは子猫ちゃんが助けた少女ではないですか」
「うん。星術師リコリスです」
リコリスは杖を構えてリブラを睨む。
「貴方一人でどうなさったのですか? あなたはシャマシュの所にいたと思ったのですが?」
リコリスはヤマトとシャマシュを置いて先にこの神殿にやってきたのだ。
シャマシュが言った。今行けばおそらくテミスもマアトもいないだろうと。
その通りであった。中央神殿に行っても、そこには誰もいない警備が手薄になっていた。
この時間は皆が祈りを捧げている時間のはずなのだ。特にテミスの所や、マアトのところには人が集まる。
リコリスは、リブラの質問に答えず、じっと銀河の瞳を見つめる。
その眼からは、リコリスのよく知る気配を感じた。
「ねぇ、リブラ。貴方は神になりたいの?」
「なりたい。ではありません。なるのです」
リブラはこの国に来て、テミスに拾われ育った。名を後に神となるものに名付けられるリブラとし、幼い日を過ごした。そして年相応になった時に試練を受けた。
星巡りの儀式にも導入されている儀式だ。
リブラはそこでさまざまなものを見た。大切だった人が悪に落ちた姿。大切な人が安寧の暮らしを手に入れている、自分のことを知らない世界。神のいなくなったこの世界。
そして彼女はそのようなもの全てを捨て去った。自分の使命は神となること。ならばその全てを捨て去って、人であることを捨て去って、人々の救済の存在とならねばならない。
「神様ってね。すっごく孤独なんだよ?」
リコリスは訴えるようにリブラに問いかける。
リコリスにとって、神のような存在。星術に大きく関わる存在を二人知っている。
一人はロロンである。彼女も、コブラたちと仲間になるまで800年の歳月を孤独に過ごしたという。
そしてもう一人は、リリスであった。彼女もまた孤独を経験した。孤独という感情を得たのはたった十年でも、彼女はそれに耐えることが出来なかった。
シャマシュの話を聞き、リブラが向かおうという道に、リコリスはリリスの面影を見た。
「えぇ、そうでしょう。今まで知っているものたちもいない。けれど大丈夫です。きっとテミスたちが共に来てくれる」
「神様ってのは機能なんだよ? リリスは――。冥界の主はほとんど感情というものを持っていなかった。貴方もそうなるかもしれないんだよ?」
リブラは心配そうに訴えるリコリスを嘲笑うように微笑む。
「えぇ、大丈夫です。私はとっくに覚悟を決めております。正義のためならこの身を捧げます」
リコリスはなんとか彼女を止めたかった。
けれど、リブラの表情は変わることなく、それこそ神の如く、リコリスに微笑んでいる。
「リコリス。貴方もまたお兄様の仲間で、お兄様を庇っていましたね」
リブラの方から話しかけてきた言葉にリコリスは戸惑った。
「う、うん。コブラは仲間。私を旅に連れていってくれた人」
「えぇ、私のお兄様は昔も今もお優しいようで」
「そのコブラとも、もう会えないかもしれないんだよ?」
リコリスの言葉にリブラは少しだけ眉を細めた。リコリスは手ごたえを感じる。
「貴方は、お兄様を愛していますか?」
「ふぇっ!?」
リブラは突然リコリスに問いかけた。リコリスは予想だにしなかった問いかけに顔を赤くして狼狽えた。その様子にリブラはクスクスと微笑む。
「兄を愛してくれるものがいるなら安心です。実は、先ほどお兄様も共に神にならないかと打診したのですが、フラれてしまいまして。貴方のような方がいるなら心置きなく神に登ることが出来ます」
(あぁー! 逆効果だったぁ!)
リコリスは心の中で涙目になって叫んだ。
けれどそこに変なしこりが残った彼女は気を取り直して首を大きく振るう。
「私は、確かにこ、コブラのこと好きなんだと思う。けど、リブラさんはそれでいいの? 自分は神になって、コブラと離れ離れになっていいの?」
リコリスにとってリブラに神になってほしくなかった。それをすればきっと、コブラが悲しむと思ったからだ。コブラだけじゃない。例え本人が崇高なものであったとしても、その場からいなくなることは悲しいことだ。仕方のないことならともかく、自ら繋がりを断つことは考えたくなかった。
「リブラさんもコブラのこと好きなんじゃないですか?」
「えぇ、私もお兄様のこと、大好きですよ」
「じゃあ、どうして――」
「私がこの眼とライブラ王国に来た理由だからです」
リコリスが色々な方法で説得をしても、二言目にはその言葉で拒絶してくる。
リコリスは下唇を噛みしめながら次の手を考えた。
その時だった。リブラとリコリスの間に一筋の光が差し込む。
「おや、先客がいらっしゃいましたか」
優しい声が響く。その声の主、バランスは翼をゆっくりと羽ばたかせながらゆっくりと着地する。彼に抱えられていた少女がスタっとその場に下りる。
彼女――キヨは自身に満ち溢れた表情でリブラを見つめていた。そんなキヨの背中がとても頼もしそうに見えたリコリスは少し頬が緩んだ。
「盗人コブラの妹分キヨ様登場。妹の座を盗ませていただきます!」
キヨは芝居がかった。話し方でリブラを指さした。
あまりに唐突のことにリブラも目を見開いて唖然としている。
しばらく沈黙が続くと、そのまま指をさしたままのキヨはだんだん顔が熱くなり、身体がぷるぷると震え始める。
(恥ずかしくなってきたんだ……)
後ろで見ていたリコリスは最初頼もしく見えたのに、今のキヨの背中はなんとも情けない。
その時だった。突然大きな音が神殿内に響く。
その音に反応して唖然としていたリブラの意識が戻る。
「おや、お兄様も、天使四人も全て揃ったようですわね。それでは」
リブラは指を大きく鳴らす。
神殿内が真っ暗な光景へと変わる。上下左右全てが夜空に変わったかのようで星が点在する。
「では、最後の試練を始めましょうか」
その言葉と共にその場にいた全員が足場を失い、落下していく。
コブラたち三人は口論の果てに神殿に辿りついて足を踏みいれた直後、全てが夜空へと変わってまるで落とし穴に落とされたように落下して気を失った。
目を覚ますと外は夜であった。綺麗な花の匂いが漂ってくる。
コブラはすぐにアステリオスとロロンを起こす。
「おい、起きろ」
「は、はい。おはようございます」
「僕らこの国に来てから何度気を失うんだろ」
コブラは辺りを観察してもあまりピンとこなかった。見たことのない景色であった。
「ここはどこなのでしょうか?」
ロロンは不安そうに辺りを見渡す。アステリオスは早速周辺を調べる。
「庭……かな?」
神殿の外から覗き込んだ外には庭園のように花々が彩られている。それでもアステリオスが断言できないのは、この異様な星空であった。
「ここは、中央神殿の地下。『神の庭園』よ。リブラが育った場所」
戸惑っているコブラたちの元にマアトが近づいてくる。
「お前」
「コブラ、最後の試練です。この広い庭園でリブラ様と会うことが出来れば良いです。それと」
マアトが自分の持つ杖をコブラに向ける。
「私たちは全力で阻止しますよ。この空間に私たちがやってきたと言うことは、リブラ様が神に上がろうとしている証拠なのですから――」
その言葉の直後、コブラはバッと駆けだした。マアトはそれを捕まえようとしたが、ロロンがそれを防ぐ。
「アステリオス! コブラについていってください!」
「わかった!」
アステリオスはすぐにコブラを追いかけた。
ロロンは力強くマアトの手を掴んだ。
「邪魔しないでください。ロロン」
「マアトさん、こればっかりは譲れません」
マアトを睨みつけるロロンはマアトの腕を壊さない程度にしっかりと握りしめる。
マアトはそんなロロンの決意に満ちた表情に思わず舌打ちをする――。




