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第7章 ライブラ王国と天秤の上の少年少女 19話

 バランスから課せられた試練で、キヨは幼い日のリブラとして、コブラと出会った。

 思い出す。彼が幼いリブラを見つめている目は、キヨが見たことのないものであった。

 コブラがリブラに向けた感情は、自分に向けているものとは少し違う。

「コブラ、貴方に質問があるの」

 キヨはコブラに対して指さす。

 アステリオスとロロンは只ならぬ二人の雰囲気に息を飲んだ。

 コブラも身構える。

 キヨはわざとらしく翼をゆっくりと羽ばたかせる。

「貴方はこの先、神となる神子リブラ様に対し、どうするつもりなの?」

「どうするだと?」

「えぇ、それを決めてもいない人に、次の試練を受ける資格はない」

 キヨの真剣な眼差しにコブラは思わず生唾を飲んだ。

 コブラには何も頭に過ぎっていないのだ。リブラの覚悟を孕んだ目を見れば、何かをしなければならないとは思っているが、いまだその答えを持ち合わせていない。

 そのコブラの目を見て、キヨは大きく溜息を吐いた。

「何も考えていない。とにかく星巡りを達成しないとって感じね。それじゃダメ」

 キヨがそっと手を添えると、コブラは突然上から来る衝撃に膝から崩れ落ちた。

 何か重たいもので抑えつけられているかのような衝撃に立ち上がれない。

「おぉ、これが貴方の力?」

「えぇ、キヨ様。私はあまり使わないようにしているのですが」

 自分でやっておきながら驚いているキヨにバランスは丁寧に頭を下げている。

「き、キヨ! 何をしているのですか!?」

 ロロンが苦しそうにしているコブラを見て、キヨに叫ぶ。けれど、キヨは冷たい顏でコブラを睨みつけた。

「元々先にリブラに話をつけるつもりだったけど、こっちに来てよかったわ。さぁ、コブラ。聞かせて、これから試練で貴方はリブラと対面する。そしたら貴方は、どうするの? 試練を達成する根拠を、この私に示して」

「どうしてここまでするの?」

 アステリオスもここまで敵意を向けているキヨに戸惑いながら訴えかける。

「ごめんね。アステリオス。ちょっと見ていて。これは、コブラにとって大事なことなの」

 コブラは必死に顔を上げて、こちらを見下ろすキヨを睨みつける。

 リブラと同じく銀河の瞳を持った左目が、キヨを見つめる。

「コブラ、貴方はリブラをどうしたいの?」

「訳のわからないことを言っているんじゃねぇ」

コブラは必死に立ち上がる。キヨはさらに重力を強くしてコブラを押し付ける。

 バランスはそんなコブラを同情するように見つめている。

 コブラは仕方なく考える。あの空間。二人でいる空間にいるとき、リブラが去った時、自分の中に寂しいという感情があった。一度死んだと思っていた奴と再会できたんだ。それを喜ばない者はいない。コブラは懐から十手を取り出して起き上がろうとする。

 キヨ姫の兄として、その生涯を全うした男の象徴である。コブラに起き上がる力を与える。

「俺は、あいつのお兄様だ。会いに行かなきゃならない」

「それもダメ」

 キヨはさらに重圧をかけてコブラを地面に叩きつける。

「今のリブラは救いを求めていない。彼女が救う側なのだから。彼女が神として、この国の信仰になる。貴方が兄貴面して守らないといけないリブラはもういない」

 キヨの声は静かなのにコブラにはしっかりと届いた。呻き声をあげるコブラにアステリオスとロロンは助けに入ろうとするが、キヨが二人を見つめる。

 視線だけで手だしをするなと威嚇しているようで、二人とも足が竦んだ。

 いつも優しいキヨしか見ていなかった二人だからこそ、彼女の目は恐ろしかった。

 彼女もまた野を駆け、獣を狩ってきた狩人なのだ。それなりに殺気を放つ。

「仮にも天使がそのような怖い顔をするものではないですよ。キヨ様」

「あぁ、そうだったわね。今の私は天使代理だったわね」

 バランスの忠告を聞いて、二人から視線を反らし、コブラを見下ろす。

 コブラはだんだんイラついてきた。自分で試練を達成したと聞いた時、寂しかったのは事実だ。キヨは自分が守らなくても十分に強い女だとわかっていたが、それを目の当たりにしたショックがあった。

 そんな彼女が今や天使側についた。このことにコブラは自分でも想像していなかったほど動揺している。そのせいで思考が上手くまとまらない。

 翼を生やし、この国の衣装に身を包んだキヨがリブラと重なる。とても様になっていて、なるほどバランスが彼女を天使代理にして仕えているのもなんとなくわかる気がするとコブラは悔しそうに笑う。

「キヨ、その天使姿、よく似合ってんな」

「ありがと。褒めても緩めてはあげないわよ」

「わかっている。そんなこと」

「じゃあどうしたの? 急にそんなおべっかいって」

「お前はもっと赤いドレスとかの方が似合っている」

 キヨは突然にことに動揺して重圧をかけてコブラを地面に叩きつける。

「あんたねぇ! アステリオスたちもいるのに、昔のこと掘り返さないでよ!」

「違う。お前は白の綺麗な服より、赤いドレスとか、いつものボロっちい服の方が似合ってる。お前の居場所はそこじゃない!」

 コブラがギロっとキヨを睨みつめる。これがキヨが望んでいる答えかどうかはわからない。けれど、今自分の中にある苛立ちを言葉にするしかなかった。

 ふらふらになりながらコブラはキヨに手を差し伸べる。キヨは重圧をかけるのをやめていた。コブラがふらふらながらしっかりと立ち上がる。

「こっちに来いキヨ。お前は俺の仲間だ」

 キヨはまんざらでもないように少し頬を緩ませる。

 その様子にバランスも楽しげに微笑んでいる。

「満足しましたか? キヨ様?」

「んー、ちょっと違うんだけど、これを拒否しちゃうのもなぁ」

 キヨは溜息を吐く。それと同時に翼は消滅させる。

 重圧から解放されて、疲弊したコブラにキヨは近づく。

「コブラ? あなたはリブラさんをどうしたいの?」

 先ほどの冷たい視線とは違う。まるで揶揄うような笑みを浮かべながら彼に顔を近づかせる。まだ先ほどの言葉に対しての照れが消えないのだ。

「リブラに、俺が……」

「そう。あんたは何をしたいの?」

 コブラはじっくりと考える。リブラと離れ離れになった幼い日のこと、この国にきて再会した時のこと、さっき二人きりの空間でのこと。

「聞き方を変えてみましょうか。コブラ、貴方は神になるの?」

「ならない」

「じゃあ、リブラさんに神になってほしい?」

「……嫌だ」

「どうして?」

「あいつが、いなくなっちまう」

「――よろしい」

 キヨはにんまりと笑ってコブラの頬をぐいっと引っ張り。

「いひゃいいひゃい」

 ここまでしても抵抗してこないコブラがおかしくてキヨがケラケラと笑った。

 ロロンとアステリオスはそんなキヨの雰囲気に話し合いが終わったと判断して近づく。

「大丈夫ですかコブラ?」

 ふらついているコブラに肩を貸すロロンだが、コブラは礼も言えないほど呆然としている。キヨに言われた質問がずっと頭の中でぐるぐるとめぐっているのだ。

「キヨ、何が目的だったの?」

 アステリオスはキヨに問いかけるが、キヨは笑ってその答えをはぐらかした。

「いやぁ、世話が焼ける兄貴がいると、妹は苦労しますなぁと言う話ですよ。ねっ、お兄様」

 キヨは冗談めいた笑みを浮かべながらコブラに笑いかける。

 はしゃいでいるキヨに対してロロンがクスリと笑う。

「キヨはコブラの妹ではないでしょう?」

「うん。リブラさんもコブラの妹じゃない」

 キヨの言葉にコブラは何か閃いたように呆然とした意識が覚めた。

「うん。今のが私の試練の大ヒント。なんか掴んだ?」

「いや、わかんないけど、なんか一個スッとした気がする」

「ならよろしい」

 コブラはふらついた意識が戻っていき、自分でしっかりと立ち上がる。

「じゃ、あたし次はリブラさんに用があるから先行くね! あんたらも早く来なさいよ」

 そういうとキヨはバランスに抱えられながら空へ飛んでいった。

「えっ!? 僕らも連れていってよー!」

 アステリオスが嘆くのも無視して、キヨはもう見えなくなっていた。

「なんだったのでしょう?」

 ロロンはキヨの奇行が最後まで理解できず、空へ消えた彼女を唖然と見つめていた。

「目的ねぇ」

 コブラはそう呟くと大きく深呼吸をした。

「そうだな。俺はこの試練を達成させながら、リブラが神になるのを阻止してみるか」

「コブラ、そんな傲慢な。彼女が神になるのはこの国にとって大事なことらしいですよ?」

「うるせえ。知ったこっちゃねぇ。俺が阻止したいんだ。俺は盗人だ。神だって盗んでやる」

 コブラがあまりに大声で宣言するものだから、ロロンは辺りで誰か聞いていないか不安であわあわとした。アステリオスはそんな彼の仰々しい物言いに爆笑した。

「流石は僕らの大将だね。そうでないと」

「おっし! じゃあとっとと神殿向かって、最後の試練うけっぞ」

「うん」

 すると二人はニヤリと笑みを浮かべて、まだ慌てているロロンを見つめる。

「へっ?」

「さてロロン。お前も飛べたよなぁ?」

「ロロンさん。事態は急を要するんだ」

「え、えーっと」

 ロロンは冷や汗を浮かべながらにじり寄ってくる二人を交互に見る。

「い、いや、バランスさんが迎えに来ていたってことはもう近いんですよ。ほ、ほらよく見たら神殿見えるじゃないですか!」

 ロロンは今スカートスタイルだから翼だけを出して飛ぶことに躊躇いがあった。

「まあまあまあまあ」

「まあまあまあまあ」

「いやいやいやいや」

 彼らの口論は数十分に及び、素直に歩いていった方が神殿に早く到着するほどであった。

 彼らが神殿についたのはこの口論からわずか30分ほど後であった――。


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