*メグの気持ちと享の想い
享がマールを病院に連れて行って帰って来た。
灯がマールの心配をして享を迎えに外の門扉まで出て来た。
「おかえり」
「ただいま」
「マールはどんな様子だった」
「何かありそうって顔してた」
「う……」
灯が泣き出した。
そんな灯の肩を享は抱きしめながら、家の中に入る。
そして、リビングで灯をソファに座らせると、自分はその前に跪く。
「灯、マールは大人になったら攻撃的になるって話は父さんから聞いたんだよね」
「うん」
「じゃ、理解はしてるんだよね?」
「うん……でも一人で手術受けるなんて」
「そっち?」
「付き添ってあげたかったなって」
「まあそうなんだけどね。獣医さんの方針だから」
「そうだよね」
享は灯の横に座ると肩を抱き寄せた。
「あ!そうだった!」
「何?どうしたの?」
「この前、おばあちゃんから聞いた話。Tallに話そうと思ってたんだった」
「どんな話?」
「その前に一回おばあちゃんの様子見てくる」
灯は静かにダイニングに向かった。
『もしかしたら、いつもそばにいる灯の方が、おばあちゃんの体調の事分かってるんだろうな』
享は、達志が医師から聞かされている状況を話すべき時だということは理解していたが、灯が今マールのことで動揺しているのを更に追い詰めるようなことはしたくなかった。
「お待たせ」
「おばあちゃんは?」
「うん、お昼寝してた」
「そう。それで何をおばあちゃんから聞かされたの?」
「あのね……」
享は、メグが亡くなる前日のおばあちゃんとの会話を灯から聞かされて、思わず涙がこぼれて止まらかった。
「Tall……」
「うん……」
「やっぱりママは見ていてくたよね。私たちの事」
「うん」
ソファで寄り添って座る二人。
享は灯の胸にしがみつくように顔をうずめて、声を出さずに泣き続けている。
そんな享の背中を灯は摩り続ける。
「あかりん……」
「その呼び方久しぶりだね」
「あかりん……」
「ん?」
享が上を向いて、灯の顔を見上げた。
「いつもと逆だね」
灯が微笑む。
享が泣き笑いした。
そしてまた名前を呼んだ。
「あかりん」
「うん」
「僕のお嫁さんになってくれて有難う」
「え?」
「僕ができた最高の親孝行だもの」
「Tall……」
「ママがそれを望んでくれてたこと自体も嬉しいけどね」
「Tall……私もそう思った」
「本当?」
「もちろん本当だよ。ボストンの空港でパパからも”僕の娘になってくれて有難う”って言われた時、本当に嬉しかったけど、このお話をおばあちゃんから聞かされた時は、ママはもう私達の気持ちが繋がってること、その時にはもう知ってたんじゃないかな?って思ったくらい嬉しかった」
「そうか……」
享はそう言って泣きながら、それでいて嬉しそうにまた灯に抱きついた。
しばらくして……灯自身が膝枕の様になっていたのか享の寝息が聞こえて来た。
『疲れてるんだよね、本当は。忙しいのに帰って来てくれて有難うTall』そう思いながら、享のおでこにキスする灯。
『あ、いけない……享にはすぐキスするのはやめてって言ってるのに』
すると享の手が伸びて来て灯の顔を撫でるように引き寄せた。
「あ……」
「今、キスしたよね?」
「うん、ごめんなさい」
「え?何で謝るの?」
「やたらとキスしないでって言ってるのに、私からしたらダメだもん」
「何で?」
「だって……」
「父さんには、すぐするくせに……」
「あ」
「僕には、人のいない時にしかしちゃダメって言うくせに」
「それは……」
「それは何?」
「だってTallからのキスは……クラクラしちゃうから」
「え?」
「ドキドキしちゃうし……」
「……灯……キスして」
「え?」
「前にキスしてくれたよね。風邪ひいたとき、あれ以来、灯からキスしてくれたことないじゃない」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
「えっと……」
「灯……」
目を閉じたままの享の端正な顔が近づく。
灯が観念して享の唇に近づいた時、おばあちゃんの声がした。
「享!サンタバーバラが始まっちゃう。そっちに連れてって」
『まあ、日本じゃ、いつもこんな感じだったよな』と思った瞬間、灯が享の首に腕を巻き付けると、軽くキスをして立ち上がると逃げるようにダイニングに走って行ってしまった。
取り残された享は、しばらく初めてキスした時の感覚が戻って来たのか、『灯がキスした、灯にキスされた、灯に……』と嬉しそうに笑った。
マールが無事手術を終えて戻り、そこまでマール自身は動揺もしておらず心配することもなかった。
エリザベスカラーをつけたマールが愛らしくて、むしろ皆が笑ってしまうことの方がマールには、よく分からなかったのかキョトンとしていた。
そして享がまたクワンティコに戻る日がやって来た。
「おばあちゃん、それじゃあ、また来るからね。急に寒くなりそうだから、しっかり温かい部屋にいてね」
「えぇ、大丈夫よ。新しいストーブも、あちこちの部屋に足して貰ったし、今年は今まで以上に過ごしやすそうで助かるわ」
「それなら安心だ。灯のことも頼むね」
「あら、私が灯に面倒見て貰ってるのに?」
「いや、いろいろまだまだ教えてもらいたいことがあるみたいだから、教えてあげて」
「あらま、灯のお陰で、まだ私ができることがあるなんて幸せね」
「そんな風に言ってもらえるなんて思わなかった。僕も嬉しいよ」
「身体に気を付けて、くれぐれも無茶なことだけはしないでね」
「うん、分かってる。じゃあ、玄関は寒いからここでね」
「いってらっしゃい」
「いってきます」
享とバーバラおばあちゃんはダイニングでお別れを済ませた。
灯は車まで享を送って外まで行く。
玄関を出る前に、享とは熱い口づけは交わしたが、そのことがむしろ灯の中には寂しさと不安を残した。
「灯、じゃ、また来るからね」
「うん、気を付けて」
「うん、灯もね。じゃあ!」
出発した享の車は見る見る間に小さくなっていってしまった。
享自身、達志が時間を作ってくれたことが灯とのことだけではないことを肌で感じ取っていた。
灯との別れが辛いのもさることながら、おばあちゃんとの別れが、いつも以上に辛すぎて、むしろあっさり出掛けてしまうことにしたのだが、途中、涙が邪魔して車を止めて自分を抑えるのがやっとだった。
あふれ出る涙を止められず、一旦、自室に閉じこもった灯はベッドに手紙とケースが置いてあるのに気付いた。
「カードだ」
”灯へ
誕生日おめでとう
遅くなったけど、お揃いの時計をプレゼントする。
これからも同じ時を刻もう。
享より”
箱を開けると、いつも享が使っている時計とお揃いの女性用のものが入っていた。文字盤が海の色に煌めいて見える綺麗な時計だ。
「有難うくらい言わせてよ」
灯はしばらく泣き続けた。




