30・魔術師に嫁いだ「凡才」の苦悩
「あのね、ゆーぐかね、けーきたべにいくの!」
「ユーグカお嬢様はお茶会などの機会が少ないので、少しずつ練習をしているんです。いつもはミントローズ・パルスレー辺境伯令嬢にお手伝いいただいていたのですが、もしよろしければご一緒にいかがでしょうか?」
「もちろんよ。お茶会慣れは大切だものね、任せてちょうだい」
アンナアンナは頼られて嬉しいようだ。
さっそく準備を整えて、ユーグカとアンナアンナは一緒にお茶会おさんぽに行くことになった。
私はユーグカをお茶会用のドレスに着替えさせた。
パニエがふわふわに入って、裾がふわふわとしたいつもよりボリュームのある吊りスカート。
スカートとお揃いの布で作られたリボン、白いふわふわのブラウス。
銀髪は編み込みをしてしっかり結んでハーフアップにして、上品かつ動き回っても乱れないスタイルに。
「りーねー、これ、うごきにくーよ?」
「今日はおもてなしです、ユーグカ様。おめかしして、素敵なご案内をするんです。いわば女主人の役目、ママの代わりにおもてなしです」
「ごあんない! ままのかわり?」
きらきらと目が輝く。
「ゆーぐか、がんがる!」
そして準備を整えた三人で外に出ると、ユーグカはテキパキとアンナアンナを案内した。
「こーしゃふじ、こちらでしゅ」
「ふふ、案内してくれるのね」
「ここね、いしね、あぶないの」
「気をつけるわ」
「ここのね、おはなね、ゆーぐかすきなの」
「庭の説明もしてくれるのね、良い案内ね~」
先を行くユーグカと、楽しそうに続いていくアンナアンナ。
私は彼女に日傘を差し掛けながら、その楽しげな横顔を見た。
アンナアンナはシュヴァルツにとにかく再婚を迫っている。
だが一つ気になる事があった。
(彼女は、絶対にユーグカに『お母様が欲しいわよね』みたいなことは言わないわ)
どうやらアンナアンナはユーグカに無理強いをさせるつもりはない。
純然たる心配で、母を作ってあげようとしているだけなのだ。
ずけずけとした人のようで、やはりいい人なのだろう。
なら元気に成長している姿を見せることで、少しは納得してもらえるのでは?
うごめく有象無象の香辛料たちは奥に引っ込んでもらい、石畳の敷かれた爽やかなナチュラルガーデンの東屋に案内する。
アンナアンナから礼儀作法を教わりながらいただくケーキに、ユーグカは嬉しそうな顔をしていた。アンナアンナも母性の滲んだ眼差しで彼女を見ている。
ケーキはひえひえベリーチーズケーキ。
お茶は少し考えて、香り高いカモミールブレンドにした。甘くりんごに似た香りはリラックスした場所にはぴったりで、アンナアンナも茶葉を見て嬉しそうにした。
ひえひえベリーチーズケーキを口にして、アンナアンナは目を丸くする。
「甘くて美味しいわ」
「りーねーとみんとしゃんにね、おしえてもらったの。みんとしゃんとぱぱがねー、このべりーがね、げんきになるって」
基本はユーグカに話させながら、私は合間にユーグカの言葉の補足を挟む。
アンナアンナはユーグカのおしゃべりに丁寧に相槌を打って話を聞く。しみじみと、ケーキを味わいながら呟く。
「果物は良いわよ。美容にもいいし、目も楽しませてくれる。なにより魔術師の方々にとっては、大切な魔力の栄養補給だもの」
ふと、どこか切なそうな顔をしながら彼女は言った。
それからお行儀良く座っているのに飽きたユーグカを庭に放流し、私はユーグカから目を離さないようにしつつアンナアンナの話し相手をした。
ぷきゅっぷきゅっぷきゅっ……
気が抜けるぷきゅぷきゅ音と、きゃっきゃとするユーグカの楽しそうな声が響く。
草の中を探検したり、蝶々を追いかけたりするユーグカを「はしたない」と言われないか心配だったけれど、彼女は微笑ましそうに眺めるばかりでほっとした。
「あなたにはまだ話していなかったわね。私は三人の子供がいるの。上は男女の双子と、下はまだ赤ちゃん。三人とも魔力が強くて、はいはいより前にファイアーボールを覚えたわ」
「それは早熟ですね」
「ギルバートに似てるのよ」
愛おしさ八割、さみしさ二割といった顔で肩をすくめる彼女。
「私は魔術師の一族の生まれだけど、魔術師になれるほどには魔力は強くないし魔術の勉強もできなかった。だから子供に私のポンコツがうつったらどうしようって、心配だったの。産む前は本当に不安だったの。ちゃんとアンドヴァリ公爵家に見合う、強い子供が産めるかって……」
「公爵夫人……」
「だから魔力に必要な栄養には詳しいの。魔術栄養士の資格も取ったのよ?」
私は驚いた。
魔術栄養士は難関資格だ。彼女の本気が窺える。
「才覚と家柄にも恵まれた一族に産まれて、一人だけ凡人なのは大変なの。それでもギルバートは私と嫌がらず結婚してくれたのだから、母として、妻としての役割を果たしたいと思っているの。だから資格も取るし、優秀な独身魔術師のみなさんが合った人と結婚できるように、私は得意な社交でサポートしているのよ」
ふふ、と自慢げに笑ったあと、彼女は肩をすくめる。
「シュヴァルツくんの立場はまだ危ないのよ。彼とアンドヴァリ公爵家の間は亡き義妹、レイラ様を通じてしか縁がない」
「……あっ」
「そう。今はまだうちのギルバートが宮廷魔術局の最高権力者だからユーグカちゃんのことも承認してあげられる。けれど権力争いは常に油断できないわ」
ユーグカはどう見てもレイラ似。
しかし森の不思議な魔力で生まれた、実際の母体を介して生まれていない奇跡の子だ。
シュヴァルツやギルバートの権威を切り崩したい層には恰好の批判対象になりかねない。
彼女はユーグカを守るために、シュヴァルツに味方――再婚相手をつくって欲しいのだ。
「ねえリリーベルさん」
アンナアンナは手をぎゅっと握る。
しっとりと柔らかく手入れの行き届いた、優しい美しい手だった。
「シュヴァルツを説得して」
真剣な茶色の瞳が、私を見て潤む。
「私はここに長居はできないわ。きっとそろそろギルバートが迎えに来る。でも私が行った後も、どうかシュヴァルツに再婚するように説得してくれないかしら」
「それは……」
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