第十三話 歪み 5/8 恨み
セカンドの左膝から放たれたのは、暴食のベルゼの牙だった。オーランドの惨雪が装備している杭打ち機の射出機構を模して、アッシュが自作したものである。
「良い武器だな、パイルバンカーってのは。あいつが好む訳だ」
それは元を辿れば、春歌たちNUMATAニーブックが作り上げたものと言える。
「まさか、自社製品の有用性を証明してしまうとは」
アッシュの作りが甘かったのか、射出したまま飛び出していき帰っては来なかったが、あんなもの初見殺しだから、どちらにせよ二度目は無い。
モンスターの死骸を利用するのは今に始まった事では無いが、下位種のハエトンボの部位を移植したとしても「大罪」の力を発動するには至らない。
しかし単純な性能で見るならば、最早下位種よりも願導人形の方が優れている。春歌には、わざわざそれを使う意味は見出せない。
「あぁ、そっか。貧乏人なんだ? 浅ましい、見窄らしい、なんて醜いのでしょう!」
「なんとでも。しかし、お前の高級品は貧乏人にも勝てない情けないものなのだな」
「言ってなさい。コストと時間をたっぷり掛けた商品の素晴らしさを教えて差し上げる! さあ、博士たち! 例の試作品を」
「なんじゃ、ババア?」
「だぁれに指図しとるんじゃい?」
「春歌はどうした? おーい、ヒャるか〜?」
「へ?」
遺跡の天から、扉が開いた。アッシュとユイはアンティークのオリジナル・ブレインが現れると身構えたが、そうでは無い。
「まあ、いい。試作品と言わず、傑作を見せてやろうぞ!」
「出ませい! 我らが兄弟! マーク・シオン!」
隕石の如く迫る巨大な一つの影。衝撃が襲う地表近くに、軟着陸させる為のスラスター光が灯る。
長い腕、歪んだ背骨、鋭い爪、醜い翼。七つの首と尻尾を持ち、胸部に光る赤黒い物体が、七星の如く綺羅輝いた。
推定全高四十メートル、全長は百メートルを超える超々大型願導人形。
マーク・アイたちが手塩にかけて開発した新型「シオン」シリーズ。七首竜の〈マーク・シオン〉が降臨した。
「なんです、この反応……?」
胸の赤い星から漂う不気味な輝きは、ハザードマークの如く不吉を予感させる。
「素晴らしい……! 博士は矢張り、天才……!」
春歌は、それの意味するところに気がついて、マーク博士たちにひれ伏した。
「うぅ……気持ち悪い……!」
「マナ⁉︎」
マーク・シオンの放つ七つの願力が、未だ幼い戦士を竦ませた。フィンセントはこれ幸いとばかりに突撃して、マナとホワイトノエルをアッシュへの人質に取った。
「ヒャヒャヒャ! ヒャなて!」
マーク・シオンの七つ首から、純白の炎が放たれた。
◆
木々が揺れる。疑似願力の衣に打ち付ける果実が、高速のスライサーに裂かれて色を放射した。
「目標補足! 敵空中戦艦!」
「照準。同期完了」
大樹が薙ぎ倒され、木の葉が宙を舞う。黄金の衣纏い爆走する漆黒の星カノープスが、遺跡の外部に停泊していたゼーバ艦ペリカーゴを捉えた。
「建物内部に、セカンドとホワイトノエル確認! 交戦中のようだが、無事だ!」
「ありがとうございます、ディオネ様。では、オーウェンス少尉、見事手柄を上げてみせよ」
「了解です、クランベル大佐!」
甲板に立ったオーランドの惨雪は、カノープスからの電力供給を受けて、背部イルミネーターへのエネルギーチャージを既に完了させている。
「後ろ? いつの間に⁉︎ う、撃ち落としなさい!」
春歌の乗るペリカーゴの背後に至るまでに、諸々の準備を済ませた。クラウザの指示が、シリウス級二番艦カノープスを一際輝かせていく。
「イルミネーター!」
「ファイア!」
オーランドに委ねられたトリガーが、カノープスと惨雪の同時砲撃を推し進めた。放たれた二つの閃光が、生い茂る生命活動を穿ち進む。ゼーバ艦ペリカーゴを守るように、超願導人形がバリアを展開して陣形をとった。
「無駄だ」
「既に、こちらに」
惨雪に寄り添う山羊角のオーグから、黒い光が舞い踊った。いつものように、メアリお得意の呪力が、ゼーバの超願導人形たちを籠絡させていく。
美しき色香に魅了された超願導人形の群れは、形成したバリアの維持もままならない。
「もっとだ! 寄越せ、カノープス!」
外部電力の供給が、惨雪の砲身を加熱させる。押し留められていた黄金の輝きが、真正面からバリアをぶち抜いた。
「……ひいっ!」
イルミネーターの一撃が、空中戦艦の主翼と補機を破壊する。割れたバリアとイルミネーターの残光に彩られ、カノープスは遺跡へと進路そのまま突撃した。
「強制冷却……次弾、チャージ開始。カウント二十」
冷却剤を投入、蒸気が立ち上り、雨上がりの虹を灰色が覆っていく。撃ち漏らした人形が、カノープスの背後から隊列を乱して襲い来る。
「足止めは私たちに任せな」
リラのコード・サマナーがドローンを着込み、被弾した超願導人形たちを殴り飛ばした。
「遺跡内部から反応、増大! これ……ガンドールなの?」
カノープスのギゼラは、マーク・シオンの炎を捉えた。距離と巨体と外壁のせいか、推定願力は推し量れない。炎が外壁を焦がし、その結合を和らげる。
「怯むな! 進め!」
慎重なクラウザだが、始まった作戦を途中で切り上げるタイミングとは思わない。何より、仲間を救うのに躊躇ってはいられない。
「フッ……艦長。このヂィヤ・ヂーヤ、既に準備は完了している」
カタパルトに立つダテンゲートの中で、トカゲ男は出撃の時を今か今かとウズウズしている。
「待て、トカゲ! ホワイトノエルと敵機が重なり合って動かない! 不自然だ!」
「流石です、ディオネ様! 人質、でしょうか」
レーダーを見ていたディオネは、小姑ギゼラに褒められて得意げだ。
「カタパルト、進路調整。ハナコさん、お願いします」
ハナコの中の超高性能電子頭脳(多分)が、フル回転で正解を導き出していく。プスプスと煙を上げて、整った。
「カウントスタート!」
「頼むぞ、トカゲ!」
「飛翔せよ! ダテンゲート!」
◆
遺跡の中を炎が包む。アッシュたちは内壁から生える建物に身を移し、凌ぎ切ったが。
「さあ。どうする、ハイバケント!」
「そこまで落ちぶれたのか、フィンセント」
「なんだと?」
「少しは気骨があるかと思ったが、カイナの足元にも及ばない。ゼーバの指揮官がエイリアス如きなら、その副官も人質を取らなければ戦えない程度の男か」
「エイリアス、如き、だと……貴様如きが⁉︎ ならば! 望み通りに! 人質は! 殺す!」
「でぃやあぁぁぁっ‼︎」
アッシュの分かりやすい挑発に惑わされて、フィンセントは機体が発するアラートに気付くのが遅れた。
カノープスのカタパルトから勢いよく射出されたダテンゲートは、モ・ケーヨ・リッパーに込めた破滅の願力で炎に焼かれた遺跡の壁ごと突き破り、フィンセントの癇癪を、その背後から打ち砕いた。
「なんだとぉ⁉︎」
弾き出されたマナのホワイトノエルは、アッシュが再び抱き止めた。
「フッ……愚か者よ。混沌の海モ・ケーヨへ帰れ」
「お、おのれ! 覚えていろ、爺や・爺やぁぁ!」
マーク・シオンの炎に焼かれる狼男のティガ・ノエル。アッシュとマナはそれを見下ろしながら、残る二体のエイリアスの刀に翻弄させられた。
「ヒャッヒャー! やれー、マーク・シオン!」
再び七つの赤い星が煌めいて、七つの首から光る炎が放たれる。吹き荒ぶ純白の炎は、観戦していたマーク・アイたちすらも、ミカンもろともに焼いていった。
「ヒャー⁉︎」
「ヒャいー⁉︎」
「ヒャんで? 我らが兄弟⁉︎ なぁにをしとるんじゃい⁉︎」
焼けたミカンの甘酸っぱい香りは、すぐに焦げて、生き残った博士たちの鼻を歪めた。
「ダメ……命が」
「落ち着いて、マナ」
「違うの、ユイ。あの大きなガンドール、あの中に、人がたくさんいるの」
「複座ってこと?」
「いや。胸に光る赤い星、あれは、蠍のシオンの心臓部と同じものだ」
アッシュの思考は、悪い方に流れていく。ユイには、それが理解出来る。
「……七人のシオンを、合成したってことなの……?」
「コアだけなら七つだけど、体にどれだけのシオンが使われたかは分からない。それも、おそらく自分のクローンを融合分裂させて生まれたシオンたちってことだ。元々は同じマーク・キュリーなら、シンクロだって容易いと考えたんだ」
彼らは、意思を消されずに合成させられている。マナはそれを感じ取っているのだろう。
かつて、融合分裂でジュードをインストールさせられた千秋と、シオン弐拾弐号機がいた。
出自が同じもの同士の組み合わせが、高い練度の連携を生むのは前例が無いわけではない。
意思……願力を消されずに切り刻まれ、他の個体と無理矢理つぎはぎさせられる。想像するだけで悍ましい暗黒の童話。
医療の分野では、クローン培養された臓器や骨なんかを本人に移植する研究がされているらしい。
それに対する意見は個人のものだからここで語ることは出来ないが、今回のマーク・シオンに関しては、比べるのも烏滸がましい。
別々の意思、意志、願いが一つの体に宿る時、それは、苦痛を伴いかねない。ガンドールに複座が推奨されないのと、同じ理屈である。
こんなことが本当に受け入れられているとすれば、マーク・キュリーという異常者が素体となっている為だろうか。
人はどんなに似ていても、世界に誕生した時点から別の存在だ。双子であり、健人の記憶とセラの写し身を得たアッシュだからこそ、それが分かるという自負がある。どんな人にも、他人とは違う意思、願いがある。
「記憶を継承したクローンだからって、そいつはそいつでいるべきだ!」
「ヒャヒャヒャ? 私は私だぞ?」
生き残ったネズミ男たちは、未だ数十体。口々にやかましかったが、皆無視した。
マーク・アイやマーク・シオンたちが望んでやっているのなら、誰がなんと言っても無駄だろう。だが、融合させられた当人たちが、今の状況を本当に望んでいるのか、それは分からない。
観戦しているネズミたちすら焼き払った炎。あれは、彼らへの恨みだったのでは無いのか。
「ヒャー! 折角のサンプルだ!」
「お前ら、一匹残らずモルモットだ!」
「捕まえて、掴まえて、一匹ずつ、少しずつ!」
「解剖して、解体して、ヒャヒャッ! あヒャヒャ!」
「お前が望む分には構わない。だから、一人でやっていろ。自分の体でやっていろ!」
「ヒャーク・シオンの強化が捗るな、私!」
「ヒャンティークも欲しいところだぞ、僕!」
「ヒャヒャヒャいヒャヒャヒャー! 俺!」
「どうするのだ、ハイパー」
マーク・シオンの炎は厄介だが、次弾の発射までには若干のラグが発生する。自分というものを感じられない二体のエイリアスの相手もしながら、どうするのか。
シオンとの体格差と鈍重な動きを見れば、一度圏外へ逃げられれば追っては来られまい。しかし、その逃亡が成功するのかという課題がある。
「赤い星が、奴のコア……心臓部であり、動力部だ。巨体を維持するのにあれだけのコアが必要だとすれば、一つでも破壊できれば動きを阻害できると思う」
「フッ……了解だ」
「マナ」
「大丈夫だよ、ユイ。ユイはわたしが守るからね」
「その意気だ……いくぞ」
エイリアスの狙いは、あくまでもアッシュのようだ。ならば囮となって、シオンの相手を新たな仲間の二人にやってもらう。
七つの赤い星が、凶星の如く瞬いた。




