第十一話 7/7 続く
「よし! 私だって、やれば出来るじゃん!」
朝日差すシリウス。鏡の前で、ユイは身支度を整える。黒いストレートのロングヘアー。普段は整備用の「戦闘服」を着用しているせいか、アルカド軍の制服は着慣れていなくて、少しこそばゆい。
ズボンの方が楽だったけど、滅多に着ないんだし可愛いからという理由でスカートにさせられた。「誰に?」と問われれば「おとーさん」に、だ。
「良い笑顔」
菫やイツキと撮った写真も、勿論カノープスに連れて行く。一緒に旅を続ける。
「ユイ。置いてかれるよ」
「待って、ケント! 一緒に行くの!」
おいで、ハナコ。いつもの口調で語りかける。ハナコは最後に電灯を消して、居心地の良かったシリウスの私室を後にした。
◆
「珍しい。ちゃんと髪整えて」
「えへへ」
子供の成長は早い。危なっかしくて鼻垂れだったユイも、オリヴィアの手の届かないところへ旅立っていく。
「えへへ、じゃない。おバカ」
「……えへへ」
別れの朝。シリウスとカノープスの姉妹艦が、東西に並ぶ滑走路。本日は、晴天なり。どんより寄りのニーブックには珍しい、雲一つない蒼穹が広がる。
「ケント、ちょっと屈め」
「ん?」
アリスに言われるがまま、前屈みになる。アッシュの首元に、アリスの小さな手がかかる。
「えっ」
ユイは大きな眼を更にまぁるくして驚いた。アリスはアッシュの首元に抱きついて、感慨深そうに瞳を閉じた。
「……どうしたの」
「うるさい、ばーか」
しばらくこの中腰の姿勢なのだろうか。しんどくなる前に、アッシュはアリスを抱き抱え、背筋を伸ばした。
「おい、ちょっと!」
(ああ、この方が楽だ)
「お、降ろせー」
足が地面から離れたせいで、小さな大人のアリスはジタバタともがき出した。
「あ、ごめん」
「バカ! 降ろすなよ!」
「え、どっち?」
アリスは黙り込んで、抱きついたままのアッシュの髪に触れた。
「落ち着く」
「へぇ?」
アッシュも真似てみる。他人の命の温かさは、確かに心を穏やかにさせてくれる。こういうことを「敵」とも続けていければ、世界から争いは無くなるのではないだろうか。
「難しいよな」
「だーまーれー」
アッシュはランスルートが嫌いだ。アレと抱きつくなんて、それこそ死んでも御免被る。アリスに言われるがまま、アッシュは黙って彼女に抱かれる事にしていた。
「頑張ったな。ケント」
「アリス?」
「頑張ったよ。大人がやらなきゃならない事、お前に色々やらせたよ。ごめんね」
アリスの目には涙があった。抱かれたままのアッシュには見えていなかったけど、彼女の優しさだけは誰よりも近くで受け取る事ができた。
「良いんだよ。大人とか子供とか、そういうのじゃない。僕が僕だから、やらなくちゃ」
「うん。応援してる」
離れた二人は笑顔だった。アリスはアッシュのケツを蹴っ飛ばして、さっさとシリウスのブリッジへ帰って行った。歩幅は、随分とちっちゃかった。
「呑みいこうね!」
「お前が二十歳になったらな!」
◆
「びっくりした」
「大人だね、アリスさん」
ルミナはユイの髪を撫で、少しだけ頬擦りしてしまった。
「びっくりした!」
「ごめんごめん」
ルミナとユイの疑似姉妹みたいな関係も、少しの間お別れになる。
「私がお姉さんですよね?」
「どの口が。誕生日だって、私の方が早いでしょ」
「同い年だもん」
「初見の人は、そうは思わないでしょうね」
同い年といっても、ルミナが六月、ユイが二月生まれ。アルカドの年度はじめは四月だから、ルミナの方が少しお姉さん。なんだか、それ以上に年齢の差を感じるのは多分気のせいだ。二人揃った時のほんわかとした空気は、シリウスのみんなを時に慰め、和やかに穏やかにさせてくれた。
イツキとサツキを失って完全に乗り越えるまでには、まだまだ時間がかかるだろう。喪失感が大きすぎて、その日はもしかしたら来ないのかもしれない。
それでも。人は歩いていけると、彼女たちは知っている。
「生きなくちゃ。イツキが叶えられなかった魔族との平和もね、私が叶えてみせるんだ」
「帰ったらお手伝いするよ。イツキくんだけじゃなくて、おねーちゃんも、スミちゃんも、ボルクさんだって。みんな、そんな願いがあった筈だから」
「うん。楽しみに待ってる」
それは、そうと。
「あなた、私の教え実践してる?」
「えっ……忙しかったし」
「やりなさい」
「でも、忙しいし。姫様とかスミちゃんの事考えると、私だけそんな呑気にしてられないよ」
「私たちを言い訳にしない。他人は関係ありません。後悔したくないでしょ」
「……うん」
何の話をしているのやら。
「頑張りなさい。私は貴女の味方です!」
ルミナは名残惜しそうに、少女の黒髪から手を離した。
「ケント。ユイをお願いね」
「お願いね、ケント?」
「自分で言うなよ」
ルミナにとっても、アッシュは特別だった。初めは漆黒に戸惑って、ただ利用するつもりだったのに、いつの間にか大事な戦友になっていた。
「大分酷い出会いでしたね、私」
「まあ、純白至上主義の存在は知ってましたから」
「それでも、皇族として、人として。きちんと御礼をしなくては」
今まで、ごめんなさい。そして、ありがとう。
ありふれた言葉に、彼女の真心がこもっている。ルミナもまたアッシュを抱きしめて、その肌触りの良い髪をくしゃくしゃに撫でた。
「いい男になりなさい。イツキに負けないくらいの」
「今でも負けてないと思うけどなあ」
「それは、あり得ない」
皇族じゃなくて、ただの女の子のルミナの笑顔だった。彼女はユイとの別れの挨拶をジョージとオリヴィアに譲って、最愛の兄であるレイザーの元へ向かった。
◆
「よう」
「おう」
「晴れたなぁ」
「珍しいよな」
「またコロニー行きだな」
「そっちは神都か。エリートコースだなぁ、羨ましい」
「勇者様が何言ってやがる」
友矢と健人。改めて話す機会が訪れると、二人は特別話したい事も思いつかなかった。ずっと一緒にいたし、これからもなんだかんだで仕事の合間に合流しては、バカ騒ぎをするのだろう。
「そうだ、借りてたモン。いつか弁償する」
「おう、期待しないで待ってるわ」
「あのシリーズってさ、毎回ノコギリ強武器だったじゃん?」
「ふふふ、安心しろ。シックスでも相変わらず……え? だから実戦でもあんなめんどくさそうなファングブレード使ってんの?」
「まあ、それもある」
「えー。馬鹿じゃねぇの」
勿論、一番の理由は「あの日」の一般兵の影響だろう。健人と菫を救ってくれた、ノコギリを持った惨雪。アッシュの記憶にも鮮烈に焼き付いている。
「あのゲームもNUMATA製だろ? 開発者は、ゲームから実戦へのプレイヤーの移行とかも考えてたのかもしれない」
「でたよ、考えすぎ。三人称視点のゲームが実戦の役に立つかっての」
ドローンが主流になるか、アッシュのように俯瞰で戦場を見渡せれば、或いは。
「お前の方こそ、恋愛はほどほどにな」
「どうしようもねえ。恋はするんじゃなくて、堕ちるものなんだぜ、健人くん」
「成る程。重力制御を進行方向に掛ければ落ちていくと表現できるね」
「何の話?」
くだらない、本当にくだらない。日常会話ぐらいしか、二人で話したい話題が出てこない。戦争の行く先とか、世界平和とか。大切な話はいくらでもあるはずなのに。
だけど忘れないうちに、アッシュはこれだけは言っておかなければいけなかった。
「助けてくれてありがとう、友矢」
「……なんだよ、いつの何の話?」
「僕が生きてるって信じてくれて、純白になってまでニーブック攻略に参加してくれた」
「覚醒したのは偶然な」
「お前に救われた。お前がいなけりゃ、シリウスで戦う意味も無かった。こんな命に、存在する意味が出来たんだ」
「どうだか。お前って、実は頑固で我儘だから。褒めてんだぞ?」
自分がいなくても、アッシュは生にしがみつき、なんだかんだで戦場を駆け抜けていた筈だ。
「俺は、お前の強さを信じてる」
友矢は健人の生存を疑わず、人生を賭けて戦争に参加してくれた。健人にとって、無二の親友だ。
「ありがとう……。お前だけは、絶対に裏切らない。僕も命を賭けて助けに行く」
「なんだよ、俺がピンチになるフラグ? コロニーの深部に行くお前の方がヤバいかんな?」
「それもフラグ?」
こんな仕事をしていたら、どこに行ってもフラグまみれだろう。二人は苦笑した。
「そろそろ時間だな」
ジョージとオリヴィアも、ユイとの別れを惜しみながら、その時を告げに来た。
「お師匠は?」
「爺さんならシリウスに篭りっきりだよ。どうせまた会えるってさ」
「最後まで、なんだかなぁ」
「泣いてるな、あれは」
「それは、おとーさんでしょ」
コロニーの深部は、時間の流れが違うだろう。そんな事は皆、分かっている。
「ユイ。またアルカドで」
「うん。またね、姫様」
黒と銀の髪が風に揺れて、コントラストを描き出す。
「健人」
灰庭家にとっても、これが再びの別れとなる。
「新しい家にね、アンタの部屋もあるから。いつでも帰って来ていいんだからね」
「……うん」
「まあ、今は倉庫になってるけどな」
「でしょうね!」
「しっかりな、兄ちゃん」
「みんなを頼むぞ、康平」
彼らにとっては、健人もアッシュも家族なんだ。アッシュは、当たり前のように自分を受け入れてくれた家族に、改めて感謝をした。
◆
「総員、敬礼!」
レイザーの号令で、ニーブックに集った全てが姿勢を正した。
赤髪と黒髪の二人が並んで敬礼をする。リラに教わったであろう綺麗な姿勢の愛娘の姿に、糞親父のみならず、オリヴィアも、結局見送りに来たジグ爺さんも号泣していた。
神都へ向かうシリウスのクルーたち。ニーブックに残るレイザーたち。新たな旅に出るカノープスを、敬礼の列が波となって見送っていた。
「ありがとう、みんな! 行ってきます!」
「お世話になりました! みんなも、元気で!」
ユイとアッシュの笑顔が、黒き星に吸い込まれる。逞しい若者たちならば、絶望なんてきっと振り払ってみせるだろう。
「……さて。では、向かうとしよう」
「行き先は地獄かい? クラウザ艦長」
「そうで無いことを願っていますよ」
はじまりの場所、ニーブック。
また、ここからはじまる。
新しい船出は、いつだってドキドキして、誰だって緊張するものだ。
「いよいよだね」
「これからも、よろしく。ユイ」
「えへへ……。うん!」
「カノープス、発進!」
青い空。いつもとは違う空。
時刻はヒトマルヒトマル。
若干の不安の中。アッシュ・クロウカシスは、彼らと共に再び歩みだした。
第十一話 はじまりの場所
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灰北のブレイン
第一章「純白アート」 完
第二章「ブラックカンパニー」へ続く




