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第十一話 2/7 腹痛

「黙祷!」


 湿った風がニーブックを包む。瓦礫の撤去は夜通し続けられて、重機だけでなくガンドールも駆り出されていた。


 クロスイツキの遺骨は灰となって、シリウスの甲板からニーブックの風に吹かれ、土へ帰っていった。


「……これで良かったの?」

「ええ。彼を、眠らせて、あげないと……」


 言い終わらない内に、ルミナの眼からは感情が溢れていた。ユイは彼女に寄り添って、歳上の甥っ子の安眠を祈った。


 灰さえ遺らなかった菫を、改めて風に返す事は出来ない。蠍のシオンこと灰庭健人の残骸からは、最早願力を感じない。

 アルカドも、ゼーバも。散っていった魂たちは、その多くは世界粒子となって、このふざけた世界を漂うのだろうか。


「なんの罰だ」


 死者は結局死者でしかなくて、本人では無いのかもしれないが、漂うモノに生前の意識が宿っていると仮定して、現世への介入も叶わないというのなら、それは拷問でしかない。


 シリウスの誰もが涙を流す。アッシュの眼は相変わらず乾いていて、自分は既に人外になったのだと認めざるを得なかった。

 仲間を失った怒りさえ力に変えて、敵を殺す糧とする。あまりに合理的で機械的な思考に、本当に嫌気が差す。


 空から地上を見下ろす烏のように、アッシュの俯瞰の眼は、仲間たちから遠く離れていった気がした。





「アッシュ⁉︎」

「これはこれは。噂の勇者様の御尊顔か」


 魔王の娘であるディオネと、彼女に懐かれてしまったメアリは、決戦の最中にレイザーの遊撃騎士団に投降をしていた。混乱を避ける為に、かつてイツキが使用していたレイザー艦の豪華なゲストルームへと幽閉された二人の魔族。


 ディオネはくつろいでいたのか、Tシャツに短パンの、なんとも堕落しきった格好でソファに寝そべり、お煎餅をバリバリ貪りながら、人間の文化である映画鑑賞を楽しんでいた。


 メアリは急いで片付けをはじめた。真面目な彼女も、随分と羽を伸ばせたようだった。

 照れたように髪をかきあげる仕草は、それだけで如何わしい雰囲気を醸し出す。相手が色欲の減退したアッシュでなければ、籠絡させるには十分ではないだろうか。訓練を積めば、優秀な諜報員にもなれる逸材である。


「久しぶり、メアリ。ディオネ様も、挨拶が遅れました事を謝罪致します。……自分に話とは?」


「いや。どんな男かと気になっていたからな。……ふむ。セラの失敗作。どうだ、いい例えだろ」


「ディオネ様!」

 的確だがあんまりな言い草に、メアリの「めっ!」が炸裂した。


「セラにはサブアーム、ありませんよね」

 アッシュの首元のマフラーがウネウネと動き出す。その下に隠していた副腕で、蛇のようにディオネに威嚇してみた。


「きゃー⁉︎」

「……ディオネ様?」

 ディオネの中の「女の子」が垣間見えて、ちょっぴり頬を赤くしていた。


 話というのは何のことはない、ただの興味である。散々ゼーバを苦しめた「シリウスのエース」の素顔を拝んでおきたかっただけであった。


「ランスルートに力を奪われたとな? 人間というのは、つくづく不可思議に出来ているな。知れば知るほど興味深い」


「こんな人間、他にもいたら嫌ですよ」


 愛想笑いをする自分の姿が、灰庭健人の父と重なる。――中間管理職の悲哀だな。アッシュは、あの日の背中を幻視した。


「ウィナードも灰色でしたが、灰北者ってこんな風に生まれるものなんですね」


「メアリもあいつに会ったのか?」

 彼女が言うには、何度か遭遇してはシリウスの居場所をゼーバに伝えてきたのだそうだ。


「……通りで。そのせいでこっちは休まる暇も無かったな」


「でも、凄いです、アッシュ。ゼーバの猛攻を凌いで、まさか魔王様まで」


「僕の力じゃない。人間の力だ」


「そうだな。それは、そう感じたから、私は和平を望んで、共にモンスターに対抗したいと考えている」


 ディオネの言葉に迷いは感じられない。こんな考えを持った魔族がいた事に、アッシュは内心嬉しくなる。


「立派です。レイザー様は何と?」


「神皇を説得するのは難しいと。だが、問題はアルカドだけでは無い。今のゼーバを率いるのは、おそらくナヴィア・ビア。奴は魔王に心酔していたから、終戦どころか休戦さえしないだろうな」


 ならば、いざとなれば。



「新しい国をつくる」



 ディオネの宣言は、アッシュを驚かせた。しかし、お煎餅はテーブルに置いてから言って欲しかった。お口からポロポロ溢れて格好がつかないのである。


「……ディオネ様」


 お煎餅はメアリに取り上げられた。ディオネは指に付いた味を舐め取りながら、アッシュとの話を続けた。メアリ頑張れ、挫けちゃダメだ。


「まあ、それは最後の手段という奴だ。アルカドに投降したゼーバの民を見たか?」


「……ええ。ここに来るまでに少し」


「彼らは、まるで牙を抜かれたようではなかったか? 魔王が倒されたと報告があった前後からああなのだ。あの皇族機の光……」


「アルカディア?」


「うん。その光と似た現象を、魔王も行っていたのだ。だから、それが死んじゃったから、我々は堕落したのだなー」


 ディオネは自分のぽんぽこ生活を魔王のせいにして、メアリの目を盗んで新しいお菓子の袋を破って貪り出したぞ。


「お前たちの見立てでは、魔王は人型のモンスターらしいな。そんなものに支配されて戦争を仕掛けたのだとしたら、本当に愚かで、ゼーバの民は可哀想だ」


「魔王は貴女のお父上に当たるのでしょ」


「でも、気持ち悪いぞ? 見た目の話じゃなくて、感覚で異常だと今なら分かる。支配が消えて、テティスは……本国の皆はどう思っているのか」


 魔王の強制バフは確かにあったのだろうが、ディオネやメアリたちの変化は「正気に戻った」という以上に「学んだ」「理解した」と言ってあげた方がいいだろう。それが出来ないから、テティスたちはゼーバへと戻ったのだ。


「この戦いの発端は、エイリアスでは無いのですか」


 アッシュは、いくらなんでもあの仮面があっさりと死にすぎだと感じていた。平和を破壊した男のあまりにもつまらない最後を、受け入れたく無いだけかもしれない。


「始まりは、モンスターを相手にしたブレインの実戦テストの筈だった。しかしな、いつのまにやら、なのだよ」


「そうですね……丁度、魔王様の楔を交換する時期でした。それとテストが重なって、魔王様から漏れ出た野心にエイリアス様が取り憑かれた……といったところでしょうか?」


 メアリはディオネからお菓子を取り上げながら答えた。従者というか、最早おかあちゃんじゃん。


 楔……要は封印である。魔王がモンスターならば、街中で暴れられては困るのは道理だ。


「寂しかったんだよ、エイリアス。ほら、あいつ独り身だし。古代人で魔族からもなんとなく浮いてたから、人間界で婚活したかったんだ、多分」


「そんなわけないでしょう、もう」


 なんの映画を見ていたのやら。ディオネは十四歳、周りの影響を受けやすい多感な年代である。図らずも、ディオネの考えはアッシュと似通っていたと言える。しかし、言うに事欠いて婚活とは。


 ディオネは、並び立つテティスとランスルートの姿を思い出した。寂しかった、というのはおそらくディオネ自身の事でもあるのだろう。

 テティスとは性格もまるで違うのに、双子というだけで、一緒にいても苦じゃなかった。自分の半身、自分の事のように考えていた。それが、ランスルートに取られたようで寂しかったのだ。


 だけど、いつか。自分にもそういった相手が見つかるのかもしれない。それが魔族なのか人間なのかは分からないが。


「……ポンポンペイン」


 ハメを外して食べ過ぎたディオネは、特殊部隊「腹痛(ポンポンペイン)」の一員となって、おトイレへと駆け込んだ。


「でぃ、ディオネ様……」

 ディオネも、人間の放つ毒に侵されていた……いや、ただの堕落じゃないかな、これ。





「改めて。ダニー」

 ジョージに促されて、ダニー・ケロッグは眼鏡の端を持ち上げて話し始めた。


「皆さんは、ニーブックの西に何があったかご存知ですか」


「ゼーバ」

「コロニーでしょう?」

「沼田製菓」

「おい、クイズやってんじゃねぇぞ、ダニ」


 アリスの声は甲高いので、群衆の中でも良く通る。シリウスのモニタールームに詰められたクルーとレイザーたちは、眼鏡の青年にイラッとさせられている。


「刺すような視線、ありがとうございます!」


 奴の業界では御褒美に該当する。レイザーとルミナと、なんと言ってもグリエッタ様である。純白至上主義者のダニーは恍惚の表情を浮かべて、当のグリエッタに恐怖を刻みつけた。こんな事で世界の広さと恐ろしさを教わることになったグリエッタは憐れであった。アリスの命令で出動したハナコが、作業アームを思いっきり振りかぶってメガネを叩き割った。


「……ちょっと待って。さっき沼田製菓っつった奴、誰だ⁉︎」

「ぴんぽーん。あそこのお煎餅は美味であったな」

「ディオネ様!」


 椅子に腰掛け元気よく手を上げるディオネは、そこらの中学生のようである。メアリ先生は、そのお口に「めっ!」した。


「ちょっと! なんで魔族がここにいるのですか!」


 叫んだグリエッタはルミナに宥められた。フローゼたちセプテントリオンはこの場にいないが、グリエッタと従者のエリーリュは呼ばれてもいないのに強引にやってきた。おそらくダニーが招いたのだろう。面倒ばかり起こすクソメガネ。今回も越権行為である。


「いいから。ダニー」

 ジョージが自らの頭を抱えながら促した。


「……ニーブックの西にあったもの。正解は、モンスターの巣に呑み込まれたアルカドの街。リューシ・ニーブックをはじめとする、ゴーストタウンの事です」


「決戦前に既に話した通り、このクソメガネはそこのシャングラという街の出身らしい。だから、コロニーの地理には多少なりとも精通している」


 思えば、シリウスが道に迷った時も、ダニーは冷静であった。


「ランスルート・グレイスに対抗するには、こちらも新たなアンティークを入手するのは一つの手だ。コロニー深部への捜索隊の結成を」


「待ってくれ、レイザー。ゼーバの民が気掛かりだ。魔王は倒れて、戦士たちの意志は挫かれた。戦うのではなく、話し合いで」


 レイザーの指示を遮って、ディオネが口を挟んだ。彼女に視線が集まると、メアリがすかさず盾になる。ディオネもまだ子供である。大人たちに雁首揃えて睨みつけられれば、萎縮してしまった。


「えっと……な、なんとか、ならないかー?」

 メアリおかあさんの影に隠れた小動物がそこにいた。


「その歳で御立派だと感服致します。ね、グリエッタ?」

「お姉様。私が、あのような下賤に劣るとでも?」

 グリエッタの物言いに、ディオネも反撃を開始した。


「他人を(さげす)むなら、お前はその下賤以下だな」

「失礼な! そこに直りなさい!」


 白と黒の少女たちがキャットファイトを繰り広げた。話す内容はともかく、側から見れば微笑ましい可愛らしい光景ではあるのだが。


「話し合い、大いに結構。しかし交渉というのは、互いの力が拮抗している時にしなければ、不平等条約を結ぶ羽目になる」


「その為のアンティーク捜索なのですね」


「そうですね。前の戦いではアルカドが勝利しました。一見するとこちらが有利に見えますが、今のランスルートの力は未知数です。いや、アッシュのせいとは言わない。お前が一番気にしているのも知っている。そもそもお前がいなければ、魔王には勝てなかった」


 レイザーはアッシュに非難の目が及ばないように配慮してくれたが、この場にいる者たちでアッシュを貶める者はいなかった。それが、アッシュに更なる自罰を強いるのは、彼のパーソナルの問題だ。


「ざまあないですね、漆黒! 貴方如きがこの私に命令した事は一生許してあげませんからね!」


「グリエッタ様、ちょっと黙りましょう!」

 従者のエリーリュは胃が痛かった。泣きたかった。


 ゼーバはアッシュを魔王の仇と思うだろう。だが、テティスたちに和平への意思があるとは思えないから、仮にアッシュを人身御供として差し出しても叶う保証はない。


 願力が弱体化したとて、アッシュという異端のエースを欠くのはレイザーの本意では無い。


 すぐに和平が叶わなくとも、両者が疲弊した時に、休戦からの終戦がなし崩し的にでも成せればいい。小型のイルミネーターの解析はゼーバでも進められているだろうから、それに頼り過ぎるのも少し不安が残る。


 ともかく、アンティークはあった方がいい、というのがレイザーの現状の答えだった。


 レイザー先生とメアリ先生の授業に、ディオネとグリエッタは同じような顔をして頷いた。理解しているのか、していないのか……。


「部隊を分ける。俺とエヴァはニーブックに残る。モンスターに対処する為にも、ここの復興は急務だ。魔族の捕虜もしばらくここで預かる」


 レイザーの顔からは、神都に戻りたく無いという心の声がダダ漏れだったが。


「シリウスとルミナは神都へ戻れ。神皇には魔王打倒の件を話しておかないと、ルクス・ウルクェダが何をしでかすか分からん。セプテントリオンの監視もしてもらいたい」


 ルクス・ウルクェダは神の盾セプテントリオンの首魁で、神皇の側近という認識でいい。


「グリエッタとエリーリュは仕方ないので拘束……幽閉しろ」

「え」

「当然でしょう、勝手ばかりして。セプテントリオンにディオネ様たちの事を密告されても面倒です」


「グリエッタ様を拘束……!」

「きゃー⁉︎」


 光るメガネがキモすぎて、グリエッタは思わずディオネの影に隠れてしまった。息のかかるほど至近距離で顔を見つめ合った少女たちは、急に赤面をはじめた。メガネのくだりは面倒なのでもう省く。背景でアリスかハナコに割られていると察して欲しい。


「最後に、コロニーの深部へ向かうアンティーク捜索隊。しばらくすれば新造艦が来る手筈になっている。それに乗ってもらう。アッシュとユイ、それに、クソメガ……ダニー」


「はい」

「えへへ。またよろしくね、ケント」

 アッシュとユイには深部で彷徨った経験がある。選ばれるのは理解できた。


「えっ、私もですか」

「コロニーの地理に詳しいんだろ、ダニー? 当然だろ? 逮捕拘束銃殺しないだけ温情だ、クソメガネ」

「い、いやだ! グリエッタさま」

「ひぃっ⁉︎」

 グリエッタはやはりディオネの影に隠れた。共通の女の敵を前にして、二人の間に奇妙な友情が生まれていた。


「ほぅ……!」

 腕組みしながら、白と黒の美少女たちの挙動を静観していた友矢の脳内には、美しい百合の花が咲き乱れ、祝福の鐘の音が掻き鳴らされた。静かだったのは、ブリーフィングの内容が理解出来ずにいたのでは無い。理解するつもりが無かったのである。


「それと、魔族の方から何人か選抜してもらえると助かります」

「いや、私とメアリが行こう」

「しかし」

「アルカドはご飯が美味しすぎるのだ。見てくれ、お腹がぶよぶよしてきたのだ。いかん……これは、いかん」


 ディオネのぷよぷよをグリエッタが鼻で笑ったせいで、ディオネはグリエッタのふにふにを弄り出した。


「やっ……! やめっ、やめなさい!」


「ほぅ……!」

 友矢はもう戻れないな。おめでとう。ご愁傷様であった。


「……疲れ果てたゼーバの戦士たちに無理はさせられません。休息をとってもらいたいのです」


「魔王の娘として、私が彼らを守らねばならない。その為には、率先して動く必要がある。私たちは決戦にも参加しなかったから余力はある。メアリには悪いが、私に付き従ってもらう」


「まさに、ノブレスオブリージュか。了解しました。ディオネ様もメアリさんも、くれぐれも無理はなさらぬよう」


 真面目に話すディオネの傍らには、弄られ負けたグリエッタが倒れていた。


「またアッシュと一緒に戦えるのですね」

「よろしく、メアリ。ダニー先輩も」

「先輩、大丈夫?」

 アッシュとユイが覗き込む。落ち込んでいじけているそれは放って置いていい。ジョージはアッシュの肩を思いっきり掴んだ。


「頼むぞ、アッシュ。頼むぞ、アッシュ」

「痛いいたい! なんで二回言った?」

「大事な! 事なので!」

「痛ぇって!」

「おとーさん」

 糞親父はオリヴィアに引っ張られて退散していった。


「なんだか、賑やかね」


 ルミナの思い出に、イツキのいない日常が加わっていく。二度とその日は戻らないと知りながら、彼女もまた、この世界で生きていく。


 彼に守られた、その命を燃やしながら。

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