第十一話 1/7 めんどくさい男
「うわっ、また暗い顔してら」
「先輩、いつもボロボロだね」
――そうかな。
「辛い目にあってまで、俺たち何の為に生まれたんだろうな」
――理由なんて後付けだ。運命なんて言葉は信用できない。
「幸せになれる?」
――どうかな。頑張ってはみてるけど、頑張れば頑張るだけ、状況を掻き乱しているだけかもしれない。
「それでも、生きるんだな」
――奴を野放しにはしない。殺してから死んでやる。
「死んだら終わりだもんね」
――アルカドでは転生と呼ばれているけれど、僕らは生きたまま砕かれて、融合分裂した。継続した痛みが生きている証なら、一度死んで転生したという表現は正しく無い。
「うわ、でたよ。御高説どうも」
「先輩はいつもそうだよね」
――ほっとけ。
「めんどくせぇ奴だよな」
「後、時々キモい」
――知ってる。
「……ま、頑張れよ。死なない程度にな、ケント」
◆
「セラ、菫」
「えっ? うわぁっ!」
シリウスの医務室で、ユイは椅子から転げ落ちた。アッシュの寝顔を覗き込んで、出会った時と同じにほっぺをぷにぷにして遊んでいたら急に目覚めるものだから、慌ててひっくり返ってしまったのだ。
「……大丈夫?」
「えへへ! だいじょうぶ大丈夫! ここ、医務室だから!」
デジャブである。少女の普段と変わらない照れたようなはにかんだ笑顔が、いつもアッシュを元気づけてくれる。
都合の良い夢だった。セラも菫も既に死んだ。あれはアッシュの記憶を整理する為に、脳が作った幻想でしかない。自罰的な幻想。彼らの辛辣な言葉が、アッシュに自らの罪を刻み込む。
――そう。アッシュ・クロウカシスは、奴に負けたのだ。クズだ、クソ野郎だ。奴を殺す事さえ出来ず、魔王に匹敵する力を与えた極悪人だ。こんな展開を誰が予想出来たのか、それを無辜に言い訳するのか。罪からは逃れられない。生きていてはいけない。だから、ランスルート・グレイスと一緒に対消滅するしかない――。
「状況は?」
「え? ……ああ」
ユイは、こんな時くらいはゆっくりのんびり休んで欲しかったけど、これがアッシュなのだと諦めた。
「うんとね、ゼーバは撤退したんだよ。セプテントリオンが追ってったみたいだけど、殆どはすぐに引き返してきたって」
「姫は? アルカドに損害は」
「大丈夫。あれからは何も」
「……僕は、どのくらい寝てた?」
「えへへ……三日くらいかな」
「本当は」
ユイは言い淀んだ。
「……本当は、一週間」
「……クソッ‼︎」
ベッドの上で半身を起こして聞いていたアッシュは、振り上げた拳を自分の太腿に落とした。行き場の無い焦りと怒り。余裕なんてあろうはずもない。ユイのちっちゃな嘘はアッシュを気遣っての事だが、それもすぐにバレることは彼女だって分かっていた。
「ランスルート?」
「……ああ。奴を殺さない限りは、死んでも死にきれない」
一週間。それだけあれば、ランスルートはもしかしたらゼーバ本国まで辿り着いたのかもしれない。あれが力を完全に自分のものにしてしまったら、その力で、一体どれだけの悲劇を巻き起こす事になるのだろう。
「……戦うつもりなの?」
「当然だろ。ユイだって、僕がめんどくさい奴だって分かっているだろ」
ユイが自分の事を理解していると思い込んでいる。その考え方に、ユイの方は嬉しいけど、不安にもなる。
「駄目だよ。まずは検査。セカンドだって修理の途中。後で色々調整しないと」
アッシュが戦意を挫かないことはユイも理解している。彼の力になれる事は、これくらいしか無い。
「ありがとう。現状、僕のアドバンテージは、コレか」
背中から伸びる願導合金の副腕。アッシュの願いに反応して、体内の欠片たちが結合し、変化してくれた。
「うーん……そうきたかぁ」
どんなに変化しても応援するとは言ったが、少し面食らったのでユイは自分のほっぺたを掻いた。しかしすぐにどんな構造なのか興味津々で弄りだした。
「ゔおおっ! ちゃんと動いてる! 神経は? 痛いの? 痒いの?」
「さては、寝てた時から散々弄り回してたな! 痛みはありません!」
突き破られた肉はオリヴィアが治療してくれたようだったが、まだ慣れていないせいか、動かしすぎれば付け根の辺りが筋肉痛になるかもしれない。
神経は通っていないが、脳からの電気信号では無くて、願力による制御で動くという事は直感で理解していた。
「モーター音はしないね。合金自体をスライドして伸縮させて、関節は歯車で動いてるのかな? 静かないい音」
ユイは頬擦りしかねない距離だ。アッシュはその副腕で軽く小突いてやる。
「えへへ。いたーい」
「ごめん、少し一人にして欲しい。後で副腕の調整手伝ってくれると嬉しい」
弄ってもいい約束がもらえるとは思っていなかったので、ユイはやっぱり照れ出した。
「……心配して損した」
ルミナと友矢は呆れた顔で、二人のイチャコラを眺めていた。いつから? ほっぺぷにぷにからである!
◆
「敗れた、だと」
魔王の血を投与された大男ナヴィア・ビアは、愕然としてすぐに怒り狂った。報告をやらされたカイナは殴られて、少し踏みとどまってからやっぱり吹き飛んだ。
「ダメだ、いてぇー⁉︎」
鼻水と鼻血がナヴィアの艦内に散乱して、従者がすぐに拭き取って鏡面のようにピカピカをアピールした。
(だから嫌だったんだよ)
報告をカイナに押し付けたフィンセントは、自分の采配に胸を撫で下ろした。
「どういう事だ? ケラドゥスも死んだ? ファーファも? エイリアスも? ままま、魔王様まで⁉︎」
自分がゼーバからニーブックへ向かっていた最中に全てが終わっていた。ジュード程とは言わないが、あまり考えるのが得意でない大男の頭では、全くもって理解が出来そうも無い。
「ちなみに、ディオネたちも行方不明なの。そこんとこもよろしく」
「なんだって⁉︎」
テティスの追い打ちにナヴィアは声を荒げ、フィンセントは耳を覆った。捜索隊を出すだけの余裕は無い。今はとにかく早急にゼーバ本国へと戻り、体制を立て直す必要がある。
「おのれ、次から次へと……! 人間共奴ぇっ!」
周囲に八つ当たりしかねない。フィンセントはカイナを盾にした。
「ランスルートは、まだ?」
「うん。眠ってる。凄くうなされてるの」
テティスは報告が終わると、未だ悪夢の中にいる彼の元へ帰って行った。カイナは殴られた。
◆
「ククク……。魔王の力を得た気分はどうだ?」
――最高だ。体が砕けそうだ。
「ライバルの力さえ奪い取って生きながらえるとは、とんだ強欲さだよ」
――好きで奪うものか。虫唾が走る、二度と言うな。
「殺せ。人間を殺せ」
――違う。殺すのはモンスターだ。その為にアルカドを滅ぼし、ゼーバによる統治を成すのだ。
「痛い」
「苦しい」
「助けて」
「ファーファ……魔王様! うぅ、あああっ!」
――ラスティネイルに喰われた魂たちか。俺に、どうしろと言うんだ。
「ルミナが悲しむ。帰って来い、ウィシュア皇子」
――クロスイツキ……!
◆
「俺を、その名前で……」
「ランスルート!」
目覚めた彼に、テティスはしがみついた。
悪夢が現実を侵食し、脂ぎった寝汗が不快感を煽る。テティスは舌を使ってそれを拭き取ると、濡れた銀髪に指を這わせた。
「……おはよう」
「ああ。おはよう、テティス」
状況は最悪だった。体はまともに動かない。気を抜けば、ランスルートは自ら取り込んだ力によって、体内から破壊される感覚に陥る。
魔王を喰らったライトアームが純白のセカンドを侵食し、クロスイツキの残留願力がそれに抵抗するかのように反発をする。それが、自らとセカンドに備わった願導合金の王冠が発する光を伝ってリンクをするかのように、絶えず肉体へと流れて不快感を刺激する。
なにより、自らに流れるハイバケントの願力が、この上なく気持ちが悪かった。
「力を取り除く事は出来ないのか」
「ごめんなさい、分からない……マーク博士は死んでしまったの。エイリアスも……」
だから、沼田春歌に頼るのが一番だと思うのだが、彼女の行方もしれない現状であった。
「お前は、俺を不快には感じないか」
「ううん。大好きだよ」
ぎゅっ、と。彼の体にしがみつく。テティスの中にも、あの戦場で散っていった戦士たちの憤怒や無念の情が宿った筈だ。
「ね。ふたりで、あいつを殺そっ」
アッシュ・クロウカシスは魔王を倒した勇者として、全てのゼーバから狙われる事になる。ランスルートの溜飲は、自らの手で奴を殺さなければ下がる事はないだろう。
「殺すさ。奴は……俺を壊した」
全ての報いは、その体で払ってもらう。憎きアッシュの絶望の顔を見る事だけが、今のランスルートにとって救いとなっていた。




