第十話 ライトアーム 2/7 進撃
「神聖アルカド皇国、第二皇子、レイザー・アークブライト! 参る‼︎」
カタパルトから飛び立ったコード・セイヴァーは、すぐに接敵した。ニーブック奪還の為の戦端は開いた。もう後戻りは出来ない。
剣に願力を込める。バリアが熱を帯び、ビームとなって閃光が走った。ゼーバも手練れだ、命中しても撃ち落とすまでには至らなかった。再度、剣に願いを込める。光り輝く純白の聖剣が、ゼーバの獣人に裁きを下した。
「私に続けぇ!」
レイザーは突出し、部下を鼓舞して突き進んだ。背後から援護射撃、サマンサとフローゼが、コード・アーチャーの部隊を率いて乱れ撃った。
「失態は自らで取り返せよ、ウルクェダの」
「貴女こそ。あの銀色のアンティーク相手に、随分と手こずっておられましたが」
サマンサとフローゼは互いに実力を認めながらも、互いにやり残した事を確認し合った。
「艦隊の護衛はエヴァに任せればいい! 全機、突撃ー!」
エヴァとコード・サマナーなら、対多数の戦いは十八番であった。長く伸びた指の糸から、願ドローンが四方八方に飛び火した。
「各機! イルミネーター、撃てー!」
シリウスの艦長の一声で、一般兵たちが一斉砲撃を開始する。群がるゼーバを駆逐して進撃したシリウスの前に、ニーブックを取り囲む高い要塞の壁がお目見えした。
「嫌だな。あれが故郷の姿か」
更に高い空を、ムカデクワガタが嘲笑うように泳ぐ。量産された小型イルミネーターがあれば、最早モンスターを使った意趣返しのような小細工はいらない。街中での乱戦になれば、むしろ邪魔になるだけだ。
(砂月)
ジョージの悲願、砂月の念願――イツキの無念。
ここまでの道のりは長く険しく、失ったものは多い。去来する感情を空に預け、艦長席に座る黒須譲治は、静かに目を見開いた。
「……シリウス、イルミネーター!」
「了解。イルミネーター、起動!」
アリスとダニーが手際良く作業を行う。小型艦故のAI制御も手伝って、少数精鋭で生き抜いてきた。
「チャージ……四十……五十パーセント……六十……」
「ターゲット、ロック!」
「壁をぶち抜いてやれ、ジョージ!」
オリヴィアもブリッジに加え、トリガーが艦長に委ねられた。
「……発射!」
巨大な電光の奔流が、槍となって城壁へと突き刺さる。進行方向の壁一杯に広がって、疑似願力のバリアで霧散させられる。
「駄目です!」
「続けて二射目、用意!」
「冷却剤、装填!」
「エネルギー、チャージ!」
「何度でもやるさ。ここまで来たんだ、付き合ってもらうぞ、ゼーバ。俺の怒りに」
「何カッコつけてんの! 作戦、今!」
オリヴィアがツッコむ。糞親父の相手をしなくて済んで、アリスは生き生きと作業に集中している。
「分かってるよ、もう。……アッシュ」
「了解」
シリウスのハッチが開く。カタパルトの角度を調整、先程のイルミネーターで進路は確保。
「いいな、ユイ。姫」
「構いません」
「りょ、了解!」
最終決戦。ユイの手は、汗で滲んだ。ルミナはどうだろう。ケントは。
「作戦終わったら飲みいくんだからな、ケント!」
「姫様。純白の御力、信じています」
「お前の整備した機体が最強だって、見せつけて来い、ユイ!」
アリスとジグ爺さんの声援が、若者たちの背中を押す。ルミナはイツキの本意では無いだろうと考え、ダニーの拘束を解き、彼に普段通りのオペレートをやらせた。勝つ為には、使えるものはなんでも使う。戦いを通して、皇女は随分と逞しくなった。
「ありがとう、皆。……ケント」
ルミナの言葉に頷きながら、アッシュはレバーを押し込み、ペダルを踏み込んだ。
「行きます」
ジョージとオリヴィアも見守る中、冷静に、粛々と、三人と重武装のブレインセカンドは出撃した。
やがてシリウスから距離が開き、カタパルトの加速が消失し、ブースターを点火。重々しい轟音が大気と機体を震わせて、一直線にニーブックへと飛行した。
「来た!」
ランスルートのブレインセカンド・ルシフェルは、アッシュのブレインセカンドを視認した。
「重装……スピードで勝てないと踏んで、守りを固めたか!」
出し惜しみせず、ランスルートはクロックワークス・オーバードライブで一気に距離を詰めた。大剣に光が宿り、自らが放った砲撃を置き去りに、一人時間差挟撃を仕掛けた。
「背後、取った!」
「見えています。ランスルート!」
前門のビームをアッシュが斬り払い、後門の大剣をルミナが大盾で受け止めた。
「なんだ? 後ろにも機体が⁉︎」
「リ・ブレインと、ブレインセカンド!」
「その名も八咫ブレインです!」
ルミナとユイが叫ぶ。表裏一体、前後無用、二体のブレインを背中合わせに繋げた三人乗りの八咫ブレインは、アッシュとルミナの操縦をそれぞれ正確に実行した。
「有り得ない、何が」
ランスルートは距離を取り再度接近。それも今度は前後逆に止められた。
「何故、動ける!」
複座で戦える程、人間もガンドールも複雑には出来ていない。それは、パイロットの願いの力、欲望の力である願力を利用して機体の制御をしているからだ。
一つの機体に複数の願いが作用すれば、パイロットの体に痛みを伴い、相反する願いなら機体制御にノイズが走り、たちまちガンドールは木偶人形と化す。現代のガンドールが、一人乗りとなっている理由である。
「こんなものは本当の複座とは呼べない」
「何……?」
「そうですね。ただ自分勝手に暴れているだけ。だけど、今は!」
「「お前たちを倒せれば、それで良い!」」
アッシュとルミナの操縦で、四本の腕が器用に唸りを上げて、四つの牙が結晶を輝かせた。純白の明けの明星は翼を叩き折られ、蛇行しながら地面へと堕ちていった。
「くっ……! おのれーー!」
アッシュが乗ったセカンドと、ルミナとユイのリ・ブレイン。それを、願導合金でただ接続しただけ。
二人三脚、肩車、おんぶに抱っこ。言ってしまえばなんてことはないし、誰でも考えられる手段だ。無理に一つの機体を複座にする必要は無い。
基本駆動はアッシュに任せ、ルミナは攻撃に専念。しかし、言うは容易いが、どのみち息を合わせる必要があった。だから、今までは誰もやらなかったし、やる理由もなかった。
ガンドールの操縦は一人の方が気楽だし、どこも人手不足の戦場だから、固まるよりばらけて手数を増やした方がいい。願いの力なんていう欲望丸出しの操縦体系をしているガンドールのパイロットというのは我儘が多いものであるし、増幅された願力は、そのまま増幅された欲望と言い換える事も出来た。
コックピットは別にあるといっても、ふとした瞬間にお互い干渉を受けるリスクもあった。接続部で拮抗した二人の願力だったが、そういう時は願力の弱いルミナが主に被害を受けた。願力を持たないユイはそれをフォローした。
別々の機体を繋げたところで、都合良く直列電池のように出力が上がるわけでは無い。合体しなければならない理由は、本当に何も無かった。しかし、それは通常のガンドールに限った話だ。
「セカンドに接続されたライトアームで出力が上昇している。そっちはどうだ、ユイ」
「大丈夫。リ・ブレインの出力もちゃんと上がってるよ」
コロニーの深部でセカンドと接続されたラスティネイルの右腕は、セカンドへと侵食し、スペースニウムエンジンの出力を上昇させた。
ブレインやリ・ブレインがアンティークの高出力兵器を使用出来たのも、ライトアームが作用したお陰と考えられる。
最終決戦ともなれば、これをフルに活用しない手は無かった。
「出来れば、アンティークに頼りたく無かったけど」
「仕方ないね、今の私たちの実力じゃ。時間も無いし、出来ることをやるだけだよ」
「イツキの願いも乗せているのです。使ってみせなければ、彼に報いる為にも」
「……分かっている」
一つのアンティークの力を、二機のブレインが使用する。なりふり構っていられない。
「ブレインは先に進め! 魔王を!」
レイザーの指示に、八咫ブレインは重低音を響かせて、再び加速をはじめた。




