第十話 ライトアーム 3/7 直撃
「クソッ! 追いつけねえ!」
カイナの獅子獣人ノエルでは、八咫ブレインには届かない。テティスや墜ちた明星と一緒に、後続の皇族相手に立ち回るしか無かった。
「アッシュ。いつから、こんなに差が」
カイナが出会った頃のアッシュは、ボケーッとして、いつも何かを考えて上の空。そんな頼りない男だと感じていた。
アッシュ・クロウカシスなんて男は、菫の好意に気づいていたのかさえ定かで無く、人間相手の戦いに露骨に不快感を示して、あまり話も合いそうも無い。
自分の方が願導人形の操縦の腕は上だと信じていたというのに、奴がアルカドに裏切った途端に敗北させられた。カイナは表面上は飄々としていた。それは、ただのペルソナだ。
獅子はただ、大空を征く烏を見上げた。カイナのプライドも人知れず、アッシュという存在によって砕かれていた。
「あの猫め! 足止めさえも出来んのか!」
フィンセントと部下の操る牡牛のバインの群れは、その身を以って八咫ブレインを止めに突撃した。
鉄塊がぶつかる激しい音と衝撃で、ルミナの古傷が痛み出し、ユイはちぃちゃなたんこぶを作った。仏頂面のクッションは、うっかり忘れてきてしまった。
正式採用型バインの両腕には、クローアーム付きのシールド兼ブースターが搭載され、両肩から背後に回した大型ブースターは前面に展開させることでバレルとなり、願力ビームに特化した大型のライト兵器としても使用可能であった。
その両肩のライト兵器は圧縮と拡散を切り替える事で、砲撃だけでなくエネルギーシールドとしても使え、背部には合金粒子の貯蔵タンクも備えている。
レーダーやエンジンなどの内装も最新式と、バインはゼーバ製願導人形の、現時点での集大成的機体となっていた。
「ハイバケント! 貴様のような劣等種がエイリアス様の右腕を使うんじゃない!」
「フィンセントか。何故、ニーブックだったんだ」
「なに?」
魔族は何故、ニーブックに侵攻してきたのか。エイリアス本人だけでは無く、その側近をしていたこの男にも、アッシュはどうしても確認しなければならなかった。
特段、役にたつような資源が取れるわけでもない。戦力とするなら、ニーブック人は願力が全体的に弱すぎる。そういった情報を得ぬままに、ただ橋頭堡とする為に侵攻した可能性もあるが、他に何か理由があるのなら、自分の中で納得したかった。
「エイリアス様のお考えを、我々下賎のものが理解出来るものか。いや、理解してはいけないのだ。あのお方は、決して間違う事はしない。今回の任務も、矢張り何事も無く成功したどころか、アンティークのラスティネイルまで手に入ったのだから……!」
「……期待と信頼は違うぞ、フィンセント」
人型モンスターとしか思えなかった魔王に、ヒトのような意思があったとは考えられない。加えてフィンセントがこの程度であれば、ニーブック侵攻はエイリアスの独断と考えられた。
黒須砂月という、ただ一人の女に出逢う為に侵略した? そんな馬鹿な話があるか。
アッシュは、あの仮面への殺意を強めた。自分の中の健人とセラが、激しい怒りに呑まれているのを感じていた。
牡牛の群れは砲撃の合間を縫うように突撃をし、敵機の反撃にはシールドを張ってインターセプトを行う。敵が動きを止めたら、粒子結界の餌食とするのだろう。大縄跳びを楽しむ若者たちのように、幾重にも連なった途切れることの無い流動が、彼らの練度の高さを示している。
「ならば、流れを止められさえすれば!」
だが、フローゼの狙撃はエネルギーシールドに止められた。サマンサのダブルアローライフルが追い撃ちを掛ける。
「先に行け、ブレイン」
「させるか!」
エイリアス信者フィンセントとサマンサが競り合った。
「あのダサ仮面よりは流石に練度が低いか」
「なんだと⁉︎」
「怒られた? お前たちの上官を褒めたつもりだが」
牡牛たちは拡散ビームでダメージを相殺し、肩を後方へ向けてブースターに変えて突撃する。コード・アーチャーは小楯で防御し、吹き飛ばされながら引き撃ちで距離を取る。
サマンサがフィンセントを煽って相手取る事で、連携に僅かな穴が生じた。隙を逃さずフローゼの狙撃が決まると、ブレインは置き土産とばかりに、多腕でしがみついてからの斬撃で一機撃墜し、脇目も振らず進路を戻した。
「姫様。おっきい」
「見れば分かります」
八咫ブレインの数十倍はある巨大な壁。要塞ニーブックの壁面に無数の窓が開く。そこから顔を覗かせた羊たちが、漆黒の重結晶を乱れ撃った。羊頭のアルムの弱点にもなる羊毛は、壁によってガードされていた。
「避けろよ、ケント!」
「イルミネーター、一斉射、撃てー!」
アルカドの艦隊が、壁を守護する鎧蟹のカルバの群れを粉砕する。アッシュは砲撃と並走するように八咫ブレインを駆けさせて、一気に壁に張り付いた。
「ブレインが⁉︎ この角度では」
「引き篭もっていないで、出てきてはどうですか? イツキなら、そうします!」
自分の身を守りながら窓から撃っていたのでは、壁に張り付いた敵には射角が合わない。
「見せてみろ、ライトアーム」
アッシュはセカンドの右腕の力を壁に向けて解放した。渦巻く銀河のように、掲げた掌へと光が集まっていく。
「アーク・ドミナント!」
セカンドの右腕に移植されたライトアームから、漆黒の重力波が流れ出す。右腕を振り下ろし、壁に施されたイルミネーターのバリアが、小気味良い音を立てて割れていく。
バリアが崩壊し、羊毛が連鎖して破裂する。壁の一角に巨大な穴が開いた。アルカドの兵士たちの目に、懐かしい街の、変わり果てた姿が届けられた。
「ケント⁉︎」
アッシュの呼吸が一気に乱れる。傲慢の力は思った以上に願力の消耗が激しい。セカンドに一人乗りの状態だから、モニターするユイには心配する事しか出来ない。
「傲慢さなら自信があったんだけど」
「何言ってんの!」
「……大丈夫。イツキみたいに上手くライトアームに適合出来ない。そう何発も撃てない」
「分かっています、その時は私が」
「頼みます。……よし、突撃する」
一息するに留め、八咫ブレインは突き進んだ。
◆
ニーブックの街では黄金の連休が執り行われて、そこからの憂鬱な日常が帰ってくる。曇天が多いといわれるどんよりとした街にも晴天が続いて、にわかに夏の気配が立ちこめる。
――五月。
かつての面影は無い。瓦礫は撤去された後から、こうして再び山を作る。菫の花は吹き飛んで、放っておけば炎と煙が生え広がる。
灰庭健人が、自分の生まれ故郷に攻め入る事になろうとは、悪夢であった。
街も人も変わっていく。アッシュがそれを前向きに受け入れる事が出来たのは、多分にユイのお陰だろう。しかし、変貌した故郷の姿を受け入れるだけの度量は、彼の中にだって生まれてはこなかった。
アッシュはしつこいくらいに、東区の街中に生命反応が無いか確かめた。最早「敵」しかいなかった。助けを求める「奴隷」はいない。菫の言葉を思い出した。
「ヒャー! ライトアーム発見!」
壁の内部へと進行したブレインは特徴的な笑い声に出くわして、アッシュは不快感を露わにした。
「マーク・キュリー!」
「彼が、一連の外道の責任者……!」
ゼーバの博士が集う巨大な陸上戦艦〈エスカーゴ〉は、七色のイルミネーター「ロイコクロリディウム」を撒き散らした。八咫ブレインは右掌から光を発し、あっさりと防いでみせた。
「沼田春歌もそこにいるのか」
「ヒャ? そういえば、姿を見かけんな? ヒャーい、ヒャルカー?」
逃げたのなら、面倒な事になった。奴を生かして放置してしまっては、マーク博士と同じだけ、命への冒涜が続いていく。
「ケント、気持ちは分かります」
ルミナの言いたい事は分かっている。挟撃されない程度に目の前の障害をあしらって、残りをレイザーたちに任せるべきだろう。
だが、姿形がてんでバラバラな十体ものシオンが、地面から這い出る成虫の如く、八咫ブレインへと跳びかかった。
鼠のような姿の小型のシオン弐号機は、長い尻尾を巧みにしならせて振り回し、それを腕で掴むと車輪のように丸まって縦に回転を始めて特攻してきた。
「ハムスターみたい」とユイのボイスが和ませる。ハムスターというよりは、それが入って運動する回し車だが、生憎とアッシュはそれどころでは無く、シオンが相手なら命は自分が終わらせるべきと考えていた。
「……最後だ。アルカドに帰る気はありませんか」
菫や弐拾弐号機の時には躊躇った。自分のように新しい人生を歩んで欲しかった。アッシュの言葉に反応する者は、現れなかった。
「姫、わがままを聞いてくれ」
「いいでしょう、やりなさい。願いのままに。それがガンドールなのですから」
願いのままに。
このシオンや、そのパイロットたちも、今のゼーバでの日常を心の底から願っているのか。洗脳されているのではないか。一人一人が考えて出した結論ならば、咎める権利は、果たしてアッシュにあるのか。
アッシュはシオン弐号機の回転をライトアームで止めた。摩擦が心を削る。左腕のファングブレードで脇腹を一突きしてとどめを刺した。
一本角をもたげた馬面のシオン拾参号機は、脚部スラスターを全開にして突撃してきた。アッシュはスライディングでその四本脚の馬脚を顕し、脚部に再び増設したノエルキックを叩き込んで天高く突き上げ爆散させた。
猫型ロボットのシオン漆号機は、両腕の爪で戯れるように猫パンチを繰り出した。アッシュはシールドマフラーを鉄球のように振り回して、戯れ合っている隙に重結晶の弾丸でコックピットを撃ち抜いた。
ファングブレードのオーバーライトの閃光がライトアームに増幅させられて、出鱈目な長さへと伸びていく。ブレードの進行上に偶々いたゼーバの空中艦艇は運悪く撃沈させられ、幾つもの爆発で灰空を彩った。
「薙ぎ払え! ディス・ライト!」
周囲を拒絶し、拒絶される憤怒の力。巨大な光のブレードが振り下ろされる。健人の兄弟機たちは根こそぎ火葬され、強制排熱が線香の煙となって立ち昇っていった。
「ヒャー⁉︎ シオォォーーーン」
ルミナにとっても、マーク・キュリーという男の存在は複雑だった。彼が実験と称してサツキに魔王の血を与えなければ、イツキの存在は無かった。愛する者と触れ合える事は無かった。
「しかし、それはそれ、です。ニーブックの方々にしたこと、サツキ様にしたこと。許すことは出来ません」
コロニーの隔離空間で十年以上も閉じ込められて、その間もニーブックの人々の事を思い続けた黒須砂月。ユイは彼女の手助けがしたくって、辛い過去を乗り越えて今まで頑張ってこられた。
「おねーちゃんやスミちゃんがしたかったのは、あなたの欲望のお手伝いじゃありません!」
「ヒャッ? なんじゃメス共? さっきからなぁにを言っとるんじゃい⁇」
「理解出来ないか、あなたは……出来ないんだろうな」
アッシュとルミナが、漆黒と純白をライフルとバズーカに込める。ユイの制御で、照準に僅かな修正が入って重なった。
「終わりなさい!」
「――ャヒ」
八咫ブレインから砲撃が乱れた。巨大なカタツムリの殻が、爆炎を噴き上げて弾け跳んでいく。砲撃は止まず、涙は止まらず。彼女が自分の頬を伝うものの意味に気づくのには、少しだけ時間が掛かった。
「ギャーーーー⁉︎ 痛い、痛いぃぃっ⁉︎」
人間をヒトと思わぬ傲慢さと、自身の知識欲を満たす為の貪欲さ。ネズミの博士は間違いなく天才であって努力家でもあったのだろうが、ここは人の世であった。
「助けて! 嫌だ、嫌あぁぁぁ…………」
人は時にモルモットと呼ばれる事もあるが、決して道具ではない。それをいたぶる傲慢も、決して神などではない。
「……私たちにも、裁く権利なんて有りはしないのに」
ルミナの頬には、流れた感情が残った。結局、人殺しなのは彼女たちも変わらない。こんな事で、イツキがやりたかった事を、少しは出来ていると言えるのだろうか。
「姫」
「ごめんなさい。私の方が立ち止まってしまって。……先へ進みましょう。私たちには、やるべきことがあります」
後方からイルミネーターを担いだ惨雪がやってきて、ニーブックの東区を制圧していく。
八咫ブレインはライトアームが導く声を辿って、魔王ラスティネイルの居城がある西の研究棟を目指した。




