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第四話 セカンド・ライフ 3/5 尋問

「そうか、この姿じゃ……」


 健人が友人に、自分が自分だと証明しなければならないのは、いつ以来だろうか。康平の体格がみるみる大きくなっていって、双子の見分けが簡単につくようになってから、大分経ったように思えた。


 今はもう、健人の面影すらなくなってしまった。


「あの日、電話したっきりだもんな。なんか、こんなんなっちゃったけど、久しぶり、友矢」


「だから、何言ってんだ!」


「委員長は無事か? 告白できたのか?」


「なっ……⁉︎」


「真っ直ぐさがお前の長所だよ。真っ直ぐ過ぎて、チャリンコ良くドブに落としてたけど。八歳と九歳と十歳の時と」


「て、てめぇ……」


「菫はさ、無事だよ。あの子も、姿は変わっちゃった。でも、多分生きてる。僕が、トドメを刺し損なったから」


「なに、言ってんだ……」


「春歌は多分問題無い。千秋は、ごめん分からない。康平はどうしてる? 母ちゃんと父ちゃんは……」


「だ、黙れ‼︎」


 友矢の手が、硬く銃を握り直した。アッシュ・アッシャーとしか思えない奴が、健人みたいな事を言ってやがる。


 頭でも打ったのか。アイツが? それとも自分が……?


「その制服。セプテントリオンか。純白になったんだな、おめでとう。……こんな世界で親友が軍人になるのは、複雑だけど」


「お前……?」


「何やってんの!」

 ユイに呼ばれたオリヴィアは、すぐに友矢の銃を下げさせた。


「す、すんません」

「全く。ちょっと検査するから、それが終わったら尋問ね」


 オリヴィアの視線が捕虜に注がれる。彼はすぐさま意図に気付いた。


「健人です。灰庭健人」

 その言動を受け入れられず、友矢は頭を掻いた。


「……ごめん、友矢」

「うるせぇ!」

「コラ! 動かない!」


 先生の検査中、手持ち無沙汰になった健人は、日頃の癖で周囲の観察を始める。友人は目を合わせてくれず不機嫌そうにしていたが、それとは逆に少女とはふと目が合い、照れたように笑って手を振ってくれた。


 この娘は、軍人として本当に大丈夫なのだろうか。健人は何故だか、既に保護者のような気分にさせられた。





 尋問は、大体健人の想定通りの事が聞かれた。自分の事、家族の事、何故ゼーバにいたのか、何故ゼーバに協力していたのか。その姿は、なんなのか。


「あの巨大なガンドールが、君の半身ねぇ……」

「友矢くんの御友人なのね。転生で見た目が変わったから戸惑っちゃった、と」


 オリヴィアは、先程の騒動の顛末に合点が入った。当の友矢は尋問を聞いても、まだ受け入れられていないようであった。


「どうやって生き延びた?」

 魔族の男に聞かれた健人は、覚えている限りの事を話した。


「お兄ちゃん」と呼ばれる自分の半身に機体の下半身を掴まれ、握り潰そうとしてきたことに気づいたけど、遠くに逃げる時間は無さそうだったので、ひしゃげた装甲の隙間から脱出し、願導マントにくるまって願力を放出。爆風に飛ばされ地面を転がっていた。


 ここで健人の記憶は途絶えてしまった。補足するなら「お兄ちゃん」に飛び散った血は、アートに付着した兵士の骸である。


「俺が拾った。だから、気になって聞いてみた」

 健人は、魔族の男が自分を助けてくれたことに感謝の言葉を述べた。


「戦場に生身の人間を放っておくわけにもいかないだろ。セラに似ていたから、皇子たちに聞いていた転生者だと思って、捕虜にでも出来るかと思ったんだが」


 セラは戦いの最中、健人とお兄ちゃんの行方を追っていたように思えた。彼らの近くにいられたことで、混乱に乗じて自分が発見する事ができたのだろう。と、魔族の男〈イツキ〉は付け加える。


「なんだか、凄いな。ニーブックで巻き込まれてから今まで、なんで生き残ってんの?」


 髭面の艦長、黒須譲治が健人の後ろに立つ。ゴツゴツした手で少年の肩に触れ、軽くマッサージをしながら、率直な疑問を述べた。健人にだって答えられるわけがない。無我夢中だっただけだ。


「……お上手ですね」

 痛すぎず、絶妙なマッサージ。普段オリヴィアにしているのだ。


「ありがとう。君は歳の割には落ち着いているね。なるほど、アッシュ苦労過死す……」


 健人は無駄に気を遣い、一人でなんでも背負い込む。菫にも以前指摘された。


「じじくせぇんだよ」

「ごめんね、髭面で」

「いや! 艦長の事じゃねぇっす!」

「友矢はもうちょっと言葉を選ばないとな」

「うるせぇ!」

 捕虜の癖に、確かに落ち着いている。友矢のお陰だろうか。健人は自己分析して、ジョージ共々笑っていた。


「それで、あの繭はどうなりました?」

 健人が自分と同じ目にあったボルクを気にするのは当然だろうが、ジョージたちは捕虜へ情報を渡す事はしない。健人は、しばらくは独房生活だろう。


「トモヤ・トーマ。彼の監視をお願いできるかい?」


 艦長に言葉を掛けられても、友矢はボケっとしている。健人のパッシブスキルが発動した。


「友矢」

「え? 俺?」


「大丈夫か、友矢。話ちゃんと聞いてたか? セプテントリオンなんだから、都会風の呼ばれ方に慣れないと。ただでさえお前はおっちょこちょいなのに、こんなんじゃ、ちょっとお兄ちゃん心配」


「うぜぇ!」


 目の前の赤髪の態度に、お節介な親友の姿が重なっていく。――そんなわけはない。友矢は頭を振って幻影を振り解いた。


「友矢くん。彼の監視を頼みます。ただし、きちんと見極めてくれ。彼がスパイという可能性もある」


 アッシュ・アッシャー(セラ)の前例がある。彼がウィシュアを連れ去ったと、友矢は聞いていた。


「ああ、分かった。やってやる」

「友矢、敬語使った方が」

「やかましい! すみませんでした、艦長!」

「ほんとにやかましいな……」

 ウィシュアと友矢の関係についても、健人はまだ知る由もない。





 友矢が健人を連れて独房へ向かったのを確認してから、イツキは尋問室に残ったジョージとオリヴィアに話し始めた。


「セラはハイバケントよりも、あの異形の機体の確保を優先しました。それほどアレが大切なのかとも思いましたが」


「こちらに健人くんを確保させるのが目的だったと?」

 健人がスパイなのではないか、という話である。


「可能性の話です。ただ、こちらも警戒するのは分かっているはず」


「そのセラさんの優しさなんじゃない?」


 オリヴィアの考えでは、セラは健人がアルカドに戻りたいのだと考え、わざと見逃した、というのだ。ペン回しをやめなさい、気が散る。


「俺はセラのことを表面上しか知りませんが、嫌な奴ですよ」


 イツキの感覚でいえば、まあそうだろうなとしか言えない。セラにその気が無いのでは、仲良くなれるものではない。


 イツキは長い間、一人でコロニーの中を彷徨った。他人の心の機微にまで考えが及ぶ人間的成長は出来ていない。それでも、セラを全く信用しないイツキだから、こんな考えに至った。


「そもそも、健人少年が転生者だっていう証拠もないしなぁ」


 コロニーでの、健人と「アッシュ・アッシャー」の乗り換えシーンの映像は、電波障害のせいか不鮮明だった。転生前の健人の姿と、転生する瞬間の両方を記録した惨雪は爆散し、目撃したウィシュアも、もうここにはいない。


 ボルクの存在とその時の映像が転生という現象が実在する証明にはなるが、極端な話、赤髪の健人は自分を灰庭健人と思い込まされている全くの別人、という可能性もある。


「……転生者の証拠かどうかはともかく、彼の体だけどね、特に怪我とかしてなかったの」


 軍医であるオリヴィアが、自分の側頭部をペンの持ち手で小気味良く小突きながら告げていく。気が散る、やめなさい。


「吹き飛ばされたんでしょ?」

「間違いありません。俺の目の前で爆発しましたから」

「いくら願導マントで体を覆っていたって、ほぼ無傷ってのはね」


 ジョージは、頑丈で羨ましいなと笑った。四十も超えればあちこちガタが来る。悲しい現実は置いといて。


「問題は、彼の体にいくつかの願導合金の欠片が埋まっていること。これは、ボルクさんにもあった」


「ガンドールと融合したってんだから、まあ、そうなるわな。ただこれも、欠片を後から植え付けられるのなら、転生の証拠にはならないよ」


 あくまでも健人がスパイである可能性を捨てない。艦とクルーの命を預かる者として、ジョージは慎重に慎重を重ねる。


「命に別状は無いの、今のところはね。医者としては、すぐに詳しく調べたいんだけど、作戦中だしね」


 願導人形と融合したせいで、健人は機械の頑丈さを手に入れた。ありえる話だが、ならば、分裂したもう一方はどうなのだろう。生身の利点を得た願導人形。


「成長するガンドール、ということですか」


 それじゃまるで、脱皮をして変化していったラスティネイルのようではないか。イツキは、嫌な予感を呑み込んだ。





「ヒャー! 素晴らしいな、我が新作、シオンよ!」


 お馴染みの笑い声が、ゼーバに降伏したアダトの街の研究棟に響く。マーク博士は「お兄ちゃん」こと、異形の願導人形シオンのデータを確認していた。


「ヒャ? やはり、バランスが悪いか。尻尾を生やして三本脚にでもしてみるか。しかし、人型から外れ過ぎればマジェリカに制御出来なく……」


「博士、俺にも新型をくれよ!」

「なぁんじゃいジュード。これは特別製だから、お前には」

「別の奴がアンだろ?」


 こういう時だけめざとい男である。野生の勘とでもいうのだろうか。博士は、仕方ないとばかりに調整中の新型を与えることにした。


「おっしゃー! お礼に新しいモルモットを連れてきてやるよ!」


 どうせジュードのことだ。人間を捕えるなんて器用なこと出来るわけがない。博士は、そっちの期待はしていないが、新型のデータが取れる機会は利用させてもらうことにした。


「頑張れよ、モルモット。ヒャー!」





 アダトの街は、先程激戦のあったザッタの直近にあった。被害の大きいザッタよりも、自ら降伏したアダトの街の方が補給や休息には適している。ほぼ無傷で敵に寝返ったのだから、アルカドとしてはたまらない。


「セラ。あなたもマジェリカのお見舞いに?」

 和室の布団で眠るマジェリカの枕元で、狐耳のメアリがセラを出迎えた。


 長い髪を結んで横に流し、曝け出されたうなじが、妙に色っぽい。夜の帷の薄暗い灯に照らされ、脚を崩した正座と着崩されたゼーバの着物が、余計に情欲を唆る。


「お疲れ、メアリ。代わろう」

「あら、殿方に出来ます?」

「馬鹿にして。見てろ」

 セラは桶に入った水から布巾を取り出すと、勢いよく絞ってやった。


「あっ、もう!」

「悪い、水かかったか?」

「……不器用」


 着物が張り付き肌が透ける。水気を取ろうと布巾を優しく押し当てる。男と女の手が触れ合い、吐息が漏れる。


「なにをいちゃついとるんじゃい」

 顔を真っ赤にして、布団の中からマジェリカが覗き込んでいた。


「よう。元気か」

「はいはい。お邪魔虫は寝てるので、ご自由に」


 お子様の菫……マジェリカには早かったか、頭まで布団を被る。かと思えば、チラッとジト目を覗かせる。


「ふたりって、そういう関係なの?」


「そういう?」


 すっとぼけやがって。メアリめ、こやつ、出来る……!


「悪いな、マジェリカ。アッシュのことは」

「……死んだ?」

「……さあな。確認は出来なかった」


 嘘だ。融合分裂で記憶を失くした健人が、アッシュ・クロウカシスとしてゼーバで無理をしていたのは、セラからすれば明らかである。


 居た堪れなくなったのと偶然も重なって、遂にはイツキに健人を保護させた。クロスイツキは気に食わないが、そう易々と死にはしないだろうから、デリバリーに利用するのは合理的だ。


 灰庭健人は、セラがこの世界で初めて出会った友人。かつて、文字通り願いを共にした戦友……相棒。


 願わくば、どうか――「そういうわけにもいかんよな」


「セラちゃんはさぁ。そういう唐突な独り言多いな」


 ぬかった、とも思ったが、他人の考えをそうそう見透かせるものでも無い。セラは平静な仮面を装った。


「健……アッシュは、生きてるんだ? そっか」

 マジェリカはセラの反応から、そう悟った。


「アッシュ、生きているのですか? よかったです」

「なんでそうなる、女って」


 青年になっても、セラにはまだまだ分からないことばかりだ。

 女性という生き物は、ベラベラと自分のことだけ話したかと思えば、きちんとこちらの反応を伺っている。恐ろしいものである。


 多様性が叫ばれる世に於いて、こんな批判されるような前時代的な考えになるのも、セラが古代人だからであろうか。


「マジェリカは、その察しの良さを戦闘にも活かせればな」


「ディスられてる? えいっ、ディス・プリズム!」


 マジェリカの猫パンチを、セラは笑いながら掌で受けた。


 こんな温かな時間は、長くは続かない。戦乱の世は、一人一人の感情にまで配慮をしてはくれないだろう。


 セラはマジェリカの部屋から去ると、一人窓の外を見やる。三日月にかかった雲を払い除けることは、出来そうもない。





(これが、ルミナ様?)


 転生したら、サツキ様と呼ばれた件。


 ボルクは、シリウスの自室のベッドで眠る主の顔を覗き込むが、全くピンとこない。従者なのだから、大切に思ってはいたのだろう。それは、分かる、分かるのだが。


「こんな小娘の、何が私を動かしたのだ」


 この小娘を守ろうとしたせいで、ボルクはなりたくもない漆黒に生まれ変わってしまった。穢らわしい、不快感さえ覚えていた。


 融合分裂……ゼーバではそう呼ばれている現象は、大切な何かが、その名の通り「彼」の中から分裂してしまったようであった。ならば、ボルクの大切なものは、もう、この世にはないのだと考えられる。


「こいつが『私を殺した』せいで」


 ボルクと融合分裂したコード・ウォリアーの成れの果ての巨人を、彼自身も見ていた。既に、この小娘に殺された後の、無残な死骸であった。

 ボルクも化け物としか思えなかったから、別に殺すのは構わなかった。しかし、そこに「自分の大切」があったのなら、返してくれと懇願したくもなるし、それを奪った者に憎悪を向けるのも理解出来るだろう。


 ボルクは女性のように細くなった自分の両手を、そっとルミナの首に近づけた。


「サツキ様?」

 小娘と、目が合った。


「良かった。やっぱり、サツキ様、生きてらした」

 こいつは、またもボルクをそう呼んだ。不快極まりなかった。


「夢を見たのです。サツキ様が亡くなって、その息子を名乗る魔族が現れて……それから、ウィシュアが、私を……」


「大丈夫です、姫様。ウィシュア皇子があなたを撃つなんてこと、悪い夢ですよ」


「そう……そうですよね。ありがとう、ごめんなさい……ボルク」


 寝ぼけていたのか、気づいているのか。最後に、確かにボルクと呼び、再び寝息をたてた。


「不快極まりない」


 警報が、ボルクをこの部屋から立ち去らせる、いいきっかけになってくれた。





「おいおい、本当に来たぜ、シリウスだ!」


 コロニーの内部、乾いた砂が舞う不毛の大地。


 待ち構えていたゼーバの戦艦が一隻。〈空中戦艦ペリカーゴ〉が、ランスルートの情報通りにやってきたシリウスの前に立ち塞がっていた。


 ゼーバが支配したニーブック、ゲーデン、オーセツ、ザッタ、それと自ら降伏したアダトの街は、全てコロニーの周辺に建つ街だ。


 シリウスは、混乱に乗じてザッタの街の近くからコロニーに入り、モンスターを出来るだけ避けて、ニーブックに向けて北上していた。


 対してセラたちは、ザッタの北西にある支配地域、直近のアダトの街で簡単な補給をし、そこからコロニーに侵入、網を張った。


 準備は万全ではないが、それはシリウスも同じことだ。仮にここでセラたちが倒れても、足止めが出来れば挽回できる。


「俺の裏切りを知りながらも来たということは、やはり何か切り札があるということでしょうか」


「だな。全機、まずは艦の動きを止める。抜かるなよ」


 セラの号令の下、暁の戦端は開いた。

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