第四話 セカンド・ライフ 4/5 独房
シリウスに鳴る警報は、第一種戦闘配備を報せた。やはりレーダーはあまり精度がよろしくない。それはモンスターのコロニーでは、より顕著に思われる。
「来やがったか! おい、テメェはここにいろ!」
「独房だから勝手に出られないよ、友矢」
「ああ⁉︎」
変わらない友人の姿に、健人は一人安心感を覚えた。
「だけど、もう少し考えて行動しないと。いつまでも僕が側にいられるとも限らないんだから」
「やかましい!」
チッ、と舌打ちと頭を掻いて、友矢はゼーバの待つ戦場に向かっていった。
「友達に敵意向けられるって、大分辛いぞ、トモ……」
薄暗く冷たい壁にもたれかかった健人は、独り蹲《うずくま》って悲しみを吐いた。
◆
「あわよくば、と思ったけど。待ち伏せてるよね、そりゃ」
シリウスのブリッジ。苦笑いの髭面が、艦長帽を目深に被った。
ランスルートが裏切った事実は、シリウスの皆がルミナやボルクから聞いている。奴が情報を漏洩させた事は、いくらなんでも、ボケっとしたユイでも思いつく。それでも、この作戦をやらねばならない理由があった。
「エネルギー充填、完了」
「照準、固定!」
「撃て!」
黒須譲治は、シリウスの疑似ライト兵器による砲撃でゼーバの人形部隊を牽制させた。距離によって減衰するのは、ライトも疑似ライトも同様だった。小型艦なので武装は最低限のものしかない。順次出撃の指示を出す。
「ブラッククロス、発進する」
一番槍はイツキが担う。彼の願力なら大抵の攻撃はバリアで防げるはずだ。
「先手必勝ー!」
カイナの獅子獣人ノエルが、両腕の爪に重結晶を纏わせる。振りかぶった腕は、振り下ろされる前にライトの狙撃に弾かれた。
「遅れた! イツキ、さん、だっけ? アンタのことは信用していいのか⁉︎」
友矢は狙撃でゼーバを牽制しながら、魔族のような漆黒を放つイツキのブラッククロスの援護に回る。
「してもらわなければ、皆死ぬぞ!」
違いない、数は圧倒的に不利だ。
「艦長〜!」
「キモい声出すなよ、ダニ!」
「いざとなったら逃げるよ。無理する局面じゃない」
その局面が来たら、無理をしろ。ということでもある。出航したばかりだというのに、ダニーは既に胃が痛い。次からは胃薬を服用しておくように誓った。
「二機だけか? 何かの作戦か、それとも」
フローゼの姿が見えないことに、ランスルートは疑問をもつ。奴が隠れているのなら、超長距離からの狙撃も警戒しなければならない。彼女たちがシリウスを発った事は、いずれ察した。
「いや、ここは一気に行く。この機を逃すな」
「バカ言え! それじゃつまらんだろうが!」
セラの指示を、新型機体のシートにふんぞり返って座るジュードが遮った。
「しかし、ジュード隊長。戦力の逐次投入は」
「だから、それじゃ俺の新型が目立たねぇだろうが! データ取りは博士の頼みでもあるだろ? 違うか、純白?」
始まった。だが、中間管理職のセラは、上司のいう愚策を実行せねばならない。
「では、ジュード隊長の直掩は私が。他はこの場に待機」
「邪魔すんなよ、純白!」
新型に乗ったジュードはセラを伴って前線へと向かう。ランスルートに、セラからのプライベート通信が届いた。
「ジュードにはテキトーに暴れてもらって新型のデータは取る。隙があれば、俺がジュードを墜とす。そしたらお前らも来い」
ランスルートは、セラの合理的な冷徹さを知った。しかし、そうでなくては明日に命を繋げない。見るからに戦闘指揮官には向かないジュードに命を預けて、何も為せぬまま死ぬわけにはいかない。
「祖国を裏切ったんだ。やってやるさ」
ランスルートのブレインセカンドは、今はその時を静かに待った。
◆
格納庫では、サツキの姿に転生をしたボルクが、発進準備をしていた。
「いいんですか、ボルクさん? おとーさ、艦長のよく分かんない命令なんか聞いて。予備パーツで組んだコード・ウォリアーも用意したんですけど……」
「構わない。もう、あれに乗る気は起きない」
ボルクは、コード・ウォリアーと融合分裂したことがトラウマになっている。二度目の転生があるのかは分からないが、自分の体が砕けるあの地獄の苦しみを、二度と味わいたくないと思っていた。
「分かりました。整備兵は、パイロットの要望に応えて見せます!」
ユイは鼻息荒く、ハナコら複数の小型ロボットたちと共に、機体の調整作業に入る。ハナコたちは、ユイが造った自律型多目的作業支援ロボットである。すっとぼけてるように見えて、ユイはやり手なのだ。
整備兵は他に、ユイの「お師匠」ジグじいさんのみ。神の盾の妨害もあり、短い時間でレイザーが掻き集められたのは、僅かな精鋭たちだけだった。精鋭の筈のパイロットは同士討ちで減ってしまったが。
「君は、私のことをボルクと呼ぶんだな」
「え? ボルクさんですよね?」
ユイは、また自分が何かやらかしたのかとアワアワしだした。一応自覚はあったようである。
「いや、あいつは人の顔を見るたび、サツキ様だのぬかしやがったからな」
あいつ? のことが誰のことなのかは分からなかったが、サツキの妹であるユイが、姉のことを間違うはずはない、と自分では思っている。
「……おねーちゃんは、死にましたから。死んじゃったら、生き返んないです」
至極当然の理由だった。ボルクのいる位置からは、ユイが涙を我慢しているようにも見えた。
ユイはサツキの死に目にあった訳ではない。イツキからの又聞きだが、それは、彼らがイツキを信用しているという証でもある。
思えば、艦長も先生も、サツキの息子で憎き魔族のクロスイツキでさえ、ボルクをボルクとして扱ってくれた。多分、他のクルーもそうだろう。
「あいつが、あいつだけが……!」
ボルクの中で、勝手な被害妄想とルミナへの敵認定ばかりが膨らんでいく。
「これで、良し! 願力を流してみて下さい!」
ユイたちが機体から離れたのを確認すると、ボルクは操縦桿に力を込めた。穢らわしい漆黒が、自分の中から溢れ出す。他人が使用していた機体への願力の定着は、通常、初期起動よりも時間がかかるのだが、一瞬で終わった。
「これは……先生がおっしゃった、体の中の願導合金の欠片のせいか? 便利なものだな」
嫌なことばかりでもないのかもしれない。ボルクは少しだけ、前向きになれた気がした。
「ボルクさんが? もう終わったの? 流石ユイちゃん、我が自慢の娘!」
アリスさんじゅういっさいは、艦長の親バカに悪態を吐きたかったが、無視してボルクの出撃オペレートに入った。
◆
「オラァ、ぶっ飛べ!」
ジュードの乗る新型、羊頭の〈アルム〉は砲撃機である。直線番長ジュードには向かないと思われたが、なかなかどうして気に入っていた。
ライト兵器は願力の変換に若干の時間を擁する。連射をするなら威力は下がり、一撃の威力を高めたい場合はチャージが必要になる。
しかし、このアルムは背部の二門の大砲から強力な重結晶を連射できるのである。
「重結晶をあらかじめ羊毛みたいに纏っておいて、それを弾丸に変換して連射するのか。これは、ひょっとすると俺が手を下さずともジュードがやってくれるんじゃないか?」
この粗暴な男がシリウスを墜としてくれるのなら、セラにとってはそれでもいい、別に出世がしたいわけでもない。
健人があの艦に乗っていたとしたら、多少心は痛むだろうが、それはそれで諦めもついただろう。セラはエイリアスという家族が留守の間、ゼーバという家だけは何としても守りたかっただけだった。
「敵の反応……もう一機くるぞ」
「どけー!」
ボルクの乗った皇族機コード・セイヴァーが重武装で降り立った。両腕に新たに持たせたライトガトリングガンは、願力のレベルが上がったボルクならば、威力と連射を多少なりとも両立できた。
当然、羊頭のアルム程の威力は出ないし、力の消耗も激しいはずだ。セラは防御に専念することで、ジュードを砲撃に集中させた。
ボルクが弾幕を張ってくれたお陰で、友矢も狙撃を成功させていけた。イツキは、左腕の鉄球ブーストハンマーでゼーバを薙ぎ倒し、数の不利を補っている。
「魔王様の血だかなんだか知らねぇが!」
ジュードのアルムが放つ重結晶の質量に阻まれ、ブラッククロスは動きを封じられた。いくら強力な願力があって、バリアでダメージを抑えられたとしても、動けないのならただの的であった。質量弾を弾き返せるほどの出力や、推進機関でもあれば話は別なのだが。
「……んにゃろう! 近づけねーじゃん!」
ノエルに乗るカイナは前線に出てきても、友矢の狙撃に足止めを食った。友矢もヤキモキする。ボルクは群がるガンドールへガトリングを放つが、これでは消耗戦だ。何かが、誰かが決断をしなければ、膠着状態は抜け出せないだろう。
◆
賑やかな戦場と打って変わって、静寂が満ちる独房の健人の前に、不釣り合いな客人が現れた。
「立ちなさい、アッシュ。協力してもらいます」
ルミナ皇女に銃を突きつけられながら、健人は格納庫へと連行される。こういう扱いは何度目か。
(何処でも此処でも、拒否権なんて無い)
いい加減に慣れた健人は何も言わず、傷を抱えた皇女らしき銀髪の体を心配した。
「姫様? 何してるんですか⁉︎」
ユイの素っ頓狂ボイスが、格納庫のだだっ広い鋼鉄の壁に響いた。
「まだ寝てないと駄目ですよ。おかーさんに怒られますよ」
「ごめんなさい。私の機体は……」
「ボルクさんが使ってます。おとーさん艦長が、姫様がまた無茶するだろうからって」
ガンドールは初期起動に時間がかかるため、すぐに別機体を使えるわけじゃない。いくら我儘姫でも機体が無ければ出撃できないだろうという判断だ。
「考えますね、艦長。ですが」
「それで、あの……君は何してるの?」
ユイは、手を上げたまま突っ立っている健人に質問してみた。
「見りゃわかるでしょ?」
「えっと……あっ、銃⁉︎ 姫様、何してるんですか⁉︎」
ルミナが健人の背後から銃を突きつけていることにようやく気づいたユイは、またも声を荒げてしまった。大丈夫か、この娘は。
「なんか、手上げるエクササイズかなぁって」
えへへ、と照れ笑い。本当に大丈夫か! この娘は⁉︎
「コード・ウォリアー……予備パーツから組んだのですか。ならば、これに」
「だ、駄目ですよ! 姫様、その体じゃ」
「戦うのは私ではありません。この漆黒です」
ルミナの銃が健人の背中を小突く。健人も、薄々予想はしていたが。
「まさか、二人乗りするつもりですか」
「ええ。あなたのことは、後ろから私の銃が狙っていることをお忘れなく」
ルミナは何度も銃で突く。ちょっとくすぐったいぞ。
「あの、姫様。言いにくいんですが、ガンドールって一人乗りなんですよ?」
「知っています! ですが、今の私の体では戦力にはなれません! この男ならば、これくらいのハンデ、やれますよね⁉︎」
無茶を言う。ルミナ皇女は、この赤髪の健人のことを、スパイをしていたセラだと認識しているようだった。
「姫様ー、無茶はほどほどにー」
ブリッジからジョージが艦内放送で嗜めるように諫める。
「ならば、この状況をどうするおつもりですか。私は皇族として、使命を全うしなければなりません。お兄様の期待を裏切ってはいけない。ボルクに謝らなければならない。……ウィシュアの、本心が聞きたい」
度重なる心労が、ルミナを衝動的にさせた。ニーブックの惨劇やサツキの死からずっと、彼女の心は戦い続けていた。
あの「テスト」の時には、既におかしかった。妙にテンションが高かった。彼女は皇族として、愛されるかわいい皇女を演じていた。兄のレイザーにも、従者のボルクにも打ち明けられなかった。気付いてもらえなかった。高貴な身分であろうとも、本心は、ただの普通の少女だった。
歴戦の兵士でさえ、心の傷はそう容易くは癒せない。ジョージとオリヴィアは、ユイのことは良く見ていたつもりだが、ルミナへのケアが万全ではなかったことを反省した。
「……ならば、いい手があります。灰庭くん、協力してくれるか」
ジョージは、見せ札をひとつ切ることにした。
◆
「これは」
長く上に伸びた耳当て、とさかにはメインカメラ。額当てと顎をよく見れば、鳥の嘴のようにも見える。
角度によって形を変える緑色のツインアイが、力強さと、どことなく優しい雰囲気を醸し出していた。
健人の眼前には、ダークグレーとか、アッシュグレーとかいうカラーに塗装された、見覚えのあるガンドールが立っていた。
「ブレインセカンド。二号機だよ」
特別製だった一号機とは違い、ほぼ量産仕様機と遜色ない性能だが、元来次期量産主力機として開発されていた惨雪弐式だ。その性能は現行機と比べても申し分ない。
「成程。ブレインならば、ゼーバへの心理攻撃にもなりますね。流石です艦長」
ルミナの眼は、正気を保っている。今ならば、ジョージは任せてもいいと思えた。
「灰庭くん、彼女をお願いね」
ルミナの体を心配し駆けつけたオリヴィアが、健人の肩を叩く。
健人に拒否権は無い、必要は無い。彼だって死にたくはない、友人の友矢だって戦っている。この艦の人にも、命を拾ってもらった恩義があった。
「装備はどうしよっか?」
ザッタの街のNUMATA工場から積み込めるだけの資材を積んできていた。作業を急ぎながらも、ユイは健人の要望を聞いてきた。先程までとは打って変わった、頼もしい整備兵の姿だった。
「慣れたものを」
小型で堅牢なサヴァイブシールド、合金繊維の願導マント。そしてノコギリ銃、ファングブレード。
「ありゃ、マントじゃないや。搬入間違った?」
「マフラーだね、これ」
あの状況での搬入作業ならば、ユイのせいでは無いだろうが、健人へと謝った。
「大丈夫、やれます」
見慣れた装備と少しの不安。それを連れて、健人とルミナはブレインセカンドに乗り込んだ。
「スペースニウムエンジン、起動」
機械仕掛けの相棒に、命が宿る。
「装備チェック。推進剤の充填確認。エレクトリックバレット、予備は二つ。レーダー感度、許容範囲。スラスター、可動良好。冷却システム、異常無し。照準補正……なるようになれ、か。外部電源カット、バレットへの切り替え、完了。ハンガー、ロック解除」
スペースニウムエンジンの副次効果により、機体重量は減少している。それでも、機体を拘束していたハンガーのロックを解除すれば、相応の振動が体に伝わった。
(お前、僕なんかに乗られて嫌だよな? こんな事になってしまって)
ブレインセカンドは何も言わない。ラスティネイルとは違う、ただのガンドール。それでも。
「願力……ノイズ気をつけて、姫様」
「構いません。ありがとう」
少年の願いが放たれる。コックピットから、全身に漆黒が満ちていく。
ブレインセカンドに、魂が宿った。
「気をつけて、ハイバケントくん!」
セカンドから離れる直前、整備兵の少女が健人の名前を呼んだ。自分から名乗った訳では無かったが、誰かから聞いたのだろう。健人も作業中、少女の名前を幾度となく耳にしたが、改めて本人に確認したかった。
「ユイさん! 君の名前!」
「ユイ! ユイ・フィール! いってらっしゃい、ケント!」
「ありがとう、ユイ! いってきます!」
コックピットハッチが閉じる。モニターにカタパルトが映った。
「ごめんなさい、あなたを巻き込んで」
「今更。覚悟はあります。こいつに言ってやってください」
「そうですね。よろしく、ブレイン」
ルミナは健人の放つ漆黒を阻害しないように、願いを抑え平常心を保とうと心掛けた。緊張が、二人に軽い痛みを伝える。
シリウスの砲撃が、進むべき道を切り拓いた。
「発進、どうぞ!」
「灰庭ケント、ブレインセカンド! いきます!」
鈍色の空、見慣れた空。
ケントとブレインセカンドは、新たな人生へ飛び立った。




