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黒閾のダークブレイズ  Re.FIRE  作者: 星住宙希
第十章
12/31

忌み子の姫 序詞

パリキス・キラガ・メルテシオン。


神誓王国の第四王女である。


現王家は王と王妃。

二人の王子と、四人の王女で構成されているが、三女と四女は側室の子供だった。


パリキスは東国から訪れていた親善大使との間の子供であり、金髪碧眼の王族にあって、黒髪碧眼は嫌でも目立つ存在である。


メルテシオンにおける王族は降神能力ありきであり、発現者を世代ごとに必ず一人は確保するのがしきたりであった。


今期の王族は不作であり、神の御言葉を聞くのがやっとの有様である。


その為、後継者がいるにも関わらず、側室の子供も正式に王家の仲間入りをする必要性が生じたのであった。


パリキスは幸か不幸か、降神能力者の才が飛び抜けている。


神一柱を完全降臨させられる神霊力と器を持ち、あらゆる魔術特性に合わせられる特殊なアストラルパターンを持ちえていた。

発現者としては歴代一、二と呼ばれる能力者であったのである。


しかし、それが彼女の人生に陰を落とす一番の原因となった。


彼女は優秀過ぎたのである。


パリキスはその万能性の為、全ての神を呼ぶ素養を持ち得ていたのだ。

本来それは有り得ない事である。


その為、権力を手に入れたい人間達の恰好の的になったのだ。



それがガルンがティリティースから聞いた王女の情報であった。


レッドレイの予測は当たっており、翌日には召集命令が出て黒鍵騎士団専用の集会場にガルン達は集められていた。


人数はガルンを含めて12人。


黒鍵騎士団は千人規模の騎士団である。

100人ごとに部隊が編成されており、それを束ねるのが百人長と呼ばれる隊長格だ。


実力主義の黒鍵騎士団に置いて隊長格は分かりやすいバロメータ―である。集められた人間の半分以上が百人長だ。


ガルンも見知った顔がある。


ガルンの入隊している第九小隊の隊長、無名とグレイとネーブルだ。


この三人は何かと作戦で団体行動を組まされる事が多いので、自動的に顔を覚えてしまった


後は……フィン・アビス。

第一小隊の百人長であり、ラインフォートの懐刀。


実力は未知数だが、かなり高位の音使いである。


ラインフォートが壇上に上がった。


集会場は50メートルのワンフロア―をくり抜いたような広さだ。


特に椅子やテーブルもないので、集まった人間は棒立ちである。


「これから極秘任務を行う。これは国家機密レベルの案件だ。心して聞け」


そう言うとラインフォートは全員を見回す。





「第三王位継承者である、第四王女パリキス・キラガ・メルテシオン様が何者かに掠われた。これは我が神誓王国を侮辱する横暴である。我々は直ちに王女を奪還し、事を秘密裏に治めなければならない。王宮魔術師兵団と魔眼使いが姫の居場所を特定した。場所はカナトス領、南方20マイル。

幽宮の塔付近と推測される」


最後の言葉にザワリと何人かがざわめく。


(幽宮の塔?)


ガルンは聞き慣れない名前を記憶に馳せたが、何一つ思い出せなかった。


ラインフォートはざわめきを無視して話を続ける。


「運のいいことに付近には城塞都市グリネイがある。転移ゲートを使えば二刻程で幽宮の塔には着く予定だ。転移ゲートの使用許可は出ている。これより一刻半後に出動する。選別者は転移の門に現地集合。今作戦はスピード重視だ。小数精鋭で姫を奪取する。指揮はこの私が執る。以上だ」


ラインフォートの締めの言葉で、ざわめきながらも騎士団の面子は散っていく。


ラインフォートはガルンの姿を目に留めると、大声で呼び止めた。


露骨に嫌な表情をしながら振り返る。


ラインフォートはヅカヅカ歩るみ寄ると、


「貴様に一つ質問がある。昨晩はどこにいた?」


と、質問してきた。




「……?昨晩?普通に家にいたが」


ガルンは質問の意図が読めずに首を捻る。


ラインフォートは食い入るようにガルンを見つめていたが、唾を吐き捨てると語り出した。


「罪人の塔付近で殺人があった。死んだのはお前の知っている、例の看守兼拷問係りだ」


その言葉にガルンは目を見開いたが、


「へ~」


とだけ呟いた。


ラインフォートの目が険しくなる。


ガルンは肩をすくめると苦笑した。


「俺の住家は知ってるだろ?気になるならティリティースと妹に聞けよ。あれが証人だ。それに……あんな所まで外周城壁を気付かれずに越えて、行って帰って来るのにどれだけ時間がかかると思っているんだ?」


その言葉にラインフォートはフムと唸ってから納得した。


「まあ、いい。変な事は考えるなよ?貴様の命は俺が握っている。あの小娘もな」


ラインフォートはそう言うと歩き去った。


それを見てからガルンはほくそ笑む。


(やるじゃないか。あの赤頭。騎士にしておくのは勿体ない。あのイカレ看守を殺ったのは気に食わないが……)


殺人予定No.1があっさり殺されたのだけが悔やまれる。


いずれ自身の手で、カナンの受けた痛みの数百分の一でも与えながら殺してやると決めていたのだ。



ガルンが姫救出に出した報酬の追加条件は、罪人の塔でカナンに拷問を促した首謀者の正体であった。


幾ら罪人扱いでも、あんな早いスパンであそこまでの取り調べが行われる訳が無い。


現に重傷だったとは言え、ガルン自身は拷問などあの時点で受けていなかったからである。


明らかに人為的な命令があった可能性が高いとガルンは判断した。


それの裏を掴みにレッドレイが動いたようだが、こんな迅速に動き、あっさり看守を殺してしまうとは思わなかったのであ

る。


(少なくとも、あの赤頭は約束を守ったぽいな……)


ガルンは精霊の眼で見た、存在の光を思い出す。

真っ直ぐな輝き。

ガルンに取っては敵でなければ好きな部類に入る波動だ。


「ダークブレイズも返して貰ったしな。マジに姫救出やりますか」


ガルンは拳を掌で叩くと歩き出した。



一刻後、一通りの準備をしたガルンは転移ゲート前に姿を現していた。


空間と空間を繋ぐ魔動回路。


大規模な魔力を必要とするため、地脈から霊気を吸い上げ魔力に変換して使用されていると言う。便利な筈だが、使用条件が厳しいのはその為である。


ゲート広場には既に先客が集まっていた。




既に六人ほどがゲート付近に集まっている。


やたら目立つ全身真っ赤な男がいた。

集会場にいたか思い出してみるが、居たような気が全くしない。


「よう、百人斬り」


唐突に背中に声が掛かる。

ガルンの見識に無い人物だ。


スキンヘッドの厳つい顔の男。頭から左顔まで龍の入れ墨をしている。

軽装ではあるが、肩に巻いている木の輪の様な物が異常に目を引く。


他の少隊の人間だろう。

共同作戦をした覚えも無い。


ガルンは無視する事にした。

この男からは初めから敵意を感じる。


「おい、てめぇー無視かよ!ちょっと名前が通ってるからって調子にのるなよ?」


後ろから掴みかかってくる手を、ガルンは振り向きもせずに綺麗に躱す。

この程度ならプラーナ感知だけで十分である。


「……!!」


わなわな出した手を震わせてから、スキンヘッドは肩の輪に手をかけた。


器用に外すと腕を一振り、手にした木の輪は一瞬で棒に姿を変えた。先端に刃がついているので、正確には槍か。


「……?」


見馴れない武器の登場で、ようやくガルンはスキンヘッドに視線を移した。


「100人斬りなんてな~、そこらの雑魚相手なら俺にでも出来るんだよ!」


手にした槍を一回転させてから、柄を地面に叩きつける。




「100人かどうか、はっきりした数は分かんねーよ。報告上げたのは諜報部だろ?それに闇夜に紛れたゲリラ戦だ。全部ほぼ不意打ちだからな。実力な訳がないだろ」


面倒なので穏便に済ます方向にしたらしい。


ガルンは自虐的にそう答えた。


「けっ!ただの不意打ちヤローかよ」


「……」


「次からはデカイ顔して歩いてんじゃねぇーぞ」


「おいハゲ?テメェーも調子乗るなよ?」


と、最後に答えたのはガルンでは無い。さらに後方から歩いて来たネーブルの言葉だ。


一緒に来たらしいグレイが顔を引き攣らせている。面倒に巻き込むなと顔に書いてあるが、ネーブルはお構い無しだ。


「ああ?なんだ、このクソジャリは?」


スキンヘッドの槍がそちらを向く。


ネーブルの目付きが変わった。両手が腰の小型カトラスに伸びる


ネーブルの短気さはガルンも骨身に染みている。

一触即発な状況に拍車が掛かっただけだ。


仕方なく蝶白夢に手を伸ばす。


柄を握った時に、それは起こった。


「!?」


視界全てが真っ赤に染まる。

五感全てに倦怠感が纏わり付く。


(何だこれは?!)




(幻覚!?視覚汚染?)


チャクラを回転させて状態維持に回す。


倦怠感は払拭出来たが、視界は真っ赤なままだ。


「これからって時に、仲間内で喧嘩は認めんぞぉ!」


聞き慣れない声が間近にする。


かなりのプラーナを感じる事から、チャクラ開放者なのは間違いない。


「多節鞭とは、また変わった武器を持ってるな」


「なっ?!」


驚くスキンヘッドの声と共に視界が回復した。


軽い立ちくらみをしている先程の面子以外に、いつの間にか全身真っ赤な男が立っていた。


ロングコートに、髪も眼も赤い。


片手にスキンヘッドの槍――多節鞭が握られていた。先程の間に奪い取ったらしい。


「テッ、テメェ~!確か3番隊百人長のユウスケ・アカイ!」


歯ぎしりするスキンヘッドに赤男は簡単に多節鞭を投げ渡した。


「喧嘩している所を団長に見られたら、報酬を減らされるぞ!何の得も無い。さっさと止めるんだな」


赤頭はニカッと笑うとガルン達を見た。


「お前らも安い挑発にのるなよ!」


全員を指差してから元居た場所に戻っていく。


スキンヘッドは唾を吐き捨てると、多節鞭を鞭状態に戻して肩に巻くと逆方向に歩き去った。







「なんだ、今の奴は?」


ガルンの呟きにグレイが答える。


「ああ、あいつはパク・ハオロン。10番隊の奴だ。あの変な三節棍を鞭まで細かくしたやつを持ってるのは、そいつしかいないぜ」


「そっちじゃない。さっきの赤野郎の方だ」


グレイはガルンの視線の先を追った。

何故か豪快に笑っている赤男がいる。


「ああ、ユウスケ・アカイか。三番隊の百人長。東国の出で、無手での近接戦闘の達人。寸勁だが鍛針功だかよく分からんが気を使う武術家らしいな。鎧着ていようがいまいが、お構いなく内部破壊のオンパレード。それにプラスしてさっきの『レッドインパルス』とか言う訳の分からん特殊能力つきさ。室内戦とかだったら、まず勝てないだろうな~」


そう言ってグレイは渇いた笑みを浮かべた。


顔付きから判断して俺では勝てないと物語っている。


「まあ、あいつはさっきのツルッパゲと違って強いと思うぜ?」


何故かネーブルが胸を張ると、そのまま話し始めた。


「俺の見立てじゃ黒鍵騎士団の最強候補は音使いのフィン・アビス、うちの隊長、剣 無名ツルギ・ムミョウ、赤男、ユウスケ・アカイ、後、あっちの青黒マント、錬金魔術師のクロックワード、それに、この作戦に呼ばれていない“響音の魔道戦士”ブルースフィアって所かな?」




俺が抜けてないか?」


と、グレイが自らを指差す。


ネーブルは険のある表情でグレイを足元から頭までなめ回す様に見つめた。


「お前は駄目だな。魔法戦士として実力はあるがなんて言うか……精神的にひ弱だ。頭でっかち過ぎる」


「何だそりゃ?」


「まあ……」


チラリとネーブルはガルンを見つめた。


「お前は仕方ないから候補に入れてやる……」


何故か恥ずかし気に言ったが、言われた当人は明後日を見たまんまだ。


「貴様!人の話を聞いてないな!」


激昂するネーブルを、


「あ?悪い悪い」


で、ガルンは済ませる。


返答がおざなりなのには理由があった。

チャクラ感知を行っていた為だ。


先程のネーブルの最強候補の話から、“後々”を考えて強力な者を先に拝んでおくのは悪くないと判断した為だ。


残りの参加者もぞくぞく来る。好都合と言える。


(……思ったより少ないな)


ガルンは素直な感想を漏らした。


結局、集まった人間でチャクラ開放者は無名とアカイだけだったのである。


これなら、ただの肉弾戦ならほぼ全員をブチ倒す事が可能であろう。


後は相手の技能と特殊能力次第である。



定時近くになるとラインフォートが現れた。

フィン・アビスともう一人――女性を連れている。


「!!」


その姿を見てガルンの目が細まった。


白いローブで身を包んだ美少女。歳は17辺りだろうか?銀色のショートカットに病弱のように白い肌。朱い瞳が一際目立つ。


ガルンの鋭い視線にネーブルは気付いた。


「何だ?お前、あんなのが趣味なのか?」


何か険のある口調にグレイも反応する。


「すげー可愛い子ちゃんじゃないか?もうちょい年齢と胸が欲しい……な……」


鳩尾にネーブルの肘鉄が入ってグレイは悶絶する。


「やっぱ、お前もか!」


ネーブルの怒気を、ガルンは手で制した。

よく見ると表情はかなり冷めている。


「あいつ……人間じゃないぞ」


ガルンの呟きにネーブルは目を丸くした。言うに事欠いて返答がそれである。


「いや……趣味じゃないのはともかく、それは酷くねぇ~か?」


ガルンは少々イラッと来たが説明は止めにした。

精霊の眼の事を教えれば話は早いが、それすら億劫だ。


存在に違和感を感じたのはプラーナ感知が可能な無名とアカイぐらいか?


あれにプラーナは無い。

纏わり付いているのは霊気だけだ。




その少女の姿を見て、何人かがざわめき出した。


「おい、あの襟の紋章……」


「天秤に籠……王宮近衛騎士団の紋章じゃないのか?」


「あれが近衛騎士?」


ガルン達とは別のベクトルで注意が促される。


ガルンはその様子をちらりと見てから、少女に視線を戻した。


(魂が……霊殻が無い。あの外見で考えられるアンデットと言えば……吸血鬼か? しかし、今は昼間だぞ?)


聞き齧りの知識を総動員する。


吸血鬼。


ヴァンパイア、ノスフェラトゥ、ディープブラッド、エターナルライフ。

呼び名は数あれど、人の生き血を吸うとされる不死の眷属。


それより上位とされる“魔神鬼”や“呪血鬼”よりはマシとされるが、それでも個人の戦闘力は人間のそれを遥かに凌ぐ。


その中でも“真祖”、“起源の血喰い”と呼ばれるクラスの戦闘力は群を抜く。


このレベルだといかに身体を鍛えても、人間の腕力、反応速度では対等に戦うのは難しいとされる。


肉弾戦でこれに追い付くにはガルンのようなチャクラ開放者か、気を操る気法使い、もしくは特殊能力で肉体強化をしない限りでは人間では戦いにすらならない。


これに何の策も無しに立ち向かうは、ただの愚者としか形容できないのだ。そんなレベルの存在が吸血種と言うものだ。



全員を前にラインフォートが一歩前に出る。


「気付いている人間もいるだろうが……彼女は王宮近衛騎士団の一人だ。だが、記録上は存在しないと覚えておけ。彼女の事は……」


言い淀むのを見て少女が前に出る。


「私は……そうだなゼロと呼んでくれ。ここには個人的に来ていると判断して貰えればいい。とにかく……姫の救出が全てだ。どんな犠牲を払ってでも姫を救い出せ。姫を救出した者には特別な報奨金を出そう、もしくは免罪符をくれてやる。一度で全て“チャラ”だ」


ゼロと名乗った少女の言葉で全員がざわめき出す。ラインフォートだけが顔をしかめた。


(……!!それならカナンの怪我も)


ガルンも珍しく顔に喜色の表情を出していた。

ゼロの提案は黒鍵騎士団の人間には、あまりに魅力的な発言である。


「ふざけてるな。無し、無いでゼロって事かよ?」


何故かネーブルは機嫌が悪い。


同じく機嫌が悪いラインフォートが口を開く。


「今回、ゲストも作戦に参加するので編隊を著しく偏らせる。正面侵入の陽動に五人、多はスリーマンセルを三チーム編成して姫を探索とする。これからチームリーダーとチーム編成を発表する」




全員の視線がラインフォートに集中する。


「チーム・アルファは隊長を私が兼任する。編成はフィン・アビス、剣・無名。チーム・ブラボーは隊長をゼロ殿、編成はユウスケ・アカイ、バルトバック・ハイデマン。チーム・チャーリーは隊長をクロックワード、編成はギル・リズリ、リン・ハオシー。陽動隊は隊長にパク・ハオロン、後は残りのメンバーだ。何か質問は?」


その言葉に微妙な空気が流れた。明らかに戦力に偏りがある。


「流石チキン。自分の回りは隊長格でガッチリガードかよ」


「陽動は正しく陽動だぜ。百人長が一人も無しだ」


ネーブルの愚痴にグレイも相槌を打つ。

隊長格はラインフォートと立場を考慮してかゼロに集中している。

残り一人がチーム・チャーリーの隊長だ。

後は戦闘力がなるべく高い者のかき集めである。


そんな事を意に介さないガルンが手を挙げた。

ガルンは端から戦力分布になど興味は無い。


そもそも名前を連ねられても、所属している九番隊の面子でも名前を覚えているのは数人しかいないからだ。


それだけガルンに取って仲間とは希薄な存在と言える。


「質問だ。俺は陽動隊のようだが、陽動が終わったら“切り込んで”問題は無いよな?」




全員が一瞬沈黙した。


様は正面突破宣言である。そのまま姫を捜す。

戦場で言えば城の城門から突撃し、敵の大将の首を取りに行くと豪語しているに等しい。


蛮勇どころか無謀に近い。


何人からか失笑が浮かぶ。

本気で言っている事を“知っている”メンバーだけは苦笑いを浮かべた。


基本、この少年はジョークを言わない。


本気だ。


その言葉に笑みを浮かべたのはゼロだけだった。


「勿論かまわんさ!姫を救出できるのなら戦略など、どうでもいい!貴様の好きなようにするがいい!」


その言葉にガルンは微笑してから、


「了解」


と、だけ答えた。



――それから二刻後。


ラインフォートの予測通り、幽宮の塔と呼ばれる場所に彼らは到着していた。


幽宮の塔。


古代ハルトゥースカ文明紀に造られたとされる謎の建造物。


建造目的は不明。


遥か天に迄延びる、最果ての登頂部は下からでは視認出来ない。


ただ、モンスターや魑魅魍魎が住まう、魔境とだけ化していた。


何回かの遺跡探索隊が調査した結果、この塔で何かの儀式を失敗し、塔の内側だけ限りなく別の世界の構造体に変質していると言う結果だけが報告された。




彼ら遺跡探索隊は最長48階を制覇。


そこまでの犠牲は82人。


何の益も出てこない登頂に、調査はそうそうに打ち切られた。


この塔に登るのは、秘宝があると夢見る冒険者か、鍛錬として立ち向かうか、魔獣狩りが材料として魔物を狩りに来るか、魔獣使い、召喚術師が使役する魔物を求めて登るだけだとされていた。


そこをアジトにするには、メリットとデメリットが存在する。


天然の要塞ではあるが、安全性の保証も無ければ、人の手を入れる労働力と資金も必要になる。


実際、ダンジョンに寝倉を作る手合いはもの好きと言うしかない。


塔を見上げてグレイが口笛を吹いた。


やはり地上からだとてっぺんが見えない。


それどころか、全体が陽炎の様に歪んでいる。


ガルンは込み上げてくる吐き気を何とか押さえ込んだ。

まるで悪鬼、死霊の詰まった蠱毒の壷のように感じる。


(何だ……この禍まがしい気配は。居るだけで気持ちが悪い)


仕方なくチャクラの一つを状態維持に回す。


この塔に違和感を感じた人間は皆揃って顔色が悪い。

例の吸血鬼すら目を細くしているのは不思議な光景だ。


不死の眷属すら気味悪がる戦場と言う事になる。



「それでは捜索隊は西、北、東へ移動。陽動隊は捜索隊移動後、半刻後に進行。それを合図に潜入する。以降、陽動隊は自己判断で任務にあたれ。それでは状況を開始する」


ラインフォートの声と共に分隊が走り去る。


陽動隊として残されたのは、ガルンにネーブルとグレイ、それに先程のスキンヘッドのパク・ハオロン。そして、四十代辺りの屈強そうな男性だ。


黒鍵騎士団に壮年の人間がいるのは珍しい。


何故なら前線にほうり込まれる黒鍵騎士団は、あまりに消耗が激しいからだ。


大半は戦死。


逆に生き残った古参は、免罪符を得て騎士団を除隊するものだ。


黒鍵騎士団の年齢層が低い理由は正にそれである。


そんな中に年配の人間がいれば、嫌でも目立つのは当たり前だ。


「しかし、陽動隊は陽動後、自己判断ってどんだけ適当だよ」


ネーブルが毒づく。


グレイも苦笑いを浮かべている。


確かに今回の任務で一番割に合わないのは陽動隊だろう。


敵の主力を引っ張り出すのが主任務。


恩賞が手に入る姫奪還任務からは、一番縁遠いスタート地点だ。


「クサクサしても始まらない。要は正面突破でぶち抜くまでだろ?」


ガルンは平然と宣言する。


強気な発言は相変わらずだなぁ~と、ネーブルとグレイは笑い出した。




「相変わらず、お前は面白いよな!」


「マジな所がさらに受けるぜ」


二人の笑い声に我慢ならなかったのか、パク・ハオロンが不機嫌丸出しの様相で近寄って行く。


「お前ら場を弁えろよ?これだかバカなガキは嫌なんだよ。仕方ねぇ、これから陽動隊は俺の指揮下に入れ」


「はあ?寝言は寝て言えよハゲ?」


ハオロンの言葉にネーブルが噛み付く。


暴言にハオロンの目尻が釣り上がった。


「糞ガキがあ……。この中で1番強い俺様が仕切るのは当然だろうがら!」


「はあ?!1番弱いお前が何言ってんだハゲ」


「何だぁと!誰が1番弱いだあああ?!」


ハオロンは多節鞭を抜き放つ。


喜々としてネーブルは腰から小型のカトラスを二刀抜き放った。


「落ち着けよ二人とも!おい、ガルン!お前も何か言えよ」


グレイ一人が慌てている。

作戦前なのだから喧嘩など以っての外な所だ。


(なんでこいつらは無駄にテンションが高いんだ?)


ガルンは面倒なので無視するか、二人とものしてしまうか本気で考え始めた時に年配の男が立ち上がった。


「まあ、待ちたまえ。ここで戦っても無駄に体力を消耗するだけだ。それならば、これから突入する幽宮の塔での敵を倒した数で勝敗を決めてはどうかな?」




男の提案に二人は顔を見合わせた。

少しの間、睨み合いが続いたが、お互いがそっぽを向く。


「まあ~仕方ない。俺は構わないぜ。どうせ、勝つのは俺だからな」


自信満々のネーブルを見て、ハオロンは唾を吐き捨てる。


「いいぜ、貴様の鼻っ柱へし折ってやる。ついでにガルン・ヴァーミリオン貴様も勝負だ!“ナイト・ファントム”とか大層なコールネーム貰って調子のってんなよ」


ハオロンに指さされて、ガルンは嫌そうに自分を指さして見る。


コールネームなど勝手に付けたのはラインフォートである。


秘匿作戦遂行中の仲間を呼び合うための呼称でしかないコールネームだが、何かと面倒なポジションやしんがりを務める事が多いガルンは、騎士団全体通しての独立コールネームにされてしまったのだ。


隊長にはそれぞれコールネームを決める権限を持っているが、たいていは適当である。

ガルンが所属している九番隊は無名がソード1であり、後は作戦に参加する人間がソード2、ソード3と順々に決めていく。大半は入隊順であるが、そんな中、ガルンだけはナイト・ファントムと言うコールネームを使わされている状況である。


正直、ガルンにはどうでも良い話であるが、ハオロンみたいに勝手に優遇されていると勘違いする人間もいるようだ





「あっ!どうせ~なら俺も俺も!って言うかさ、もうこの際ここにいる面子全員で競って、ビリッケツが全員にメシ奢るってどうよ!」


「おっ!いいね。ナイス、グレイ!それ決定!負けた奴は酒代込みで全奢りな!今まで敷居が高くて行けない料理屋行こうぜ!」


ネーブルのはしゃぎようにガルンは半笑いしつつ、年配の男に近寄った。


「あんたはいいのかよ?頭数入ってるみたいだが」


いつの間にか開催決定が成された、敵掃討数決定戦は全員強制参加の様相を見せている。


「別に構わんさ。それでモチベーションが上がるならそれに越したことは無い」


男は微妙にはにかんだ。


傷だらけの顔と短い茶髪のせいか、ガルンは久しぶりにグラハトの顔を思い出した。


埋没するような日々のせいで、少しづつ想い出が色褪せてきたような感覚に戸惑いを覚える。


「俺はライザック・アルジャーノンだよろしくな。ガルン・ヴァーミリオン」


出された手を握手しながらガルンは少し驚いた。

ナイト・ファントムと言うコールネームは出回っているが、フルネームを知っている人間は殆どいない筈である。


「あんた……なんで名前を?」


ガルンの驚いた表情にライザックは豪快に笑った。




「俺は此処では最古参だぞ?それに蛇の道は蛇ってな。他の連中の情報も持っている。例えば、あのはしゃでいるネーブルってガキは男物の服装をして少年風だが、実は女だ」


「それは知ってる」


ガルンはちらりとネーブルを見た。

男言葉も堂に入っているし、刈り上げた髪に服装も少年の様だが、初めから存在の光が女性特有の揺らめきを放っている。


これはガルンにしか出来ない判別法ではあるが。


「……これは驚いたな。凄い観察眼だ。じゃあ、あっちのハオロン。あいつは、此処に来るまで山賊の頭を張っていたって言う話しだ。相当悪どい事をやっていたようだが……、腕を買われてここに入れられたって所だな」


「……それは、初耳だな。でも、あんたはどうなんだ?」


ガルンの目が鋭くなる。

値踏みするようにライザックを窺う。


「俺……か。俺は金儲けさ。知ってるだろ?黒鍵騎士団は犯罪者か報奨金目当ての傭兵崩れが入隊する所だと?」


「グレイは知らないが、ネーブルは償金目当てだと言っていたな……」


「黒鍵騎士団は第一線で戦う率が1番高い。荒稼ぎするにはベストな場所さ」


ライザックはそういうと手を開いて、指で輪かっかを作る。金のサインだ。




一般的に入団した人間には免罪符の変わりに多額の報酬が出る。歩合制であり、勿論ギアスは掛かっていない。


(なるほど。こいつは嘘をついている)


ガルンは存在の光の歪みに気付いた。

先程から精霊の眼には切り替え済みである。


佇まいもそうだが、存在の光に淀みが無い。

これは明確な意思を持った人間の気配だ。

理由があってここに潜伏している可能性が高い。


(……まあ、一枚岩な訳は無いか。しかし……)


ガルンは少し考えてからライザックの瞳を覗き込んだ。


「“あんたの信じる神は誰だ”?」


ボソリと呟いた言葉にライザックの目付きが一瞬変わる。


ガルンは惚けたような顔をしているだけだ。


それを見てライザックは年配らしい、余裕のある笑みを浮かべた。


「……戦律神だ。これは評価を改めるべきだな。よく気付いたものだ」


「俺をここまで引っ張ってくる連中だからな、潜伏者の一人ぐらいはいるかとね」


レッドレイの顔を思い出す。


水面下でこれだけ動いているのは彼等だけであろう。と、なれば彼等と同じ信者が動いている可能性は十分に有り得る。


「まあ……普通に考えれば、こんな長いスパンで潜伏任務をしている方がどうかしているか?」




「信者って言う生き物は、信じる神の為なら死ねるって聞いた事があるからね。別に死ぬ可能性が高い場所に潜伏していても驚かないさ」


ライザックの言葉をガルンは気にした風もなく納得する。


「なら話は早い。とにかく姫の救出に全力を尽くす。それだけだ」


ライザックは意思の篭った笑みを浮かべながら、腕を上げた。


「こう言うノリは好きじゃないが……今は乗っとくよ」


そう言うと、ガルンは仕方なさそうに拳に拳を当てる。


それを目敏く見たネーブルが走り寄って来た。


「何だ?ガルンこのおっさんと知り合いか?」


ネーブルの明るい言葉に、ガルンは肩の力を抜いた。


戦場ではネーブルの元気さは有り難い物かもな~と、茫洋と考える。


作戦実行の時間は着実に近づきつつあった。




約束の時間が迫り、陽動隊の面子は幽宮の塔の正面入口に迫る。


各々が武器を抜き放つ。


ネーブルは小型のカトラスを両手持ち。


ハオロンは例の多節鞭だ。


グレイは腰の双剣を抜き放つ。


グレイの双剣は一つの鞘に大剣型でしまわれているタイプであり、ジョイントを繋げたままなら大剣としても機能する。玄人向けの仕様だ。



ライザックは大型の盾のみだ。中側にぎっしり鎖が見える。腰にショートソードをさしているが抜くそぶりは無い。


(見ない武器だな?)


ガルンもそれぞれの得物を眺めてから、黒い長剣を引き抜く。


それをネーブルとグレイは不思議そうに眺めた。


「アレ?お前そんな馬鹿長い黒い剣、持ってたっけ?」


「ガルンの武器は刀だったよな?」


二人の視線にガルンは珍しく陽気な笑みを浮かべる。


今日のガルンは背中に長剣を二本帯刀していた。


ダークブレイズを両手持ちして少し掲げる。


「これが俺の本当の得物だ。まっ、見てろよ」


自信満々なガルンを見て、ハオロンは不機嫌そうに号令を飛ばす。


「時間だ!いくぞ」


一番乗りを果たそうと、ハオロンが走り出そうとするのをガルンが声で制す。


「待て!先に俺が露払いをしてやる!それから切り込め」


ダークブレイズに猛々しい焔が燈る。


全員がそれに気がついて驚いて硬直した。


剣から溢れる赤い炎は、魔法剣や属性錬成した武器よりも鮮烈だ。


眼が奪われている内にガルンは魔剣を振り上げる。


「はあああ!」


裂帛の気合いと共に魔炎を解き放つ。


流星の様に煌めきながら、赤い炎弾は塔の入口を吹き飛ばしながらフロアーに吸い込まれた。




続く轟音と、よく分からない生物の悲鳴が上がる。


塔自体が軋むような振動が開戦の狼煙となった。


爆炎の威力に尻込みしたのか、動かない仲間を無視してガルンが駆け抜ける。


「あっ!狡!」


慌ててネーブルも走る。直ぐにハオロン、グレイ、ライザックと続いた。


一階フロアーはよく分からない焦げた臭いと、見慣れない死骸が少しだけ残っていた。


温度調節をミスして食材を駄目にした釜の中の様の有様だ。


「言っとくけど、相手の数が分からないのは倒した数に入らないからな!」


ネーブルが指差してガルンに文句を突き付ける。


「すげーな。これ、俺の魔法剣より威力が高そうだな。と言うか、普通の魔術師の炎熱魔法より上っぽいような気が……」


グレイが口笛を吹きながら惨状を見回す。


一階フロアーに賊の戦力があったのか、はたまた住み着いたモンスターがいたのかも今となっては分からない。


ハオロンは舌打ちしたが、二階への階段を見つけるとにんまり笑みを浮かべた。


「陽動はこれだけ派手なら十分だな! 後は姫を救出する個人勝負だ!」


階上に向かうハオロンを見て、ネーブルも続く。


「負けねーぞコォラ!」


慌ててネーブルも階段に向かう。


「やれやれ」


と、呟いてグレイも後を追う。


ライザックも後を追うとして、立ち止まっているガルンを不審に思って足を止めた。



「どうしたガルン?」


ライザックの声を受けてもガルンはピクリともしない。


見ているのは……足元だ。


(何だこれは?!)


ガルンは生唾を飲み込んだ。


精霊の眼に切り替えなくとも感じる禍々して妖気。それが足元から立ち上がってくる。


(妖気?いや……霊気か?)


精霊の眼に切り替える。


足元には無数の幽体の気配。

込み上げて来た吐き気を押さえられずに、ガルンはその場で嘔吐した。


「?!」


急いでライザックが駆け寄ってくる。


「大丈夫か?さっきの技は身体に負荷がかかり過ぎるんじゃないのか?」


「だ……大丈夫だ。ちょっと毒気に……当てられただけだ」


ライザックを手で制す。


しかし、ガルンは状態維持の為にチャクラを一つ投入する羽目になっていた。


(くそ!くそくそ!胸糞悪い)


ガルンは口に残る胃液の味を、唾と一緒に吐き捨てると階下への道を探し出した。


階下かから感じる幽気は生々しい。


それはゴーストやスペクターと呼ばれる化け物の気配を意味しない。


これは大量の生命の死の気配だ。


それは有に500を越えている。


(これだけの命を殺し尽くしたんだ……。何かの儀式か?)




これだけ大規模な人数を運び込むのに、面倒な事は出来ない。


階下への単純な階段か転移ゲートがあるはずとガルンは判断する。


「足元……下にフロアーがあるのか?待て、今、探索の魔法を使う」


ライザックの言葉を無視して、ガルンは精霊の眼で霊気が漏れ出している位置を探し出す。

そのポイントは壁の中だ。明らかに隠し扉になっている。


「そこか……」


魔剣の一振りで壁を吹き飛ばす。


二層の壁の奥に下への階段が隠れていた。


ゆっくり近づくガルンに続いて、ライザックも回りを警戒しながら走り寄る。


「……よく分かったな。造りも新しい。塔なのに上はフェイクだったと言う事か?」


ライザックの呟きをガルンは無視した。


罪人の塔も造りは似ていたからだ。

外から見れば、誰しも上を目指したくなるのが心情だ。


「地下に追加でフロアーを造るのは時間が掛かる……それを埋めるには凄腕の魔術師がいなければ無理だ。二人で行くのは危険過ぎる。せめて上に行った三人を連れてこよう」


ライザックが提案を上げていると、階段のある壁に穴が開いて大量の人骨が溢れ出して来た。


「?!」


ガルンとライザックは後方に後ずさる。




落ちた骨が独りでに結び付くと、異形の人骨兵に姿を変えた。


「霊魔兵(りょうまへい!トラップだ。侵入者を見つけると、自動的に地霊や怨霊を宿主にして作り出される兵隊だ」


ライザックは手に持つ盾の上で沢山の呪印を切る。すると盾が淡い金色の光りを放ち出した。


(儀式礼装された盾?)


ガルンはその様子を横目で見ながら、ダークブレイズを構える。


ライザックは赴ろに盾を円盤投げの様に骸骨兵向かって投擲した。


鎖が伸びるジャラジャラした音を余韻に、骸骨兵を次々に薙ぎ払う。


壁にめり込む頃には四体の霊魔兵を砕いていた。


シールドには鎖がついており、その先端はライザックの左手に握られている。


それを引くと、バネ仕掛けなのか綺麗に元の手に吸い込まれた。


原理はヨーヨーと同じようである。


呪印処理により魔法防御が張られ、それに質量が足された盾の強度は鉄槌やハンマーを遥かに凌ぐ。その一撃は巨人族の攻撃のような威力だ。


シールドシューターと呼ばれる希有な武器の使い手。それがライザックであった。


「ここは一旦引いて、皆で降りよう」


ライザックの提案にガルンは首を振る。


「今のでブラフの上層では無く、本命の地下に気付いたとバレた筈だ。迎撃準備される前に道を切り開く!そっちは残りの連中をなるべく早く連れ戻して援護に来てくれ!」


ライザックは熟練の判断力か、頷くと直ぐさま上層への階段に向かう。




「ガルン!一つアドバイスだ。地下に潜ったらその武器は細い通路では使うな!酸欠になるぞ」


去り際のライザックの言葉に、ガルンは成る程と頷く。


ダークブレイズの燃焼力だと狭い空間の酸素を簡単に使い切ってしまう可能性は高い。


「了解!」


そう叫びながら骸骨を一撃で三体粉砕。


魔剣の豪炎で、骸骨は一瞬に炭化して砕け散る。


(全部の相手をするのは時間の無駄だ)


ガルンは突きの構えをとると、魔剣の先に炎が集まる。


チャクラを腕力と脚力に回す。


「はああ!!」


気合いと共に真っ向から、骸骨の群れに突き進む。

ガルンは一条の炎槍と化して、立ち塞がる直線上の骸骨の群れを全て弾き飛ばすと、そのまま階段に滑り込んだ。


階段を二回ジャンプしてやり過ごし、階下に綺麗に着地する。


空けたフロアーだが何も無い。正面と左右に道が見えた。


上からガチャガチャと人骨兵の足音がする。止まっている時間は少ないようだ。


(正面は死体が集まっているルート。儀式場か死体置場か?そう考えると、左か右か?)


ガルンは吹き出る妖気かそう判断し、感で右にルートをとる。


本来、精霊の眼で捜索したいが、罪人の塔の二の舞に成り兼ねない。


それだけこの地下迷宮も異常な瘴気を放っていた。




地下三回まで簡単に駆け降りる。


それまでのトラップやモンスターとは遭遇していない。


(ビンゴのルートか?まあ、新築のダンジョンに

いきなりモンスターはいないか……)


通路の抜けた先で、広めのスペースに出くわした。


奥に扉が見えるが、不自然な像が三つ並んでいる。


左にケルベロス。中央にスフィンクス。右にキマイラ。


あからさまに怪しい。


どうやらここから侵入者選別のトラップがあるようだ。


「……間違った道を通ると像が動くとか……」


ガルンはしばし考える。

本物と同じ能力が備わったゴーレムだとしたら、戦闘はなるべく回避したい所である。


「よし……面倒臭い!」


ガルンはダークブレイズを腰溜めにすると、チャクラを全て魔剣に注ぎ込む。


「動く前に……取りあえず砕く!!」


全力攻撃。


煌めきを放つ蒼い炎は、まるで空に咲いた青い大輪の華のようだ。それに搦め捕られるように三体の像は跡形無く綺麗に蒸発した。


溢れる熱気にガルンは顔をしかめる。


(酸欠より先に、地下は熱気がやばいな……)


仕方なくダークブレイズを背中の鞘に設置すると、蝶白夢を抜き放つ。


一振りして水膜を出すと、辺りに水うちの要領で解き放った。




床が焼けた為か、熱した鉄板に水を垂らした後のような蒸発音と白い煙が立ち上がる。


「……これは、戦い方を考えないとマズそうだな」


瓦礫と化した像を摺り抜けて扉を開け放つ。


流石に今の爆音で完全に気付かれたのだろう。


前方から足音も響き出した。


「さて……どうするか」


ガルンは眉を寄せると妖刀を振り上げた。




黒づくめの男達が回廊を駆ける。その数、四人。


侵入者の存在は感知していたが、真上に行かずにいきなり本丸を攻められるとは夢にも思わなかったようで焦りが見える。


それもメインシャフトとして使用している、罠が皆無のルートを通られては目も当てられない。


二つだけ強固な罠が用意してあったが、その内の一つは起動したそぶりもない。


同胞の錬金魔術師が精巧に造ったクリーチャーの石像に、『魔獣転生』の呪術式を組み込んだ自立型防衛機構だ。


道を通るには決められた合言葉が必要であり、パスワードを間違えれば石像は本物として事象して侵入者を襲う。


しかし……、罠自体が起動した反応がないのが理解できない。


実際、ガルンが罠うんぬんが発動する前に壊してしまったのだが、姫を拉致した連中にはそこまでは予測出来なかったようだ。




侵入者が近づいた通路付近に陣取る。


この先は本来、魔獣石像のトラップ拠点だ。

しかし、ここを突破されている可能性は十分高い。


通路の奥から何かがゆっくり近づいて来た。


無数の泡――シャボン玉に見える。


「水属性の魔術か?」


不審に思い迎撃者達は柱の影に身体を隠す。


しかし、そのシャボン玉は迎撃者達の付近を通り過ぎると全ていきなり破裂した。


水しぶきが空中で紫色の蝶に変貌する。


「なんだこれは!」


舞寄ってくる無数の蝶々。


迎撃者達はそれを手や武器で払いのける。


そこに人影が飛び込んで来た。


見慣れない刀を持つ黒髪の少年。


「チッ!」


舌打ちして一人が懐に両手を突っ込むと、そのまま少年に向けて紙札を投げ飛ばした。


その数五つ。


左手で印を結んで、


「バザラザラン・カン!」


と唱えるとそれは燕に変貌した。


少年は飛翔してくる燕を切り捨てようと刀を振るうが、燕達は絶妙な方向転換でそれを躱す。


通り過ぎると両肩と頬、両フトモモが切り裂かれていた。


少年の動きが鈍る。


別の一人がそれを見て前に滑るように進む。




懐から呪符帯を取り出すと前方に投げる。


呪符は空中で散乱すると、いつの間にか円を形作っていた。


「ナウマクサウマンダボダナン・ヨハサリハ・ソワカ!」


真言マントラを唱えて拳を呪符円の中心に打ち付けると、呪符円から闇で出来た巨大な拳が飛び出した。


少年はそれを刀で咄嗟にガードするが、勢いを殺せずに弾け飛ぶ。


追い撃ちのように他の一人も懐から、三鈷杵さんこしょを少年目掛けて投げつけた。


印を結ぶと真言を唱える。


「ナウマクサウマンダボダナン・ビリシャリタ・アキトラト・ソワカ!」


少年の右胸に三鈷杵が刺さると、目も眩む電撃が

三鈷杵から解き放たれた。


空間が白む程の放電が通路を埋め尽くす。


それが止むと少年は廊下に落下した。


ぴくぴくと痙攣している姿は断末魔のそれに近い。


「我らに一人で挑むとは愚かなり。何処の手の者か確認させてもらうぞ」


倒れ伏している少年を足で蹴り起こす。


少年は黒づくめの見知った人間だった。


「……?ザオウ?」


仲間の名前をポツリと零す。


気付いた時には後の祭であった。


頚椎を断ち切られる、鈍い痛みと共に彼等の意識は一瞬で暗闇に飲み込まれた。




「見たことの無い術式だった……。東か南大陸の魔法か?」


ガルンは刀を振って血を落とす。


迎撃者たちは次々に地面に崩れ落ちた。


ガルン自身は無傷である。


迎撃者たちは蝶白夢の精神汚染にかかっていた為、どこからがガルンで、どこから仲間とすげ替えられていたのかは理解の範疇外だったであろう。


密教の呪符魔術師や法術師はこの大陸では珍しい。ガルンの知識には無い能力集団と言える。


だが、初戦で相手の能力が分からないのは常であり、そこにたいした意味は無い。


いかにして相手が実力を出し切る前に倒すか――それがグラハトからの教えであった。


ガルンはそれを忠実に熟しただけである。


(しかし、相手の能力を類推できないのは厄介と言えば厄介だな)


ガルンは迎撃者を一瞥してから再び走り出した。


新築のような綺麗な地下迷宮は、真新しい城の中のようだ。


薄暗いとは言え洗練され造形は、かなりの腕とセンスの魔道士が造ったと看破できる。


地下八階。


あまりに何も起こらない事に違和感を感じながらも先に進む。


しかし、回廊を進む中でその意味をようやく理解した。


前方に嫌な気配がする。




範囲を限定して精霊の眼に切り換える。


目の前の扉の奥から、薄黒鉛色に変色した強固な存在の気配を感じてガルンは歯を食いしばった。


(これは……酷い)


ゆっくりと扉を開ける。


だだっ広い中華風の広場には、龍やら獅子の彫り物がされた壁が目立ち、異質な雰囲気を醸し出している。


その中央に人がいた。


いや、人型の種族が。


人外の気配がひしひしと伝わってくる。

問題なのは人間ではないくせにチャクラが啓いていることだ。


目の前から伝わるプレッシャーは久しぶりの強敵の気配。


「去ね人間。ここから先を通るには我の洗礼を受ける事になるぞ」


「……なんで、あんたみたいのがこんな所で番犬をしている?」


「……これを見ろ」


その人型は首を示した。金色の太過ぎる妙なリングがガッチリ嵌まっている。


「秘宝の一つ。“従属の輝輪”と呼ばれる宝器具だ。これの呪いの力で我は下された制約に逆らえ無い。すなわち、侵入者は例外無く排除しなければならない」


首の首輪らしい光の輪を握る。手が焼け焦げる匂いがしてから、数秒してから口惜しそうに離す。


「……理不尽な事だな」


ガルンは妖刀をゆっくりと構えた。




「我もそう思う」


そいつは苦笑したようだった。鰐のように長い口では仕種は、ほぼ理解できない。

そんな気がしただけかもしれない。


そいつは背中の“翼”をはためかすと、空手のサンチンの構えを取った。


身長三メートル辺り。


屈強な体駆はガッチリとした銀色の鱗で固められている。


そして、顔には大半の種族が逃げ出したくなるスカーフェイスが張り付いていた。


額から右目を切り裂いた裂傷痕。顔はドラゴンと呼ばれる竜種に酷似している。


それは当然と言える。

その人影は竜人族。

ドラゴンニュートと呼ばれる人型の亜種竜族なのだから。


本来、上位竜種の眷属とされる存在だが、目の前の白銀の竜人には並ならない気配を放っている。


ただ、呪いの影響か存在の光は酷く濁っている。


ガルンの『酷い』と言う感想は呪いを指していた。


「どうやら退く気は無いようだな。すまぬが……我が意志力も限界だ。貴様を排除しろと言う呪いに逆らえぬ」


「気にするな、俺は俺の好きなようにやるさ」


妖刀から水の泡が溢れ出す。


「いくぞ!我が名は“白き銀嶺”」


「ガルン・ヴァーミリオンだ……相手をしてもらう」


竜人のチャクラからプラーナが溢れ出す。


ガルンも全てのチャクラを回転させる。




ガルンのチャクラ数は六つ。対する竜人は一つしかない。だが、ドラゴンニュートの身体能力は人間のそれを、初めから遥かに凌駕している。


チャクラ数だけでは実力は計り切れない。


白い銀嶺は軽く翼をはためかすと、ガルンに目掛けて低姿勢で突っ込む。


低いと言っても、元がでかいので犀が突進してくるようなモノだ。


妖刀から水刃を伸ばして迎え撃つ。


「ふん!」


ガルンが横凪ぎに放った水刃を、白い銀嶺は大地に足を打ち込むと、上から拳の側面を当てて……なんと叩き落としたのである。


水刃から刀すら引っ張られるように地面に刃が落下した。


「何?!」


通背拳の踏み込みから、発勁を合気の流れで撃ち込む。


武道の達人でも信じられない芸当をこの竜人はやってのけたのである。


バランスを崩したガルンに、一息で竜人は距離を縮めた。


踏み込む足が地面に穴を穿つ。


(まずい!この踏み込み!)


ガルンはクロスレンジの攻防に寒気を感じた。


ダークブレイズよりは短いとは言え、蝶白夢ちょうのしらゆめも十分、刃は長い。


無手の熟練者とのゼロ距離戦闘など、不利なのは考えるまでも無い。


撃ち込まれる拳を妖刀の側面で受け止める。




しかし、遺憾ともしがたい体重差で軽く身体が宙に浮き上がる。


(打撃だけじゃない!)


プラーナが拳に乗っているのを感じる。


「龍勁機甲・鱗透し」


白き銀嶺の呟きを耳に、ガルンは歯を食いしばった。

寸撃。背中に抜けるような衝撃が体を突き抜ける。


刀のガードが意味を成さない。


ガルンはエルフ姉妹の家に厄介になる時に、蝶白夢以外に魔法で網混んだチタン製のきめ細かいチェインメイルも貰っていた。かなり強力な部類に入る防具であり、服の下に常に着込んでいたが……それも全く役に立たない。


ガルンの体は軽く五メートルは弾き飛ばされた。


「……?」


疑問符が浮かんだのは白き銀嶺の方だった。


竜人の使う技は、人体の内部を破壊する気功法である。


自分の打ち込んだ発勁により、体内を破壊した手応えが伝わって来なかったのは初めての事であった。


ガルンは空中で一回転すると体制を崩さず上手く着地する。


「とっさにチャクラを防御に回さなかったらやばかった……」


口から流れ落ちる血を手の甲で拭う。

それでも内臓を少なからず痛めたのは間違いない。


白き銀嶺は後天的なチャクラ開放者である。


プラーナは運用しているが、基本戦術は気功法である。




プラーナも気も根源的に近い性質であり、生命の気息であり息吹である。


エーテル体の宿す生命力がプラーナであり、肉体が宿す生命力が気である。


どちらも純粋な生命の波動であるが、力の出所が違うのだ。


その、出力場所の“根幹的な違い”――それがこの戦いの分かりやすい幕引きを引くことになるが、それに二人が気付くのは10分後である。


ガルンは妖刀を構えると間合いを計る。


チャクラから放出したプラーナで気は何とかほぼ相殺したが、あの剛腕にプラスされるとなると厄介極まる。


(あの打撃は防御を摺り抜ける……。とにかく、拳の間合いで戦うのはまずい)


ガルンは妖刀を振るうと水の泡を空中に散布した。


精神汚染で相手の知覚能力を狂わすのは、蝶白夢の1番の特性だが、今こそ必要不可欠な力と言える。


だが……白き銀嶺は、低い唸り声を放ち始めた。


右腕を前方に突き出すと、大気の温度が急激に下がっていく。


「なっ……んだ?」


ガルンの吐く息も白く変わる。


白き銀嶺は一際デカイ声で吠えた。


右腕から凍てつく波動が ほと走る。


ぎょっとしてガルンは真横に跳躍した。浮遊していた水泡が一瞬で凍り付いて砕け散る。



凍結してダイヤモンドダストとなった水泡からは、水蝶は生まれて来なかった。


ガルンは舌打ちして刀を構える。


(そうか!さっきの唸り声は雄叫びじゃない…… あの時の天使と一緒――あれは呪文だ!)


ドラゴン・ロアー。

竜語魔術と呼ばれるドラゴン種専用の魔法である。


それをドラゴンはドラゴン・ハウリング〈竜の咆哮〉と呼ばれる雄叫びで使用するのだ。


天使達が使った“天詞神紋”、エンジェル・ハウリング〈天使の咆哮〉と同種であり、一小節の中に全ての呪術言語を内包した効果を齎す。


これは上級魔術師が使う、高速呪術言語と呼ばれる呪唱圧縮技法に近い。しかし、人間種が使うそれは明らかにスピードを優先するためのものであり、替わりに精度と威力が著しく落ちる欠点がある。


だが、彼ら上位種が使うそれは種族特性であり、デメリットが存在しないのだ。


すなわち、咆哮一つで発生する強力な魔法なのである。


ガルンは妖刀を下段に構えて、身体を半身に構えた。


ショートレンジは気功法の剛腕。


離れれば竜語魔術。


身体能力は人間のそれを上回り、その身を護る竜の鱗は、魔法で強化した鎧を上回る強度を誇る。


総合的な能力がここまで高いレベルで備わっているのは、天翼騎士団のアルダークとクライハルト以来だとガルンには感じた。



(それは……、それでありか……)


ガルンはニヤリと不敵な笑顔を浮かべた。


アルダークとクライハルトはグラハトの仇である。


いつか倒すべき怨敵。


それは決して変わることの無い、誓いに似た想い。


ならば目の前の竜人は、仮想天使憑きとして戦うには申し分のない相手と言える。


ガルンの機微に白き銀嶺は気付いたようだった。


「貴公、普通の人間では無いようだな?」


竜人の第六感か、ガルンの異質さに興味を引いたようだった。


「あんたこそ、普通の竜人じゃないな?いくら竜人とは言え、あんたの強さは規格外だ。そうそうあんた見たいのがゴロゴロいてたまるかよ」


ガルンの言葉に白き銀嶺は、ほくそ笑んだようだった。


「我は竜王公国テンスのレジェンド・ドラゴンの一角、白銀候シルバーレイの血を引くもの。この力はその恩恵に寄るものだ」


「伝説級?。血継の才か……。それだけで強くなるなら誰も苦労はしない気がするけどな」


ガルンの言葉に白き銀嶺の拳が少し下がる。


「……確かに脆弱な人間の身でその強さ。素質だけでは物事は推し量れぬか」


竜人は頷いたようだった。


目の前の人間の強さは底知れない。



今まで出会った人間の中でも、トップクラスの戦闘能力を持つことがヒシヒシと感じ取れる。


「ゆえあって我は下界を廻っていたが……。このような醜態を晒して生きるのも詰まらん。貴様のような者と戦って死ぬのも一興かもしれんな」


竜人は豪快に笑い出した。


ガルンはそれを不思議に眺めていたが、何か感じ入るものがあったのか微笑する。


「手抜きは可能か?」


「残念ながら呪いのせいでそれは叶わん」


「それは残念だな……。ならば力づくで黙らせるまでだ」


ガルンは刀を八双に構える。


「舞え!白夢の使い!水天の紫蝶しちょう


刀身から水泡が溢れ出す。

空中に散布され始めた泡球を見て、竜人の右腕が再び上がる。


「なんの術か分からないが……。使われる前に潰させてもらおう!」


再び白き銀嶺は咆哮を放とうとして、ガルンが刀を円状に回して水の渦を造っているのに気がついた。


だが、竜人の動きに停滞は無い。そのままハウリング・マジック(咆哮魔術)を放つ。


前回同様、凍てつく波動がガルンを襲う。


しかし、ガルンはそれを真っ向から向かえ撃つ。


チャクラ三つを妖刀に集中。

渦巻く水刃を前方に解き放った。


「いっけええ!」


水の渦はツイスターの様に竜人に向かう。




先端から凍り付いて砕け散っていく中を、無理矢理力圧しで水の渦は突き進む。


まるで空中に凍りの花火が次々に咲く中を、潜り進む龍のようだ。


白き銀嶺は力負けをしている事に直ぐに気が付いた。

直ぐさま次弾の咆哮を発する。


咆哮の二重奏。


水流の刃は一瞬で凍り付いて砕け散った。


空中にダイヤモンドダストが舞い散る。


そこで白き銀嶺は目の前にガルンが猛スピードで突っ込んで来るのに気がついた。


チャクラ強化の走法。

始めからガルンは水流を目くらましに使うつもりだったのだ。


空中に舞う氷結した水分を吸収するように、刀身に水の刃が付加される。


白き銀嶺はハウリング・マジックは間に合わないと判断した。


内功を練り上げて、気を腕に集中する。


ガルンの上段からの一刀を左腕で受け止めた。


「?!」


接触した瞬間に感じるプレッシャーで竜人の顔色が変わる。


ガルンは腕力にチャクラを三つ回していたのだ。


真っ向勝負だと力負けすると言う一瞬の恐怖に似た予感。


竜人は瞬時に化勁に変化させて“機”をずらす。

すなわち合気で力を全て受け流す選択をした。


ガルンは身体のバランスが崩されるのを刹那で感じ取った。




「それ(合気)は、さっき見たぜ!!」


振り抜かれるガルンの妖刀。


鉄壁な筈の竜の鱗と、気の壁は裂き砕かれた。


骨付近まで斬り裂かれた腕の痛みを気で緩和しながら、白き銀嶺はガルンの身体に一瞬で構築された気の流れを見た。


頭のてっぺんから床に根を張ったような、巨木のような正中線を通る気の柱。


(この人間?!)


ガルンは一度バランスを崩された事から、チャクラの一つをバランス維持に努めさせていたのである。


直ぐさま上段斬りのモーションから、下段斬りに切り替わる凶刃。


(面白い!)


白き銀嶺はニヤリと笑ったようだった。


チャクラコントロールにより強化された水の刃は、圧縮、高速回転させた最強の凶刃である。


加圧され、高速で射出された水は岩盤すら容易に切断するのだ。


正しく抜き身の刃。


それが振るわれる中を、竜人は躊躇なく踏み込む。


(何?!)


ガルンは驚愕した。


今までの敵は防御が役に立たないと分かった途端、距離をとろうと後退して来たのである。


捨て身の一撃に瞬間に切り替える強敵に、出会って来なかった甘さが出た。


カウンター。


右胴体に吸い込まれる強打。




強烈の痛みが意識を刈り取ろうと、脳を蝕む。


(なろぉおぉ!)


ガルンは防御より攻撃を優先させる事に、瞬時で判断を下した。


完全に吹き飛ばされた後の受け身を捨てる。


本来、届かない下段斬りにチャクラを追加する。


一瞬の攻防。


「!?」


ドスンと鈍重な音と、軽い地震のような振動にフロアー全体が悲鳴を上げた。


ガルンは二十メートル近く吹き飛ばされてから、床に滑空した。


勢いで滑る身体が漸く止まったのは、白き銀嶺から三十メートルは離れた位置であった。


「がはっ!」


ガルンは吐血して、床に散った自分の血を見て苦笑いを浮かべる。

内蔵のどこかを痛めたのは確実だ。


右肺がイカレたのか呼吸するとヒューヒュー嫌な

音がする。


背中に突き抜ける痛みは発勁を撃ち込まれている証拠だろう。


防御に咄嗟に回せたチャクラは一つ。それだけでは竜人の気功を相殺する事は敵わなかったようだ。


しかし――


ガルンはニヤリと笑みを浮かべた。


カウンターを打ちこんだ白き銀嶺は片膝を着いていた。

床にじわりと血が広がる。

左脇腹から右肩にかけて胸には滑らかな傷口がパックリ開いていた。


ガルンはカウンターの反動を利用して、水刃を伸ばして一撃をほうり込んでいたのである。




「やるではないか……。あの状態でこの一撃。人間なら即死の一撃にも耐え得るのも驚きだ」


竜人は何故か楽しげに立ち上がる。


ガルンも血ヘドを吐き捨てるとすくっと立ち上がった。


右脇腹の肺に掛かる痛みは、肋骨が三本は折れていると告げている。


「あんたのクンフーもたいしたもんだよ」


ガルンは状態維持にチャクラ一つは必要だと、ぼんやり考えながら妖刀を構えた。


そこに足跡が回廊から響いて来る。


人数から言って三人。


ガルンと白き銀嶺は、通路口をチラリと見つめた。


それは黒鍵騎士団の仲間のものか、誘拐犯達のものかは分からない。


どちらにしろ、援軍と敵軍では雲泥の差である。


竜人から眼を離して、索敵に精霊の眼を使うのはリスキーな気がする。だが、敵勢力だったら眼も当てられないのは確かだ。


集中力と反応速度を削ぐ結果となるが、まだマシな気がする。


ガルンは精霊の眼で回廊の気配を探索した。


「……?」


ガルンは沈黙した。

この気配に覚えはある……しかし、それが吉と出るか、凶と出るかは謎であり……。


「微妙だな……」


それがガルンの正直な感想だった。


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