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黒閾のダークブレイズ  Re.FIRE  作者: 星住宙希
第十章
13/31

忌み子の姫 壱詞


ガルンと白き銀嶺の戦っているフロアーに現れたのは、ハルバートを持ったフルアーマーの騎士、両手に釵を持った戦士、そして、上部に大きい月輪のリング、下部に小さいリングのついた杖を持った、顔まで青黒いローブに身を包んだ男だった。


見覚えが無い人間の登場に竜人は落胆したようだった。


水をさされたと思ったのだろう。


ガルンには彼等の素性は簡単に理解出来た。

同じ姫奪還チームの一組である。知らない訳が無い。


しかし、今日あった人間ばかりのチームだ。


顔は今朝、何となく見た程度で名前すら分からない。


青黒いローブの男の名前だけは思い出した。


ネーブルが黒鍵騎士団、最強候補に上げていた男の一人であり、何番隊かの隊長。錬金魔術師のクロックワードと呼ばれていた男だ。


「加勢するぞ」


ハルバートを構える騎士鎧。


「ここは俺がやる。お前達は先に行け」


ガルンは男達に視線を向けずにそう呟いた。


「しかし、ドラゴンニュート相手に一人は分が悪かろう」


「やめとけよ、せっかく手柄を譲るって言ってくれてるんだ。俺達はちゃっちゃと姫を捜そうぜ?」


騎士の言葉をサイ使いが止める。

黒鍵騎士団の本来の人間の反応だ。




「ならば加勢を残して行こう」


青黒いローブの男、クロックワードが杖を床に叩き付けると一瞬で魔法円が浮かび上がった。


杖が妙な音を立てていることから、杖に仕掛けがあるのが分かる。


「刻印魔術……。やはり、そう言う事か」


竜人の呟きにガルンは違和感を感じた。


始めからガルンも感じた微妙な違和感……

何だ?と自問自答する。


「我が宝物に眠る、騎士たちよ。我が声に従い、我が前にその身を示せ。ゲートセット(開門接続)」


魔法円からまばゆい緑の光の柱が立ち上る。


「来い!トライ・リッター(三騎士)」


その声と共に、三体の騎士が現れた。


全身、金と銀、そして青銅の騎士。ただし外見に差異がある。


金の騎士は同色の騎士槍を持っている。ただし下半身は馬だ。フルアーマーのケンタウロスのイメージが強い。


銀の騎士は同色の剣を六つ持っている。理由は簡単だ。腕が六つ付いているからである。そして、下半身は蛇。


最後の青銅騎士は同色の弓と矢を持ち、背中に四枚の翼が付いていた。矢筒は両足に付いている。


天翼騎士団を思い出すシルエットにガルンは軽い嫌悪感を覚えた。


「我が作り出した、三体のホムンクルスを置いていこう。我らはこの暗き夜道を進ませて貰う」


クロックワードの声と共に騎士達は各々の武器を構える。




ホムンクルス。

錬金術で生み出された人造生命体の総称である。


錬金術とは一般的には化学的手段を用いて卑金属から貴金属を精錬する技術だが、擬似生命を生む技法もその内の一つだ。


その錬金術を魔術的技法と組み合わせた魔道士を、錬金魔術師と呼ぶ。


「それじゃ、悪いな!」


釵使いが気軽に、手を上げると先の通路に走り出す。続いて残り二人も後を追う。


ガルンはその姿を見送ってからチャクラを脚力に回す。


「あいつらは“見送って”いいのか?」


その言葉に竜人は少し驚いたようだった。目を見開いている。


しばし沈黙。


「すまんが……彼らは通せと“言われた”のでな」


白き銀嶺の言葉でガルンは確証を得た。


背後の青銅騎士が弓を引き絞る。


「やれやれ」


解き放たれた矢を、ガルンは綺麗に避けた。


その背後に黄金騎士の槍が迫る。


ガルンはその一撃もサイドステップで躱すと距離をとった。


「こいつは……参ったな」


ガルンは三騎士の向けてくる武器を、さも当然と言わんが如く見つめる。


「いつ気がついた?」


白き銀嶺の言葉にガルンは苦笑いを浮かべた。


「まず第一に、俺の顔見知りがいない」


助けを呼びに行ったライザックの顔を思い出す。



あの通路から侵入してくるとしたら、ライザックやネーブルと合流していないのはおかしい。


別ルートとも考えられるが、それでもここに来るのが早過ぎる。


あの三ルートから正解を選んだ上、敵と接触せずに来たとしか思えない。


まるで“始めから正解のルート”を知っていたかのようだ。


その違和感がガルンに警戒心を促した。元々仲間意識の薄いガルンならではの反応と言える。


普通なら後から射られて終わっている所だ。


しかし、初撃を躱したとは言え状況は悪化しただけである。


竜人に妙なホムンクルスが三体追加されたようなモノだ。


一対四では分がさらに悪くなっただけと言える。


(仕方が無い……)


ガルンは用心しながら左手に蝶白夢を移すと、背中のダークブレイズを右腕で器用に引き抜いた。


一瞬で魔剣に火が入る。


「……?!」


禍々しい焔の揺らぎに、白き銀嶺の眼が細まる。


「悪いが……手加減は無しだ」


ガルンの言葉に、竜人は冷笑で答える。


「手加減していただと?本気で言ってはいまいな?」


刺のある言い方に、ガルンは鋭い視線だけを向ける。


「……少なくとも相性は最悪だぞ」


無造作にダークブレイズを床にたたき付ける。と、炎が床ごと吹き飛ばして爆煙を撒き散らした。


硝煙の中から紫の蝶が溢れ出す。




それを見て黄金の騎士の槍が回転しはじめる。


高速回転と共に、バリバリと電流が火花を散らす。


「ヴォルテック・ランサー」


槍の先から電磁波を纏った竜巻が巻き起こった。


爆煙の中心を、周りの蝶ごと一瞬で穿つ。


それを避けるように、爆煙の中から人影が飛び出した。


ガルンは舌打ちすると空中で一回転して着地――した所に矢が三本刺さるとは。


青銅騎士の速撃ちだ。


そこに銀の騎士が獲物を狙う蛇さながらに、地を猛スピードで這うとガルンに六本の強靭が閃いた。


ガルンの胴体を綺麗に切断する。しかし、その体は一瞬で紫の蝶の大群に化けた。


驚く三騎士とは対象的に、竜人はゆっくりと半身に構える。


爆煙を突き抜け、地面スレスレを走り込むガルンの姿を気で感知していたようだ。


右手に持つダークブレイズの炎が猛り狂う。


ガルンは魔剣と妖刀に吸われていく精神力に目をしかめた。

流石に二刀に精神を吸われ続けるのは、慣れたガルンでもきつい。


「本気で受けろよ!」


ガルンはそう叫ぶと魔剣を振り抜いた。火山から噴き出す、巨大な炎巌の塊ような爆炎が放たれた。


白き銀嶺は咆哮魔術で対抗する。


爆炎の前方に強大な氷の塊が生まれる。



爆炎と氷塊の激突。


しかし、その結果は一瞬で決した。


氷塊は瞬時に融解したのだ。


ガルンは先程から白き銀嶺のハウリング・マジックと数度となく競って来た。


打ち勝つために必要なチャクラ数は、四つだと見切っていたのである。


「?!」


驚愕する白き銀嶺。

しかし、それはほんの刹那の間だ。

戦闘生命としての防衛本能が反応する。


「龍勁機甲・破山湟擂!」


床を踏み抜く軸足の振動と共に、床板を吹き飛ばしながら無色の力が炎に激突した。


まるで落下した隕石の衝撃波が、炎を掻き消すように響き渡る。


眼前の炎が吹き消えたと思った矢先、霧散した炎の中から炎の矢が飛び出して来た。


骸骨兵を打ち砕いて来たのと同じ、“炎槍の突き”である。


チャクラを集中利用した、一点突破の突進攻撃。


咆哮より遥かに速い。


合気で受け流そうと腕を出そうとして、あの剣はマズイと直感が囁く。


白き銀嶺は硬気功と呼ばれる、外部破壊の気功法で剣を弾く選択をした。


身体を半回転しながら、左側面から掌打を剣の平部分に撃ち込もうとして――ガルンが始めから妙な構えの突きをしていた事に気がついた。


左腕に“いつの間にか”ダークブレイズを握っている。炎を纏った魔剣での突き。

そして、始めから右拳をを左肩の横に、腕をクロスさせた形での突きだったのだ。



すなわち、右腕で蝶白夢を振りかぶった状態で、左腕で突きを放っていたのだ。


(誘い込まれた!)


白き銀嶺の目が焦燥から見開かれる。


ダークブレイズの炎がブラインド変わりになっていたのだ。


始めからガルンは自身の右側に隙を作って、誘っていたのである。

掌打に対してカウンターを合わせるために。


爆煙の中で持つ剣を左右入れ換える。単純なフェイントだが、白き銀嶺のような凄腕の無手使いには、絶大なフェイクになり得た。


何故なら左右の剣の長さが違うからだ。


相手の得物の長さを瞬時に見切って、間合いを調節する。その身体に染み付いた長年の癖が裏目に出たと言える。


魔剣を持つ右腕の突き。自身の腕がブラインドになる為、回り込むならさらに右。その定石が仇となった。


先程のカウンターの逆、ガルンの妖刀は竜人の首を切り裂いていた。


崩れ落ちる白き銀嶺を無視して、ガルンは軸足を踏ん張ると真後ろに向き直る。


風切り音が背後に迫っていた。


背後に迫る矢を寸前で叩き落とす。


爆煙を抜けて来たのはガルンだけでは無かったのだ。


唸る電撃を帯びた槍。


金色の騎士の突進をガルンはダークブレイズで受け流す。




触れた瞬間、電撃がはい上がって来るのが感覚で分かる。


ガルンは仕方なく槍を打ち払った。


その背後に寒気を感じて振り返る。


そこには六刀を振りかぶる銀の騎士が。


「ちぃ!」


金属の打ち合う鈍い音が響く。


(しまった!!)


ガルンは舌打ちした。思わず斬撃を受け止めてしまったのだ。


一刀で三刀ずつ。

六本の腕がジリジリと腕力で力圧しをする。


チャクラで対抗すれば力圧し自体は拮抗出来るが、これでは身動きが取れない。


背後の黄金の騎士が、槍を引き絞るのを感じる。


この状態で避けるにはダメージを覚悟するしかない。


ガルンが意を決して行動に移る前に声が響いた。





ガルンは通路を進むに連れて微妙な違和感を感じていた。


まるで見えない水の中に沈没したような体の圧迫感。


(結界……って奴か?)


一度、足を止める。


身体の力を抜いてリラックス……すると右脇腹の痛みが振り返してくる。


チャクラの一つは状態維持に回していたが、吐き気程度にこれ以上使う訳にはいかない。


脇腹の治癒に一つは確実に使うからだ。


竜人との戦いでチャクラをかなり疲弊しているのが気になるが、戦闘に支障が出る程では無い。


深呼吸して精霊の眼に切り替える。


無機質な壁や空間に存在の光は見られない。あえて言うならば“結界”のみが生きていると言うべきか。


「これは……まずいな」


通路全域には結界が張り巡らされている。魔術師では無いガルンには突破方法が分からない。


纏わり付く、けだるい空気に苛立ちを感じる。


知覚を惑わす作用なのか、通路を組み替える作用なのか、何の為の結界かも予測出来ない。


仕方なく、再び状態維持にチャクラを回して、精霊の眼の捜索範囲を広げて行く。すると、北東の方角に人の気配を感じた。


見たことも無い程澄んだ、清浄な存在。それを感じた瞬間に気分が優れていくのを感じる。




まるで濁った水の中に、汚水を寄せ付けない隔離された純水が貯まっているような不思議な違和感。


そこから一筋の水脈が、自分の足元まで流れ着いているように感じた。


まるで結界を抜けて、自分を誘うようにルートが繋がっているような感覚。


「ただ突っ立ってるよかマシか」


ガルンは意を決してそこに向かう事にした。


向いた先は普通に壁である。


ガルンは目をつむると、感覚に従って歩き出した。


ゆっくりとその一歩を刻む。本来なら壁に激突している場所を普通にすり抜けていく。


暗闇の中を、まるで一条の光の道だけを頼りに進んでいく危うさ。


まるでピエロの綱渡りの様に感じて、ガルンは小さく苦笑した。


もし罠だったら、抜け出せ無い、深遠な術中に嵌まったのは間違い無いだろう。


体感ではどれだけの時間が経ったか分からない。


ゆっくり目を開けると、ガルンは豪奢な赤いドアの前に立っていた。


左右に通路は見えるが果てが見えない。


知覚は役に立たないと、諦め気味に憂鬱に考える。


とりあえずドアノブに手をかけた。トラップの気配は無い。


無用心過ぎる事に首を捻るが、傍観していても埒が開かない。


ガルンは素直にドアを開け放った。




部屋の内部は扉と違って質素なモノだった。


赤い支柱が五方にある以外はベットと丸テーブルと椅子しかない。


その椅子に少女が座っていた。


歳の頃は十六、七。


黒髪に碧の瞳。

白い妙な形のドレスより、右半身を覆う包帯が目を引く。


端正な顔立ちも、無造作に伸びた髪であまり良く見えない。


ガルンは一歩部屋に入ってゾクリと来た。


空気が清らか過ぎる。


まるで聖地に踏み込んだような清浄過ぎる空間。


何より目の前の少女の存在は、澄みきった水面に映る湖月のようだ。クフルや白き銀嶺のような力強い気高い気配では無い。しかし、神々しい高潔なオーラは群を抜いている。


ガルンは生唾を飲み込んだ。


まるで世界の真理を紐解いた科学者のような。


まるで極限の境地にたどり着いた仙人のような。


最高の被写体を見つけた芸術家のような。


今までに感じたことが無い、畏怖に似た存在を見つけたような高揚感が沸き上がってくる。


ガルンはかぶりを振って、足を進め出した。


「あんたがメルテシオンの第四王女。パリキス・キラガ・メルテシオンか?」


その言葉に少女はコクりと頷いて答えた。


はかなげな中に凛とした可憐さが付き従う。




「お前は我が国の騎士かや?」


パリキスは澄んだ鶯舌で囁く。


ガルンの足が止まる。


この少女は何から何まで微妙に自分の中の琴線に引っ掛かる。

心地良いような、むず痒いような、苛立つような、よく分からない感情だ。


「まあ……今の所はあんたん所の騎士だな」


(いずれ抜け出すけどな)


胸中で毒づくが、なるべく表情に出ないように努める。


この薄幸の少女には知り得ない粗末な話だろう。


「黒鍵騎士団、九番隊所属ガルン・ヴァーミリオンだ。あんたを迎えに来た。さっさとこんな陰気な建物から抜け出そう」


軽く手を伸ばす。


パリキスはそれを不思議そうに眺めた。


「お前は……やはり我が国の人間では無いようじゃな」


「……?」


「お前はわらわに直に触れる気かや?」


その言にガルンは眉を寄せた。


意図している意味が分からない。


(……?どう解釈すればいいんだ?畏れ多い?王族に触れるのがマズイのか?身分の問題か?)


ガルンがフリーズしているのを見て、パリキスは何故か微笑んだ。


「お前は変わり者のようじゃな。信じる神もいないと見える」


「偉い言いようだな。まあ、実際俺はこの国の人間じゃない。この国のルールは二年近くいるが、今だよくわかんねえーよ。姫さんに触るのはタブーとかあるのか?」



姫は少々目を見開いた。


「……お前は自分が呪われてもいいのかや?」


「呪い……?」


ガルンの呟きに、パリキスは右腕を差し出した。包帯だらけの右腕を。


よくよく見ると服の隙間からも、右半身をほぼ覆うように包帯が巻いてあるのが目につく。


ゆっくりと姫は右手の包帯を取った。


右手にうごめく黒い何かがある。


ガルンの目がすっと細まる。


皮膚の上だけを徘徊する異形の影。


鳥になりそこなったお玉杓子のような。


山羊の頭を持つ蛇のような。


犬の頭を持つ蜘蛛のような。


数多に這い動く影が、生きているように揺らめいている。


精霊の目に切り替えると、彼女の右半身に浸蝕しようとする薄い影が張り付いている様に見える。


だが、彼女の神々しい魂が、オーラが浸蝕してくる存在を軒並み浄化しているのだ。


普通の人間なら、とうに食い散らかされている所だろう。


「このような魔瘴が我が半身を蝕んでおる。この手をお前はとるのかや?」


自嘲するようにパリキスは呟いた。


ガルンは不機嫌そうな表情をしてから、何の躊躇も無くその手を取った。


びっくりしたように黒髪の姫は硬直する。


「なんかよく分からんが、ぐずぐずしている暇は無い。とっとといくぞ」




握られた右手をパリキスは不思議そうに見つめたままだ。


「面倒だな」


ガルンは無理矢理手を引いて姫を椅子から立ち上がらせると、サイドに回り込りんで姫を文字通りお姫様抱っこをして掬い上げた。


ますますパリキスの顔が困惑に揺れる。


「お前は怖くないのかや?」


その言葉でガルンの顔が強張る。

露骨に視線を泳がした。


「……まあ、王族に対してかなり無礼な事をしている自覚はある。それに、お姫様抱っこはなんか嫌がられた経験が……」


ガルンはカナンを抱き上げた時の事を思い出した。顔を真っ赤にして怒っていた?と言うズレたイメージが浮かび上がる。


「違う。そう言う事では無い。この手だ。貴様はこの手を……身体に触れる恐怖は無いのかや?」


切実そうな叫びに、今度はガルンが不思議そうな顔をした。


「恐怖?移るって言いたいのか?こんなもんそうそう移るかよ。それにあんた見たいな極上な美人から“こいつ”は簡単に離れやしないさ」


さらりと返答する。


「極上な美人?」


姫は再び不思議そうな視線をガルンの顔に集中させる。

たわいない反芻にガルンは顔を反らした。


よく考えるとかなり恥ずかしい言葉を言ったような気がして来たのだ。




「とっ、とにかく逃げるぞ!」


ガルンはそのまま話を無視して部屋を飛び出した。


部屋の外はガルンの苦手な結界が張り巡らされている。


しかし、外にはその気配が無くなっている。


(結界が……消えた? いや、この姫の神気で崩れたのか?)


冷静に回りを見るが、呪いの類は無さそうである。


ふと気付くと吐き気も消えている。


空間も地形も関係ない。

属性や環境を軒並み“聖属性”に書き換えていく。


まるで“聖なる力”で全ての空間を浸蝕する軽い兵器の様だ。


闇属性の魔法使いや、住人にはたまったものでは無いだろう。


(これが王族の力なのか?)


姫を覗き込むとバッチリ目が合った。


と、言うよりパリキスが彫像の様にガルンを見つめ続けていたので当然である。


「お前はやはり変わり者の様だな」


「……そんなに変わり者かよ」


「わらわの汚れを躊躇なく触れたのはお前が初めてだ。そして、わらわを何の許可も得ずに抱き上げた者も初めてだ」


姫の言葉にガルンの顔色が少し変わる。


(よく考えると……後で怒られる……と言うか。王族侮辱罪とかあるのか?)


いざとなれば、王国と戦う事も辞さない覚悟をガルンは持っている。しかし、出来ればカナンの怪我が完治してからが望ましい。何故ならば、そうそうカナンを治せる治癒能力者が存在しないからだ。




ガルンは眉根を寄せて、いかにも面倒臭いと露骨に表情に出した。


姫を救出すれば一発恩情が出る筈だが、余計な罪状が付いたら、それもどうなるか分からない。


「抱き上げて移動してもよろしいでしょうか……」


「……?かまわんが?」


勝手な杞憂なので姫には理解出来ない事だ。


ガルンはホッとして出口を捜す。結界が無くなった為に通路は丸見えだ。


(一本道だったのか?)


くっきり見える通路にガルンは苦笑する。こうも簡単に結界が無効化出来るなら、やはり姫を拉致する意味は高い。


走りながら疑問を口にした。


「この聖なる波動のようなものが姫の能力なのですか?」


「…………」


「?」


姫の沈黙に、ガルンはマズイ質問をしたのかと息を呑む。

王家の力が秘匿性が高い可能性は有り得る話だ。


姫はガルンの顔を数瞬見つめてから、プイと顔を背けた。


「急に口調を変える必要はない。今はわらわとお前しかおらん。逆にこそばゆい」


(……?逆に無礼じゃないのか?)


ガルンは軽く疑問に思ったが、姫のご厚意を素直に受けることにした。


「この力はわらわの能力の副次的なモノでしかない。力だけならば……」


そう言うと、労るようにガルンの痛めた右胸に手を当てる。


すると祝詞のような言葉をボソボソと唱え出した。




急速に痛みが引いていく。それと共に呼吸が楽になり、身体の負荷が消えていく。


(完全治癒?! ハイプリーストクラスの神聖魔法!)


パリキスの手が離れると、治癒に回していたチャクラも不必要になった為か、自動的に外れてしまった。

チャクラの疲労すら払拭したように感じる。


速度、精度、治癒力どれをとっても申し分ない。


司祭クラスと言っても差し支えない程の力。


(……!! このレベルならカナンの怪我もあっと言う間に完治可能だ!)


「凄い練度の神聖魔法だ。痛みが全くない」


心底驚いた視線に、パリキスは渇いた笑みを浮かべた。


「わらわの真の能力は、降神術と呼ばれる神を呼ぶ力。これはその力の基礎のようなモノでしか無い。わらわの価値は……本当はそこにしか無いのじゃ……」


「……」


神妙な顔のパリキスを、何故か酷く疲れている様にガルンには感じられた。


とてつもなく重いおもしを、華奢なエーデルワイスがたった一輪で支えている様な、ありえない危うさ。


ガルンは走る早さをゆっくりと緩めた。


「姫さんは、掠われて少し安堵していないか?」


「……!!」


ガルンの言葉にパリキスの顔が強張る。


睨むような視線が下から感じるが、少年は涼し気に無視した。




「掠われている間は、国の重圧も何も無いからな。王族の責務とか重責とかわからんが、今ぐらいは肩肘張らなくてもいいんじゃないか?」


ガルンには珍しく、屈託ない笑顔を浮かべる。


パリキスの瞳の険は、幾分か和らいだようだった。


「それでも……わらわが掠われた事で国に迷惑をかけおる。お前がここに来ている時点で、大事な国力を浪費しているようなものだ」


「国力ね……。まあー王立近衛の姉ちゃんは完全に国力か」


「!! アズマリアが来てるのかや!」


「アズマリア?」


ガルンはゼロと名乗った少女を思い出す。やはり偽名かと納得もする。


「……わらわの乳母もした女性だ。外見は色白銀髪の少女のような外見じゃ」


ガルンは苦笑いを浮かべた。

吸血鬼だけあって年齢不詳も良いところだ。そして、吸血鬼のくせにたった一人で姫救出作戦に出陣して来た人情味を不思議に感じる。


「多分そいつだな。ポーカーフェイス気取ってたが、焦っていたのは手に取るように分かったよ。それだけ、あいつは心配してたって事さ」


パリキスは小さな溜息をついた。


元気が急速に萎えていくのを感じる。


「やはり、わらわは足手まといなのだな……」




意気消沈する姫君を見て、ガルンはネガティブな性格なのか?と、少々思うようになってきた。


怒られた仔犬の様に見えて微笑する。


それに気付いてパリキスは眉を寄せた。


「なんじゃ?」


「いや、別に」


そっぽを向くが、何故か楽しげそうな表情が張り付いている。


「……お前はやはり変な奴だ」


姫はその様子に対して、不服そうに感想を漏らした。



少しして、通路を抜け竜人と戦ったフロアーに到着した。


そこには壮絶な戦闘痕と、砕けた鎧の破片と倒れ伏した竜人の姿だけが残っていた。


「!! 大丈夫かお前!」


ガルンは姫を抱き抱えたまま、竜人の元に走り寄る。


竜人は閉じていた隻眼をゆっくり開いた。


ガルンが姫を下ろす姿が目に映る。


「どうやら事は成し遂げたようだな?」


「お蔭さまでな」


ガルンは皮肉そうな歪んだ笑みを見せる。しかし

、直ぐに視線はパリキスに移った。


真剣な眼差しを、姫は何の怯みもなく受け止める。


「言いたい事は、はっきり言うがよいぞ」


ガルンは軽く目をつぶってから、視線を竜人に移す。


「こいつの怪我を治してくれないか?」


その言葉に驚いたのは白き銀嶺だけだった。




しばしパリキスはガルンを見つめていたが、


「よかろう」


と言うと白き銀嶺の横で膝を折った。


神聖魔法の呪文を鈴の音のような美声で唱え出す。


白き銀嶺は致命的な痛みが引いていくのを感じて目を剥いた。

このまま死を迎えると、諦めはとうについていた程のダメージだった。


「我は貴殿を拉致した仲間の一派にいたものだ。何故命を救う?」


「何、たいした事ではない。わらわの臣下の言葉を信じただけじゃ。ただそれだけの事が気になるのかや?」


竜人の言葉に、黒髪の姫はさらりと平然と答える。


白き銀嶺はゆっくりと笑い出した。


「メルテシオンの姫君は懐が深いようだな。操られていたとは言え、申し訳ない事をした。この借りは必ず返そう」


竜人の言葉でガルンは先程の危険性を思い出した。


「おい竜人!お前、姫の奪取に手をかしていたか? なら、それに参加したメンバーは分かるな」


ガルンの言葉に白き銀嶺はこくりと頷いた。


「勿論だ。今は我を操っていた封印は無い。それを伝える為に生き恥を晒していたのだ」


「となるとやはり……」


「先程の錬金魔術師は敵だ」


白き銀嶺はキッパリとそう言い切った。




「やはり……そう言うオチか」


ガルンは舌打ちした。


始めから疑問は多かったのだ。


そもそも厳重なメルテシオンの防衛網を抜けて、天翼騎士団クラスの王宮近衛騎士団を出し抜く事など、簡単に出来る訳が無いのである。


内通者でもいない限りは。


そして、先程の錬金魔術師の召喚したホムンクルスの不可解な動き。


明らかにターゲットはガルンであった。


近づいてくる嫌な気配を感じて、ガルンはゆっくりと今来た通路に振り反った。


先程覚えた存在の光。


錬金魔術師クロックワードと残り二名だ。


「……?」


ガルンは不可解な気配に目を細めた。ダークブレイズを引き抜く。


残り二名の気配が変質している。限りなく別存在に近い。


昔にグラハトに変質した存在の話を聞いた事を思い出す。


(……存在が変質するには理由がある)


『ただの人間が存在を変質するのは知り得ぬ知識、秘宝に触れるか、ある高みを越えた事によって心格が上位存在にシフトした時。これは人の身で在りながら存在だけが変質した事になる』


「……もう一つは」


ガルンは言葉を切った。


フロアーにクロックワードが現れる。そして、背後に続く二人……その姿は原型を留めているが、別の何かに変貌していた。




「人間を辞めた時……」


ガルンの呟きは、姫と竜人の耳に微かに聞き届いていた。


二人の背中から、黒い蝙蝠のような羽根が六枚生えている。

体は一回りはでかい。

顔は悪鬼の如く。

頭や体の一部から雄山羊のような角が、所々突き出している。


「悪魔憑き……では無いな。“魔人化”しておる」


姫はチラリとそちらを見て呟いた。


「悪魔を肉体に憑依させられたな。魂が砕け散っている。器も無いのに無理矢理高位存在を入れられ受容体は死亡。悪魔をこの地に顕在化するだけの人柱にさせられたようじゃな」


「酷いことをする」


白き銀嶺の言葉はもっともだ。


手にしたハルバートと、釵を持っているのが生前の名残りと言うべきだろう。


その手にした各々の武器も魔瘴に当てられた為か、異形の武器に変貌していた。


「やれやれ……どちらも死んでいると思ったが……。両方生き残っているのは驚きだな」


クロックワードがフードの下で邪悪な笑みを浮かべる。




「悪びれもせずに堂々と登場かよ。テメェーが黒幕……な訳がないな」


背後の二人の状態は錬金術とは思えない。少なくとも、悪魔憑きをさせた術者か能力者がいるはずである。


ガルンは姫と竜人を庇うようにゆっくり前に出た。


眼の前の裏切り者を観察する。


本来、同じ黒鍵騎士団ならギアスがかけられている筈である。裏切りはそのまま死を意味する。


しかし、ギアスがかかっていない人間がいる事も思い出した。


(金で黒鍵騎士団に参加していた口か?確かに最前戦に頻繁に出される黒鍵騎士団の報奨金は莫大だ……)


「金欲しさに、お姫様を掠う片棒を担いだのか?」


「金……もあるが、アートだな。“彼”が成そうとしている事に共感が持てたと言っておこう」


「共感……?」


ガルンはあからさまに怪訝な顔をした。


元犯罪者の中にいても、犯罪者の思考が分かる訳では無い。


よく考えると黒鍵騎士団にいる他の面子の生い立ちも、気になると言えば気になる所だとガルンは頭の角で考える。


だが、今はそれ所では無い。目の前の裏切り者の対処と、姫の身柄を確保するのが最優先命題だ。


「俺も変わり者らしいが……。お前には共感出来そうにないな……」


後ろの二体の魔人を見る。あれを見ては共感のしようなどあるはずが無い。




「そうだな、貴様もこちら側についたらどうだ?貴様はダークサイドの手の者と聞いたぞ?」


「……どこの情報だよ。それに人の命狙っといて引き抜きはないだろう?」


クロックワードの言葉にガルンは辟易した。


グラハトの情報をどこかで掴んでいるようだが、ガルンには禁句に近い。


鈍っていた心の底の炎がうごめき出す。


カナンの怪我の治療の為に奔走する中、埋没していた復讐の焔。


その些細な変化に気がついたのか、パリキスは不安そうに少年の背中を見つめた。


「それもそうだな。やはり貴様らには予定通りに死んでもらおう。貴様らには贄になる資質は無いと聞いているしな」


クロックワードは手にした杖で床を叩くと、一瞬で地面に刻印が打ち込まれる。


(刻印魔術!)


ガルンが素早くダークブレイズを振り上げる。


「霊、地、岩、硬、陣!タイタンウェーブ!」


床が岩盤ごと次々に溢れ出す。まるで岩の津波だ。しかし、ガルンも既に魔剣を振り下ろしていた。爆炎がそれを向かい撃つ。


炎と接触した岩の津波は一瞬で吹き飛んだ。


単純な力勝負ならガルンに分があるらしい。


「これはまずい」


クロックワードはもう一度杖を地面に叩き付けると、岩の壁が次々に現れて爆炎の余波をやり過ごした。




両サイドの魔人が動く。

生前の名残りからなのか、一糸乱れぬ同時移動。


大きく弧を描きながら、視界ぎりぎりからの挟撃に移る。


(……!! これは目で追うと殺られる!)


ガルンは舌打ちしてチャクラを脚力と腕力に回す。


姫を守らないで戦うならば、容易に場所移動して片方を潰しにかかる所だが……。


今の現状では難しい。


ガルンは両サイドからのハルバートと釵の攻撃を、精霊の目で位置関係を把握しながら絶妙のタイミングで捌く。


瞬間的な攻防で魔人一体一体のレベルが竜人より劣るとは把握した。


だが、後方のクロックワードが厄介である。


再び刻印を床に打ち込むのが目に入る。


今度は岩盤が迫り出し空中に浮かび上がる。


(!! 流石に護りながら三人は不利すぎる!)


ガルンは歯軋りしながら魔人の攻撃を受け流す。


後方でクロックワードは浮いた岩に再び刻印を打ち込んでいた。


「土、岩、換、空、混、精、霊、陣! ロックリボルバースパイダー!」


岩がその場で粒子に変換、精製。岩の塊がたちまち鋼の蜘蛛に変貌した。


「錬金魔術!!」


錬金魔術。

有り体に言えば物質変換魔法。


高度な技術を要するこの能力は、ゴーレムメーカーなどの能力のワンランク上に位置する。




専用の材料がなければいけないゴーレムメーカーとは違い、錬金魔術は特定の材料を必要としない。

知識さえあれば希少価値が高い物質なども、代替え品さえあれば精製が可能なのだ。


それゆえ、錬金魔術を身につけた武器職人はエキスパート中のエキスパートと呼ばれる。


世の中にはそれより上位に位置する、マテリアライズ・マイスター『物質変換能力者』と呼ばれる

特殊能力者“達”さえ存在するが、このクラスに比べればまだかわいい物ではある。

と、言っても強敵なのには間違いがない。


人造蜘蛛の顔がガルンを向く。


不吉な予感がガルンをつき動かした。


蜘蛛の口から何かが発射された。それをガルンは

魔剣の炎で撃ち落とす――事は完全には出来なかった。


「何?!」


爆炎に飲み込まれた弾丸は、その場で爆散して榴弾の様に降り注いだのである。


咄嗟の判断で魔剣の炎を地面に叩きつけて、爆風でガードするが、そこに隙が出来た。


「!」


釵使いが脇から攻撃してくる姿が目に映る。


避け切れずに一撃が左肩を捉えた。


凶悪な打撃が身体を吹き飛ばす。


ゴキンと嫌な音が響いた。


「ぐっ?!」


チャクラによるプラーナ防御は間に合った。だが、魔人の常識はずれのパワーを支え切れない。左肩が外れる痛みにガルンは目をしかめる。




だが、魔人の驚異はそれだけではなかった。


魔人の目が爛々と輝く。


(なんだ?! あの力の集まり方は)


精霊の眼を使っていた為、如実に感じる違和感。


身体全体に纏わり付く力の波動。


ドスンと身体全体を突き抜ける振動が襲った。


「……?!!」


意識が一瞬で混濁する。

身体全体の力が急速に抜けていく虚脱感。


ガルンは受け身も取れずに地面に激突した。


勢いを殺せず、そのまま四メートル程転げ回る。


頭から落ちた為に、額がぱっくり割れてしまった。


(なんだ……これは?!)


プラーナが急激に減少していく。いや、チャクラの回転が落ちていくのを感じる。


額から流れ出る血のせいか、頭が朦朧としていた為か、ようやく背後から迫るハルバートを持つ魔人の存在に気付いた。


(くそ!!)


ダークブレイズを振り向き様に一閃!

迫りくるハルバートを何とか、かち上げる。

魔人がバランスを崩すのが見て取れた。


あまりに露骨な隙に、何時ものガルンなら警戒していた所だろう。

しかし、朦朧とした意識ではチャンスにしか思えない。


返す刃で一撃必殺をきすためにチャクラを魔剣に注ぎ込み――ようやく目の前の魔人の瞳にも力が集中している事に気がついた。




(まずい!!)


気付くのが遅すぎた。

景色がぐらりと歪む違和感の後に、周りの空気が爆散した。


ほぼゼロ距離で起こった爆発。

ガルンは避ける事も出来ずに吹き飛ばされる。


魔剣にチャクラを回し過ぎていた為、防御に回せたのは一つのみ。


気力で体勢を立て直すが

、着地した瞬間に膝が崩れた。


「……!!」


爆風の衝撃で身体中が悲鳴を上げている。プラーナで身体全体をガードしていなかったら、表皮は全身丸焼けの威力だ。


「セカンドファイア!」


クロックワードの嫌な声が響いた。


ガルンは振り向いた先の鋼の蜘蛛が、第二射を放つ姿が目に入った。


足に踏ん張りがきかない。


魔剣で対応するしか道は無いが、“あの弾”は爆散する。


ロック・リボルバースパイダーはクロックワードが即席に創造した、“対ガルン”用の人造生体兵器である。


だが、打ち出される魔弾は、耐熱フルメタルジャケットでフレシェット弾と焼痍弾の利点を兼揃えた性質を持つ。


すなわち、炎に強く、臨界強度で溶かされても、中身に詰まった極小の炎属性の針が降り注ぐ。


対爆炎、貫通用の攻撃手段だ。


初めの攻防でガルンの主力武器を炎の魔剣と判断し、それに対応する兵器を生み出した手腕は天才的と言える。




ガルンは被弾覚悟で魔剣を振りかぶった。その時、耳をつんざく咆哮が大気を震わせた。


弾丸が瞬時に冷却される。


驚愕して目を剥いたのは

クロックワードだった。


ガルンの目の前を覆うように現れた影は、弾丸を化勁で綺麗に後方に受け流す。

凍結されている為に爆散はしないようだ。


「龍勁機甲・波濤天掌!」


撃ち出された見えざる気功が左右の魔人を吹き飛ばす。


「護る戦いは、とことん不向きな様だな貴君は」


ニヤリと笑う鰐顔にガルンは苦笑する。


目の前に立つ竜人は、ゆっくりと半身になって構えを取る。


「恩は拳で返そう」


白き銀嶺はそう言うと、再び雄叫びを上げる。


ぎょっとして、横にぶざまにクロックワードは飛びのいた。


ロックリボルバースパイダーが、パリパリと音を立てながら凍りついていく。


竜の咆哮による、ドラゴンロアーだ。


鋼の蜘蛛は緩慢な動作で逃げ出そうとしたようだが、その眼前に竜人が踊り出る。


「龍勁機甲・破山崩衝!!」


床を打ち砕く踏み込みと共に、低い姿勢から肩を鋼の蜘蛛の首下にぶつける。


大地を震わす轟音と共に、鋼の蜘蛛はいとも簡単に砕け散った。


まるで硝子細工を砕くようなお手軽さである。




竜語魔術と気法の合わせ掛けの威力は絶大のようだ。


砕けた蜘蛛がダイヤモンドダストさながらに宙に舞い散る。


「……完全回復したのか!! メルテシオンの神降ろしの姫、人柱にするには惜しい才能だ」


クロックワードは驚愕の視線をパリキスに注ぐ。


白き銀嶺の存在など歯牙にも入れていないようだ。


「貴君は姫君の所まで下がれ、姫君の神聖魔法ならその程度の怪我など一瞬で治してくれる」


前に出る竜人の後で、ガルンは何とか立ち上がった。


「あの魔人共……妙な眼力を持っている。あれは一人で戦うのは無理だ」


ガルンは魔剣を足元に刺すと、無理矢理右腕で外れた左肩を嵌め込む。激痛が脳を焼くが、耐えられない痛みでは無い。


その様子を見ずに竜人は回りを気にしながら答える。


「あれは……“魔眼”だろう」


「魔眼?」


「イービル・アイ……邪眼の一種だな。それもあれはかなり高位の力だ。視界に入るだけで能力が発動する極めて危険なレベルだろう」


ガルンは魔剣を拾い上げると深呼吸をした。


二人の魔人は対角に位置したポジションを変えずにいる。


その双眸からは禍々しい黒い光が洩れ出していた。




「一体はパイロキネシス……ファイヤースターター(発火能力者)に見えるが……。あれは炎と言うレベルでは無いな。爆発……。大気の爆発に思える」


「視界に入ったら爆発……? 洒落にならないな。既に射程内じゃないのか?」


竜人の呟きにガルンは舌打ちした。


見ただけで対象を爆発させる。


能力としては破格の凶悪さと言えよう。


そして、もう一体。


こちらの能力は見た目では理解出来ない。


どちらも魔眼を持つ魔人だと言う事だけは事実である。


「気ばりんす二人とも。その二体はただの魔人ではありんせん」


透き通る声が耳に飛び込む。


魔眼の脅威に曝されても落ち着いていられるのは、姫の清浄なオーラのお陰のように思えてくる。


「あの二人……“千眼の魔神バロール・フェロス”の一部が封入されておる。破格の魔眼が憑いているのはその為じゃ」


「“千眼の魔神バロール・フェロス”……?」


パリキスの聞き慣れない言葉をガルンは反芻する。


その言葉に反応したのはガルンだけでは無かった。


《ほーう。我が崇拝する王の名に気付くとは。流石、神降ろしの姫君だな》


頭に響く、ドロっとした不快な声が全員に伝わる。


(何だこの声は?!)


ガルンは辺りを見回すが気配は無い。




背後に突然嫌な悪寒が走り、ガルンは振り向く。


振り向いた先には、姫の背後の影から何かが迫り出して来る所だった。


「なっ?! 姫さん!」


ガルンの叫びは遅すぎる。


影から這い出て来た“何か”の腕がパリキスを掴むと、一気に影に飲み込んだ。


「気をつけよ!ここは“千眼の魔神”を降臨させるための神殿と化して――」


パリキスの声だけが残滓のように残った。


シャドウ・サイド(影側)の来訪者は意図もたやすく二人から姫を奪取したのである。


唖然とするガルンと白き銀嶺を他所に、先程の声が響く。


《姫は返してもらった。貴様らはここで朽ちるがいい》


嘲笑う声がフロアーに響き渡った。


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